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第二十六話 彼が憎むのは、宿敵

 外から大窓を開けて、国王の専用食堂に入ったミハエルは、腰帯から長剣を抜いて、右手に持ちながら室内を見渡す。


 正面の奥に王女メラニーが、左のすぐそこに黄昏の国王が、そして左の一番奥に、夕闇の黒太子アルフレッドが座っている。


赤騎士あかきし!」


 彼が、来てくれた。

 メラニーは嬉しさのあまり、席から立ち上がり、微笑んでしまう。


 しかし、ミハエルの表情は緊迫しており、そのまま彼女に呼びかけた。


「姫様……お下がりください」


 メラニーは失笑しながらうなずいて、部屋の右隅に下がった。


 ミハエルは、近くにいる国王には一瞥もくれず、食堂の奥の方で笑っているアルフレッドの方に向き直る。

 酔っている国王は、無視されて怒り狂った。


「無礼だぞ、貴様! 一介の騎士如きの分際で! それが国王にする態度か!?」

「…………」

「そもそも、話は聞いてるぞ、赤騎士! 貴様が、わしの娘を弄んだとな!!」


 仕える主君であり、メラニーの父親に、ミハエルは表情を変えず何も言わない。

 国王は、さらに怒りを煽られる。


「何とか言えー! ここまでどうやって入ってきた!? 外の衛兵は、一体何をしていたー!?」

「……私が招き入れました」


 国王の疑問に答えるかのように、食堂の扉が開かれて、新たな人物が現れる。


 その人物を見て、国王とメラニーは驚かされた。


 その人物は、メラニーの監視役を務めていた、国王の手先の監督官。

 ミハエルを脅したこともある、あの監督官だった。


「監督官……。貴様、どういうつもりだ!?」

「あなたにお仕えするのが……嫌になっただけです」


 そう答えて、監督官は、メラニーの方を見つめる。


 寂しそうな目で。


 どうしてそんな目で見られるのか、メラニーにはわからない。


「……なんだと!?」


 国王の怒りが頂点に達し、勢いよく立ち上がった。


 その瞬間、ミハエルは、国王の長テーブルに左の拳を叩きつける。


 怪物の力で。


 たった一撃で、長テーブルを叩き割り、食器と料理を床にぶち撒けて、国王を黙らせた。

 メラニーは、びっくりだ。


「陛下……、あなたも、お下がりください!」


 怒るミハエルに一睨みされただけで、国王は椅子に座り込んで震え上がる。


 そこまで見届けて、監督官は背を向けた。


「……赤騎士。必ず姫様をお救いしてくれ。いいか、必ずだぞ」

「はい。お約束どおりに」


 ミハエルの言葉を聞いて、監督官は役目を終えたかのように去っていった。


 監督官は、なぜ国王を裏切ったのか。

 ――監視していたメラニーのことを、いつの間にか娘のように見ていたからだ。


「フフフ……、無様だな、黄昏の国王」


 アルフレッドは椅子に座ってくつろいだまま、茶番劇を見終わった後かのように微笑んだ。


「それで何の用だ、赤騎士あかきし。なあ、赤髪あかがみ赤騎士あかきし?」


 そして煽りながら、ミハエルと向かい合う。


「久しぶりに会えたというのに、盗み聞きなんてひどいじゃないか。しかも未来の皇帝夫婦に向かって、重罪だぞ。メラニーの夫になるこの私が、愚かな君の首を斬り落としてやろうか?」


「盗人猛々しいのは貴様だろ、夕闇ゆうやみ黒太子こくたいし!」


 対して、ミハエルは、激しい怒りをぶつける。


「今すぐ、堕天使と騎士たちを連れて、この城と王国から出ていけ!!」


「出ていけ? 出ていけだと。何を馬鹿なことを。私は、そこの国王に招かれてここにいるのだ。帝国からの賓客ひんきゃくとしてな」


 アルフレッドは呆れながら、縮こまっている国王を指差す。


「出ていくべきなのは君の方だろ、赤騎士。国王の忠臣を殺した反逆者が」

「忠臣を殺した反逆者だと……。吾輩が、ヴィルヘルム殿を討ったことか!?」


 彼の叫びを聞いて、メラニーは口元を抑え、アルフレッドは優雅に振る舞った。


「ああ、そうだよ、赤騎士。君がここにいるということは、そういうことだよな。ああ、君はなんてひどい男なんだ、赤騎士。君の恩人でもある大事な上官を、あんなにも国王に忠実だった、大臣の愛する息子を無残にも殺すだなんて?」


「貴様が……ヴィルヘルム殿をたぶらかしたりしなければ!」


「またバカを言う。違う。ヴィルヘルム君は、命令に従っただけだ。あんなにも反対して、嫌がる大臣の自慢の息子に、「王国のため」だの、「わしに逆らう気か」だの脅して、無理やり従わせたのは、そこの国王だぞ」


「ぬかせ、あんな姿にしおって……。ヴィルヘルム殿は、国王陛下に逆らえる人ではなかった……! それがわかっていたから、陛下と貴様は利用し……、大臣殿と吾輩わがはいに当てつけたのだろう!? 戦争中、ずっと目障りだった、にっくき大臣殿と吾輩に復讐するために!!」


