第十三話 彼が駆け抜けるは、戦場
「黄昏の奴ら、どう出てくるであろうな?」
「なあに、今頃この軍勢を前に震え上がっていることだろうよ」
貿易都市の南側の城門を前に、諸侯たちが自慢の馬に乗りながら歓談する。
八千の傭兵たちを引き連れてやって来た、南方諸国の五人の諸侯たちだ。
総大将は、至天の山岳地方を治めるベン辺境伯。
副将は、水雲の公国の公族令息。
参謀は、落雷の騎士団国の副団長。
一番のスポンサーは、大雨の国の大商人。
傭兵を最も多く提供したのは、異教の奴隷都市の傭兵隊長。
そんな彼らの傍らに、黒太子の側近、白衣の女騎士ルーチェはいた。
短い黒髪の美女は、純白の武装に身を包み、細剣を腰に下げ、白馬に乗ったまま微動だにせず、凛と佇んでいる。
「ルーチェ殿、帝国の方々には本当に感謝しますぞ」
女騎士に向かって、ベン辺境伯が言った。
「あの生意気なクラーラを遂に嫁にできると思うと……、アルフレッド殿にもそうお伝え下さい」
「ええ、そのように……」
我が主、夕闇の黒太子アルフレッドが集めた諸侯たちと話をしていても、女騎士の表情なき表情には、少しの変化もない。
「ですが、都市には、あの赤髪の赤騎士がいます。くれぐれも油断なさぬよう」
「ええ。わかっています。あとは、敵が包囲網の北東に出てきてくれれば……」
貿易都市の中では、王国の者たちによって作戦会議が開かれていた。
「敵の守りが薄い北東を目指して突破すれば、姫様とクラーラをお連れして逃げられる……と言いたいところですが、敵の罠でしょうね」
「そうだ。わかってるじゃないか、婿殿」
公爵令息コニーと騎士ヤーコプが話し合うが、いい案は出てこない。
「それだったら私が囮に北東に行って、その隙にメラニーを別方向に逃せば……」
「待って、クラーラ。そんなことしたら、あなたが……」
クラーラは内心怖かったが、ここの領主として気丈に振る舞う。
最後まで残る気でいるし、メラニーだけは何としても無事で逃す気でいた。
メラニーは、「私が敵軍に行けば……」という考えが頭の隅でくすぶるが、みんなにとても言い出す気にはなれなかった。
皆が大声で話し合って、何も決まらない中、メラニーは気づく。
「そういえば、赤騎士は?」
ミハエルは一人、貿易都市の城壁の上で、南方諸国の連合軍を偵察していた。
『面目ござらぬ。完全に拙者の手抜かりだ』
「よい」
ミハエルと話をしている相手は、王都に残っている仲間の虎丸だ。
二人は、私が与えた『秘密の指輪』というアイテムの力で、遠く離れていてもこのように会話することができる。また互いの位置を把握することもできた。
「お前の情報網でも掴めなかったほど、事は裏で進められてきたのだろう」
『……うむ』
それから情報網とは、虎丸独自の情報網のことだ。
「その代わり、これからたっぷりと働いてもらうぞ」
『おうとも。影働きでも、なんでも、どおんと任されよ!』
虎丸は、黄昏の王国に来てから派手に遊んできた裏で、王国内部や周辺諸国から見つけ出した協力者たちと手を結び、独自の人脈と情報網を築き上げてきた。
情報網のことは、私と彼以外では、黄昏の大臣だけにしか伝えていない。
「それで、大臣殿とヴィルヘルム殿は?」
『既に動いてもらっておる。姫様とヤーコプ殿のご無事はちゃんとお伝えしておいた。もちろん、アリッサ殿にもな』
「夕闇の大帝国の動きは?」
『南方諸国と連携して、黒太子率いる帝国軍三万が城塞都市に接近中。大臣殿の王国軍一万が籠城し、徹底抗戦の構えで迎え撃つ』
「こちらに出せそうな援軍の数は?」
『帝国軍のせいで、一万が限度とのことだ』
「周辺諸国、特に南方諸国の状況は?」
『どこも慌てておる。それほど今回の動きは、急で予想外だったらしい』
「なるほど。敵軍は急ごしらえで、敵勢の地元まで混乱していると……」
『お主の方からは、敵将たちの様子が見えるか?』
「見える。白衣の女騎士以外もう勝った気でいるようだ」
『そうか……。あの女以外、皆さぞや、金銀財宝宝石でド派手に着飾っておるのだろうな』
