表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/40

第二十二話 彼が経験する、初めての別れ

 ミハエルは、城壁の上の歩廊でメラニーと会う。


「月が、きれいですね」

「そうですな……」

「……戦争や交渉があることが嘘のようです」

「…………」


 ここで話す気でいた。


「父のしたこと、どう思いますか?」

「陛下のしたこと……帝国との話し合いですか?」


 メラニーは、呆れているようだった。


「ひどいでしょ、あなたたちが勇敢に戦っているというのに……」

「ですが、陛下の言うことも、一理あるかと……」

「あの人、口では立派なこと言いますけど、結局は、自分のためなんですよ」

「こう言っていましたな。王国と民のために、戦争はもう続けられないと……」


「何が王国と民のためですか。国王という今の自分の地位と暮らしを維持したいだけなんです。あの人の贅沢すぎる暮らしのせいで、今までどれだけのお金が無駄遣いされたことか」


 国王である父親について、メラニーは愚痴をこぼす。


「ならば陛下は……帝国との和睦わぼくの際に、ご自身のお立場は何としても守るつもりだと?」

「そういう人なんです。他の人のことなんて何も考えていない……。娘の私にだって、何をしたか知っているでしょ?」


 紅姫べにひめメラニーは、ただの娘に戻った。


「存じています。陛下は、メラニー様をお城の中に閉じ込めました」

「私は、外の世界を見てみたかった……。なのにお父様は、私が大きくなっても、歪んだ愛を押しつけて……」


「だから吾輩わがはいは……、あなたにさまざまな物語を語って、遂には異世界まで連れて行きました」

「あの旅行もそうですが、初めのあの時は本当に驚きました……。ご自分の武勇を語るばかりだったあなたが、いきなり恋愛小説を持ち出してくるんですもの」


「あなたのことを知って、あなたに楽しんでいただこうと……」

「しかもあんなに続きが気になる物語だなんて……。現実でもそうです。あなたは、私の王国と大事な友人たちを何度も救ってくれました。……私のことも」

「それが……、騎士の務めですから」


 ミハエルとメラニーは、楽しそうに笑い合う。


「次は悪の騎士となって、あなたをどこかへ連れ去ってしまいましょうか……」

「いいですね……。けどここには、アリッサや大臣もいますから……」


 それから、二人はまた黙り込む。


「……メラニー様、お話したいことがあります」

「なんですか? まさか、あなたが『人間』でないとでも?」


 彼女の思わぬ一言に、ミハエルは口を閉ざした。


「……なぜそのようなことを?」

「いえ、そんな噂を小耳に挟んで……」


 赤騎士あかきしの名誉を陥れるため、黒太子こくたいしが仕掛けた情報工作。

 あちらにとってはただの偽情報で、全くのでっち上げ……のはずだったのだが。


「冗談が過ぎますよね。あなたが人間ではないなんて……そんなわけないのに」

「……いいえ、姫様。それは違います」

「……えっ?」

「それは、事実なのです」


 メラニーの顔から笑みが消える。


「ちょっと、赤騎士。何を言って……」

「人間に化けているだけで、吾輩は……、人間ではないのです!」


「どうして……?」

「ここに来て、あなたとお会いしたかったから! あなたに助けられたご恩をお返ししたかったから! ……いいえ、それだけではありません!」


「……なぜそのようなことを言うのです?」

「吾輩は、真の騎士……。あなたにもう嘘はつきたくない! 姫様、吾輩は……」

「もういい加減にしてください!」


 彼女が、とうとう怒り出す。


「何かと思えば、わけのわからないことを! 私を楽しませるための新しいお遊びですか!? だったら、赤騎士! おふざけにも程がありますよ!!」


 彼女は、信じようとしない。


「まったく、もう、お父様やアルフレッドだけでなく、あなたまで……あなたまで、どうして私を苛立たせるんですか……」


 ――彼だけは、不器用な彼だけには、


「……あなたには、笑わせてほしいのに」


 城に囚われた私を救う、騎士でいて欲しいから。


「……そうですか、姫様」


 だからこそ、彼は、彼女に知ってほしい。


「ならば……直に、お見せするかありませんな」


 彼女だけは、裏切りたくないから。


「……えっ?」


