第二十七話 彼は誓う。彼女のために
夕焼の堕天使が、炎の大剣を叩き込む。
ミハエルは空中で、怪物の力を解き放って、堕天使の大剣を弾き飛ばした。
しかし、続く二体目の堕天使が、大剣を振り下ろす。
剣で防いだ赤騎士は、地面に叩きつけられた。
身体に激痛が走りながらも受け身を取って起き上がると、襲いかかってきた三体目の踏みつけをかわして、逆にその足首を両断する。
すぐさまとどめを刺そうとするが、さらに四体目と五体目が襲いかかった。
挟み撃ちにされるわけにはいかず、すぐに飛び退く。
その間に、三体目の足首は瞬く間に再生されていった。
さらには六体目、七体目、八体目の夕焼の堕天使が囲んでくる。
周りを見渡したミハエルは、改めて敵の数を確認した。
城内にいる夕焼の堕天使は、虎丸が言っていたとおり全部で二十体。
たった一体にあれだけ苦戦したというのに。
そんなのが、二十体といる。
しかも堕天使一体一体が、まさに火山の化身。
圧倒的な耐久力と再生力の持ち主だ。
ただ戦っていては、一体すらも倒せない。
怪物の力を解き放つか?
翼を出すか、鬼になるか?
しかし、今もメラニーとアルフレッドが見ているように、城にいる誰かに見られてしまうだろう。
そんなことをすれば、自分の正体が……。
どうすれば、黒太子と堕天使に勝てる?
どうすれば、自分の正体が知られずに、王国を守れる?
どうすれば、姫様をお守りし、彼女との日常に戻れるのか?
「……ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー!!!」
ミハエルは苦悩しながら、果敢に夕焼の堕天使たちに挑み続ける。
その戦いを、メラニーは、城内の国王の食堂から見つめていた。
必死に戦うミハエルと、彼を攻め立てる夕焼の堕天使たちを。
隣にはアルフレッドが立って、余裕の笑みを浮かべて見物している。
初めから勝利を確信し、愚直に挑み続ける彼を馬鹿にしている態度だ。
国王は、堕天使たちの戦いで自分の城が破壊されるかもしれないと慌てふためいている。
メラニーは、彼と戦う夕焼の堕天使たちを見て、こう思っていた。
――本当に、似ていると。
これは一体、どういうことなのか。
「アルフレッド!」
彼女は、答えを知っていそうな隣の人物に問いかけた。
「なんですか、メラニー?」
「夕焼の堕天使について……あなたがさっき言った、『破滅』の力について教えなさい!」
「ほほう。興味がお有りで?」
「いいから答えなさい。『破滅』の力とは、一体何なのですか!?」
「いいでしょう。教えてあげましょう」
アルフレッドは語り出した。
「まずは、夕焼の堕天使。私が操る赤くなった夕闇の堕天使について。あれはですね、堕天使が真の力をよみがえらせた姿なんですよ」
「えっ……」
「夕闇の堕天使たちは、元々とんでもない力を秘めていたのですがね、それを我が帝国は引き出すことができていませんでした。時に出せても、制御することすらままならない。余りにも強すぎる力をね」
「あの堕天使たちに、そんな力が……」
「ですがつい最近になって、ようやくよみがえらせることに成功したのです。夕闇の堕天使の本来の力を……。この私の長年の研究成果によって!」
メラニーとアルフレッドの瞳が、ミハエルと戦っている夕焼の堕天使たちの姿を写す。
「それが、『破滅』の力……。それをよみがえらせたのが、夕焼の堕天使?」
