第九話 彼が見ていたのは、偽りの笑顔
此度の戦争で一番の功績を上げたミハエルは、王城の大広間にて開かれた勝利の宴で、黄昏の紅姫メラニーから最初に酌を受けるという栄誉に俗される。
「さあ、どうぞ。赤騎士」
「ありがとうございます、姫様」
メラニー王女にまた褒められて、ミハエルはとてもうれしかった。
けれど王女は、次の騎士へ酒を注ぎに、向こうへ行ってしまう。
「ヤーコプ、見事な指揮と奇襲でしたよ」
「ありがたくお受けいたします」
「さあ、ヴィルヘルム。よく城塞を守りましたね」
「光栄です、姫様」
メラニーが他の騎士たちにも酒を注いでいる間、ミハエルは笑顔を浮かべたまま、彼女から目を離さなかった。
「幸せそうだな、赤騎士」
そんなミハエルの向かい側の席に、私は座る。
「これはこれは、魔法使い殿。あの剣、ありがとうございます」
「これから、どうやって彼女の気を引く気だ?」
「はっはっはっ。なにをおっしゃいますか」
私はニヤニヤして聞くと、幸せなミハエルはデレデレしながら答えた。
「恋の相談ならばいつでも乗るぞ」
「ほほう。魔法使い殿は、恋の悩みも聞いてくださると」
「無論だとも。私は恋をも叶える魔法使いだからな」
「いいえ、結構。もはや吾輩、何事も自分一人でできますとも!」
私は助けを申し出たが、ミハエルは自信満々に断った。
どうやら、感激の余りうかれているようだ。
無理もない。ずっと恋してきた彼女の前に、やっと現れることができて、いきなり華々しい武功を上げることができたのだから。
「ほう。そこまで言うならばお手並み拝見といこうか」
だがな、赤騎士よ。お前は、恋というものをナメ過ぎだ。
ここで、彼がずっと恋してきた彼女について簡単に紹介しておこう。
彼女が、この世界にとってどんな人間なのかを。
本名メラニー・ローザリンデ・エーデルワイス。
通称、黄昏の紅姫。
黄昏の王国の第一王女で、唯一の嫡子。
彼女の美しさは、周辺諸国に名高く通っている。
容姿だけでなく、その心もな。
王女としていつも公務に励み、王国の臣民たちに優しい笑顔を振りまく。
貧民や戦災孤児を助けるための慈善活動、小国との国際交流にも熱心だ。
騎士たち、民衆からは、救国の姫君、勝利の女神と称えられている。
夕闇の大帝国との戦争に苦しむ黄昏の王国の人々にとって、希望であり、癒しとなっている理想のお姫様というわけだな。
そんな彼女は、はたして幸せか。
王女ではなく、一人の少女として。
一人の人間として。
とんでもない。
ある意味、彼女は、この世界で最もかわいそうな女の子だ。
さて、ミハエルの方に話を戻して、はたして彼がメラニー王女にお近づきになれるかどうかは、まずはそこに気づいてあげられるかにかかっているのだが……。
王国の騎士として仕える日々が始まって、ミハエルは、メラニー王女と会う度にがんばった。
「姫様! 今度は堕天使の首を持ち帰ってみせましょう!」
「ふふふ。がんばってくださいね、赤騎士」
「姫様! 今度は、巨人を二体も討ち取ってみせましたぞ!」
「やりましたね、赤騎士」
己の強さを誇示した。他の騎士たちと同じようにな。
対して、姫様はいつも笑顔を振りまいて、勝利の度にお酒を注いでくれる。
それだけだった。
それだけが繰り返されて、二ヶ月ばかり過ぎた頃だ。
「魔法使い殿ー!」
赤騎士が、私に相談しにきたのは。
「どうした、赤騎士?」
「姫様ともっとお近づきになるにはどうすればよいのでしょー!?」
どんなにがんばっても、お近づきになれなくて、たまらなくなったのだ。
「おや、自分一人で平気ではなかったのか?」
「そんなこと言わないでくださいー!!」
私はついイジワルして、ミハエルを喚かせてしまう。
「お願いしますよー! こうやってお願いしているのですから!」
「わかっている。わかっている。助けてやるとも」
一人でもっとがんばれ、と言ってみるのも面白そうだがな。
「ミハエル。お前は、彼女に恋をしている。そうだな?」
「はい……。吾輩は、姫様をお慕い申しております」
ミハエルは、頬を染めながら正直に答えた。
「人間ではない自分に、その資格がないとも思っているか?」
「……ないのでしょうか」
私が問うと、彼はとても迷った後で答える。
「吾輩には、人間に恋する資格が?」
「あるとも」
その迷いを取り除いてやるためにも、私は教えてやった。
「出自、種族、世界。どれも関係ない。お前には資格がある。それが『恋』というものだ」
「……本当ですか?」
「ああ。だからお前は、励め。恋する彼女を振り向かせるために」
「……はい!」
ミハエルは、決意を新たにする。
「それで魔法使い殿。吾輩は、いったいどうすれば?」
「まずは彼女を知れ。彼女のことを知るんだ」
「姫様のことを知る?」
「そうだ。よく観て、よく調べ、そして知るんだ。紅姫がどういう女性なのかを」
「……どうやって?」
「まずは、彼女をよく観ろ。彼女の表情、仕草、振る舞いから、彼女は何が好きで、何を考え、何を思っているのかを。もちろん彼女の心を害さないようにな」
「そんな……。姫様をそのようにご拝見するなど……」
「いいや、ミハエル。お前も恋する男ならば、できるだけ踏み込め。もっと勇気を出さなければ、彼女を振り向かせることなどできないぞ」
というわけで、ミハエルはやり方を考え直す。
また戦の後、で紅姫が騎士たちに酒を注いでいる時に、ミハエルはいつもとは違う目で彼女を見つめてみる。
「観ろと言われましても、どうすれば……」
「彼女の目や顔をよく観察してみろ」
彼女は、いつものように笑顔を振りまく。
「笑っていますが……」
「もっとよく観ろ。今まで自分が会ってきた人たちの笑顔を思い出しながら」
ミハエルは目を凝らして、彼女をじっと観った。
「彼女は、笑っているか?」
私が言葉を重ね、彼はじっと、黙って彼女を観続ける。
「彼女の笑顔は、本物か?」
彼の赤い目が、わずかに見開かれた。
「……魔法使い殿」
「何となく気づけたか。彼女の笑顔が偽りだと」
「はい……」
ミハエルは、うなずいた。
「……姫様は、心の底から笑っていません」
「一歩、前進だな」
「……とはいえ、わかりません。姫様はなぜ笑っていないのでしょう?」
笑顔が偽物だと知った彼は、彼女のことが心配になってしまう。
「わからないか。ならばどうする?」
「もっと知らなくては……そして吾輩が必ず、姫様を笑わせてみせます!」