 メラニーが気づいた時には、ミハエルは胸壁の上によじ登って、


「どうか、見てください。吾輩の正体を!」


 勢いよく、城壁の外側の方へ飛び降りた。


「――赤騎士!」


 メラニーは叫んだが、彼の姿は城壁の下へと落ちていく。


 彼女は胸壁から顔を出して、城壁の下の様子を伺うが、真っ暗で何も見えない。


 彼の姿は、完全に闇の中に沈んでしまっている。


「ああ、そんな、そんな……。誰か、誰か!?」


 彼女は混乱し、誰でもいいから助けを呼ぼうとすると、


『………………メラニー様』


 壁の外に広がる闇の底から、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。


「……ミハエル?」


 メラニーがまた、胸壁の外の方を振り向くと、


『……はい』


 闇の底から、『彼』は現れた。


「……ミハエル?」

『はい』


 彼女の目の前に。


「…………そんな、そんな!?」

 彼女は、はっきりと見た。

『そうです。これが、吾輩です』

 彼は、はっきりと己を露わにする。


『これが、赤髪あかがみ赤騎士あかきしの真の姿です』


 メラニーは、赤い怪物の前から走り去って行った。

 全てから逃げるように、悲しみの涙を流しながら。


 ――城壁の外側の地面で、人間の姿に戻った赤騎士は茫然と立ち尽くす。


「これで、よかったのか?」

 後ろから虎丸が、話しかけた。

「もちろんだとも……。姫様には、本当のことを知って欲しいから」

「……まったく。お主は、本当に不器用でござるな」


 全くだ。


 ダメだぞ、赤騎士。


 騎士たるもの、貴婦人を泣かせてどうする。


「夜遅く、失礼するよ」


 だから私は、彼女の部屋に行った。


「だ、だれ!?」


 机の上にうずくまっていたメラニーは起き上がり、涙に濡れた顔を上げる。


「あなた……、魔法使いさん?」

「そうさ。彼を騎士にしてあげた魔法使いさ」


 私の気軽な挨拶に、メラニーは緊張する。


「私に何か御用ですか?」

「無礼は承知している。けど、どうしても君に彼のことを知ってほしくてね」


「彼のこと……、彼があんな怪物だったことですか!?」

「そうだ。彼が人間になる前の、怪物としての本性をだ」


「そんなの……知りたくありません!!」

「彼は、人喰いの怪物なんかではないよ」


「……えっ?」

「彼は、かわいい子さ。一人ぼっちで、寂しがり屋で、外の世界を夢見てきた、かわいくて、かわいそうな子なんだ。箱入りの君のようにね」


 何も言えない彼女に、私は水晶玉を持ち上げて見せた。


「それは?」

「元は彼の拾い物だよ。さあ、見てごらん。彼の本性を」


 魔法の水晶玉の中に、私は彼の姿を映し出す。

 彼が、赤い怪物だった頃を。

 

 真っ暗な洞窟の中で、ずっと一人ぼっちで暮らしていた寂しそうな姿を。

 洞窟の外に出たら人間たちにいじめられて、また洞窟の中に泣きながら逃げ込む羽目になるかわいそうな姿を。

 偶然にも魔法の水晶玉を拾って、外の世界を覗き見るかわいい姿を。


 だから彼は、外の世界に憧れた。

 いつか人間の騎士になって、世界中を旅するという叶わぬ夢を。


 メラニーは、痛感する。

 まるで、お城に囚われていた自分のようではないか。


 さらには、まだ幼かった頃の思い出がよみがえる。


「彼に、見覚えがあるだろ?」

「……まさか?」

「そうだよ。君は、一度だけ彼と会っている」

「あの時の……」


 子供たちにいじめられていた赤い怪物を、幼かった彼女は、勇気を出して助けてあげた。


「だから彼は、君に恋をした」

「恋?」

「だから彼は、叶うはずもなかった夢を見た。人間の騎士になれる夢を。もしそうなれれば、お姫様である君のそばにいられるから」

「……叶うはずもなかったその夢を、魔法使いであるあなたが叶えた?」

「そうとも。彼と君のために」


 彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。


「あなたはなぜ、私の前に現れたの?」

「なあに、彼のことをフォローしたかっただけさ。友達としてね」

 

 そのぐらい、誰でもしていることだろう?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