第十四話 彼に迫るは、白衣の女騎士
「いくぞ」
「はっ」
南方諸国連合との開戦から四日目の夜明け、今度は、白衣の女騎士ルーチェが夜襲を仕掛ける。
白衣の騎士団長として、部下である騎士たち五人を引き連れて、貿易都市の城壁の北東にある塔の窓に縄を括り付け、谷を這い上がるようによじ登った。
塔の中や周りに、見張りはいない。
女騎士は特に気にせず、ここから最も近い北の城門を目指して、城壁の上を音を立てずに進む。
城門を内から開くことができれば、数で勝る連合軍の勝利だ。
その数は、今や二万まで膨れ上がっている。
北の城門前では、門が開かれた瞬間になだれ込もうと、密かにベン辺境伯率いる傭兵たちの精鋭部隊が、今か今かと待ち構えていた。
北の門から最も近い都市の城を愛しの女侯爵ごと落とすつもりで。
やがて、白衣の騎士たちが城門を内から開こうと、城壁の上から城門の前に降りた時だった。
「そこまでだ。白衣の騎士団!」
騎士ヤーコプ率いる待ち伏せ部隊一千が、出てきたのだ。
白衣の騎士六人の周りを兵士たちが剣や槍の刃をかざして取り囲み、城壁や塔の上から弓矢や炸裂弾で狙いを定める。
「やはり読まれていたか」
六対千だろうと、女騎士は動じない。
「おとなしく、武器を捨てて投降しろ! さもないと……」
「変われ」
「はっ」
女騎士の前に、一人の白衣の騎士が進み出る。
すると騎士の全身が白く光り、瞬く間に巨大になっていった。
変身したのだ。
夕闇の堕天使に。
魔導師でもあるアルフレッドは人間の堕天使化に成功し、騎士の一人に紛れ込ませていた。
現時点で人間に戻ることは不可能であったが、その騎士はためらうことなく我が身を捨てる。
それを、虎丸が情報として掴み、ここで使ってくるとミハエルは読んでいた。
「炸裂弾、投下ー!」
聞いた時は信じられなかったが、ヤーコプは冷静に指揮し、騎士たちは速やかに炸裂弾を投擲する。
白騎士が堕天使化した直後、火がつけられた炸裂弾が何十発と飛来して、爆風、爆炎、爆音が続々と積み重なった。
これによって堕天使は粉砕され、女騎士たちは肉片すら残らないだろう。
――そのはずだった。
「なにー!?」
爆煙が晴れて、ヤーコプは驚愕する。
夕闇の堕天使は、生きていた。
しかも身を伏せるように片ひざをつき、大剣と両腕を盾にして、我が身と女騎士たちを守っていた。
こうしてくるとわかってて、変身直後から防御体勢を取ったのだ。
「先を読めるのは、お前たちだけではないということだ」
そう言った女騎士に応えるかのように、爆発で右腕が欠けた堕天使は、左手に大剣を手にして悠々と立ち上がる。
巨大な夕闇の堕天使を初めて前にして、貿易都市の騎士たちは恐れ慄くが、
「恐れるな、兵士たちよ! あんな木偶の坊どうとでもできるー!」
騎士ヤーコプは檄を飛ばし、
「お前たち、あの化物どもとどうやって戦うか手本を見せてやれー!」
「「おおおおーー!!」」
王国の騎士たちを焚き付けた。
ヤーコプたち千人に、夕闇の堕天使一体と白衣の騎士四人は襲いかかった。
堕天使だけではない。
白衣の騎士たった四人が、何百といる騎士たち、兵士たちを圧倒する。
それもそのはず。この騎士たちは、堕天使の血を浴び、肉を喰らうことで、恐るべき強化を遂げた超人たちなのだから。
戦力差にして、白衣の騎士一人が、王国の騎士百人に匹敵する。
「ちくしょー!」
「この化物が!」
「怯むなー! 数を活かして、距離を取り、飛び道具で攻めるんだー!」
そんなものを相手に、ヤーコプの部隊は互角に戦ってみせる。
長槍の槍衾で牽制し、炸裂弾や弓矢だけで遠くから攻め続けた。
事前に赤騎士に言われず、接近戦を仕掛けていたら、どうなっていたことか。
「俺たち黄昏の騎士をなめるなよ!」
