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第二十四話 彼が断ち切るは、兄弟の絆

 夕闇ゆうやみの大帝国の者が、夕闇の堕天使だてんしを召喚する。

 または白衣の騎士が、夕闇の堕天使に変身する。


 いずれも、夕闇の黒太子こくたいしアルフレッドの魔術だ。


 そうした魔術を、黄昏たそがれの王国の騎士たちは、大帝国との戦争の中で何度も見てきた。いつ召喚されようと、どのように変身されようとも、冷静に炸裂弾を投擲して、堕天使を撃破できるように訓練されている。


 それなのに、森の中の平原に、馬に乗ってやって来た王国の騎士たちは、動けなかった。


 第一の理由は、今回、堕天使に変身した人物が、そのように訓練してくれた指揮官である騎士ヴィルヘルムだったこと。


 そして第二の理由は、変身後の姿が、今まで見てきた夕闇の堕天使とは全く異なっていたことだ。

 

 顔面を覆った兜と漆黒の全身は、噴火した火山の溶岩のように燃え滾り、片手の黒き大剣は業火に包まれて、兜から覗く両眼には緋色の炎が灯っていた。


 そう、夕闇の堕天使が、まるで夕陽のように輝いている。


 騎士たちの誰もが目を奪われた。


 ――なんだ、この堕天使は?

 

「……まさか?」


 その正体に、ミハエルだけは気づく。


「まさか、まさか、まさか……!?」


 いつかこの日が来ると、わかっていた故に。


「……アルフレッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー!!」


 騎士ヤーコプは、変わり果てた弟の姿に言葉を失った。


「ヴィルヘルム……お前……」

『どうしました、兄上。私が帝国の堕天使に変身したのがそんなに驚きですか?』

「……炸裂弾! 夕闇の堕天使に、炸裂弾、投下ー!」


 反逆者を討つために、騎士ヤーコプは己を奮い立たせる。

 彼の指揮下で戦ってきた騎士たちは即座に動き、炸裂弾に火をつけ投げつけた。


 ヴィルヘルムが変化した堕天使に、幾重もの爆炎が浴びせられる。

 これだけ喰らえば、堕天使とてただでは済まない。


 倒せた――。ヤーコプと騎士たちはそう思った。


『――フフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハーーー!!!』


 しかし燃える堕天使は、爆炎の中から全く無事な姿で現れた。


 いや、よく見ればところどころ損傷はしていたが、あれだけの爆発を喰らったというのにダメージが小さすぎた。


 しかも傷に火がつき、炎となって、瞬く間に修復されていく。


 今までの夕闇の堕天使とは、防御力と再生力が比べものにならない。

 ヤーコプと騎士たちはそう理解して、愕然となった。


 そんな兄たちを見下ろして、ヴィルヘルムは堕天使の口であざ笑う。


『そうです、あなたたちの対堕天使用の戦法など、真の力に目覚めた堕天使の前には全くの無意味なのですよ。この、夕焼ゆうやけ堕天使だてんしの前にはね!』


「……夕焼の堕天使?」


『そうです、夕闇の堕天使の完全体! いずれ夕闇の大帝国に逆らう国々をことごとく焼き尽くすことになるであろう破滅の究極兵器! 世界中の未来を明るく照らす黒太子殿の最高傑作! それこそが、夕焼の堕天使! その人間体、夕焼の騎士第三号に、光栄にも私は選ばれたのです!!』


