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第十二話 彼がお仕えするは、外遊の紅姫

「それじゃあ、アリッサ」

「ええ」


 城門から旅立つメラニーが別れを告げると、友人のアリッサが返事をした。


「クラーラによろしくね。今度、私にも婚約者を紹介しなさいよって」

「ええ。一足早くその婚約者を、私が確かめに行ってくるわね」


 メラニーは、王女としての公務で、黄昏の王国の南の果てにある貿易都市に向かおうとしていた。


出発しゅっぱーつ!」


 道中の護衛部隊を指揮するのは、大臣の長男、騎士ヤーコプ。


 馬車に乗るメラニー姫のそばを、馬上にてお守りするのは、赤髪の赤騎士ミハエルだ。

 彼は今回の任務から身辺警護を任される程に、彼女にお近づきになれていた。


「赤騎士」

「はい、姫様」


 進む馬車の窓からメラニーに呼ばれ、ミハエルは愛馬のリョーマを寄せる。


「新しい本、ちゃんと持ってきてくれた?」

「もちろんですとも。今回はこちらになります」


 ミハエルは馬の上から、メラニーに本を手渡した。


「ありがとう。道中の警護、しっかり頼むわね」

「かしこまりました。長い旅路、ごゆっくりお楽しみください」


 メラニーが馬車の中に戻って、ミハエルは後ろに下がる。


「おい、赤騎士」


 しばらくすると、ミハエルの後ろから騎士ヤーコプが馬に乗って駆けてきた。


「わかっているな。指揮官は、俺だ」


 弟ヴィルヘルムと違って、兄の方は何かと目立つミハエルと虎丸のことを好いてはいなかった。


「道中は、必ず俺の指示に従え。勝手な真似はするんじゃないぞ」

「心得ております、ヤーコプ殿」


 だとしても、ミハエルは王国と王女に仕える騎士として振る舞った。


「吾輩は一介の騎士。ただ姫様にお仕えし、指揮官であるあなたに従うだけです」

「……よし。本当にできるかどうか、見させてもらおうか」

「はい」


 ヤーコプは前の方に駆けて行き、ミハエルは彼女の馬車に合わせてゆっくりと愛馬を進ませた。



 紅姫一行は、南を目指して順調に進む。


 彼女たちの目的地である貿易都市は、王国の南にあり、国境沿いに乱立する南方諸国と隣接している。

 黄昏の王国にとって交易の要所だ。

 つまり何かと金と物資がかかる戦争においての生命線であり、夕闇の大帝国からすれば狙い所であった。


 何はともあれ三日間の道中、メラニーは本を読んだり、風景を見たり、彼や友達と会話をしたりして、無事に目的地まで辿り着く。



 紅姫一行は、貿易都市の城門前で、そこの領主一行に迎えられた。

 ミハエルが後ろに立つ中で、メラニーの前に一人の貴婦人が挨拶に出てくる。


「お久しぶりです、紅姫様。ようこそ、我が貿易都市へ」


 結うた銀髪、可愛らしくも凛とした笑顔。

 スリムな肢体を黄色の衣装で包むのは、王女と変わらない歳で、爵位と貿易都市を受け継ぐことになった貴族の少女。


 南の貿易都市の領主、クラーラ女侯爵だ。


「お迎えありがとう、クラーラ侯爵閣下」

「……もう、やめてよ、メラニー。その呼び方!」

「ええー。だって、もう侯爵でしょ。クラーラ侯爵閣下?」


 一度だけ礼儀正しく挨拶を交わすと、幼い頃からの友人であるメラニーとクラーラは、いつものように打ち解けた。


「それで、クラーラ。例のお相手は?」

「ええ。ほら、コニー」

「はい……」


 女侯爵の後ろから出てきたのは、若き貴公子。


「お初にお目にかかります、メラニー様。星空ほしぞら教国の公爵家が次男コニーです」

 

