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第十話 彼が知るは、箱入りの紅姫

 メラニー王女のことをもっと知るために、ミハエルは私と話し合う。


「それで、どうする?」

「誰かのことを知りたい時には、まずは他の誰かに聞くのが一番です」


 彼は恋と彼女のために、自分が何をするべきなのかわかってきた。


「姫様に近しい人……騎士や友人……まずは侍女から……女性ですか」

「女から話を聞くことに、抵抗があるか?」


「……はい。親しくなれれば気兼ねなくできますが、初対面となると……」

「何か手が必要だな……。女の相手が得意な誰かの助けを借りたらどうだ」


「魔法使い殿、お願いしたい」

「いいぞ。だが女を誘うなら、男は多いほうがいい」


 誰かのことをすぐ思い出して、ミハエルはむうっとなる。


「……あやつに頼むのは思うところがありますが、背に腹は変えられませぬ」


 というわけで、王都で遊んでいた虎丸に頼むことにした。


「仕方ありませぬな。ミハエルのために人肌脱いでやるといたしましょう」


 ミハエルは歯痒そうだったが、虎丸は頼まれて嬉しそうだったぞ。


 それからのやり方は、単純だ。

 

 姫様に仕える兵士や侍女を、お茶に誘う。

 頃合いを見計らって、本題であるお姫様の話を聞くのだ。


「姫さまのことが聞きたいんですって?」

「ええ。姫さまは普段はどのように過ごしていらっしゃるのでしょう?」

「どうも、こうも、ずっと部屋に引きこもっていますよ」


 王都の有名な喫茶店にタダで来れて、ご機嫌になった侍女の一人はそう答える。


「ずっとお部屋に?」

 ミハエルは理解できず、聞き返す。

「宴の時は出ていらっしゃるではありませんか?」

「それは、お務めだからですよ。王女としての大事な公務ですから。そうですね、公務の時は外に出ますよ。ですが、それ以外は……一体部屋の中で何をしているのか」


 他の侍女たちに別の質問をしたりしても、答えは同じようなものだった。


「部屋を出る時はありますが、お城から出ることはありませんね」


「公務の時には出てますよ。城塞都市に、大聖堂に、南の貿易都市とか……」


「国王陛下が城から外に出る時は、いつもご一緒です。狩りとか、お祭りとか……」


「姫様がご自身で外出? ……そういえばないな」


「姫様は、いい子ですよ。公務にいつもご熱心で、お父様にいつも従って……」


「姫様には大事な使命があるのです。勝手は許されません」


「姫様ご自身がやりたいこと? ……さあ、なんでしょう」


 中年の侍女が、そう答えると、


「そなた、なにか、隠してござらぬか?」


 テーブルの横から、虎丸が口を挟んだ。

 ミハエルと私は真剣になって侍女を見つめる。


「……なんのことです?」

「お主、本当は姫様がお部屋で何をしているのか知っておろう?」

「どうしてそう思うのですか?」

「信頼できない者には明かしたくないのだ。姫様がかわいそうだからな」


 侍女は微笑みを崩さず、目をそらして、冷や汗を浮かべてしまう。


「そなた、優しいの」


 虎丸の甘い言葉に、侍女はおどおどしてしまう。

 それ以上は何も聞けなかったが、メラニー王女が侍女に同情されていることはわかった。


「姫様がかわいそうだとは……どういうことなのでしょう?」

「彼女が、つらい身にあることだけは確かだな」


 虎丸の言葉に、ミハエルは彼女の助けになりたいと拳を握りしめる。


 これ以上調べるためには、彼女ともっと近しいか、事情を詳しく知る者から話を聞くしかない。

 料理店の席で話し合って、そう結論づけた私たちの前に、怪しい男が現れる。


「貴様たちか。姫様についてかぎ回っているというのは?」

 

 角張った顔に片眼鏡をかけ、細身の身体を高級服で飾り立てた、陰気な男。

 席に座る私たちのそばに立ち、背筋をビシッと伸ばして、こちらを怪しみながら見下してくる。


 いつもメラニー王女の近くにいる王国の監督官だ。


「……なんのことでしょうか?」


 監督官に向かって、ミハエルは知らぬ顔をして見せた。


「とぼけても無駄だ。調べはついている」

「そうは言われましても、なんのことか見当もつきませぬ」

「いいか。嗅ぎ回るのはもうやめろ。わかったな」


 それだけ言って、監督官は去って行った。

 これで済むと思ったようだが、間違いだ。

 メラニー王女は、自分たちが見張っていると教えてやったようなものだ。


「あの者は、国王陛下の手先……。やはり姫様は、陛下に自由を奪われているのですな」


 却って、ミハエルに確信を与えてしまった。


「そのようだな」

 虎丸も同意する。

「城からの外出を禁じられ、公務に出られる時も行動を著しく制限されているのであろう。これでは実の父親に閉じ込められているも同然よ。年頃の少女に、何とひどいことを……」