「ヴィルヘルム、お前……そんなもののために……、王国を裏切ったのか!?」


『いいえ。裏切ってなどいませんよ!』


 巨大なヴィルヘルムは、兄たちに炎の大剣を振り払った。

 堕天使の大剣から灼熱の炎が吹き荒れ、王国の騎士たちを飲み込む。


「ヤーコプ殿!」


 ミハエルは、片手でヤーコプを引っ張り上げて、愛馬を後ろに走らせる。

 灼熱の炎の中を、ミハエルとヤーコプが乗った愛馬が駆け抜け、周りで他の騎士たちが馬と共に焼かれて、黒い灰と化していく。


 部隊の後方にいた騎士たちだけが退いて、命からがら何とか逃げられるが、燃やされる仲間たちの絶叫を聞くことしかできない。


 ミハエルと愛馬は、堕天使の炎を突破し、ヤーコプを乗せての脱出に成功した。


 そのまま、部隊の後方にいる騎士たちの方へ走り続ける。


『ハハハハハー! 王国の騎士ともあろう者たちがこの程度ですか?』


 夕焼の堕天使となったヴィルヘルムが、生き残った仲間たち、死んだ仲間たちを侮辱する。


『特に兄上。あれだけ嫌っていた赤騎士に助けられるとは情けないですね!』


 そう聞かされて、ミハエルは決断した。


「ヤーコプ殿、このままお逃げください!」


 ヤーコプに手綱を預け、走る愛馬から飛び降りる。


「待て、お前はどうする気だ!? 赤騎士!?」


 ヤーコプを乗せた愛馬は、主を置いてそのまま駆け去って、後ろに逃げた騎士たちと合流した。


 残ったミハエルは、腰帯の鞘から長剣を抜いて、近づいてきた巨大なヴィルヘルムと対峙する。


『ほう、たった一人で戦う気か、赤騎士。夕焼の堕天使となったこの私に!?』


 ヴィルヘルムは、彼を弄んでやろうと大剣を構えた。


 ヤーコプは馬を反転させて、騎士たちと共に、戦いを見届けようと後ろに踏み止まる。


 ミハエルにとっては、好ましくない。

 ヤーコプたちには、できればそのまま逃げて欲しかった。


 正体を知られず、怪物の力を思う存分に使えるからだ。


 だとしても――、


「やらねば……、吾輩が何としても眠らせねば……」

 ミハエルは剣を振りかざし、

「うおおおおおおおおおおおおー!」

 一人猛然と、突撃した。


『愚かな!』


 ヴィルヘルムの声が嘲り、夕焼の堕天使が大剣を振り下ろしてくる。


 ミハエルは、怪物の力を使って加速。大剣が打ちつけられる前に、一気に飛び込んで、夕焼の堕天使の左足を斬り裂いた。


 三歩ほど先まで進んで、そこで振り返る。

 彼がつけた堕天使の左足の傷から炎が発し、瞬く間に再生されていく。


『さすがだな。だが無駄だ!』

「くっ! おおおおおおおおーー!!」


 ミハエルは反転し、再び夕焼の堕天使に挑む。

 人の騎士として磨き上げてきた技を思う存分に振るうが、倒せない。


 夕焼の堕天使の力は、夕闇の堕天使の力を遥かに超えていた。


 筋力、硬度、速度、再生力、生命力、全てが圧倒的。


 その気になれば、この夕焼の堕天使一体だけで、一つの都市や国をも滅ぼせるほどの力だった。


 それだけの敵を、ミハエルが倒すには、やはり怪物の力を使うのが確実だ。


 しかしヤーコプと騎士たちが見ている前では、自由に使うわけにはいかない。

 下手に使えば、自分の正体が本当に化物だと見破られ、黄昏の王国にいられなくなってしまう。


 しばらく時間をください――。


 戦いの最中だというのに、アリッサの口から伝えられた、王女メラニーの言葉が心の中でうずく。


 迷うミハエルは、苦戦を強いられた。


「ヴィルヘルム殿……なぜ!?」

『私は、君がうらやましかった』


 対して、ヴィルヘルムは余裕ぶりながら語る。

 

『戦争で活躍できる君が、姫様を笑わせられる君が……、姫様のお美しい背中を眺めながら、私がそれをどれだけ望んできたと思っている!?』


 改造によって意図的に狂わされ、変身の影響でさらに歪みに歪んでいると自覚できていない、己の願望を。

 ミハエルは戦いながら、しっかりと聞いていた。


『それを異国からぽっと出の君が? なめやがって! 黒太子とお結ばれになられた方が、まだ諦めが着くというものだ! より高貴となられたあの方に、お側でお仕えすることができるからなあー!!』

「だから、黒太子の誘いに乗ったのですか!?」

 