ヤーコプたちの奮闘を、白衣の女騎士は何のことはないように、ただ立って見つめていた。
「ここは任せる」
「はっ。お気をつけて」
部下の一人にそう言って、激しい戦いの中から忽然と姿を消した。
女騎士が向かうのは、貿易都市の城。
彼女がいるはずの城の中だ。
城の門はまるで招き入れるかのように開かれていて、女騎士は迷わず、城の中へ足を踏み入れる。
入ったところには、二階まで吹き抜けのロビーがあり、五百人の部隊が待ち構えていた。
左右両側と背後にある二階からは、弓兵隊二百人がボウガンで狙う。
一階には槍兵隊二百人が長槍を突きつけ、騎士百人が長剣を抜いて取り囲む。
白衣の女騎士は迷わず、ロビーの中央まで歩く。
正面の階段の踊り場の上には、メラニーとクラーラがいた。
彼女たちの周りを、コニーと貿易都市最強の騎士たちが守りにつく。
階段の踊り場の前には、赤髪の赤騎士ミハエルが立っていた。
両手で長剣を構え、たった一人で白衣の女騎士の前に立ちはだかる。
女騎士は彼を無視し、後ろにいるメラニーの方に視線を寄せた。
「姫様、お迎えに参りました」
「ルーチェ……」
女騎士は何の感情も出さず、メラニーは複雑な想いで言葉を交わす。
「待て、女騎士」
ミハエルは、女騎士に剣の先を突きつける。
「姫様をお連れさせはせんぞ」
「お前の相手をする気はない」
そこで、女騎士は手を横に振るって、黒太子から授かった魔法を発動する。
すると女騎士の周りに、外に待機させていた白衣の騎士四人が召喚された。
堕天使を喰らって、超人化した騎士たちだ。
「やれ」
女騎士が命じて、白衣の騎士四人が動いた。
白騎士四人は他には目もくれず、ミハエル一人に斬りかかる。
それが、開戦の合図となった。
メラニーが見ている前で、ミハエルは長剣を振りかざし、白衣の騎士四人に応戦する。
コニーの命令で、女騎士一人めがけて、弓兵隊二百人が一斉に矢を放ち、槍兵隊二百人が長槍の先を向けて突撃し、後から騎士百人が長剣を振りかざして斬りかかった。
白衣の女騎士は、細剣を抜いて、メラニーの元に向かって歩く。
細剣を振るって、ボウガン二百本の矢を叩き落とし、長槍を何十本と折って、槍兵たちを肉塊に変え、騎士たちを草のように刈って、一段目の階段に足をかける。
踊り場へと続く階段を、上から駆け降りてきた貿易都市最強の騎士たち、後ろから追いかけてくる槍兵と騎士たちを、次から次へと斬って捨てながら、まるで無人であるかのように軽々と昇っていく。
クラーラが恐怖に耐えきれず悲鳴を上げて、メラニーが力強く抱きしめる。
彼女たちの前にいるコニーは、剣を持ったまま一歩も動かない。
そして、女騎士が遂に、メラニーたちの眼前に迫りくる。
コニーが剣を振り上げ、女騎士が遥かに素速く細剣を突く。
まさにその瞬間、コニーとメラニーの前に、ミハエルが割って入った。
コニーをかばい、女騎士の細剣を、自身の長剣で受け止める。
白衣の騎士四人を斬って、駆けつけてきたのだ。
「赤騎士!」
「ミハエル殿!」
「下がって!」
メラニーとコニーにクラーラを連れて退くよう促し、女騎士と激しく打ち合う。
ミハエルは人の技を駆使して、剣を振るう。
――そして、押されまくった。
何とか持ちこたえるが、絶技に圧倒され、傷だらけにされる。
女騎士の剣技は、常人の域を遥かに超えていた。
超人化した白衣の騎士たちはもちろんのこと、おそらくは剣の達人が全生涯をかけてようやく到達する高みすらも。
今まで渡ってきた異世界にも、これほどの剣の使い手はいなかった。
「……信じられんな」
ミハエルが驚愕する中、女騎士が細剣を振りながら口を開く。
「赤髪の赤騎士。お前、本当に何者だ?」
「貴殿こそ、何者だ? これほどの技量がありながら、なぜ黒太子に仕える!?」
「……隠している力を出せ」
