13話:各々の成長
以前よりも若干伸びて目にかかるほどになってしまった前髪をかき分け、涼しい風の吹き抜ける庭園の真ん中で対面する十三人と五人。その内五人に属するアキラ、ユーキ、ソラ、レン、ツバサたちの面持ちは、正面から向き合うことで漸く分かるほどに微々たる緊張が表れている。
「それじゃ一人ずつ。何をやれってことは言わないから、今出来ることだけやってみて」
アキラたち五人の前に並び立つ、総勢十三名の人影。約二ヶ月前から日中は彼らの師として想術の指南をする彼らの真ん中に立つのは、久々に先達としての風格を見せた――
「チャンスは原則として一回……ハグしてくれたら増やしてあげるっ!」
――のも束の間。もはや器用とすら褒められるほど素早く、且つあっさりとその表情を変え、清々しい笑みでその場の重々しい雰囲気を壊す。
しかし、それは理性よりも我欲が勝ったための結果ではない。アキラたちの当人でさえ気付いているか否かというような僅かな緊張を感じ取り、その緊張を解そうとしたが為の行動だ。彼らの自信、モチベーション、士気、そう言った感情的な部分を下げないためならば、失敗に繋がる可能性はどれだけ微々たるものでさえも取り除く。それが今、最後に出来るリゥなりの手助けだ。
そしてその結果として、アキラたちの苦笑いとツバサの微笑みを以て彼らの緊張はしっかりと解消されていた。
「じゃ、先ずは誰から行く? そこまで結果に大差は無いと思うけど、初めがいい人と最後がいい人は結構分かれるもんな」
「――――」
アキラたちの特訓が始まってから、今日で約二ヶ月。しかし、後半の一ヶ月間――その期間、リゥは彼らの特訓に加わっていない。
特訓を開始してから一ヶ月程が経ったある日。その日までの経過からリゥはあと一ヶ月で全員が第一段階をクリアすると予想し、それ以来日中は毎日十二人衆の中から二人ずつ指名し家を挟んだ反対側の庭で試合形式のトレーニングを行っていた。
しかし、アキラたちそれぞれの進捗を知らないのはリゥだけではない。各々の進捗の差に焦りやゆとりを感じないために、アキラたち本人も自分以外の経過を一切知らない。この時点で五人全員の成果を知るのは、十二人衆だけである。
「――じゃあ俺から、いいかな? あんまり自信ないし、他に誰か凄く進んでる人とかいるともっと自信なくしそうだから」
リゥの言葉を受けて静かにそっと手を挙げたのは、並んでいる五人の中で一番浮かない顔をしているレンだ。
地頭が良く好奇心旺盛でもあり、人一倍努力する性格も相まって興味を持った分野は当たり前としてオールジャンルの知識を蓄えるレン。そんな知識は勉強以外にも間接的に結び付き、何でもそつなくこなしてしまうのが彼の凄みであった。
が、しかし。そんな器用なレンが珍しく弱気でいる。確かに今回はあまり知識で差が出るようなことでは無いが、それでもここまで弱気なレンは同学年のアキラやツバサでさえ見たことがなかった。
「ん、分かった。じゃあレンからやろか」
「う、うん……」
リゥを初めとし、十二人衆やアキラたちの視線が全て自分に集まる感覚。ある程度緊張感を持っていた方が上手くいくこともある、と言うが、レンからすれば今ある緊張は既に足枷と同じほど鬱陶しく感じていた。それこそ、またもう一度リゥがふざけ始めることを期待する程に。
「――――」
自分の体の前に両手を出し、確認テストの準備を終えたレン。後は今の体勢のまま今までやってきたことを見せるだけだが、無意識に浮かぶ失敗のビジョンがレンの両手を震わせる。
「――んーぎゅっ」
「――っ!?」
震える両手を見ていた目が、僅かにボヤけた直後。視界が悪くなった原因に気付き慌ててその原因を拭おうとした瞬間、その原因の奥から両手を潜り抜け、一人の影がレンの懐に潜り込む。
「なーんか失敗しそーだし、前借りさせてあげるよー」