『いいや。これは、勅令だ!!』

「勅令? ……まさか!?」


 ミハエルは、ヴィルヘルムの背後にいる人物の存在に気づく。

 遠くで聞いていたヤーコプもだ。

 城にいるみんなが危ない。


「だったら城は!? 姫様たちは!?」

『これ以上、君が知る必要はない。滅びろ、赤騎士!』


 ミハエルに向かって、夕焼の堕天使が勢いよく大剣を振り上げた。


「赤騎士……、討て!」


 その時、ヤーコプが叫んだ。


 反逆者となった弟を――。


「俺の代わりに……討ってくれええええーーーー!!」

『そう慌てずに。あなたもすぐに送って差し上げますよ、兄上!』


 弟はあっさりとそう言って、ミハエルの頭上に大剣を叩きつける。


 ヤーコプのつらさ――。

 それが痛いほどよくわかるミハエルは、迷いを捨てて、怪物の力を解き放つ。


「ふううん!!」


 兄弟たちが見ている前で、己の長剣を力一杯振り上げて、巨大な夕焼の堕天使が振り下ろした炎の大剣を、その頭上まで弾き飛ばした。


『なあっ!?』


 壮絶なる光景に、ヤーコプとヴィルヘルム、他の騎士たちは驚愕する。

 即座にミハエルは斬り込んで、夕焼の堕天使の左足首半分を両断した。


『調子に――』


 ミハエルは、そのまま堕天使の後ろに回る。

 再生する暇を与えず、左足首をズダズダに斬りまくり、切り開いた傷に炸裂弾を押し込んで火をつけた。


 左足が爆裂し、

『ぐおおー!?』

 ヴィルヘルムは、立っていられず地面に左ひざをつく。

 再生が追いつかない。

『な、なんだ、この力は!?』

 相手が焦る内に、ミハエルは堕天使の左すねを駆け昇り、右ひざに跳びはね、左の肩の上に飛び上がった。


 怪物の力による、絶大なる身体能力。

 ミハエルは肩の上に乗り、夕焼の堕天使の首を目の前に立つ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー!!」


 烈火の怒髪天を衝き上げて、剣を振って、振って、振り回し、堕天使の首を裂いて、裂いて、裂きまくる。

 堕天使の首から炎が吹き上げ、再生していくが、彼の剣はそれ以上の速さで、奥へ、奥へ、首を斬り開いていく。


『こ、の化物ええええええええええええええーー!!』


 ヴィルヘルムが捨て身の反撃を仕掛ける。

 ミハエルがいる左肩の上に、右手で大剣を叩きつけた。

 自身の左肩から左胸まで叩き割り、そこから炎の血が迸る。


『どうだあああーー、赤騎士いいいいいいーーー!!?』


 ヴィルヘルムが叫んだ時、ミハエルは、夕焼の堕天使の頭上高くを跳んでいた。

 直後に、夕焼の堕天使の首の断面に押し込んでいた、炸裂弾が爆発する。


「……お眠りを」

 

 ミハエルは落下しながら、ヴィルヘルムと夕焼の堕天使の首の皮最後の一枚を断ち斬った。


『あ…………に……』


 堕天使の首は落とされ、巨体は炎に包まれながら倒れてゆき、火の粉となって消えていく。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおー!!!」」


 彼の勝利に、王国の騎士たちから歓声が沸き起こる。


 地に降りたミハエルは、呆然と立ち尽くし、


「ヴィルヘルム殿……申し訳ありませぬ……!」


 今までしてくれた、たくさんのことを思い出して、涙を流した。


「ヴィルヘルム……」


 ヤーコプは、散りゆく火の粉に手を伸ばす。


「……バカ野郎が!」


 伸ばした手を、拳に変えて震わせる。


 そんなヤーコプに、ミハエルはゆっくりと近づいていく。


「ヤーコプ殿……」

「俺が裏切ってた方が、お互い楽だったろうな……」


「いいえ。吾輩は知っています……。あなたは、弟想いの真の騎士です!」

「……赤騎士。お前が化物だろうと構わない。俺たちの王国を守ってくれ」


 ヤーコプは、ミハエルにそう願った。


「姫様と父上を頼む!」

「はっ! この命に換えて!」


 ミハエルは騎士たちと別れ、単身、愛馬のリョーマを走らせる。


 メラニーがいる黄昏の城へ――。


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