第十六話 彼が暴くのは、真夜中の真相
誰かに抱きかかえられて、足下の王都の夜景がぐんぐんと遠ざかる。
気づいた時、アリッサの身体は夜の空高く舞い上がっていた。
なに? なに? なに!?
いきなり自分が鳥や魔女のように空を飛んで、アリッサは困惑し、手足をジタバタと動かす。
ビクともしない。
誰かの両手で、捕らえられていた。
一体、誰なの?
アリッサは勇気を振り絞って顔を上げ、相手の顔を確かめる。
本物のガーゴイル。
一瞬そう思ったが、実際には違った。
アリッサを夜空へと連れ去ったのは、顔に白い仮面をかぶり、闇の天使のような黒衣を着て、黒い翼を羽ばたかせる謎の怪人だった。
察しのいいアリッサは、瞬時に悟る。
この怪人こそが、一連の事件の犯人だと。
娘たちが消えたのは、怪人がこの翼で空に連れ去ったから。
娘が離れた場所で見つかったのは、怪人が空から落としたからだ。
誰にも見られなかったのは、怪人が闇夜に潜んでいたからに他ならない。
そして今夜、犠牲となるのは、私自身――。
そう思うと、アリッサは涙を浮かべ、恐怖と使命感で、誰かに伝えたくなる。
青武士に、赤騎士に、メラニーに。
何とかして、知ってほしい。
そう思った時だった。
「……アリッサ伯爵令嬢だな?」
いきなり白仮面の怪人に聞かれ、アリッサは骨の髄まで背筋が凍った。
「……な、なに!?」
「すまないが、一緒に来てもらうぞ。お嬢様」
白仮面の裏で笑われ、アリッサはますます混乱する。
怪人の狙いは、初めから自分だったのか?
あんな事件を起こしたのは、自分を探すか、誘き寄せるため?
どうして自分を――いや、まさか!?
「……あなたの本当の狙いは、メラニー?」
怪人は、白仮面の裏で押し黙る。
アリッサは、図星だと確信した。
「何をする気!? 私を利用して、メラニーに何を!?」
「……少し、ひどい目に遭ってもらおうか。お嬢様!!」
落とされる。
アリッサは、震えた。
「――いいや」
しかし、
「落ちるのは貴様だ、悪党!」
怪人の両腕と両翼が、アリッサを一切傷つけることなく斬り落とされる。
アリッサの身は、暗い空へ投げ出された。
「……きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」
「おっと」
アリッサは夜空を落下して、空中で誰かに抱きかかえられた。
すぐ下には、王都の凱旋門前の広場がある。
アリッサが涙目で見上げると、助けてくれたのは、赤き竜の仮面。
腰に剣を帯び、赤衣を身につけ、竜の翼を羽ばたかせる新たな怪人であった。
「だ、だれ?」
「オレか……。オレの名はドラクル! 悪竜仮面ドラクルだ!」
「…………はあああああああああああああああああああああっー!?」
変な名乗りに、アリッサは呆れながら驚愕する。
「なんて名乗りだ、カッコ悪い」
空飛ぶ怪人は、後ろにもう一人。
「せっかく美しいお嬢さんを救ったのだ。もっとビシッと決めたらどうだ?」
そこにいたのは、青烏の仮面をかぶり、黒鳥の翼を羽ばたかせる怪人であった。
「もう安心だ、お嬢さん。俺の名は、魔天王カルラ! 俺が来たからには……」
「さっきからなんなの、もうー!?」
カルラのはいかにも口説き口調だが、アリッサはやけっぱちであった。
悪竜仮面ドラクルと魔天王カルラ。
謎の怪人が、さらに二人も。
はたして、その正体は――何も言わないでおこう。
「お、おのれ……」
下で、凱旋門の上に落下した白仮面の怪人が、よろよろと立ち上がる。
それを、ドラクルたちはじっと見下ろした。
「カルラ、このお嬢さんは任せた! オレは、奴を倒す!」
「きゃあっ!」
空中でアリッサはドラクルに放り投げられ、カルラに受け止められる。
「よっと。心得た!」
「ちょっと! レディの扱いはもっと丁重に!」
アリッサが言うのも聞かず、カルラはその場から飛び離れた。
ドラクルは、下へ。
凱旋門前広場の空の上に降りた。
そこには、白仮面が斬り落とされた両腕と両翼を元通りに再生させながら、凱旋門の上に鎮座して待っていた。
さらには両者の周りに、他の者たちが集まってくる。
空の上に、白仮面をかぶった黒翼の怪人たち。
建物の屋根の上には、黒仮面の紫翼の怪人たち。
白仮面の怪人の仲間たち、計二十人の群れが、ドラクルを包囲する。
「悪竜仮面……貴様、何者だ?」
凱旋門の上にいる白仮面が、ドラクルに問うた。
「その竜の翼……竜人? それとも竜化か?」
「オレの正体か。言うはずないだろう」
「そうか。ならば力ずくで……」
「貴様らの正体はわかっているぞ。黒太子の手先ども」
ドラクルにその言葉を突きつけられて、白仮面――白衣の騎士団の秘密工作員たちは黙らされる。
「空からこのように仕掛けてくるとはさすがに驚いたが、所詮は無駄なあがき。もう貴様らの好きにはさせんぞ!」
「そうか。ならば本当に――力づくでヤルしかナイようだアアああー!」
白仮面の怪人は絶叫すると、凱旋門の上で変身した。
巨大な漆黒の鳥の巨大な翼を広げた――夕闇の堕天使に。
その名は、夕闇の大天使。