「はい。あの紅く燃える輝きこそ、『破滅』の力。夕焼の堕天使たちの真の力……、火の巨人たちの真の力です」
「……火の……巨人?」
初めて聞くその名前が、メラニーの心を強く打つ。
「火の巨人ですって?」
「そうです。堕天使の本来の姿。正体というべきか」
「正体?」
「異世界の概念はわかりますか?」
「いいから答えなさい! 火の巨人とはなんなの!?」
「こことは、全く別の異なる世界……。灼熱の世界にいた巨人たちのことです」
「こことは違う……異世界の巨人だというの?」
「ただの巨人ではありません。いくつもの世界を滅ぼしてきた破滅の存在です」
「……なんですって?」
「次元を超え、灼熱の大軍勢となって、世界に侵略し、その強大な破滅の劫火で、自分たちのいた世界どころか、隣の世界、そのまた隣の世界、何千何万もの世界を焼き尽くしてきた大災害。それが、火の巨人。まさしく『破滅』そのもの」
自分の想像を遥かに超える話に、メラニーは理解が追いつかない。
それでも、大事な部分だけは聞き逃さなかった。
「そんなものがなぜあなたの下に……。彼らの方から歩いてきたとでもいうの?」
「いえいえ。私の方から呼び出したのですよ。ある物を道具に、異世界召喚という魔法を使ってね」
「夕闇の帝国軍が、帝都から国境を越えて、この黄昏の王国の城に転移したように……世界と世界の壁を超えて、転移させたということ?」
「はい。理解が早くて助かります」
「つまり火の巨人たちを……彼らの世界からこちらの世界に無理やり連れて来たというの!?」
「ええ、そのように。一度にたくさんは無理なので、召喚一回につき数体ずつ。それを繰り返し……」
「帝国が他の国に侵略して、住んでいる人たちを力づくで連れ去るように!?」
「はい。例えが上手いですね。そんな感じで少しずつ捕らえていきました」
「そして、あなたの魔法で改造して……物言わぬ忠実な奴隷に変えたというの!? それが、あなたの夕闇の堕天使……!?」
「ええ。兵器化までに何年もかかりました。苦労したんですよ。大帝国と皇太子の兵器の名前が『巨人』では様にならないので、『堕天使』に変えたのは、いいアイディアでしょ?」
「それを……何百人も」
「はい。あと、繁殖も」
家畜のようにと、彼女はやっと理解した。
たまらなくなって、戦っているミハエルの方を振り返る。
話を聞いている彼女が、先程からなぜこんな反応をするのか、アルフレッドには理解できない。
「さっきから随分と感傷的ですね。火の巨人に同情でもしました?」
「……彼らだって、生きている。奴隷だなんて……」
「いえいえ。奴らは、世界を滅ぼしてきた、恐ろしくもあり、罪深き存在です」
「……だとしても」
「ならば私のもとで、人間たちの役に立てることは、彼らにとって贖罪になると言えませんか?」
「……贖罪?」
「そうですよ。奴らがしてきたことを思えば、償いの機会を与えてやっているこの私に……感謝すべきだ」
メラニーは振り返り、食堂の出口へと駆け出した。
「おい、どこに行く!?」
アルフレッドの止めなど聞くわけがない。
メラニーは走る。彼のもとへ。
ミハエルと夕焼の堕天使たちが戦っている方へ。
「ぐうううん!」
ミハエルは、夕焼の堕天使の大剣を長剣で受けたが、吹き飛ばされ、城壁に囲まれた広場の上に着地した。
その彼を、十体以上もの夕焼の堕天使たちが、包囲してくる。
「くそ……」
ミハエルは迷った。
このままでは勝つのは難しい。このままでは……どうする?
