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第二十一話 彼が話すのは、きれいな月の下で

 先日、夕闇の大帝国のある大工房にて。


「……フハハハハハハハハハハハハ!」


 夕闇ゆうやみ黒太子こくたいしアルフレッドが、高笑いを上げた。


「……ようやく、ようやく! ようやく、完成したぞ!!」


 黒太子の周りにいる者たちからは、拍手が送られる。


「とうとうやったわね」

 右から、豪華な青い衣装をまとった女性が褒めた。

「おめでとうございます。アルフレッド様」

 左からは、白衣の女騎士ルーチェが祝福する。


「……ああ。ようやく復活だ」


 最後に、白兜の大剣士が笑った。

 顔を覆った兜の中から、図太い声で楽しそうに。


 黒太子たちが見ている前には巨大な夕闇の堕天使がそびえ立ち、その顔は、炎や溶岩のように熱く燃えていた――。



 人間ではないと、紅姫べにひめメラニーに告白する。

 城の中で、ミハエルは、確かに私にそう言った。


「やめておけ、赤騎士あかきし。お前の正体を知れば、彼女はどう思う? 黄昏たそがれ王国おうこくの者たちはお前にどんな反応をする? 今までがんばって築き上げてきたここでの暮らしを、自らの手で壊す気か?」