レンの胸元から顔を出しニカッと笑うと、そのままその体を軽々と持ち上げた青年。まるで自分の思考を読み取ったかの様に現れた存在は、正しく干天の慈雨と呼べるほどの救いであった。
「り、リゥくん……」
「んししっ。レンってやっぱり緊張に弱いよね」
「だ、だって……」
「ま、そーゆー完璧じゃないとこがレンの可愛さだし? 俺としては全然ごちそうさまです、って感じだけど」
レンを抱えあげたリゥはそのまま歯を見せて笑うと、そっと地面に下ろして頭にぽんっと手を乗せる。
「さ、なんかこれ以上やると後ろで嫉妬大爆発されそうだから、取り敢えずはこれで頑張って!」
そう言うと、リゥはレンの後ろに視線を向け、それに合わせてレンもまた後ろを振り向く。すると、そこには口を尖らせて頬を膨らませ、明らかに嫉妬から来る怒りを隠せないでいるツバサの姿があった。
今の現状ではリゥの行動も理解出来ることであり流石に行動も口出しもしないが、いつツバサが「俺も!」と言ってくっついて来るか分からない。そんなツバサに笑うリゥにつられてレンの頬も緩み、本当の意味で今、レンの緊張も程よく解れた。
「――いくよ」
「おう」
そうしてリゥが元の位置に戻ると、レンは再び両手を体の前に出して準備を完了。そして目を瞑りゆっくりと深呼吸すると、パッと目を開き全身の力を両手に集中させた。
――ビッ、ビビッ、バチッ
右と左、両の掌の間に走った、僅かな電流。二度三度細い電気の線が両手を繋ぐように走った後、最後はそれぞれの両手から出された電気同士がぶつかり合うようにして両手間に小さい電気が弾けた。
「え……? ちょちょちょ、レン? いやいや、しっかり出来てんじゃん! 二ヶ月でしっかり電気が形になってるなら上出来だよ!」
「そ、そう……?」
「そう……って言うか、その前段階で光の玉みたいなやつ作ったでしょ? あれだけでも普通に第一段階クリアだったんだよ?」
「え、そうだったんだ……なら良かった」
自信の無い様子に若干の不安を抱いていた分、当初の条件を軽く超えてきたレンにリゥは呆気にとられる。
レンのが解釈したクリア条件がどうなっていたのかは分からないが、きっと稀にあるレンの天然がまた思わぬ相違を生んだのだろう。結果として、二ヶ月での成果としては十分過ぎる成長であった。
「じゃあまぁ次……なんだけど。え、誰か今の後に出来る?」
予想外の成長でレンがクリア出来たことは良かったものの、問題はその後だ。自信がないと言って出てしまった分、もし仮にレンよりも出来ない者がいた場合はどうしてもやりにくくなってしまう。勿論それが普通なのだが、やはり目の前で見てしまっては多少なりとも劣等感が生まれることもある。――が、
「そしたら次、俺が行こっかな」
「お、ソラ……」
テスト続行を躊躇ったリゥに対し、案外素直に手を挙げたソラ。目の前で言わば第二段階まで進んだレンを見ても尚、ソラには何の躊躇もなかった。
そして――、
「――はい」
両手を掬う様な形にして前に出し、殆ど時間をかけずに小さな炎を浮かべたソラ。その大きさは確かに小さく、マッチの炎よりも二回りほど大きいか否かというところだ。
確かに火は元々扱い易い部類の属性であるが、それを抜きにしてもその構成時間は遥かに短い。この結果の主な要因は、きっと教える側と教わる側の相性だろう。感覚派のレツの言葉が、同じく感覚派のソラに上手く嵌った。火を現出させる感覚が、レツとソラとでおよそ同じ感覚だったのだろう。
「え、もしかして皆そのくらい出来る系? そんなにお前らって教えるの上手かったの?」
「うーん……確かにレツとソラくんはいい感じに合ってたけど、ライとレンくんは結構真逆だったよね?」
「そーなー。オイラ殆ど教えてないし、多分レンが凄いんなー」
「あ、ポテンシャルの問題な……流石、俺の自慢の完璧後輩」
