22話:教える側の覚悟
両腕で頭を抱えてくるリゥに顔を大きく動かし、アキラは乱雑にそこから抜け出した。
「もう! すぐに調子乗るんだから!」
「だってアキラが可愛いんだもーん」
頬を赤らめたまま怒るアキラに、自分は悪くないとでも言いたげに口を尖らせるリゥ。アキラの一挙一動に可愛いと思い愛でてしまうことも、リゥの一言一句に恥ずかしいと思い照れてしまうことも。お互いのその二点に関しては、既に出会ってから二年が経つ今でも両者とも慣れないでいる。
「ああもう! そんなことより! お腹! 減った!」
「うーわ超カーブ……F1出場者もビックリの急カーブだ」
「うるさい! てゆーか、ずっと気になってたんだけどなんでまだ森なの? 帰らないの?」
しかし、お互いに慣れていないのはその事柄に対してだけ。その後の切り抜け方に関してであれば、アキラはおよそ理解しているつもりだ。
無理矢理にでも話を変えれば、たまに文句を言いつつもリゥはその話に合わせてくる。先輩としての完璧を求めているリゥは、自身のことよりも後輩を優先することがほぼ百パーセントだからだ。
「帰るも何も、アキラがある程度成長するまではずっとここだよ。一人でこの森から抜けられるまでは、基本ここから動かない予定だから」
「何それ!?」
「これから、アキラには頑張って初級レベルの光の想術を身につけてもらいます。んでもってそれが出来たら、一人でこの森から出ること。俺もそばにはいるけど基本手は貸さない。大怪我されても困るからどうしてもって判断したら流石にそこは手を出すけど、その場合はまたスタートからやり直し」
「え、一人で……って、この森そんなに危ないとこなの!?」
「ん? いや、逆だよ逆。全然危なくない森だから選んだんだよ。出てくるのはせいぜい虎だの熊だのしょーもないやつばっか。雑魚でも獣の類いは出ないし、全部基本的な動物だよ」
「ああもうこれは考え方がかなり違う」リゥの当然のことのような態度に、アキラは肩を竦めた。
虎や熊が出る森が、危険じゃないはずなどない。肉食であってもそれが単なる動物ならば問題ないなどというのは、リゥたち強者の常識だ。アキラからすれば、肉食の時点で相当な驚異である。
「ま、アキラがそんなふうに考えるのも分からんでもないけどね」
「当たり前でしょ!」
「まーまー、そんなのはあと数日後になれば分かる話よー。ほら、分かったらさっさと飯捕り行くよ」
「え、とりにって……なんかちょっと「とる」の雰囲気違ったよ!? ねぇ! 待ってってば! ねー!!!」
訳の分からないリゥの言葉を全く理解出来ず、完全にこの森に対して恐怖しているアキラに詳しい説明もせず、リゥはどんどんと一人で先を行く。
それは急に冷たくなったわけでも新手の弄りでもなく、ただ単純にいつも通りのリゥがいつも通りの様子でとっている行動で、アキラもその行動を深く受け取っていない。いつものマイペースなリゥに振り回されている感覚で周囲をキョロキョロと警戒しながら、軽い足取りで進むリゥを必死で追いかける。
「――わっ、ちょっ!? なんで急に止まるの!?」
「え? ああごめ……ん? いや、アキラが近すぎるんじゃない? なんでこんなにぴったりくっついてるの」
「だ、だって……! リゥくんが、怖い事言うから……」
周囲の警戒に気を取られて、突然止まったリゥに気付かずゴツンと頭をぶつけるアキラ。背後にピッタリくっついていたアキラに背中を頭突きされ、アキラの言葉もあり流れで謝ってしまったリゥだが、その言葉の直後でその違和感に気付く。
普段から密着に恥じらいを持つアキラが、これ以上ないほど自分から距離を詰めている現状はかなり珍しい。先のリゥの言葉にある程度の緊張と恐怖を持ったということだろう。
「そんなに心配しなくても、俺の目に届く範囲にいる限りその辺の動物がアキラのこと襲うよりも速く俺が狩ってあげるって」
後ろで怯えるアキラの頭を撫でて微笑み、その後視線を百八十度後ろに戻すリゥ。
「こんな風に、さ――ッ!」
怯えるアキラを揶揄うことなく視線を外したリゥの珍しい行動にアキラが首を傾げた瞬間。呟くような小声の直後、リゥは一切の予備動作なく風を切ってアキラの前から消えた。
「え、あれ? リゥく――」
忽然と姿を消したリゥを慌てて目で追おうとするも、リゥはアキラの視界からは完全に姿を消していた。が、それを認識したアキラがリゥを探すべく一歩踏み出そうとした瞬間。
「ほい」
「――うわぁっ!?」
気の抜ける様なリゥの声が耳に入り、聴覚が感じたリゥの存在にほっと一息つこうとしたアキラ。そうして落ち着き一度だけ瞬くと、正に文字通り瞬く間に、アキラの目の前にあったのはほぼ生気の宿っていない腑抜けた表情の虎――その生首だけがあった。
