第十一話 彼が語るは、異世界の物語
いつものように、夕闇の大帝国の軍勢と戦った後のことだ。
城の大広間に、王国の騎士たちが席に座り、紅姫メラニーが酒を振る舞う。
「姫様」
いつもと違ったのは、そう呼びかけたミハエルが、
「どうしましたか、赤騎士?」
「これを、あなたに」
メラニー王女に、プレゼントの本を用意していたことだった。
「二冊の本と、しおりですか?」
「はい。私が行った異国で書かれた旅行記と恋愛ものの小説です」
しおりは純銀製で、鳥の羽の形が美しく彫られていた。
本には、言葉の意味が誰にでもわかるように翻訳した文字で書かれてある。
「きれいなしおりですね。異国の名前は何というのです?」
「ヴァーンガーンと言います」
「ヴァーンガーン? 聞いたことがありませんね」
「無理もありません。ここからとてもとても離れたところにある、全く知られていない国ですから。ナガコという豊かな港町がありますよ」
当然だ。この世界とは違う世界なのだから。
異物ではあるが、この世界の均衡を崩すほどのものではない。
王女は、彼からの贈り物を侍女に持ち帰らせて、次の騎士へ酒を注ぎに行った。
「……喜んでくれたでしょうか?」
ミハエルが、向かい側の席に座っていた私にたずねる。
「わからなかったか?」
「わからないから聞いているのです」
「わかるようにならないとダメだぞ」
「わかっております」
焦る彼に、私は言ってやった。
「ああ。顔には出さなかったが、彼女の心の中はワクワクだよ」
それからわずか二日後、ミハエルが城の廊下を歩いていると
「赤騎士!」
紅姫のご友人、伯爵令嬢アリッサ殿がご機嫌ななめでやってきた。
「あなた、どういうつもりですか!?」
「アリッサ殿……どういうつもりだとは?」
「あなたが贈ったあの本です! 主人公の娘が公爵の嫡子に連れられて、二人で城から逃げたかと思えば…………続きがあるではありませんか!?」
「……なぜ姫様に贈った本をアリッサ殿が?」
「いいから! 早く続きを持ってくるようにとの、メラニーが仰せです!」
「はい。ですからこのように準備を……」
ミハエルは笑顔になって、次の巻となる本を見せた。
「それと新しいしおりです。今度は赤色ですぞ」
「まあ……なんて、人ですの!」
その小説は、出版された世界での大ベストセラー本で、大勢の乙女をときめかせ、ハラハラさせた傑作小説だ。
この世界でも、紅姫様だけでなく伯爵令嬢まで夢中にさせてしまったらしい。
なので、彼が贈るつもりだった次巻としおりを、アリッサが奪い取るように持って行ったのは言うまでもない。
ちなみに全十巻の大長編ものなので、彼は、あと数回は彼女に贈り物ができる機会を得たというわけだ。
二週間後、ミハエルは、紅姫様に自分の部屋まで来るように呼ばれる。
侍女に案内されて、やっと入ることができた彼女の部屋は、一人で使うにしては非常に広かった。
父親が用意した贅の限りを尽くす家具や壁掛け、ベッドやシャンデリアが飾られ、片隅にはメラニー王女が自分で集めた大量の本や紙、絵や雑貨品が、整理整頓されて置かれている。
ミハエルは礼儀正しくひざをついて、部屋の机の椅子に座るメラニー王女と向かい合う。
「赤騎士、どうもありがとう。あなたから頂いた本、とても面白かったですよ」
「楽しまれていただけて何よりです。姫様」
彼女にそう言われて、ミハエルは嬉しくてたまらなかった。
「ところで……あんなにめずらしい本をあなたは他にも持っているのですか?」
「ええ、何十冊と。吾輩、ここで務めがない時には、騎士らしく世界中を放浪して腕を磨き、見聞を深めておりますから」
この世界とは異なる、数々の世界をな。
「それと本の中身まで一言一句暗誦することだってできます」
またこの日のために、がんばっていた。
「ほ、ほんとうに?」
紅姫が興奮し、ごくりとつばを飲み込む。
「もし姫様がお望みとあらば、今ここでたっぷりとお聞かせいたしますぞ。こことは異なる世界の物語を」
「……ええ。ぜひお願いするわ」
そうしてミハエルは、メラニー王女にちょくちょく呼ばれるようになる。
次の世界に冒険に行った後で、黄昏の王国に戻ってくれば、
「おかえりなさい、赤騎士。また違う地へ行ってきたのね?」
