第十七話 彼が探すのは、家出した紅姫
いつものように、ミハエルは西の戦場に向かって、メラニーは城に残った。
事が起こったのは、四日後。
「……メラニーはどうしている?」
事の始まりは、玉座に座る男のそんな一言だった。
黄昏の王国の国王。メラニーの父親だ。
「はい」
すかさず王の前に、メラニーの監視役を務めるあの監督官が進み出た。
「最近の姫様は、部屋で読書だけでなく、劇に歌、絵や踊りなど、自らも作曲作劇し、歌って、踊って、演じております。それはもう、いつも楽しいご様子で……」
「そうか……」
王は、娘の楽しい姿を想像する。
――気に食わない。
「メラニーに伝えろ。今日より本、劇、歌、踊り、絵、芸術、外出も全て禁じるとな!!」
「はっ……はい?」
常に冷静で、忠実な監督官ですら戸惑う、王の気まぐれ。
「貴様、なんだ、その返事は!?」
「い、いえ、失礼いたしました!」
「さっさとやらんか! わしは、国王だぞ!! これは、勅令だあああああー!!!」
黄昏の国王とは、こんな男だった。
こんな男が父親であり国王であることが、メラニーと王国の人たちにとって不幸であり、災いであった。
国王の勅令は、すぐに実行される。
メラニーの部屋にあった本、紙、筆、小道具などは全て没取され、部屋の外に持ち運ばれていく。
ミハエルがあげた本やしおり、私が作ってあげた魔法の本も、全て焼かれる予定だ。
大事な物が奪われていく様子を、メラニーは部屋の隅で見ていることしかできない。
アリッサと侍女たちもだ。
広く、空っぽになった部屋の真ん中で、メラニーは呆然と立ち尽くす。
「メ、メラニー……」
彼女の背後から、アリッサが恐る恐る話しかける。
「……出てって」
彼女は、背を向けたままそれだけを言った。
「メラニー……」
アリッサは、胸が張り裂けそうになる。
「……いいから出て行って。お願い」
「……ごめん」
アリッサたちはおとなしく部屋を出て、扉を閉じた。
アリッサたちに、本はある、歌も歌える、外に出かけられる。
「……………………ああ、もう」
自由がある。
「ああ、もう! なんで! なんで! なんでー! なんでなのよおーー!!」
そんなアリッサたちでも廊下に立ち尽くし、メラニーが泣き叫ぶ声を聞くことしかできなかった。
それから、さらに三日後。
メラニーが待ったが、ミハエルはまだ帰ってこない。
代わりにはとてもならない宝石商が、メラニーの部屋にやって来た。
太っちょの商人で、十年も前から王国の諸侯と官吏たちに評判だという。
つくづく救いがたいことに、娘のご機嫌を取ろうという国王の差し金だ。
「姫様、はじめまして」
「……いらっしゃい」
宝石商が部屋に入ってきても、メラニーは机の上に突っ伏したままだ。
大陸各国から集められたダイヤ、ルビー、サファイア、美しいドレスやネックレスが披露されても、彼女が机の上から起き上がることはなかった。
「姫様、どれもお気に召されませんか?」
「そうね……。もういいわ、お帰りになられて」
「いえ、そう、おっしゃらずに……。最後にとっておきの品がございます」
「いいわよ、もう……」
「いえいえ、きっとお気に入りになされるはず……」
宝石商は、机の上でうつ伏せのメラニーにそっと近寄って、耳元でささやいた。
「私があなた様を……外の世界にお連れしましょう」
翌朝、部屋の中から、メラニーが消える。
「姫様がいなくなった!?」
西の戦場で、ミハエルが聞いたのは、その日のうちのことだった。
「そうだ。まだ公にはされておらぬが、今、城は大騒ぎらしい」
知らせたのは、虎丸だ。
「おそらく姫様の家出であろう。今までの束縛だけでなく、此度の陛下の仕打ちとなって、とうとう耐えられなくなったのだ」
「吾輩が不甲斐ないばかりに……」