「ああ、そうだな……。大臣に、愛する息子が裏切り者だと教えてやった時のひどい顔、お前にも見せてやりたかったよ」


 ミハエルが歯ぎしりし、アルフレッドはほくそ笑む。


「まあ、そんなことはどうでもいい。どうでもな!!」


 何度も屈辱を味わされた赤騎士を弄べて、楽しくて、たまらないのだ。


「もう知っているだろう。国王の英断と愚行によって、黄昏の王国は屈したのだ。我等が夕闇の大帝国に。だから出ていくのは、お前だろ、赤騎士!」

「知っている。だが姫様をお守りする騎士として、出ていくわけにはいかない。貴様がいる限りな、黒太子!」


「ほう。自ら反逆者を望むというのか。お前は邪悪だな、赤髪の赤騎士!!」

「否。吾輩は、真の騎士を目指す者だ。邪悪は貴様だろ、夕闇の黒太子!!」


 ミハエルが頑固で、アルフレッドは本当に呆れ返る。


「邪悪? 私が邪悪だと? 本当にお前は、どうしてそこまで私を憎む? お前は、そんなにも姫様を奪い取る、この私が憎いのか!?」


 そう言って、あざ笑った。

 ただ愚直ぐちょくに、赤騎士が、姫様を取られたくないからだと見下して。


「いいか。愚直な騎士よ。何度でも教えてやるぞ。既に黄昏の国王は、我が夕闇の大帝国のものとなった。そして、夕闇の女帝陛下唯一の御息女ごそくじょ、大帝国と王国双方の御世継およつぎでいらっしゃる黄昏の紅姫メラニー様が、この私、夕闇の黒太子アルフレッドとご結婚なされれば、大帝国と王国は一つとなる! やがては、世界に永遠の平和と繁栄が約束されて、世界中にいるすべての人々が救われるのだー!!」


 夕闇の黒太子は高揚して、調子のいい口を動かし続けた。


「私が邪悪か、どうかは関係ない。結果が全てだ! 王国と大帝国、世界中の人々にとってこれ以上の選択があるか!? 愚直の騎士たった一匹に過ぎない貴様ごときに、これ以上のものがもたらせられるというのか!? どうだ、できるものならば、できると言ってみろ! 愚直な赤髪の赤騎士よ!?」


「……貴様だからだ」


「ああ、あの魔法使いの手を借りるのはなしだぞ。姫様を愛しているというのもな! 魔法に頼るなどヘタレのすることだし、愛が全てだの、王女と騎士の恋愛物語など、万民にとって迷惑以外の何ものでもない! そうとも、青臭すぎて後世の笑い話にも……」


「貴様はいずれ、この世界を滅ぼすからだ!!」


 赤騎士の絶叫に、黒太子は口を止める。


「滅ぼす? 私が世界を滅ぼすだと? 何を寝ぼけたことを。私は、世界に平和と繁栄を……」

「三度、忠告されたそうだな?」


 ミハエルの言葉に、アルフレッドは表情を変え、椅子から立ち上がる。


「そうだとも、黒太子……。貴様は、この世界に転生して来る前……、自分のいた世界で、魔術を使って、多くの異世界を滅ぼしてきた!」


「……聞いたのか?」


「多くの世界を支配し、搾取し、滅亡させてきた……。この世界でもそうするに決まっている! だから貴様は、魔法使い殿に自分のいた世界を滅ぼされたのだ!」


「聞いたんだな! あの男に!?」

「聞いたとも……。謝られたよ。貴様を逃したのは、私の過ちだったと!」


 そのとおり。

 私がこの男を逃したから、赤騎士は……。


「ならば奴を憎め! 私とお前の元凶は、あの男だ!」

「憎めるものか! 吾輩を騎士にしてくれた恩人を!」


「その恩人は、私以上にいくつもの世界を滅ぼしてきた男だぞ! 異世界の魔王! 滅亡の権化だ!!」

「知っている……。そうして、その何倍もの世界を救ってきた人だ! ただ支配するだけの……異世界にいた吾輩の一族も滅ぼした、貴様と違ってなあー!!」


 アルフレッドは、ようやく彼の憎しみを理解した。


「そうか……。だからお前は、私を憎むのか!? 異世界からの来訪者!?」

「そうだ……。だから吾輩は、貴様を憎むのだ! 異世界からの転生者!!」


 だからといって、宿敵の笑みは消えない。

 なぜならば、当然「あれ」があるからだ。


「守る? 守るだと。この私から……? やれるものならやってみろ、赤騎士!」


 黒太子の叫びと共に、


「ぬうっ!」

「うおおおおおー!?」


 ミハエルと国王がいる側の壁と大窓が、メラニーが見ている前で、外から叩き破られた。


「赤騎士!?」


 メラニーが確かめると、ミハエルと国王は無事だった。

 しかし破られた壁と大窓の外を見て、愕然となる。


 外から、夕焼ゆうやけ堕天使だてんしたちが覗き込んでいたからだ。

 真っ暗な夜の中、両眼と全身を紅蓮の炎で燃やす、十体以上の堕天使たちが。


「あれは……」


 メラニーは、暗い夜を身体中の炎で照らす、夕焼の堕天使たちの姿を見た。


「まさか!?」


 アルフレッドは、十体以上もの夕焼の堕天使を従えて、ミハエルに問いつめる。


「赤騎士よ。たった一体だけは倒せたようだが、あんなものをこれだけ相手にして、本当に私に勝てるのかな? こいつらを倒して、本当にメラニーを守れるのかな? 『破滅』の力を復活させた、夕焼の堕天使たちに!?」

「赤騎士!」

「姫様……」


 メラニーが呼びかける中、ミハエルは、アルフレッドが、帝国の大事な御世継である彼女を傷つけることはないと考えて、


「……しばしお待ち下さい」


 そう言って、メラニーに優しく微笑んだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー!!!」


 そして破られた大窓に向かって走り、そこから夕焼の堕天使たちが待ち受ける城の外へと飛び出した。


 夕焼の堕天使たちが炎の大剣を振り上げて、ミハエルは空中で剣を振りかざす。


 ――あの時が近づいていることを予感しながら。


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