「もちろんですとも。姫様が好きそうな本も買ってきましたぞ」
「それでは聞かせてくれる。今度はどんなところに行ってきたの?」
彼が語り出し、メラニーはアリッサと一緒に耳を傾ける。
ミハエルの詩人のような語り方は、私の直伝だ。
私にとっては、魔法と同じく専門分野だからね。
彼が語るお話は、彼女たちを大いに楽しませ、知っている世界を広めさせた。
監視の目はあったがな。
虎丸直伝の忍びの技を持ってすれば、誰にも見つからず彼女の部屋を行き来することすら造作もない。
またミハエルが贈った本の出版権は、メラニー王女の秘密を教えてくれたお礼として、大臣の次男ヴィルヘルムに譲渡することにした。この出版業でヴィルヘルムは大いに儲かって、国民への宣伝や軍資金の一助となる。
「これで私への借りが返せたとは思わないでほしいな」
「わかっておりますとも……」
笑うヴィルヘルムに、ミハエルは平謝り。
「逆にどんどん大きくなっているぞ。君が戦場で活躍し、ネタの争奪戦でリードを広げていくごとにな――」
笑みを絶やさないヴィルヘルムに、ミハエルは頭が上がらなくなっていく。
話を戻そう。
姫様を飽きさせまいと、彼は工夫を重ねる。
例えば、語りを仲間にもさせた。
「ある寒い日のことでござった」
自分がいた故国の昔話を語るのは、虎丸だ。
「ある若者が山の麓にある町へ薪を売りに出かけると、雪の積もった道の途中で、一羽の美しい鶴が猟師の罠にかかっていてな」
優しかった若者は、鶴を助けて――『鶴の恩返し』を。
「若者が部屋を覗くと、なんとあの時の鶴が、翼から毛を抜いて布を織っているではないか! ――正体を知られた哀れな鶴は、それ以上ここにいるわけにかいかず、若者の元から飛び立って行きましたとさ。おしまいでござる」
「ああ……なんというお話なのでしょう」
「吾輩、感動……」
メラニーとミハエルは、隣同士座って聞いていた。
後ろでは、アリッサが涙をすすっている。
虎丸は、次の話を始めた。
「夫婦はやっと子供に恵まれた。だがその子供、親指ほどの大きさしかなくてな」
立派に育った小人は、針を手に、お椀に乗って川を――『一寸法師』を。
「まあ、なんてかわいらしくて勇敢なの」
メラニーが楽しそうに微笑み、
「鬼に飲み込まれた一寸法師はあきらめず、針を手に、鬼の体の中で大暴れ!」
「おおー!」
隣のミハエルは、自分のことのように喜んだ。
「こうして、うちでの小槌で大きくなった一寸法師は、娘と結婚していつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
「よかった。今度は、ハッピーエンドね」
「ご立派でしたぞ、一寸法師殿ー」
虎丸が語るのは、人と人ならざる者が巡り会う物語。
紅姫を感動させて……赤騎士よ、そんな友の粋な計らいに気づいているか。
思い切って、劇もやった。
城の演芸会で、王侯貴族の皆さんにお披露目する。
「続きましては、紅姫劇団による演劇、『シンデレラ』です」
その名のとおり、劇団を率いる舞台監督は、メラニーだ。
脚本も、自分で書いた。
彼女は演じるより、こっちの方が好きらしい。
「むかし、むかし、あるところに、かわいそうな娘がおりました」
語り部は、赤騎士だ。
私直伝の語りは、王侯貴族相手にも発揮される。
というわけで、彼女の近しい者たちの間で、配役の争奪戦が繰り広げられた。
「はやく、はやく終わらせないと……」
いつも仕事を押し付けられる、かわいそうなシンデレラを演じるのは、メラニーの親友のアリッサだ。
運命のババ抜きで、アリッサは見事主役という栄冠を勝ち取った。
「こら、シンデレラ! 掃除はまだ終わらないのですか!?」
次に登場する継母と二人の娘を演じるのは、メラニーに仕える侍女たちである。
運命のババ抜きに破れようとも、姫様のため一生懸命稽古に励んだ。
「ごめんなさい! すぐに終わらせるますので……」
「なにをやってるのですか。あなたは本当にとろいですね、全く!」
継母と娘たちの恐ろしい演技に、シンデレラと観客たちはもちろん、隣の語り部までブルッと震わせる。
「あーあ……。私もお城の舞踏会に行けたらな……」
「おや、お困りのようだね。お嬢さん」
かわいそうなシンデレラを助ける魔法使いの役は、もちろん私だ!