彼女の様子は伝わっていたが、戦場にいる二人にできたことは、励ましの手紙を送るか、戦争を早く終わらせるために奮闘することだけだった。
「……嫌な予感がする」
「拙者もだ。するのは企みの臭いよな」
「青武士。吾輩は今すぐ姫様を探しに行きたい。ここは任せてよいか?」
「構わんぞ。必ずや王国の勝利を誓おう。お主は必ず姫様を笑顔で連れ戻せ!」
「恩に着る!」
ミハエルと虎丸はそう言うが、
「君たち、何を相談している?」
会話している二人を、見ている者たちがいた。
「……ヴィルヘルム殿!」
二人の上官、騎士ヴィルヘルムだった。
「赤騎士……。今、君がやろうとしていることは、独断専行かつ命令違反だぞ。わかっているのか?」
「は、はい!」
「もしかしたら王国と仲間たちを見捨て、自分が処刑されることになるかもしれないんだぞ。本当にわかっているんだな!?」
「……承知しています。ですが、吾輩は……姫様を放ってはおけません!!」
「よく言った! 行って来い!」
ヴィルヘルムと虎丸に送り出されたミハエルは、城内の厩舎に走って、愛馬のリョーマにまたがり、
「こらー! 命令違反だぞ! どこに行く気だ、赤騎士ー!」
騎士ヤーコプが止めるのも聞かず、王国の方へ飛び出して行った。
騎士としてあるまじき行為だが、決して恋に浮かれているわけではない。
ミハエルは、陰謀の臭いを感じ取っていた。
「もっと早く行ってあげていれば……」
ミハエルは馬を走らせながら、悔いる。
『赤騎士、宝石商を見つけたぞ』
彼の元に、秘密の指輪による念話を通じて、虎丸から新たな報告が届く。自身の情報網によって知り得た情報だった。
「どこだ!?」
『宝石商は荷物をたっぷり乗せた馬車に乗って、ツヴェルクの森に向かっているらしい』
「……なんだと?」
王国の北に広がる、ツヴェルクの森。
そこを目指すメラニーは、道を進む幌馬車の荷台の中で、城から抜ける時に隠れていた木箱から出て、目的地に到着するのを待っていた。
「まだなの?」
「落ち着いてください。もうすぐです」
荷台の中から尋ねると、馬車の座席で手綱を握る宝石商は答えた。
「それにしても驚きましたよ。姫様がツヴェルクの森に行きたいと言った時には」
「あら、どうして?」
「いえね。私もそこにお連れしたいと思っていたのですよ……」
そこは、森林と岩山が重なる起伏のある地形だった。
洞窟が多くて、妖精が住んでいると伝えられてきたことから、小人の森と呼ばれるようになる。
実際に妖精や小人は住んではいないが――、十年以上前からある噂が広まっていた。
「着きましたよ」
幌馬車が止まる。
メラニーは立って、荷台の中から外に出た。
「ここは……」
本当に、森の中だった。
緑溢れるたくさんの木々に囲まれて、すぐそばには山がそびえる。
メラニーが、幼い頃、両親と一緒に来たことがある場所。
ずっと長い間、自分の意思で行くことはできず、本や劇の中で想像するしかできなかった光景。
何もないところだが、ここは、彼女が行きたかった外の世界だった。
山の方を向くと、ぽっかりとした洞穴が見えた。
穴の奥には、深い深い洞窟が広がっているのだろう。
きっと道に迷ってしまうだろうが、奥へ奥へと進んでみたい。
やっとできる、憧れの大冒険。
そう思うだけで、彼女の心は、喜びで満たされていった。
そこへ――、せっかくの喜びを壊すかのように、森の奥から大勢の足音が聞こえてくる。
軍隊が歩く音だとすぐに気づいて、彼女は森の方を振り返った。
森から現れたのは、夕闇の大帝国軍の部隊。
白い毛皮をかぶった大柄な戦士を先頭に、白衣の騎士たち十人、さらに多くの黒兜の兵士たちが集まってくる。
メラニーの前まで来ると、戦士と騎士と兵士たちは、宝石商と一緒に跪く。
「姫様、お迎えにあがりました」
白毛皮の重戦士は忠誠心を示して、彼女にそう言った。