「赤騎士!」
そこにいきなり彼女が現れたため、迷いは一瞬でふっ飛んだ。
「姫様!?」
ミハエルが見上げると、メラニーが右の城壁の上に立っているではないか。
こちらに向かって胸壁から上半身を出し、悲痛な表情で叫んでいる。
「赤騎士!」
「姫様、お逃げください!」
メラニーとミハエルが叫び合う中、夕焼の堕天使たちが彼に迫る。
「止まれー! 巨人どもー! 止まるんだー!」
そこへ、アルフレッドが城壁の上からメラニーに近づいていって、彼女を巻き添えにしてたまるかと叫びながら、夕焼の堕天使たちの動きを止めた。
「赤騎士……」
そこから、メラニーは逃げない。
城壁の下の広場にいるミハエルに向かって、悲しみの涙を流す。
その涙の意味が、ミハエルにはわからない。
「姫様……、いったいどうされたというのですか?」
「あなたは……今までどんな想いで戦ってきたの?」
「想い?」
「あなたは今までどんな想いで、夕闇の堕天使を……火の巨人を手にかけてきたというのですか!?」
彼女の問いを聞いて、ミハエルは悟った。
――すべて、知られたことを。
彼が顔を伏せてしまい、メラニーの胸はさらに締め付けられる。
「……赤騎士」
「……つらかったです」
夕焼の堕天使たちに囲まれながら、彼は言った。
その答えに、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「つらかったです。とてもつらかったですよ……。なにせ、彼らを手にかけているのですから」
「それなのに……、あなたはどうしてそこまで?」
「彼らを眠らせてあげるために……。そして、あなたを守るために。あなたに助けられた御恩をお返したかったから!」
彼は、元気よく顔を上げて、笑って見せた。
彼女は却って、つらくなる。
「私があなたを助けたのは、子供の時のたった一度だけ! ただの偶然です! あなたの今の働きに値することなんて、私は何もしていません!」
「いいえ、姫様。あの時、自分の世界からこの世界に来て、一人ぼっちだったオレは、あなたに助けられて本当に救われたんです。人間の中にも優しい心を持った人はいるんだなって。いつも泣いていたオレの心は、確かに救われた。だからオレは、あなたに憧れた。あなたのような人になりたいと、この世界に……、あなたがいる人間の世界に憧れるようになった!」
「……だから人間の騎士になりたかった?」
「立派な騎士になれれば、誰かの心が救えますから。あなたのお側にも……」
彼女は、知る。
彼が、今までしてきてくれたことを――。
帝国軍が攻めてきて、王国軍が戦場に向かった時。
私が部屋の中に閉じ込もって、読書に夢中になっていた時。
彼がたくさんの物語を持ってきて、大いに楽しませてくれた時。
私が公務に励み、彼がそばについていた時。
私が、自分のことを閉じ込める父親を恨んでいる時に。
私は、彼に守られていたのだ。
彼の、余りにも重い罪によって――。
「……ごめんなさい」
メラニーは、涙が止まらない。
「……本当にごめんなさい、赤騎士」
彼に申し訳ない想いで、胸が一杯になる。
「メラニー様、そんなに泣かないで」
つらそうに泣き続けるメラニーに、ミハエルは優しく笑いかけた。
自身も、涙を流しながら。
「大丈夫。これは彼らにとって救いになるのです。物言わぬ傀儡に、哀れな奴隷となった彼らを安らかに眠らせてあげられることができるのですから。だから吾輩に、後悔はありません。何よりあなたのためになるならば……本望です」
「…………ありがとう」
彼女は城壁の上に立ち、彼のように微笑むと、両方の瞳から喜びの涙を流す。
「ええい! さっきから何を言っているー!?」
そんな二人の間を邪魔するアルフレッドは、何のことなのかわからない。
ミハエルは怒りの表情となり、広場の下から黒太子を見上げる。
メラニーも、悔しい。
このままでは――、私たちの王国を奪われる。
