第二十三話 彼が起きてからの、朝の出来事
翌朝、ミハエルは黄昏の王国の城の中へ向かった。
国王と大臣に、暇を告げるために。
その後は、ただの一介の騎士として、夕闇の黒太子アルフレッドと決着をつけるつもりだ。
朝早く、彼は大広間の扉から足を踏み入れる。
昨夜の祝宴の後、テーブルの上には皿や残飯が散乱し、酔い潰れた者たちが寝っ転がって、愉快にいびきをかいていた。
「……ここともお別れか」
ミハエルは、寂しく思った。
「赤騎士!」
そこへ突然、外から大声で呼ばれて、恐る恐る振り返る。
扉の外からスゴい剣幕で、彼を見ていたのは、伯爵令嬢アリッサだった。
「こ、これはアリッサ殿、おはようご……」
「姫様からの言伝です!!!」
挨拶するミハエルに、アリッサはいきなり叫んだ。
「『今すぐ会うことはできませんが、しばらく時間をください』『だから私に何も言わず、勝手に出ていかないでくださいね』だそうです!!!」
アリッサが伝えた言葉の意味が、ミハエルにはよくわからない。
「アリッサ殿、それはどういう……?」
「ちゃんと伝えましたからね!!!」
アリッサは、フンと背を向ける。
「あっ、待ってください、アリッ……」
「それから、これは私からの警告です!!!」
アリッサはまた急に振り返り、更なる剣幕を見せ、ミハエルを怯ませた。
「何があったかは知りませんが……あれ以上、メラニーを泣かせたら許しませんからね!!!」
「……は、はいっ!」
震える彼の答えを聞いて、アリッサはプンプン怒りながら去って行った。
残されたミハエルは、茫然と立ち尽くす。
「……どういうことだ?」
「そんなの決まっておろう。お主の恋はまだ続いているということだ」
また声をかけられて、今度は大広間の方を振り向くと、そこに立っていたのは虎丸だった。
「と、虎丸。続いているとは?」
「ミハエル。姫様との恋、まだあきらめるな」
「だ、だが、吾輩は……」
「よいではないか。人間と怪物との間であろうとも」
「そんなの許されるはず……」
「ならば、初めから彼女の前に現れなければよかったではないか」
その言葉に、ミハエルは今になって惑わされる。
「お主も、いい加減、腹を括れ、こんな結末、拙者は許さんぞ」
「青武士……」
「姫様のために、まだまだ戦え、赤騎士。お主は、真の騎士なのだから」
青武士の励ましに、赤騎士は心打たれた。
「……わかった。姫様のことは、アリッサ殿の言伝通りしばらく待つことにする」
「よし。それでこそ、赤髪の赤騎士よ!」
「とりあえず、今は……、姫様をお守りするためにも、奴だ」
「うむ。夕闇の黒太子だな」
今日に、黄昏の王国と夕闇の大帝国との和平交渉は行われる。
ミハエルと虎丸は、黒太子がそこの席で何か仕掛けてくると警戒していた。
「奴は、今どこに?」
「まだ部屋で眠っておる。ずっと監視しているが、動く気配はない」
「和平交渉は、今日の午前十時からだったな。何かあるとすればその時か……」
「それで、大臣殿が拙者たちに話したいことがあるらしい」
「なんと。大臣殿には、何かお考えが?」
「そうらしい。行くとしよう」
二人が執務室に行くと、大臣が待っていた。
「来たか」
そこは今、夕闇の黒太子を監視する騎士たちの司令所になっている。
「西の城塞都市から報告が入った。ヴィルヘルムの部隊が帝国との国境付近を警備中、森の中で白兜の大剣士と夕闇の堕天使を目撃したそうだ」
それを聞いて、ミハエルは目を見張る。
西の城塞都市は今、大臣の息子たちである騎士ヤーコプと騎士ヴィルヘルムの兄弟が残って、夕闇の大帝国の動きを監視していた。
「本当ですか、大臣!?」
「そのようだ。そこでだ、赤騎士。お前が城塞都市に行って、事の真相を確かめろ。これがもし事実であるとするならば、帝国との和平交渉が決裂するだけではない。黒太子をどうこうするための口実にも使える」
大臣が、捕囚もしくは暗殺をほのめかす。
「大臣殿、お待ちを」
ミハエルは反対した。虎丸も同感だと態度で示す。
「ここにいるのは黒太子だけではありません。国王陛下とメラニー様もおります。御二方をお守りするためにも、吾輩と青武士、どちらかがこの城を離れるのは危険ではありませんか?」
「拙者も同意見です。二人とも残った方が得策かと」
「いいや。ここは攻める」
大臣は、黒太子を相手に待つ気はなかった。
「今、この城に夕闇の黒太子アルフレッド・ヴォルフガング・エーデルアーベントがいることこそが、絶好の機会。奴が西に白兜の大剣士という駒を置いたならば、私は赤騎士、お前を西に送る。奴と決着を着けるためにも。だからお前は、ヤーコプとヴィルヘルムがいる西へ行ってくれないか」
また、息子たちのことが心配でもあったのだ。
「……わかりました」
「頼んだぞ、赤騎士」
ミハエルは、後のことを虎丸と大臣に託して、西の城塞都市に向かう。
王城と城塞都市の間は、馬を走らせれば半日の距離しか離れていない。
「――来たか、赤騎士」
城塞都市の門の前で、騎士ヤーコプは騎兵隊を準備して待っていた。
父上も余計なことをしてくれたものだ、とヤーコプは不満を隠さない。
彼は、ミハエルと虎丸のことが好きではなかった。
「聞いたぞ。お前、化物なんだってな」
「それは……、帝国が流したデマです」
「だろうな……。これからすぐに大剣士と堕天使が目撃された場所に向かうぞ。疲れてるなどと言わないよな」
「はい。吾輩と愛馬は、まだまだ行けます!」
「よし。お前たち、行くぞ!」
「「オオオオオオオオオオオー!!」」
騎兵隊の騎士たちが、馬上にて雄叫びを上げた。
ヤーコプとミハエルたちは、大剣士と堕天使が目撃された国境付近の森へと馬を走らせる。
そこには目撃したという張本人、ヤーコプの弟、騎士ヴィルヘルムが先に行って、待っているという。
「――――お待ちしておりました、兄上」
森の奥にあった、開けた平原の中で、騎士ヴィルヘルムは立っていた。
部下を連れず、馬にも乗らず、たった一人で。
そこには、軍勢がいた跡も、堕天使のような巨大な足跡も何一つ見当たらない。
この事実に、ヤーコプはすぐに気がついた。
「おい、何もないぞ。ヴィルヘルム。本当にここなんだろうな?」
「……ええ。ここで合ってますよ」
ミハエルが気づいたのは、それだけではなかった。
「…………ヤーコプ殿、お下がりください」
ヴィルヘルムの身体からは、熱く燃え滾るような気配が放たれていた。
――まるで、夕闇の堕天使に変身する帝国の騎士のように。
ミハエルは、ヤーコプをかばうように馬を進ませ、ヴィルヘルムと向かい合う。
「おや、君までどうしたんですか、赤騎士?」
「ヴィルヘルム殿、それは一体……」
しかも、その気配は、今まで遭遇してきた帝国の騎士たちとは、比較にならないほどの強大さを感じさせるものだった。
「……帝国に、何をされたんですかああー!?」
「いいえ。これは――私自ら望んだことです!」
答えたヴィルヘルムの肉体は――、炎に包まれて、巨大化していく。