 公爵令息コニー。メラニーがはるばるここまでやって来たのは、この青年とクラーラの婚約式に出席するためだった。


「へえー、あなたが……」


 メラニーは、じっと幼馴染の少女の婚約者を見定める。


 濃い茶髪に、藍色の紳士服。顔からは、あどけなさが抜けていない。

 それでも麗しくて、何よりとても優しそうな青年であった。


「おめでとう、コニー。私の昔からの友達をどうぞよろしくね」

「はい。ありがとうございます」


 どうやら彼女のお目にかなったようだ。


「やったわね、クラーラ。いい人に恵まれたじゃない?」

「でしょ! コニーは私の騎士様なんだから」


 メラニーにそう言われたクラーラは、笑顔で未来の夫の腕に抱きついて、コニーを照れさせる。

 二人の幸せそうな姿は、彼女と、彼、それぞれにとって羨ましいものだった。


 続いて、メラニーとクラーラは、互いに自分の臣下を紹介していく。


 その場において、ミハエルは、クラーラ女侯爵に紹介される栄誉に俗された。

 メラニーの友人に向かって、ミハエルは胸の前に手を置き、にっこりと頭を下げる。


「お初にお目にかかります、クラーラ侯爵閣下。”赤髪の赤騎士” ミハエル・フォン・シュバルツです」

「あなたが……」


 その名だけは、知っていたクラーラは、


「ようこそ、赤髪の赤騎士。私の貿易都市へ」


 初めて会った彼に、礼儀正しく返してくれる。

 ――内心は、容姿や物腰等が期待はずれで、ちょっとがっかりだった。


 その後、貿易都市の本城にある広間で、紅姫一行を歓迎する宴が開かれる。


 広間の奥の長卓に、メラニー、クラーラ、コニー、他の主だった者が座る。

 その正面にいくつもの長卓が並べられて、王国側の客人たちと都市側の要人たちが一同に席につき、今日という日を祝った。


 警護は、貿易都市の騎士と兵士たちの部隊に、王国の騎士たちが加わる。

 真面目なヤーコプは彼らの陣頭指揮を取り、ミハエルは広間の隅に立っているよう命じられた。


「いいな、赤騎士。お前はここに立って、怪しい動きがないかちゃんと見ているんだぞ」

「了解いたしました」


 彼は、真面目に取り組んだ。彼女がいる方を向いて見惚れたりしない。


「あのう……ミハエル殿」


 そんな中、女侯爵の婚約者であるコニーがここまでやって来て、ミハエルに話しかけてくる。


「これは、コニー様。いかがなされましたか?」

「そんな、コニーでいいですよ。あなたと比べたら僕なんて、まだ何の功績も上げていないお坊ちゃんなんですから……」


「はあ……。それでコニー殿、吾輩に何か?」

「ミハエル殿……、僕と握手してもらえませんか!?」


「……はい?」

「僕、赤髪の赤騎士の武勇伝を聞いて、あなたにずっと憧れていたんですよ!」


「それは……」

「……ダメですか?」

「いえ……。吾輩、うれしいですぞ♪」


 ミハエルとコニーは笑い合って、固い握手を交わした。


 その様子を、奥の席に座って見ていたクラーラは、隣の席に座っているメラニーにたずねる。


「ねえ、彼とはどういう関係?」

「彼? 彼って?」


「ミハエルよ」

「赤騎士? 彼は友人よ。手紙に書いたでしょ。あの恋愛本に、この前の劇。めずらしい話をいつも彼が語ってくれるって」


「私が言いたいのはそういうことじゃなくって……。気を悪くしないでほしいんだけど、メラニーには向いてないんじゃないかって」

「向いてない?」


「いえね……。彼の評判はよく聞くけど、実際はどうなの?」

「どうって?」


「本当に強いのか、優しいのか……、あなたの騎士としてふさわしいかってこと」

「私の騎士……」


 メラニーは友人の言いたいことがやっとわかって、広間の隅に立っている赤騎士の方を見る。


「……違うわ。彼はそういうのじゃ」

「……そう?」


 クラーラは、「彼の方はそうでもなさそうだけど」とまでは言わなかった。

 美しくて高貴な友人のために、ミハエルは身の丈に合わないと思いながら。


 彼女の友人にそう思われてしまうのも仕方がない。

 クラーラ女侯爵ご自身が今の地位を受け継ぐ以前から、多くの男たちに求婚されて、散々つらい想いをしてきたのだから。


 男たちのほとんどが、貿易都市の領主という財産目当てな者ばかり。

 自分を見てくれるごく少数の殿方も、家柄や事情が釣り合わない。


 特に、南方諸国の諸侯たちは、傲慢でひどかった。


 そうやって理想と現実の板挟みに遭い、多くの出会いと別れを経て、とうとう目の前に現れてくれたのが、異国の公爵令息コニーだった。


 ようやく幸せになれたクラーラにとって、自分よりずっと重い立場にいるメラニーのことを、一介の騎士に過ぎないミハエルがそうしてくれるとは、とてもとても思えなかったのだ。