完全に相性が良かった火属性組と、ここでも見せて来たレンの底知れぬ潜在能力。ここまでスムーズに進むとは思っていなかった分、予想外の成長は確かに喜ぶべきことではあるが、問題はやはりその後だ。残る三人も同じほどハマっていれば良いのだが、そこはやはり多少の運も左右してくるわけで、安易に良い予想は出来ない。
「じゃ、次俺ね」
「おーまじか。ユーキもそんなに躊躇なく出来んの? え、何。俺の後輩ってみんな天才なの?」
不安、心配、配慮。その他全ての懸念を容易に覆してくるレンやユーキたちに、最早笑う所まで来てしまったリゥ。しかしユーキや十二人衆からしてみれば、違和感を覚えるのはリゥだけではない。と言うより、彼らからすれば自分が一番の天才であることを理解してほしいくらいだろう。
「いいから! とりあえず見てて」
「うーっす」
また話が横道に逸れそうになり、そうなる前に素早く話を戻したユーキ。そしてついさっきのソラと同じ様に掌を上に向け、僅かに眼光を鋭く光らせる。
「お、おお……うん、もう驚きが大分無くなっちゃった……」
こちらもやはりあっさりと掌で具現化させ、ユーキは少し安堵の笑みを浮かべてリゥの顔を見る。しかし若干ではあるが、ソラと比べると構成に時間がかかっている様でもあった。どうやら、ユーキとソラの二人で比べた場合はソラの方が僅かに成長が速いらしい。
「あれ? でもなんで氷? ユーキの最適性って土じゃなかった?」
「あ、それなんだけど……」
「イルが最近ずっと自己鍛錬に励んでたので、代わりに私が教えました。まぁイルはレツと同じく感覚派ですし、ユーキくんは理屈派寄りなので」
「あー、それでね。まぁ相性が良いなら最初はそっちの方がいいかもな。土は最適性なんだし、基礎が出来るようになってからでも全然遅くないから大丈夫だもんね」
最適性の土ではなく敢えて次適性の氷で試みたユーキに、「ん?」っと首を傾げたリゥ。そんなリゥにクラが成り行きを説明すると、リゥはそれをあっさりと納得。捉え方によってはイルが師事を拒んだともとれる内容ではあったが、それはイルに対するこれまでの信頼と先日の件も考慮した上での納得だろう。クラの言うことにも違和感や矛盾がなかったことも、納得の決め手になっているはずだ。
「――まぁじゃあ次は……もうあとツバサとアキラだけか。どっち先行く?」
ユーキの件で一瞬イルに目を向けたリゥだが、目が合った直後にイルが視線を逸らした事でリゥはくすっと微笑し話を次に進める。
「じゃー俺! 俺やる!」
「おっけおっけ、ツバサね。ツバサは本当に最初から余裕そうだよね……」
「だって頑張ったもん! 早くりゅーくんの役に立ちたいから!」
リゥの問いかけに間髪入れず手を挙げたツバサ。何故最後から二番目という微妙なタイミングを選んだのか分からないほどに張り切って手を挙げるツバサだが、食い気味に反応したその圧からリゥの頭にその疑問は浮かばなかった。そしてその自信に満ち溢れた言葉と重なるように、いつもの甘えや戯れを挟まずに準備を整える。
「じゃーいくよー!」
「おうっ、本気で頑張れー」
「ん、ん……んんんんんんんんんんん……!!!」
自らの合図にリゥが反応した直後、体の前で力強く合掌して気張るツバサ。ギュッと目を瞑り、眉間に皺を寄せて、いつもの愛くるしい笑みは影すら残さない。
「んんん、んんんんんんん、んんんんんんんんんんんんんんんんんん――ッ!!!」
「――!?」
「――んぁぁぁぁッ!」
「ま――ッ!?」
「……じかよッ!!」
「――え?」
数秒間合掌したまま気張っていたツバサは、その後合わせていた掌を離し地面に付ける。そしてそのまま目を開き、叫声を上げた瞬間――。
轟々たる地響きと共に地面が四方に罅割れ、突き上げるが如く地面が隆起。そして突き上げられた土がそのまま四散する中、その影から規格外の大樹が出現した。