天才魔導師アルフレッドが新たに創り上げた、夕闇の堕天使の改造型だ。
「騎士に翼を与えただけではない……。堕天使の空中飛行まで成功させたか!!」
ドラクルは、夕闇の黒太子が堕天使をさらに発展させたことに怒りを滾らせる。
『そうトモ! あの方がくれたこの力をモッて、貴様を倒してから、紅姫様をお迎えするとしよう!』
夕闇の大天使が、巨大化により正気を失って、凄まじい殺気を放つ。
周りからは有翼の秘密工作員たちが剣を抜きながら、空の上で彼を包囲した。
「……こんな奴らの一部になどしおって」
奴らに対して、ドラクルは動かず、腰からゆっくりと剣を抜く。
『さあ、イクぞ。カカレエええエエーーー!!!』
夕闇の大天使が巨大な黒翼を羽ばたかせて、凱旋門から勢いよく飛び立った。
秘密工作員たちが一斉に突進して、ドラクルに猛然と斬りかかってくる。
ドラクルは、竜の翼を羽ばたかせ、
「――眠れ」
敵の前から消える。
――速すぎたのだ。
彼の翼を持ってすれば、造作も無いこと。
凱旋門前広場の空の上で、夕闇の大天使は、仲間共々真っ二つに斬り裂かれた。
「言ったろ。無駄なあがきだと」
その光景を、アリッサは、屋根の上でカルラに守られながら見ていた。
夕闇の大帝国の秘密工作員たちは、夕闇の黒太子アルフレッドの肉体改造を受けて、翼と飛行能力を授かり、遠く離れた黄昏の王国の王都に空の上から侵入した。
当初の目的は、潜入した王都での情報収集と破壊工作。
戦争中であれば、ごく当たり前の任務だ。
最初は、それだけのはずだった。
しかし強欲な黒太子アルフレッドは、今回の計画を思いつく。
メラニーの性格を利用しようと、工作員たちに今回の怪事件を起こさせたのだ。
オカルト好きな彼女であれば、必ずこの怪事件に飛びつく。
彼女の友人であるアリッサ伯爵令嬢もそのはずだ。
そうして、彼女たちを王都に誘き寄せたところで、夜空を飛ぶ工作員たちに拉致させる。
メラニー自身を拉致できれば、御の字。
アリッサであれば、人質にしてメラニーを誘い出せばいい。
全ては、紅姫メラニーを手に入れるための黒太子アルフレッドの陰謀。
事件に巻き込まれた娘たちは哀れにも、そんなものの犠牲となったのだ。
工作員たちにとって幸運だったのは、アリッサを自宅で誘拐できたこと。
不運だったのは、既に真相は、あの二人に見破られていたことだ。
「――説明は以上です」
王城の執務室で、ミハエルは今回の事件について黄昏の大臣に話し終える。
大臣の部屋の隅には、虎丸が立っていた。
「空から侵入されるとはな……」
大臣は、歯痒い想いだった。
「よくやった、赤騎士、青武士」
事件の真相は、白日の下に晒される。
これ以後、王国の各都の上空には魔法をかけた風船を使って結界が張られることになった。
黒太子と大帝国の想像を越える魔術と陰謀は、黄昏の王国の人々を戦慄させた。
「――以上が事件の真相です」
ミハエルと虎丸は、事件解決までの経緯をメラニーに話し終える。
彼女を必要以上に心配させないため、多少の改ざんはやむを得なかった。
「ご苦労でした、赤騎士、青武士」
メラニーは笑顔で、二人を労った。
彼女の傍らには、アリッサが立っている。複雑な表情でムスッとしていた。
「アリッサも無事で良かったわね」
「えっ……ええ、ええ。一時はどうなるかと思ったわ!」
アリッサの元気そうな姿に、ミハエルと虎丸は安堵した。
「ところで、赤騎士。今度は王都に謎の怪人たちが現れたそうね?」
突然その話題を振られ、ミハエルはドキッとなる。
「悪竜仮面ドラクルと魔天王カルラ。あの後もいろんな事件を解決しているとか」
「そ、そのようですな……」
「新たな指令です! 今度はその二人の正体を調べてきなさい!」
ミハエルは呆然となり、虎丸は微笑む。
「二人とも、もちろんできるわよね?」
「え、ええ! もちろんですとも! それでは、失礼しまーす……」
ミハエルたちは退室し、廊下を歩く。
「……さて、どうするか」
「どうしたものかな」
ミハエルは困り、虎丸は楽しそうだ。
「兄者と魔法使い殿に代役でもしてもらうか?」
「バカを言え! 浪平殿にあんなマネさせられるかー!」
「なんの。兄者はああ見えてとんだ洒落者だぞ。娘っ子の前ならばなおさらよ」
「そなたら兄弟は、その女癖を直せー!」
カッカと笑う虎丸に、ミハエルは怒る。
「魔法使い殿ー! 聞いておりますなー! あなたもですぞー!!」
おう、聞いているとも。
その頃、二人が出た部屋の中では、
「ねえ、メラニー……。怪人の正体だけど……」
「ええ。わかってるわ」
おや、お見通しだったかな。
アリッサはそっと扉を開けて、まだ廊下で騒いでいる二人を覗き見る。
「……ありがと」
そんな彼女に、メラニーはニコニコ顔だ。
「ねえ。聞かせてよ。どんな、大冒険だったの?」
「そうよ、聞いてよ……もう怖かったんだからー!」
アリッサは興奮しながら、喜怒哀楽になって語り聞かせるのであった。
――だから、気付かない。ミハエルと虎丸も。
親友のアリッサまで外での冒険に恵まれて、メラニーの心は鬱憤が溜まる一方だったことに。




