第二十五話 彼が忍び込むは、城の中
「これは……!?」
黄昏の王国の城に戻ったミハエルは、そこを遠くの林の中から隠れながら見て、大いに驚かされる。
既に、王城と王都は、夕闇の大帝国によって占拠されていた。
城の塔の上には、黄昏の王国の旗と一緒に、夕闇の大帝国の旗がはためき、城門前には、帝国軍の部隊と夕焼の堕天使によって守られている。
あれだけ王国を何度も脅かしてきた堕天使が、城を闊歩していて、ミハエルは、悔しい思いを味わった。
「……戻ったか、赤騎士」
その時、ミハエルの側に、誰かが近づいてくる。
「青武士、無事だったか!」
青浪の青武士、虎丸だ。
「すまぬ、赤騎士。拙者が残っていながら、見てのとおり、あのざまだ」
虎丸がめったに見せない危機感を見せて、ミハエルは緊張を露わにする。
「姫様は? アリッサ殿や大臣殿たちは、ご無事なのか?」
「皆、無事よ。だが危うい。アリッサ殿と大臣殿らは地下の牢獄に。姫様は、国王と黒太子と共におる」
「青武士……、お前ほどの男がいてなぜ……。いったいなにがあったのだ?」
「国王が王国を売った。夕闇の大帝国と黒太子アルフレッドに」
国王が、全て手引していた。
それを聞いても、ミハエルの表情は変わらない。
「……やはり、そうだったのか」
”勅令”と聞いて、裏切者が誰なのか、悟っていた。
虎丸が、詳細を説明する。
夕闇の黒太子アルフレッドが自らを囮にしている間、黄昏の国王の手の者が裏で密かに、城内に黒太子の魔術を使った召喚魔法の魔法陣を仕掛けていたのだ。
そして、和平交渉の最中、その魔法陣から、白衣の騎士と夕焼の堕天使たちが召喚された。
遠く離れた夕闇の大帝国内から、黄昏の王国の城内へ転移してきて、一気呵成に奇襲し、城内を占拠したのである。
「拙者が、あの女騎士に襲われて、戦っている間の一瞬の出来事だった。城を奪われ、皆を人質にされたとあっては、お主と合流して態勢を立て直すしかないと、一人だけおめおめと逃げるしかなかった。本当にすまぬ」
「いや。お前だけでも無事で何よりだ。それで、敵の数は?」
「……夕焼の堕天使が、二十体」
「そんなに!?」
「さらに、夕焼の騎士とやらが百人。白衣の女騎士が率いている」
「夕焼の騎士……!」
「白衣の騎士たちが、人間体のまま夕焼の堕天使の力を取り込んだのだ」
城塞都市からの情報は、赤騎士と青武士、どちらかを城から引き離すための囮。
大臣は、国王と黒太子にまんまと裏をかかれた。
「……青武士。聞かないのか。吾輩が、城塞都市の方で何をしたのか!?」
「……言うな。何もな」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
「……虎丸。よくここまで調べてくれた。やはりお前は、たいした奴だ」
「なあに。拙者一人の力ではない。ある人のおかげよ」
「ある人?」
「……私だ」
ミハエルの前に、ある人物が現れる――。
メラニーの右から、アルフレッドのフォークとナイフを使う音が響き渡る。
不快だった。
アルフレッドが、羊肉をゆっくりと味わう。
その様子を、メラニーの正面に座る黄昏の国王が、王都と城内の夜景が覗く大窓を背にして、酒を味わいながらじっくりと見ている。
アルフレッドの背後の壁には、国王の肖像画がかけられていた。
日が沈み、暗い夜になってから、城の最上階にある国王専用の食堂で、晩餐会の最中である。
「うーん……。この羊の肉も実にいい」
「そうであろう。そうであろう」
アルフレッドの感想に、黄昏の国王が媚びへつらった。
深酒のせいで、顔が真っ赤である。
国王の専用食堂は、大窓から見える夜景がきれいな部屋だった。
そこの扉から入って、右側に置かれた長テーブルにメラニーが座り、正面の奥の主席には黒太子アルフレッドが、左側に国王が座っていた。
アルフレッドと国王が上機嫌の中、メラニーは不機嫌な顔つきを隠さず、食べ続ける。せめてもの反抗のつもりだが、当の二人は意に介していなかった。