 ――まあ、あの黒太子と比べれば、百万倍マシだけど。



 その日の夜、城の中庭をミハエルが夜回りしていると、


「赤騎士」


 そこに、メラニーが現れた。


「これは、姫様。こんな夜遅くにいかがなされましたか?」

「いえね。眠れなくて……。あなたこそ、精が出るわね。こんな夜遅くまで見回りだなんて」

「いえ、姫様とあなたのご友人をお守りするためですから」

「ふふ。ありがとう」


 彼女の見る眼は、いつもと少しだけ違っていた。


「ねえ……。もしよろしければ、少しお話しにつき合ってくださらない?」

「……もちろんですとも」


 メラニーに誘われて、ミハエルはドキドキする。


 彼女が止まっている噴水の縁に座り、そのそばに彼は立った。


「婚約式に緊張して、眠れないのですかな?」

「そうかもしれない……。ご存知? 王女である私が、なぜここまで来たのか」

「はい。クラーラ様の婚約式に、あなた様がご出席なさることで、この婚約は黄昏の王国が認めるものだと、南方諸国に知らしめるためですね」

「そうよ」


 ここの貿易都市は、常に南方諸国に狙われている。

 クラーラとの結婚をあきらめない権力者も、未だに後を絶たない。


 そこで、クラーラを支援するために、婚約式に王女メラニーが直々に出席することで、南方諸国に知らしめるのだ。

 これ以上、クラーラ女侯爵に手出しすれば、黄昏の王国が黙っていないぞ、と。


「そうすることで、南方諸国も手出しできなくなる。だから私はここに来た」

「クラーラ様とコニー様のお二人だけでなく、貿易都市と黄昏の王国をお守りするためにですな。ご立派です」


 心が弾んでいたミハエルは、にっこりと笑って褒めると、彼女は戸惑った。


「よして。立派だなんて大げさよ」

「いいえ。姫様は、本当にご立派です。諸国に示すだけならば、重臣のどなたかが行けばよかったはず。それなのに姫様御自らご出席なさるのですから。さすがは救国の姫君……」

「やめて」


 それなのにいきなり止められて、彼は目を見張る。


「……姫様、何か、お気に障りましたでしょうか?」

「ううん。ごめんなさい。褒めてくれて、ありがとう」


 彼女の悩みを察して、彼は助けになりたいという想いに駆られた。


「そういえば、あなたからはいろんなお話を聞いてきたけれど、あなた自身のことはそんなに聞いたことがなかったわね……」


 しかし、彼女にそう言われたため、


「よかったら話してくださらない。どうして騎士になりたいと思ったの?」

「……わかりました」


 今は、望み通りにすることにした。


「恥を忍んで告白しますと、実は吾輩、子供の頃はいじめられっ子でした」

「ええっ、本当に。あんなにお強いのに?」


「はい。昔は臆病でして、外に出るといつも……泣いてばかりいました」

「……つらかったわね」


 メラニーは、同情してくれた。


「それで?」

「そんな時、いじめられていたところを、ある人が助けてくれたのです」


「ある人が?」

「その人は震えながらも、いじめっ子に勇敢に立ち向かって……。吾輩はその人のようになりたいと。誰かを守れる真の騎士になりたいと思うようになりました」


「そうだったの……。その方と、今は?」

「はい。幸運にもご縁がありまして、最近になって、また会うことができました」


「そう……。それはよかったわね」

「ええ。吾輩は幸せ者です」


 二人は楽しく、笑い合う。


 彼は、他にもほんの少しだけ語った。

 執事やメイドたちのこと、修行の日々のこと、虎丸の住む都のことを。

 他にもいろいろ話したかったが、そろそろ戻ることにした。


「赤騎士。また今度、お願いね」

「はい、姫様。また――」



 翌朝。

 事態は急変する。



「大変です! 大変です! 都市の外に南方諸国の連合軍がー!!」


 人口二万、兵力三千の貿易都市は、南方諸国の軍旗がはためく敵軍総勢八千によって、完全に包囲されていた。


 敵軍の構成は、騎兵、弓兵、攻城兵器まで揃った、百戦錬磨の傭兵たち。


 その威容を、都市の城壁の上からメラニーとクラーラたちが呆然と見つめる。

 彼女たちは、完全に不意を突かれる形となった。


「情報は……、国境の警備隊は……、あなたたち一体何をしていたの!?」

「それが、何の報告もなく……」

「何週間も前から情報を遮断され、夜通しで迅速に駆けつけてきたのでしょう」


 慌てるクラーラたちに、ミハエルは落ち着いて意見する。


「吾輩たちは完全に裏をかかれた……」


 皆が焦る中、彼だけは冷静だった。


 すると、敵の軍勢の中から贅沢な衣装や軍装を身にまとった諸侯たちが馬に乗って出てくる。


「貿易都市の者たちよ、我等は栄えある南方諸国の連合軍! 偉大なる神と正義のために、我が正当なる婚約者クラーラ女侯爵、ならびに黄昏の紅姫メラニー様をお救いに参った!!」


 諸侯の先頭で、そう叫んできたのは、連合軍の総大将ベン辺境伯。


「いいか。諸君たちが今見ている、ここの軍勢は、ただの先遣隊に過ぎない。これからさらなる援軍が、総勢三万の大軍勢が我等の元に駆けつけてくるぞ!」


 財産目当てでしつこく求婚し、クラーラをひどく傷つけた男の一人だ。


「さあ、すみやかにメラニー様とクラーラ女侯爵を引き渡せ! さもなくば近い将来、貿易都市は、我が軍勢によって灰燼に帰すことになるぞ!!」


 すべては、黄昏の紅姫メラニーを奪うため。

 夕闇の大帝国、いや、夕闇の黒太子アルフレッドが仕掛けた陰謀。

 そうなのだと、赤髪の赤騎士ミハエルは看破する。


 その証拠に、彼が見下ろすベン辺境伯の傍らには、夕闇の黒太子の側近にして白衣の騎士団団長、白衣の女騎士ルーチェが控えていたのだから。


 ――赤騎士、お前の力を見せてやれ。


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