白衣の女騎士が剣を止め、彼もまた剣を止めた。
「貴様の正体、見極めてやる」
確かに、怪物の力を使えば勝機はある。
しかし、黒太子の側近どころか、姫様たちにすら見破られる可能性があった。
ならば、答えは一つ。
「……何のことだ?」
「……そうか」
ミハエルと女騎士が、互いに剣を構え直した。
「ならば貴様の首を手土産に、姫様をあの方の元へ連れて帰ろう」
「やってみるがいい。吾輩の剣、黒太子の側近ごときに砕けるものならな!」
その頃、貿易都市北の城門の外では、
「……あの女、何をやってる。まだ門は開かんのか!?」
「急報! 急報!」
南方諸国連合軍の総大将ベン辺境伯が、伝令の報告を受けていた。
「どうした!? こんな時だというのに、騒がしいぞ!」
「南方の我等が領地より連絡が……ヴィルヘルム率いる黄昏の王国軍二万が接近中とのことです!」
「なにー!?」
ここに来ると思っていた王国軍の援軍が、自分の領地に接近中と聞いて、ベン辺境伯は雷に打たれたかのように驚愕する。
「しかも二万だと!? 多すぎる!」
「急報! お味方の水雲の公国に……王国軍三万が接近中!」
「なんだと!?」
「他の味方の国々にも接近中とのこと……。王国軍の総数は、十万を超えます!」
「バカな!? そんなバカな!? ……ここに来る味方の援軍はどうなってる!?」
「はい。ただいま確認中……」
「急報! ここに移動中だった山岳の傭兵部隊五千が、王国軍の騎兵隊一万に蹴散らされました! ここからすぐ近くです!」
「急報! 異教の奴隷都市からの部隊三千が、賄賂で王国に寝返りました!」
「なっ……!?」
正確なのは、南方諸国に侵入したヴィルヘルム率いる王国軍と、傭兵を蹴散らした騎兵隊のみ。
数は、八千と二千だが。
残りの情報はすべて、虚報だ。
虎丸が騎兵隊と情報網を上手く使って、見せかけ、バラまいた、偽情報だよ。
「辺境伯、どうします? こうしている間にも、ここにも、我等の領地にも……敵の軍勢が近づいてきています!?」
「……しかし」
ベン辺境伯は信じる。信じてしまう。
落ち着いて、よく調べれば事実がわかるのに、疑うことができない。
今は極限状況で、心に余裕がないからだ。
しかも昨日まで赤騎士に散々にやられて、恐怖が植え付けられてしまっている。
それは、他の諸侯たちも同じこと。
何より、諸侯たちの間に、信頼はない。決定的に欠けている。
「急報ー! 大雨の国の大商人の軍が撤退を始めましたー!」
だから、崩れる。自分の味方すらも疑って。
「奴隷都市の傭兵隊長もですー!」
互いの信頼関係と連帯が欠けているのが、連合軍というものの弱点。
そこを、ミハエルと虎丸は突いたのだ。
「どうしますか、辺境伯!?」
「早く、我等も……」
「お、おのれ……」
「急報! 北東側から、王国軍の騎兵隊が奇襲ー!」
「辺境伯!!」
「撤退だ! 我等も撤退だー!!」
総大将ベン辺境伯が尻尾を巻いて逃げ出せば、もう時間はかからない。
東から日が昇る貿易都市の前で、南方諸国の連合軍はたちまちのうちに総崩れとなった。
その後、五人の諸侯と三万の傭兵は、虎丸率いる騎兵隊の追撃と、すぐに貿易都市から出てきたヤーコプ率いる王国の騎士部隊の追撃、さらにはヴィルヘルム率いる王国軍の待ち伏せを受けて、跡形もなく木っ端微塵に粉砕された。
「騎士団長、南方諸国が撤退しています」
戦いが続くロビーに、血まみれの白衣の騎士が駆け込んできていた。
「騎士も一人討たれました。堕天使もどこまで持つか……」
ヤーコプたちがやってくれたのだ。
「貴様とあの侍の仕業か?」
無傷の白衣の女騎士が、傷だらけになったミハエルに問う。
「そうだ」
「そうか――ならば、貴様の首だけでも!」
女騎士が、素速く斬り込んできた。
ミハエルは、ここに来て初めて、怪物の力を解き放つ。
