15話:親友
ずっと言う機会を窺いつつ、なかなか言い出せなかった言葉。アキラにとってその告白は、今までのどんなに言い難かった言葉よりも重く、そして只管にそれを躊躇ってしまう内容だ。
しかし、満を持して覚悟を決め、アキラは二人きりになれたこの瞬間でとうとうそれを言葉として放った。その言葉に、リゥの目が細く、そして鋭くなったことは、未だ目を合わせられていないアキラにも分かる。僅かに聞こえたリゥの呼吸に、アキラは唇を固く結ぶ。
憤慨、落胆、失望……考え得るリゥの心情全てが、負の感情にしかならない。怒声か嘆息か、どちらにしろ、アキラはそれを受け入れるしかない。
「――どうして?」
「え……?」
しかし、リゥから放たれたその言葉に篭もっていた感情は、アキラに対する失望や憤りなどではなく、寧ろそれらとは真逆の心配だった。
「あ、やっとこっち向いた。――アキラってさ、心配性って言うか……時々おばかちゃんだよね」
「え、な、何急に……?」
リゥの思いがけなかった優しい声音に、頑なに挙げなかった顔を思わず上げてしまったアキラ。そして漸く目線が合うや否や、リゥはいつもの調子に近い形で微笑む。
「アキラのせい……って言うのはよく分からないけど、アキラのその……俺が怒るかもしれない、みたいな想像? まぁ俺がアキラに怒ることが少ないっていうのもあるけど、そもそも理由も聞かないで怒ったりしないよ。――って言うか、ここまで優しくしてるのにまだ訳も聞かないまま怒るような奴だと思われてるのか俺……ややショック」
「あ、いや! そういう訳じゃなくて……!」
普段から後輩に対しあまり怒らないリゥだが、当の後輩たちが素直すぎることもあり、少し自分に非のあることが起これば直ぐに自責の念にかられ、そこからの思考は悪い方へ悪い方へと流れていく。その度に毎度リゥは優しく宥めるわけだが、こればかりはどうも無くならない。
そんなアキラの慌てた様子に「ふふっ」と微笑しながら、リゥはアキラの頭にポンッと手を乗せる。
「冗談だよ。でも、なんでそう思うの? 別に悪意とか害意があってなんかしたとかそういう訳じゃないでしょ? そもそもそんなこと今じゃ十二人衆の誰かに協力でもしてもらわなきゃ出来ないだろうし、それ以前にそういうことなら態々謝りに来ないだろうし。何かあったの?」
冗談の奥に残る、確たる違和感。決して冗談でやり過ごすことの出来ないその感覚に、リゥは表情を戻して首を傾げる。
「何かあった……って言うのかな。あ、でも本当に全然喧嘩したとかじゃなくて! その……うん、実は……なんて、言うか……」
「――いいよ。落ち着いて、ゆっくりでいいから。しっかり、アキラの言葉でいいから。ね?」
もう既に、しどろもどろとした様子が型についてしまいそうな程にあたふたとするアキラ。特に気にしなくていい場面でも、本当に重要な場面でも、アキラは少しでも心情が揺らぐと多少の冷静さを欠いてしまう。
心が揺れ動きやすいという点に関しては、リゥと本当によく似ているのだ。それがただ、リゥの場合は怒りによって振れやすく、アキラの場合は心配によって触れやすいというだけ。詳細では違っていても本質の部分で似ているからこそ、リゥはアキラに寄り添えるのだろう。
「――あ、あのねっ、リゥくん! 俺、実は……」
震えるアキラの手を握り、心身共にしっかりと寄り添い距離を縮めるリゥ。そんなリゥに漸くアキラも自分の意思で視線を合わせることが出来、その流れに合わせて胸の奥から言わなければならない言葉を引っ張り出す。
「――だめ!」
――しかし、アキラの勇気が漸く決心を付けた瞬間。言葉がアキラの言葉を遮り、布団を巻き込んだ体がリゥとアキラの手を切り離す。
「ぁ、え……?」
突然の出来事に、半ば無心で言葉を発しようとしていたアキラが我に返る。
聞き慣れていたはずのその声に、「あるはずがない」という思い込みから一瞬誰の声か分からなくなっていた二人。キョトンとさせた目でぱちぱちと二、三回瞬きし、潰れた様な喉から漸くぎこちない言葉が外に漏れる。
「つばさ……?」
二人の視線の間。リゥとアキラの中間には、今の今までベッドで寝ていて、明朝までは目を覚まさないであろうと予想していたツバサの影がある。勢い良く二人の間に割って入ったツバサは、下半身をベッドに残したまま頭から床にダイブしていた。
「だ、だめ……! アキラくんは悪くないから! いいの! 俺が無茶しちゃっただけ!」
リゥとアキラの手を切り離した腕を床につき、バッと勢い良く上半身を持ち上げるツバサ。そしてそのまま首をリゥの方に向け、アキラを庇うようにしてツバサは首を横に振る。