舞台の上でマジで魔法をかけて、美しいお姫様となった娘の姿に、観客たちは目を奪われる。
さらにはカボチャを馬車に、ネズミとトカゲの人形を馬と従者に変え、シンデレラを乗せてお城の舞踏会まで送り届けた。
「どこかに、私にふさわしい……おおー! あの方は……」
舞踏会でお姫様を見つける王子様役は、王国の騎士たちとの運命のババ抜きを勝ち抜いた、虎丸だ。
異国の生まれだというのに、まさしく王子の立ち振舞。
観客席の女性たちを、ウットリとさせる。
虎丸の演技は、赤騎士と姫様のために、ということでズルをしていてな。
自身が最も得意とする巫術、いわば降霊術で、過去に生きた王子様の御霊を自分の肉体に降ろしている。
そうすることで、本物の王子様に成り切っているというわけだ。
「美しいお嬢様。どうか、私と一緒に一曲踊ってくださいませんか?」
「ええ。喜んで」
音楽が奏でられ、王子とシンデレラが舞台の上で踊り合う。
これまた見事な音楽と二人のダンスに、観客たちは大いに魅せられた。
シンデレラ役の伯爵令嬢は、元々ダンスが上手だが、この日のために猛特訓。
もっと上手だった王子役に教わった。
アリッサは舞台の上で踊りながら、小声で虎丸にたずねる。
「あなた、本当にダンスがお上手ね。ムカつくほどに……。誰に教わったの?」
「いえ……。西洋のダンス、東洋の舞。違いはあれど、根はそう変わりません……。母上が教えてくれました」
巫と舞の名手である母親に。ときどき、元の世界に戻ってな。
「――こうしてシンデレラは、王子と結ばれていつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
舞台の幕が下がり始め、大勢の観客が立ち上がり、拍手喝采が送られた。
これをきっかけに、ミハエルは、王国の宮廷内で「赤髪の赤騎士は、武芸だけでなく演芸もできるのか」と評判を得ていく。
「やったわね、赤騎士! 大成功よ!」
「ええ……」
「……どうしたの?」
舞台裏にメラニーが喜んでやってくると、ミハエルは片手で目元を覆っていた。
「……フフ。泣いてるの?」
「はい……。吾輩、感動しました」
重ねてしまったのだ。舞台の上のシンデレラと、昔と今の自分自身を。
そんな彼に、私は特別に、ある物を贈った。
「姫様、今度はこれを……」
「変わった本ですね。今度はどんな本なの?」
「……ある御人が作ってくださった魔法の本になります」
本の中の「世界」に入れる、魔法の本だ。
「まあ……」
美しい草原が、はてもなく広がる「世界」に、メラニーは感動する。
「姫様、馬に乗ってどこまでも駆けてはみませんか?」
ミハエルは二頭の馬を引っ張ってきて、彼女を誘う。
「ええ、赤騎士……乗せてってください」
メラニーは、もう一頭の馬の背にではなく、彼の前に乗った。
「では、行きますぞ……それ!」
彼女とミハエルを乗せた馬は、草原の向こうへ駆けて行く。
もう一頭と共に。
――こうして彼は、彼女との関係を深めていくのだった。