「ああ。どいつもこいつも、自分が偉大だの、英雄だの、自慢したいのだ」
『なるほど、なるほど、敵将たちは傲慢で仲は悪いと……。策は成ったの?』
「……ああ。奴らの度肝を抜かしてくれる!」
ミハエルはメラニーたちのところに戻り、これからの作戦について進言した。
ちょうどいいところで、大臣からの伝書鳩も届いてくれる。援軍一万が接近中であり、赤騎士の言う作戦が上策だと。
「……わかったわ。それで?」
皆が信じられない中、メラニーはすぐに受け入れてくれる。
「初めの問題は、奴らをその気にさせる見返りです。何かありますか?」
「そうね……。私なんてどう?」
彼含めて、皆が猛反対するが、彼女は譲らない。
「大丈夫。何も問題ないわ。だって、赤騎士。あなたが守ってくれるんでしょ?」
「……当然です」
作戦は、決まった。
ミハエルは、貿易都市の城門から自分一騎だけ外に出て、使者として南方諸国の連合軍の諸将、ベン辺境伯たちの前に現れた。
「お前か。赤髪の赤騎士というのは。何の用だ?」
「決闘だ。貴様ら連合軍に七対七の決闘を申し込む!」
赤騎士は、彼らに向かって堂々と宣言した。
「決闘だと?」
「そうだ。我等の大将はコニー公爵令息。こちらが勝てば軍を退いてもらおう」
「ほう、面白い。それでこちらが勝てば? そちらは何を賭ける!?」
「メラニー様だ。黄昏の紅姫メラニー様を一晩自由にできる権利を与えよう!」
これを聞いて、敵の諸将たちは面白がった。
あの美しいと名高い、黄昏の紅姫を一晩だけでも自由にできるというのだ。
帝国の支援を受けている以上、手荒い真似はできないが、それでも悪くはない。
「反対します。敵は何かを企んでいる」
白衣の女騎士の意見に、諸将は耳を貸さない。
「まあ、お待ちを。どうせ、こちらの勝利は決まっているんです。相手の誘いに乗るのも悪くないでしょう」
戦争だというのに、ベン辺境伯たちはお遊び気分であった。
申し出は受けられて、連合軍の軍勢と貿易都市の南側の城門の間に、七騎と七騎が向かい合う。
ルールは、七対七の勝ち抜き戦。
最初に先鋒同士が戦って、一対一の一騎打ちを繰り返し、七人目として最後に出てくる大将を、先に討ち取った方の勝利である。
貿易都市側の七騎は、王国の騎士たち。
大将は、コニー。
大将の前に六人目として勝負する副将は、騎士ヤーコプ。
そして最初に戦う先鋒は、赤髪の赤騎士ミハエル・フォン・シュバルツだ。
対する連合軍七騎は、大将がベン辺境伯。副将は女騎士ルーチェ。
残り五人は、いずれも血気盛んな、名うての騎士と傭兵たちである。
自慢の五人を前に、大将ベン辺境伯は自分には回ってこないと確信している。
女騎士は、無表情だ。
そして、辺境伯のすぐ後ろには、弓兵隊百人が勢揃いしていた。
先鋒のミハエルは長剣を抜いて、連合軍の七騎の前に馬を進める。
その様子を、メラニーが城門の上から心配そうに観ていた。
「赤騎士……」
彼女は両手を握りしめ、彼の無事を祈る。
彼のすぐ後ろからは、コニーとヤーコプが声援を送った。
「ミハエル殿、頼みます!」
「やってやれ!」
「もちろんですとも!」
ミハエルは振り返り、彼女たちにそう言った。
「先鋒、鮮血のガルシア!」
審判を務める敵の諸侯が叫ぶと、黒い革鎧の男が斧槍を持って、彼の前に出てくる。
噂に聞くに、この傭兵、多くの町と村で殺戮を繰り返してきたのだという。
「覚悟してもらうぜ、赤髪の赤騎士!」
ガルシアはそう言って、斧槍を勢いよく振り回す。
「なにせ、お前の首を取れば、大金が手に入るんだからよ」
赤騎士の首には、黒太子によって、莫大な懸賞金がかけられていた。
後ろにいる他の傭兵たちも、同じ眼をしていた。
夕闇の黒太子アルフレッドを思い出してしまう邪悪な眼を。
「……いいや。覚悟するのは、貴様らだ!」
ミハエルは、長剣の柄を握りしめる。
「始め!」
ミハエルとガルシアは、互いに突進する。
相手に肉薄した瞬間、斧槍を突いたガルシアより先に、ミハエルは長剣を振り払った。