「素晴らしい。これが黄昏の王国の宮廷料理か」
「そうとも。我が黄昏の王国、自慢の料理よ」
国王がそう言って、一杯の酒をグイッと飲み干した。
メラニーは、父の言う贅を尽くした宮廷料理が、国王だけに出されるものだということをよく知っている。王女である自分ですら、初めて食べているのだから。
「この料理も……、本当に私から奪いはしないだろうな!?」
突然、国王が激怒して、拳をテーブルに叩きつけた。
メラニーはあきれ、アルフレッドは微笑みを崩さない。
「心配するな、国王よ。安心しろ。約束は守るとも」
国王の王位と今の生活は奪わない。
それと引き換えに、メラニーと王国を明け渡せ。
それが、国王個人と夕闇の大帝国の間で、勝手に決められた交換条件だった。
「女帝陛下からも厳しく命じられている。せっかく和解が成立したんだ。もっと信じてくれたらどうだ?」
「信じられるものか。あんな女など!」
「義母上だって誓約は守るさ。せっかく愛する娘が自分の手元に戻ってくるんだから」
アルフレッドが皇太子として、養子として、そう言うと、国王たちの視線が、メラニーに向けられる。
「君も嬉しいだろ、メラニー。やっとお母さんに会える。そしていずれは、女帝陛下と女王陛下に。夕闇の大帝国と黄昏の王国、その両方が手に入るんだから」
「……ええ」
メラニーは、不満な表情を崩さない。
「これで、王国と帝国の戦争も終わるのよね?」
「そうさ。君の両親、黄昏の国王と夕闇の女帝の両夫婦による、君の親権争いがきっかけで始まった、この愚かな戦争も!」
ぶっちゃけ、始まりは、だたの夫婦喧嘩だった。
むかし、ミハエルと虎丸が、メラニーに会いに行った少し後のことだ。
怒り狂う夫が、帝国にいた妻の元から、愛する娘を故郷の王国へ無理やり連行。
妻は激怒し、夫のいる王国に何度要求しても、夫は娘を返そうとはしない。
問題がうやむやなまま、他にいないからと夫婦二人に王位と帝位が継承される。
案の定、すぐに新女帝と夕闇の大帝国は、娘と夫がいる黄昏の王国に宣戦布告。
夫への復讐と、娘を取り戻すために。
戦争を望む黒太子と帝国の諸侯が、女帝をけしかけたのは言うまでもない。
万民にとっては、迷惑千万この上ないことにな。
優しいメラニーにとっては、両親と自分のせいで、悲惨な戦争が起こったという苦難の始まり。
傲慢なアルフレッドにとっては、婚約者の彼女と引き裂かれた、屈辱の出来事であった。
「喜ばしいことじゃないか、メラニー。王国にいる君の友人たちだって、もう誰も傷つかずに済む」
「そうね。だけど……」
メラニーは、正面で酒瓶が切れている父親の方を振り向く。
大臣、ヤーコプとヴィルヘルム、王国の騎士たち、虎丸、そして、彼。
今まで戦ってきた者たちのことを想うと、問わずにはいられなかった。
「お父さま……なぜですか!?」
どうして黄昏の王国を、夕闇の大帝国に引き渡したのか。
国王は新たな酒瓶を傾け、満たした杯をまたグイッと飲んでから娘に聞き返す。
「帝国との取引のことか?」
「そうです。私たちに何も言わず、勝手に! 一体どうして!?」
「そんなの決まっている……。娘のお前が気に喰わなくなったからだ!」
父の憎悪と悲痛なる叫びだけで、メラニーは悟った。
父に、城の中に閉じ込められていた日々のこと。
彼が、笑わせてくれた日々のこと、
父に、本や劇といった趣味を奪われた時のこと。
彼が、それを取り戻してくれたことを。
それだけで、彼女は父の気持ちを理解する。
父は、羨ましくて、恨めしかったのだ。
自分が面白くないというのに、幸せそうな娘のことが。
自分が不幸なのだから、娘の自分にも不幸になって欲しかった。
それなのに、娘の楽しそうな笑顔に、かつての妻や幸せを思い出して。
何もかもどうでもよくなってしまったのだ。
娘も、妻との諍いも、王国すらも、全てを放り投げたくなった。
欲しいのは、国王という唯一の慰めとなる地位だけ。
母と別れて以来、娘の自分が苦しんできたように、父は父で同じように苦しんできたのだろう。
