避け難き必然
学生の長すぎるはずの夏休みも、美香にとっては忙しい日々だった。
単位数を増やすために集中講義を受け、
最終日にはその足で新幹線に乗り東京へと向かう。
車内では手帳を取り出しお客様との会話メモを
パラパラと読み返す。
この作業は夜のアルバイトへと
気持ちを移行させてゆく大切な儀式だ。
会話の内容と共にお客様の顔を思い出しながら
普段は頭にない銀座という場所に自分を融合させる。
その日は本当に蒸し暑い日で
夜になっても ぬるい微風が肌にまとわりつく。
いつも親切に自分を応援してくれる
馴染みのお客と軽く食事をして同伴の予定だった。
偶然とは本当に何なのだろう?
避けがたい必然をも「偶然」であると誰かが名付けたのだろうか?
食事が済んだ後に美香は先に通りでタクシーを拾うように頼まれた。
このお客は、来週も自分の仕事でこの店を使うので
予約と料理の再確認を短く済ませようとしていた。
「空」サインのタクシーがやって来ないか
目を凝らしていると 心臓麻痺になったのかと思う程の衝撃を受けた。
鼓動が、脈が、息が…
一瞬にしてあらゆる身体の部分に異変をきたす。
会いたくない、会うべきでない人が視界に入ったのだ。
それは内藤淳史…。
会いたくなかった。
というよりは会うべきでない人物なのだ…。
「美香ちゃん、いつ帰ってきたの?元気だった?」
美香の口はぎゅっと結ばれたまま
目だけが ほんの少し涙ぐむ。
淳史は多少なりとも美香の態度から
思いを汲み取ったようで
それ以上の言葉は慎んだ。
そして、セカンドバッグから紙切れを取り出して住所を書いた。
「どうしても渡したい物がある。
そうでないといつまで経っても祐介が浮かばれない。
辛くても祐介の為に受け取って欲しい物があるから
今日、店が終わったら来れないかな?
祐介の為に来てくれないかな…」
美香の瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
口元は更にぎゅっと結ばれ
言葉を発することができなかった。
淳史はその紙切れを美香の手に握らせると歩き出した。
すぐ脇に止められている車の後部座席に乗り込むと
やがて車は緩やかに発車していった。