磨き上げてきた剣技で、後の先を狙い、女騎士の頭に長剣を打ち込んだ。
タイミングは、完璧だった。
それを、女騎士は、間一髪受け止めるも、細剣を叩き折られた。
勝った、と思った瞬間、女騎士は飛び退き、折れた細剣を投擲する。
彼は咄嗟に反応し、細剣の刃をずらすが、背後に飛んで行く。
狙いは、初めから彼ではなかった。
ミハエルが振り返ると、細剣の刃は、コニーの胸の下に突き刺さっていた。
「コニー!」
クラーラが悲鳴を上げながら抱きついて、コニーが両ひざをつく。
メラニーも駆け寄った。
「貴様!」
ミハエルが怒りを向けると、
「覚えておけ、赤髪の赤騎士。青浪の青武士にも伝えとけ」
白衣の女騎士ルーチェは言い放った。
「お前たちが何者であろうと、夕闇の黒太子アルフレッド・ヴォルフガング・エーデルアーベント様には絶対に勝てないとな」
――そうとも。あの方が、あの力をよみがえらせさえすれば。
「姫様、いずれまた」
そして背を向けて、立ち去る。
「待て!」
ミハエルは追おうとするが、
「コニー! コニー! コニー!」
「赤騎士!」
クラーラとメラニーの声を聞いて立ち止まった。
振り返ると、コニーはクラーラに抱かれながら倒れ、血だらけになっていた。
「コニー殿!」
彼は駆け寄り、教わった医術を駆使して、できる限りの治療を施した――。
その後、コニーは何日もの間ベッドの上で生死の境をさまよう。
クラーラは、ずっと未来の夫の側にいた。
涙に暮れる友人の姿を見て、メラニーは同じぐらい打ちひしがれる。
「私は、救国の姫君なんかではないわ」
その日の夜、メラニーは、広場にある噴水の縁に腰掛けながら言った。
「コニーとクラーラがああなったのは、私のせいよ。ルーチェが来るのだってそう……。王国と帝国の戦争は、私のせいで始まったの!」
頭を垂れたまま。側に立っているミハエルに吐露する。
「私が公務に熱心なのは、民や王国を守りたいからじゃない。その罪とつらい現実を忘れたいだけ……。貿易都市に来たのだってそう。本や劇の世界に逃げているように、理想のお姫様を演じて、本当の汚い自分をごまかしたいだけなんだわ!」
「いいえ、メラニー様。それは違います」
涙すら見せる彼女に、彼は言った。
「確かに理想のお姫様を演じて、現実から逃げる面はあったでしょう。しかし本当にそれだけならば、本や劇で十分。民や王国を守ろうとしたり、貿易都市まで来ることはなかったはず。今のように、友達を傷つけてしまって、泣いてしまわれていることも……」
「だったら……、本当の私はなんだっていうの?」
泣いている顔を上げた彼女に、彼は教えてあげる。
「メラニー様、吾輩は知っております。あなたは誰かのためにがんばれる、心の優しい人なのです」
「赤騎士……」
「だからメラニー様。そんなに自分を責めないで……。おつらいときには、いつでも、吾輩がおそばに……。償いたい時には、吾輩がお手伝いしますから……」
――あの時、泣いていたオレを、あなたは助けてくれたから。
コニーは、一命を取り留めた。
クラーラの愛と本人の生きる意思、彼の医術と手当てが功を奏したのだ。
「それじゃあね、クラーラ」
帰りの馬車に乗ったメラニーは、窓の中から顔を出して、見送りに来たクラーラに告げる。
「結婚式にはアリッサも連れて行くから」
「……メラニー」
クラーラが、メラニーの耳元に自分の顔を寄せた。
「ミハエルのこと、手離しちゃダメよ」
「えっ……」
クラーラは、唖然となったメラニーから離れて、馬車の後ろを向く。
そこには、ミハエルが愛馬に騎乗して、出発の時を待っていた。
「赤髪の赤騎士、私たちのお姫様をどうかお願いね」
「心得ました、クラーラ侯爵閣下」
――こうして彼は、彼女の信頼する騎士となっていった。