突然起き上がり、何故かアキラを庇うようにして、必死に首を横に振るツバサ。今の無茶は確かに寝起きのものと予想できるが、その言動は暫く起きていて今までの話を聞いていないと不可能だ。
ともなれば、ツバサには元々何らかの自覚があり、リゥかアキラの言葉に反応して無意識のうちに目覚めた。そんな常識の範疇を超えた現象が、今リゥの目の前で起こっている。
今のこの状況を整理すると、先ずアキラはツバサの暴走の原因が自分にあると思っている。そしてそれを言おうとした瞬間にツバサが止めたと言うことは、きっとアキラの言う内容に心当たりがあったということ。つまり、ツバサはそれを知っている。今回の大元がアキラにあるというのは、二人の共通認識で間違いないだろう。
しかし、ここからが大事な事だ。
「ツバサはアキラの言おうとしてる事が分かってる。――でも、アキラが悪いとは思っていない」
「うっ……」
図星、と言ったところだろうか。
詳細はどうであれ、今回の大本となった事柄は二人の間で相違ない。しかし、それに対する考え方が二人の間で異なっている。
「あ、アキラくんは本当に悪くないの!」
「――ありがと。でも大丈夫。俺は言うって決めたから。ツバサが庇ってくれるのは嬉しいけど、どうせもう明日にでもわかることだと思うし」
元々同級生であり、決して仲が悪かったわけではない二人。元々家も近かった二人は小学校入学前からの付き合いで、その長さで言えば誰よりも一緒にいる時間が長かっただろう。アキラを庇うツバサの心遣いも、ツバサに迷惑をかけまいとするアキラの努力も、やはりその原点となるのはお互いを思う友情の証だ。
そしてお互いにそれ相応の信頼関係があるからこそ、ツバサもアキラの決心を受け入れることが出来る。
「分かった。アキラくんがそう言うなら……」
「ありがと」
二人の会話から久しく見れていなかった二人の友情が、リゥの涙腺を緩める。
部活でも一年の頃からずっと一緒に打っていた二人に感じていた信頼関係が、一度離れて再び再開した二人にまた見える。暫く見れていなかった後輩同士の友情を見て、感極まるなと言う方が無理というものだ。
ぐすんと鼻をすすりながら、リゥはその潤んだ瞳に手を当てる。
「え、ちょっ、なんでリゥくん泣いてんの!?」
「うう……いいなぁ、めっちゃいい……」
「な、何がよ……」
二人の会話に耐えきれないリゥのすすり泣いた声に、アキラとツバサは目を丸くする。
本人たちからすればただの会話だった今、急に涙を流して鼻をすすったリゥに抱く感情は驚き以外の何物でもない。強いて言うならば、あまりにも突然過ぎた出来事に僅かな恐怖を覚えた程度だ。
「いや、後輩同士の友情とか、先輩的にめちゃめちゃいいなぁ……って。冥利に尽きるって言うか……今までの俺が馬鹿だったって言うか……」
入学当初から変わらぬ二人の関係に感動すると同時に、リゥは自分の自惚れに愧赧していた。
自分を挟むことにより二人の間に距離が生まれてしまった、などと考えることも少なくなかったリゥだが、それは全くの誤想だ。
同じ人を好きになった二人の間に生まれたのは、嫌悪感ではなかった。これまでずっと一緒に過ごして来た二人の仲の前では、リゥが想像していた自身の盗り合いなど蝸牛角上の争いに過ぎない。
無論、リゥの気持ちがどちらにも傾いていないのであれば好かれるようにという努力はするが、一度アキラかツバサのどちらかにその気持ちが傾けばもう一方はそれ以上踏み込むことはしない。それが、一度好きになった相手と、何よりも幼馴染である相手への敬意、そして二人の幸せを願うという義務だと思っているからだ。
「リゥくんが何を考えてたのかは知らないけど、俺らはずっと仲良いから」
「そーそー! 家族以外で初めてお風呂入ったのも俺らだもんー! アキラくんの裸見たのも、アキラくんが俺の裸見たのも、りゅーくんより先だもんねー!」
「ちょっと! それは言わなくてもよくない!?」
「え、何それ……ツバサ、ちょっと今度その話詳しく」
恋した相手を盗り合うでもなく譲り合うでもなく、競いその後には協力する関係。競い合い助け合い、お互いを高め合える関係。
いつか見たような懐かしいその関係を表す言葉は、リゥの中では一つしか思い浮かばない。
――親友。
親しき友と書くその言葉は、正しく今の二人に相応しい。異性間などに使われることの多い友だち以上恋人未満などとも言われることもあるその関係は、男同士に顕れる美の象徴。友愛という名の愛で結ばれたその関係は、決して一筋縄では断ち切れない強固な物である。