斬られたガルシアが落馬して、連合軍の方は静まり返り、貿易都市からは歓声が沸き起こった。
彼の圧倒的勝利に、メラニーは思わず口元を両手で抑える。
勝利したミハエルは、長剣を鞘に収めると、ガルシアが落とした斧槍を拾い上げ、その先を連合軍の残る六騎に突きつけた。
「さあ、次は誰だ!?」
勝負は、瞬く間に続く。
「次鋒、野良犬団副団長ユリアーノ!」
戦鎚を振り下ろした相手を、斧槍の槍で突き、
「三鋒、日没の騎士ヴァン・レノン!」
大斧を振り払う相手に、斧槍の斧を叩き込み、
「中堅、豪傑・死にたいトッド!」
戦棍を叩き込んできた相手に、斧槍の鉤爪をお見舞いして、
「三将、百人殺しのベイナード!」
連接棍をじゃりじゃり鳴らす相手の身体を、ブッ飛ばした。
自慢の五人をごぼう抜きされて、大将ベンは怯える。
そんな大将を庇うように、女騎士ルーチェが前に出てきた。
「ベン殿、私にお任……」
「弓兵隊!」
ベン辺境伯は恐怖に耐えきれず、後方の弓兵隊の隊長に命じようとする。
こんな時のために、敵を射ち殺すために予め配置しておいたのだ。
卑怯なのは言うまでもない。
「奴らを――」
ベン辺境伯が命じ、弓兵隊隊長が合図するその瞬間、
「フン!」
そうはさせないと、ミハエルは斧槍を前方に向かって振り投げる。
斧槍は、辺境伯を庇う女騎士を飛び越えて、弓兵の隊長を貫いた。
誰もが呆気に取られる中、ミハエルは剣を抜き、連合軍に向かって愛馬を駆けさせる。先を読んだルーチェは、ベンを連れて素早く退いた。
「うおおおおおおー!」
ミハエルは敵の大将をあきらめ、連合軍の中に突撃する。
馬上で長剣を振り回し、傭兵どもを斬りまくった。
「赤騎士に続けえー!」
「「おおおおおおおおおーー!!」」
騎士ヤーコプの号令で、貿易都市の六騎が続き、貿易都市の城門からは騎兵隊が出てくる。
ミハエルを中心に、騎士たちは大暴れし、連合軍を散々に蹴散らした。
連合軍は負けじと、数を生かして包囲してきたところを、ミハエルたちは退き際だと見定めて、早々に貿易都市の中へ引き上げる。
初戦は、貿易都市の勝利に終わった。
「……明日だ。明日から攻めて、奴らに目にもの見せてくれる!」
総大将ベンがそう言って、連合軍は少し離れた本陣まで退く。
本陣の周りに、傭兵たちは野営して、その日の夜に寝静まった。
その夜明け、貿易都市の精鋭部隊が、夜襲を仕掛けてくる。
ミハエルが進言し、先頭を突っ走ったのは言うまでもない。
連合軍の傭兵たちは逃げ惑い、その日の出鼻をくじかれる。
それでも朝から攻撃すれば、城壁の上に立った赤髪の赤騎士に長弓から矢を放たれて、指揮官を次々と射たれる。
ヤケクソになって城壁の上までよじ登れば、彼が両手に持った長剣で蹴散らされてしまう。
懸賞金目当てに多くの傭兵が挑んでも、即座に突き落とされるか、斬り裂かれるのがオチ。
まともに戦えるものなんて、一人もいやしない。
すっかり怖気づいて攻撃を緩めれば、城門から騎兵隊を率いて打って出てくる。
必死に逃げれば本陣まで突破されて、炸裂弾で補給物資を焼き払われる始末。
絶大な武勇、変幻自在の戦術を駆使する彼に、南方諸国の連合軍は打つ手なし。
赤髪の赤騎士たった一人に、敵将と傭兵たちは震え上がった。
クラーラとコニー、騎士と兵士、女子供まで、貿易都市の人たちは、大活躍する赤髪の赤騎士に喝采を送ってくれる。
貿易都市の中でみんなに囲まれて、ミハエルはうれしくて、照れ臭そうに頬を赤く染めた。
そんな彼を、メラニーは遠くから見つめる。
話には聞いていたが、戦場での彼を直に見るのは初めてだった。
「赤騎士って……あんなにすごい騎士だったの?」
「ええ……」
聞かれたヤーコプは、悔しさを隠しながら返した。
「……戦場でのあいつは、ああいう奴です」
怪物の力は、使っていない。
今まで磨き上げてきた、人の技だけで十分。
それだけを使うのは、敵と味方に対する、人の騎士としての礼儀でもあった。
――そして、
『もういい、ルーチェ。お前がやれ』
「かしこまりました、アルフレッド様」
白衣の女騎士が動く。