 そのとおり。

 紅姫は、城の中に箱入りにされていたのだ。

 頑固者で、ひねくれた父親によって。


「これは何としてでも姫様をお助けしなくてはな。のう、赤騎士?」

「お前に、言われるまでもない!」


 彼女のために、ミハエルはますます燃える。


「かといって、城から連れ出す、なんて荒事は、差し出がましい。姫様のお望みが何かわからなくては……。お部屋で何をしていらっしゃるのか、それを知ることができれば……」

「ここまでわかったのだ。知っていそうな誰かに直接聞いてみてはどうだ?」

「知っていそうな誰かに……」


 ミハエルは、知っていそうな偉い人、かつ聞きやすい人は誰か、考える。

 頭の中に、ある人物の顔が思い浮かんだ。


「姫様が、お部屋の中で何をしているかだって?」


 城の廊下で、彼が聞いたのは、大臣の次男、騎士ヴィルヘルムだった。

 兄と違って、自分のことを評価してくれるこの人に、ミハエルはたずねる。


「そうです。ヴィルヘルム殿でしたら何かご存知かと思いまして……」

「……なるほど。さては、赤騎士。君も姫様の気を引こうとしているな?」


 ヴィルヘルムに指摘されて、ミハエルは正直に顔に出してしまう。


「……まさか、ヴィルヘルム殿も?」

「王国の騎士の中で、姫様の気を引こうとしていない者などいるものか。何かと君を助けてくれる青武士ぐらいのものだろう。他の女性には目がないようだがな」


 苦笑するヴィルヘルムに、ミハエルは照れる。


「わかりました。秘密にしたければ、これ以上は……」

「本だよ。姫様は、お部屋の中で、本を読んでいらっしゃる」


 ヴィルヘルムはあっさりと教えてくれて、彼をびっくりさせた。


「小説に、偉人の伝記。歴史本に、旅行記。あと噂話に、劇も大好きだ」

「本に、劇……姫様は、なぜそのようなことを?」


「考えろ。姫様は、陛下にどのようなお扱いを受けている?」

「箱入りにされて……ご自身で行くことができない外の世界について知りたいからですね!?」


 ミハエルが聞き返すと、ヴィルヘルムは笑ってうなずいてくれる。


 彼は、ようやく知ることができた。

 彼女の望みは、かつて洞窟の外に出たかった自分と同じだったということを。


 興奮するミハエルに、ヴィルヘルムは説く。


「王国に仕える騎士として、国王陛下のことは絶対に悪く思うなよ。あの方は、父親として愛する娘がご心配なだけなのだ」

「わかっております……。姫様は、夕闇の大帝国と黒太子にも狙われておりますから」


「そうだ。それと実は、知る人ぞ知る騎士たちの間で、姫様を喜ばせるネタの壮絶な争奪戦が繰り広げられていてな。今の所、みんなネタ切れで膠着状態だ。沽券こけんに関わるから部下たちには内緒だぞ」

 

 みんなの気持ちが、恋に苦しむ今の彼にはよくわかった。


「……ヴィルヘルム殿、なぜ吾輩にそこまで教えてくれるのですか?」

「君の活躍で、私の部下は助けられている。何より大事なのは、姫様の笑顔だからな。ただし、一つ貸しにしておくぞ」

「あ、あり……」

「おい、お前たち!」


 そこで、怒りながらやって来たのは、兄ヤーコプだ。


「これは、兄上。いかがなされましたか?」

「ヴィルヘルム、お前……赤騎士に話したのかー!?」


 どうやら、恋のライバルは多いようだ。


 ただ、そうとわかれば、こちらのもの。

 兄弟には悪いが、ミハエルは、あの手段を使うことを決意する。


 自分だけが持つ、あの手段を。

 姫様のために。


 そのことを、ミハエルは酒場に戻って私たちに話していると、ある女性が現れた。


「……あなた、メラニーの何を調べてるの?」


 栗色の長い髪と、くりっとした可愛い瞳を鋭くして、怒りを募らせる少女。

 王国のとある伯爵の娘、アリッサ嬢だ。


「アリッサ殿。あなたは、姫様のご友人ですね?」


 こちらを疑う伯爵令嬢に、ミハエルは礼儀正しく応じた。


「どういうつもり?」

「信じていただきたい。吾輩は、姫様に笑っていただきたいだけなのです」


「……あなたに何ができるというの?」

「姫様にたっぷりとお聞かせすることができます。こことは異なる世界の物語を」


 赤騎士よ、異世界を冒険しておいてよかったな。

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