 私は説得するが、ミハエルは聞かない。


「いいえ、できません。魔法使い殿……。これ以上、姫様をだましたくない!」


 騎士道を信条とする彼の決意は固かった。


「冷静になれ。恋する男と女は、誰でも多少の秘密は抱えているものだぞ」

「真の騎士たるもの、常に正直であれ。そう教えてくれたのは、魔法使い殿。あなたではないですか!?」


「黒太子が、王国に来ることは聞いただろ? こんな時にか!?」

「こんな時だからこそです! 奴との決着が近いのかもしれないからこそ……吾輩わがはいが怪物だと黙っているのは、姫様に申し訳ありません!!」


 結局、彼を説得することはできなかった。

 魔法を使う気になど、なれなかったとも。


「わかった。ならば私も……、お前に言っておかなければならないことがある」



 そして、黄昏の王国に、西から夕闇の大帝国の使節がやって来る。


「よく来てくださいました」


 城塞都市の西側の城門前で出迎えた黄昏の王国の大臣が、使節団の先頭にいる人物に向かって、礼儀正しく頭を下げた。


「うむ。出迎え、ご苦労。大臣」


 夕闇の黒太子アルフレッドは、尊大な態度を見せる。


 黄昏の王国と夕闇の大帝国。

 戦争を続けてきた両国の大将同士が、こういう形で対面する日が来ようとは。


 大臣の後ろに控えるのは、ヤーコプとヴィルヘルム、王国の騎士たち。

 黒太子の後ろに並ぶのは、白衣の騎士たち。

 戦場で何度も刃を交えてきた両国の騎士たちは、この場にて激しく睨み合う。


 黒太子のすぐ後ろで、白衣の女騎士ルーチェは無表情のまま凛と佇み、白兜の大剣士は両腕を組んでただ立っているだけだった。


 大臣は、アルフレッドに言った。


「殿下。まずはあそこの天幕の中で、同行者共々、手荷物検査と魔力検査を行ってください」

「うむ。いいだろう」

「それから、この衣服にお着替えを」


 大臣が召使いを使って、畳んだ衣装を黒太子に見せた。


「うん? このままの格好で黄昏の王国に入っては駄目だというのか?」

「天才魔術師であるあなたの魔術を封じるためです。服の中に何かを仕込まれて、いきなり堕天使でも召喚されては、たまったものではありませんから」


「おいおい。それじゃあ私が王国にいる間、身の安全はどうやって保証してくれるというのだ?」

「ご安心を。四人の同行と剣の所持は許可します。またこちらからは、この者が肌身離れず、あなたをお守りいたしますので」


 そう言って、大臣の後ろから刀持ちの青年が出てきた。


「”青浪あおなみ青武士あおぶし” 高倉虎丸。今さら名乗りは必要ありませんな、黒太子殿」


 虎松が出てきた瞬間、黒太子の前に、白衣の女騎士ルーチェが進み出る。

 アルフレッドの後ろでは、白兜の大剣士が両腕を組んだままだ。


「お前か。前回の戦争ではやってくれたな」

「お褒めいただき恐縮。だが、それは互いに昔からであろう?」

「お前が護衛だと? 刺客の間違いだろ?」

「それもまたお互い様。そなたを自由にさせては、そこの女に、ここにいる者の首全てはねられてもおかしくはないのでな」


 王国からの護衛兼監視が、異国のサムライとはな。

 虎丸の不敵な笑みに、女騎士ルーチェは眼を鋭くした。


「おい、大臣。この狂犬、信用できるんだろうな?」

「ええ、信用できます。少なくともあなたよりは」

「フン……。ところで、赤騎士はどうした?」


 アルフレッドが聞いたとおり、ミハエルはこの場にはいなかった。

 大臣は答える。


「あの者は、自ら引き下がりました。あなたを目にしただけで、自分が何をするかわからないからだと」

「……そうか。残念だ」


 それを聞いて、アルフレッドはにやりと笑う。


「奴がいないならばもう安心だ」


 そこで、後ろから白兜の大剣士が言って、アルフレッドに背中を向けた。


「予定通り、オレは帰るぞ」

「ああ、ルドルフ……。予定通り、増やしておけ」


 黒太子の言葉を聞いて、大臣と虎丸は怪しむ。


 側近である白兜の大剣士を連れて行かないとは。

 増やしておけとは、夕闇の堕天使をか。


 大剣士は、帝国の方へ帰って行く。


「では、黒太子殿下。どうぞこちらへ――」


 黒太子は天幕の中に入って、しばらく経ってから着替えて出てきた。


「それでは、行きましょうか。黄昏の王国へ」


 アルフレッドが、客人らしく愛想笑いを浮かべる。王国の方へ進み出し、大臣と虎丸と女騎士、王国と帝国双方の騎士たちがついていく。


 黄昏の王国と夕闇の大帝国は、以前は極めて友好的な同盟国だった。


 両国の王族と皇族同士が、家族同然につき合うほどに。

 此度の帝国の皇太子アルフレッドの王国訪問と、戦争終結を目標とした和平交渉がすんなりと実現したのもそのためだ。


 その時の会議で、以前の婚約が議題に上がるのは、誰の目にも明らかだった。


 城門を通ったアルフレッドが十歩ほど進んだところで、待っていた紅姫メラニーが笑顔で出迎える。


「久しぶり……。アルフレッド」

「やあ、メラニー。私の婚約者フィアンセよ」


 二人が笑い合う姿を見て、虎丸は、戦争が始まる前、ミハエルと一緒に初めて紅姫に会いに行った時のことを思い出す。


 紅姫メラニーの取り繕った笑みと、黒太子アルフレッドの傲慢な笑みは、あの時よりもさらにひどいものになっている。


 メラニーの後ろからは、親友のアリッサが心配そうに見つめていた。


 今、メラニーの指に、彼から贈られた指輪はない。

 アルフレッドのご機嫌を取るためだ。

 帝国との交渉には、王国の運命がかかっている。


「反対です! どうして今になって帝国と話す必要があるのですか!?」


 使節団が来るまで、大臣は何度もそう訴える。

 しかし国王は、聞こうとしない。


「せっかく向こうが話したいと言ってきているのだ。聞かなくてどうする?」

「しかし!」

「大臣よ。いつまで戦争を続ける気だ?」


 国王にそう問われ、終結までの打開策を見出せない大臣は何も言えない。


「我が国はもう限界だ。度重なる戦乱で、土地も、兵も、民たちも疲れてきている……。わかるな、全ては王国と民のためなのだ」

「……よくもそのような口を」

「貴様……愛する息子たちがどうなってもいいというのか!?」

「元はと言えば……あなたのせいで始まった戦争でしょうが!?」


 夕闇の大帝国の使節団一行は、王都の城まで招かれた。

 その日の満月がきれいな夜に、大広間で贅沢な歓迎会が開かれる。

 メラニーは、体調不良を理由に出席しなかった。


 宴の最中、黒太子アルフレッドは、女騎士に協力させて、密かに大広間から抜け出す。

 彼女を探しに行く気だ。



 ――虎丸には、退いてもらった。



 アルフレッドが暗い廊下を進む。


 誰もいないなと調子に乗って、歩みを速めた。



 その途中で――、暗闇の中に立っていた私とすれ違う。


 魔法使いである、私と。



 私の前を通り過ぎ、十歩ぐらい進んだところで、アルフレッドは足を止める。


 じっと立ち尽くしてから、ゆっくりと振り返り、


 振り向いてくれるのをずっと待っていた、私と目が合った。


「お前は……」


 黒太子は、


「…………お前か?」


 驚愕と恐怖の余り、笑うことしかできない。


「――ああ。私だよ」


 私は久しぶりに会えた友にするように、優しく微笑んだ。


「……なぜ、ここに?」

「お前と同じさ。行き方は異なるがね」

「……赤騎士と青武士もお前か?」

「そうだ。立派な騎士と立派な武士にしてあげた」


 黒太子は震え、私はニコッとした。


「安心しろ。私は、お前に何もしない」

「…………なに?」

「もう一度、言おう。私は、お前に、何もしない」

「……言ったな?」


「ああ。約束するとも。手出しはしない。せめてもの償いだ」


 それを聞いて、黒太子はやっと笑えた。


「破った時には、貴様の負けだぞ!」

「いいぞ。それで」

「貴様の負けだからな!」

「いいとも。私の敗北で」

「後悔させて……」

「あと、これは忠告だ」


 黒太子の言葉を遮って、私はまた笑う。


「赤騎士と紅姫には手を出すな」

「……なに?」


「後悔することになるぞ」

「なんだと!?」


「そうなりたくなければ、今の現実を受け入れ、戦争など止めて、夕闇の黒太子としての義務を全うすることだ」

「貴様!?」


「そうすれば、今度こそお前は、幸せに生きられる。この世界で」


 私の言葉に、黒太子は怒りに震えながら去って行った。


 そうとも。

 お前をやるとしたら、それは私ではない。

 赤騎士だ。



 その頃、メラニーは、ミハエルと会っていた。

 満月が見える城壁の歩廊の上で、二人っきりで。


「月が、きれいですね」

「そうですな……」

「……戦争や交渉があることが嘘のようです」

「…………」


 彼は、ここで話す気でいた。


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