「……赤騎士、勝てますか?」
メラニーは、涙を抑えて覚悟を決める。
彼に、少しでも報いるために。
「勝てますか。本当のあなたであれば?」
「メラニー様……」
彼は、彼女が何を言っているのか理解した。
「勝てますか。あなたが真の力を発揮すれば?」
「……勝てます」
何を、求めているのかを。
「勝ちますね、必ず!?」
「勝ちます。必ず!」
だから、そう求める。そう答える。
「ならば勝ちなさい、赤髪の赤騎士ミハエル・フォン・シュバルツ! 私とこの王国のために、あなた自身と一族と生まれ育った世界のために――。真の姿となって、騎士としての本懐を果たしなさい!」
「御意――」
「私は最後まで――、あなたの戦いを見届けます!」
「――御意。心得ましたぞ、姫様!」
彼女は、願う。
彼は、ここに誓う。
互いに、迷いを捨てて。
勝利を。
彼と彼の一族のために、彼女と黄昏の王国を守るために、勝利を。
たとえ、それが――、愛する人との、全てを失うことになろうとも。
――時は、来たようだな。
「黒太子!」
ミハエルは、宿敵アルフレッドの方を見上げて叫んだ。
「知っているか。火の巨人たちは、元の世界で穏やかに生きていたことを!?」
「……なに?」
「考えたことがあるか。彼らは、自分の兄弟を守りたかっただけなのだと!?」
「……なんだと?」
「覚えてなどいまい! 一人だけ逃げられて、泣いた巨人の子がいたことなど!」
黒太子は、まだ気づかない。
彼の、正体に。
「……今から見せてやる」
そう言った瞬間、ミハエルの体に火がついた。
彼の周りで、夕焼の堕天使たちが立ち尽くす。
彼の全身から炎が噴き出して、隅々まで包み込んでいく。
「なに……?」
「……赤騎士」
アルフレッドが、メラニーが、城壁の上から見つめる。
『おおおおおおおお、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!』
炎に包まれた彼の姿は天高く膨れ上がり、夕焼の堕天使たちの背丈まで達した。
やがて炎は消え去って、その中から現れた巨大な姿に、誰もが言葉を失った。
一番上に見えたのは、大きくて、真っ赤な顔。
頭に二本の角が生え、炎の髪が長く伸びて燃え盛り、両眼の瞳には火が灯る。
溶岩のように燃え滾る全身は、夕焼の堕天使たちとよく似ていた。
確かに、人のように見えた。
明らかに異なるのは、身につけた騎士の鎧と右手にある鋼の大剣。
騎士の鎧は光のように輝き、鋼の大剣は真っ赤な炎で美しく燃え上がる。
彼が装備していた鎧と長剣は特別製。今の彼に合わせて、巨大化したものだ。
そんなたった一人の赤き巨人を、城内にいた多くの者たちが目撃していた。
遠くの城壁の上からは、戦っている虎丸と、白衣の女騎士や白衣の騎士たち。
城壁の下で、逃げようとしているアリッサ、大臣、王国の騎士と兵士たち。
城門の塔からは、帝国の兵士たち。
他にも国王、貴族、文官、令嬢、使用人、侍女、城にいる多くの者たちが目撃していた。
その姿を、以前に見たことがある者は、虎丸とメラニーのみ。
虎丸は、友の勇姿と覚悟に微笑み、メラニーは、改めて彼の戦いを最後まで見届けようと決意する。
そして、見たことがない者の中で、誰よりも先にアルフレッドが気づく。
彼の正体に。
誰よりも長く、間近で同じものを見てきたが故に。
「……火の……巨人?」
アルフレッドは呆然となって、彼を見上げながらつぶやく。
『そうだ。これが吾輩だ!』
元の姿に戻ったミハエルは、兄弟たちの方を向きながら、ここに宣言する。
『火の巨人にして、人の騎士となった、赤髪の赤騎士の真の姿よ!!』
「……やれ。やれええええええー!!」
恐怖に駆られた黒太子に命じられて、夕焼の堕天使たちが再び動き出す。
傀儡とされた兄弟たちが、大剣を振りかざしてきて、
『姫様、ご照覧あれ――火の巨人の赤騎士、参る!!!』
火の巨人の赤騎士は、炎の大剣を振り上げた。