娘として、父親に対する同情が湧かないこともなかった。もっと話していればよかったのかもしれないと。
だとしても――。
「あれだけ可愛がってやったというのに、つけ上がりおって……やはりお前はあの雌豚の娘だな!!」
だとしても、これは、余りにも……。
「お父さま……ひどすぎます!」
「父親に口答えをするな! 小娘の分際で! しかもわしは、国王だぞ!」
メラニーは、両手をテーブルの上に置いて、わなわなと震わせた。
国王が酒をグイッと飲み干し、アルフレッドは見世物を観ているように笑う。
「君の言うとおりだよ。本当にひどい父親だ、メラニー。かわいそうにな」
「……再会した時から随分と馴れ馴れしいわね」
メラニーは、あなたのせいでもあると、アルフレッドに怒りをぶつけた。
「おっと、これは失礼……。ですが、そう言わないで。私がお母様と一緒に君を幸せにしてあげますから」
「……幸せ? あなたが私を幸せにすると?」
「はい。君の未来の夫として」
アルフレッドは、さも当然のことのように微笑む。
「うれしいでしょ、メラニー。私は、理想の夫だ。美人で、優雅で、魔術の天才。夕闇の大帝国に至高の繁栄をもたらしてきた史上屈指の大英雄なのですから」
「……あなたのせいで、黄昏の王国と諸国にいた人々が、帝国の度重なる侵攻と陰謀を受けて、どれだけ犠牲になってきたと思っているの?」
「戦争ですよ、戦争。母親が愛する娘を取り戻すための戦争だった。私は、あなたを救うために戦った。悪いのは、あなたを連れ去ったそこにいる国王だ」
「……あなたが欲しいのは、私の容姿と権利でしょ。美人な妻は、殿方にとって何よりの飾りだし、皇位継承者と結婚できれば、養子のあなたは、事実上の皇帝になれるもの」
「はい。君のことは愛しいですが、私はもっと控えめな女性がタイプだ。ひどい男なんて思わないでくださいよ。美人と金と権力が欲しいのは、男も、女もお互い様なんですから」
「…………本当に、嫌な男!」
メラニーは、吐き捨てる。
「昔、あなたのこと『お母さまが選んでくれた婚約者だもの。がんばって笑わなきゃ』って思ってたのに!」
「私だって、君のことは、昔から『生意気な女だ』と思っていましたよ」
彼女が何を言おうとも、アルフレッドの尊大な笑みは揺るがない。
「ですが、政略結婚とはそういうもの。望まぬ相手とするのが常ですから」
できれば言い負かしてやりたいが、そう思うのだって馬鹿馬鹿しい。
「そんなに悪く言わないで。あなたが欲しいものは、すべて与えましょう。本も、富も、自由も、栄光も……。何でしたら、今までどおり、あの彼も……」
彼――、赤騎士のことだ。
「……いいえ、結構」
「なぜですか。そんなにも、私より、彼の方がいいと?」
アルフレッドに聞かれて、メラニーは、彼との今までのことを思い出す。
「……ええ、そうですね」
彼がたとえ、怪物だったとしても――、
「あなたやお父様より……、赤騎士の方が、何倍も、いい男です!」
メラニーは、父親とアルフレッドに向かって、きっぱりと言い放つ。
「……そうですか」
アルフレッドは苦笑い。
「ですが、私と結婚すれば、この戦争は終わりますよ。あなたが始まったのは自分のせいだとずっと思い悩んで、苦しんできたこの戦争が?」
そのことを聞かれて、今まで言い返してきたメラニーの口が止まる。
「私にはできますが、彼にはできますかね。黄昏の王国と夕闇の大帝国の戦争を終らせるなんていう、そんなだいそれたことが、彼のような一介の騎士に?」
「それは……」
「……なあ、どうなんだ、赤騎士?」
そこで、いきなりアルフレッドが、部屋の奥にある大窓に向かって話しかけた。
メラニーが驚いて、左の奥、国王の背後にある大窓の方を振り向く。
すると、その大窓が外側から開かれて、彼が部屋の中に入ってきた。
「……姫様」
「赤騎士!」
ミハエルは、再びメラニーの元へ――。
そして、ほくそ笑んだ宿敵アルフレッドと対峙する。