「え、あ、と……? え、りぅ、く……は、え……?」
目の前の生首に目を丸くし、失われた語彙力で必死に言葉を生み出そうとするアキラ。だが、一度失った冷静さを瞬時に取り戻すには、些か経験が少ない。ここ最近で何度も目を疑う光景に直面してきたとはいえ、結局はほぼ全てが自分以外の誰かによって説明と解明をされる。
よって、今のアキラに目の前の疑問を瞬時に解決する術はない。
「ま、そーゆー事だよね」
「り、リゥくん……」
「今のアキラじゃ、この世界の大抵のことに驚きがある。一瞬の驚愕、恐怖、怯み……脳が新しいことに対して刹那でも分析、判断の遅れを取れば、体が膠着する。そしてその膠着は、最悪の場合死を齎す」
表情と同時に体が固まったアキラに、虎の生首をどけて顔を出すリゥ。何故そんなものを持ってきたのかその理由は分からないが、リゥの持ってきた生首はきっと今の一瞬で狩って来たものだろう。リゥの今までの戦いを見れば、それが造作もないことだということは分かる。一撃で仕留めたであろう綺麗な斬り口にも、さらにその部分を凍らせて止血し無駄な出血を抑えていることにも驚かない。
虎が生きている状態では無くリゥに仕留められた後だと分かれば、その後の驚きは何もなかった。そして事実、今も驚きは全くない。
ただ、今のリゥの話があまりにも真面目で、教えるという役割を持ったリゥがどれだけ真剣にその役割を熟すかという事実に、多少の意外性が感じられた。
「もちろん、アキラがそんな状態になっても俺は百パーセント守る。そのつもりでいるし、何がなんでも事実としてそうさせる。ただ、それが絶対に可能なのかと言われれば、俺は首を縦に振れない。絶対に守る。それは約束する。でもそれが絶対になるかどうかは、俺自身にも分かりようがない」
「――?」
「そう。疑問があって当たり前。意味が分からなくて当たり前だ。俺の言ってることは完全に矛盾してる。人生なんてそんなもん、矛盾だらけで、この世にある不動の事実なんてのは数多くの矛盾の中に埋もれている一握りにしか過ぎない」
いつものキャラはどこへやら。リゥと話していてそう思うことが、時折アキラたちにはある。普段はただの後輩大好きなお巫山戯の過ぎる先輩で、性格も能天気極まりないリゥ。しかし、一度何かのスイッチが入れば普段からそう言った性格だったのでは、と思えるほど自然に口調を変えて別の人格を表に出す。
今回もリゥの矛盾に首を傾げたアキラに対し、実にそれっぽい――あくまでもそれっぽい事ではあるが、普段のリゥからはあまり出ない言葉が続く。
「でも、今俺が提示したこの矛盾は、俺が絶対に起こしたくない矛盾だ。アキラを守れない事実なんて、俺には必要ない。俺の絶対が絶対じゃない矛盾なんて、心底御免だ」
「う、うん……?」
「――だから、アキラがやるって決めた以上、俺はそれに応える。だからアキラも、それに応えてほしい。アキラの努力があればあるほど、それでアキラに実力がついて、俺の絶対がより一層絶対に近付く」
「ん……簡単に言うと、リゥくんも頑張るから俺も頑張れって、そういう事?」
リゥは、器用だ。好奇心も旺盛で、行動力もある。それなりのタフネスがあり、外交的で様々な繋がりがあった。
しかし、それが結果リゥを中途半端たらしめた原因でもある。興味を持ったもの全てに齧った結果、何もかもが中途半端になってしまった。
故に、リゥはころころと口調が変わり、人格も多重人格のようになる。頭が良さそうなことを言うこともあるが、結局それも雰囲気で話しているためより一層相手に伝わりにくくなる。
難しく、と言うよりは、よりややこしく話をぐるぐると捻るリゥに、アキラは再び首を傾げながら自分が理解できるように端的にまとめる。
「それなら大丈夫! 言ったでしょ、俺は本気。ツバサたちにも負けたくないし、何よりリゥくんの力になりたい。――だから改めて、宜しくお願いしますっ!」
口角を上げて微笑むと、勢いよく頭を下げるアキラ。下げた頭より遅れて靡いた髪の揺れが止まっても尚、アキラはずっとその姿勢をキープしている。
何度本気だと言われても、リゥの心の隅にはやはり杞憂があった。それは今でも変わらない。本当にアキラに『闘う』という道を選ばせていいのか、その疑問と不安は永遠に尽きないだろう。命がかかる戦いに於いて、ある程度の怪我を覚悟するのは当然至極。最悪の場合も想定して然るべき事だ。
しかしそれなら、その不安が現実に起きないように努力するしかない。怪我をしないように、最悪の場合に陥らないように、リゥの出来る限りを尽くして、アキラに自衛のための実力と術を身につけさせる。
それが、リゥにとっての最大の使命なのだから。




