22 ちょ、ちょっと待ってください ~不安と自信と~
むかし、むかし、ある宮殿に置かれたカエルの石像の前で、妖精の泉から汲んだ水の入っている水筒を持った赤いずきんの少女が相棒のオオカミ、ザバンを従えて真剣な面持ちで立っていました。
「さあ、始めるわよ。」
シャルマントがザバンに向かって言います。
「はい、シャル様。」
ザバンはそう言うと少し離れるように後ろへ数歩引きました。
「何をするんだい?」
王子さまのアルドリックも近くから見守っています。
日は天空の頂点に達し、雲一つない空からの日差しは容赦なく石のカエルを照らしています。石のカエルの目からはいつも以上に涙が流れ落ちていました。
「キケキケピコピコ キクキクピョンピョン
キイタラズンズン ハヨノビロ、 ねぇカエルさん。」
シャルマントは石からカエルに戻った時、お話ができるようにと例の呪文を唱えます。
「シャルマント、それは何?」
近くで見守っていたアルドリック王子が聞きます。
「おまじないのようなものです。」
シャルマントは石のカエルに向かったまま軽く答えました。
「先ずは、この石にされた姿を元に戻します。」
それは森の賢者様から教えられた『石にされた呪い』を解く方法ですが、シャルマントには少しの不安がありました。
(んんんん・・、大丈夫かな~~、あの耄碌賢者だからな・・・、本当にこれで石の呪いが解けるのかな~~~。)
(あっ! そうだ、そうだった、呪いが解けるかどうかを妖精さんたちに聞けばよかった~~!)
(あぁぁぁ、でも、妖精さん達には聞けなかったわよね~、あの状況じゃ。)
シャルマントは泉で大暴れしたオオカミ一家の暴挙を思い出しました。
そんな事を考えてしまうと、ますます不安になって水筒を持っている手が震えます。
(ええい、ここまで来たからにはやるしかない。)
シャルマントは一歩進んで石のカエルへと近づくと、水筒の中にある妖精の泉の水をカエルの上からタラタラと垂らしました。
するとどうでしょう、妖精の泉の水が掛かったところから何やらシュワシュワと小さな泡が出て、みるみるうちにあの石のザラザラとして灰色がかったカエルの表面が、陽の光を受けてつやつやとした光沢を放ち、色鮮やかなカエルの皮膚へと変わっていくではありませんか。安堵したシャルマントは水筒の中の水を勢いよく、カエルの全身に行きわたるようにとドバドバと掛けます。
水筒の中の水を全てかけ終わると、目の前の石柱の上には王冠を載せたカエルが石にされた呪いを解かれ、燦々と降り注ぐ陽の光に美しくもヌルっとした肌を輝かせていました。
「おお~~~~~!」
見守っていた王子さまやその付き人たちも感嘆の声を漏らします。
動かないカエルもどこか嬉しそうな表情に見えました。
しばらくして、
「ん? 動かないね~。」
王子さまが言いました。
シャルマントは向きを変えぬままに言います。
「次はこの固まった身体を動けるように、呪文で呪いを解きます。」
さっきまで不安に思っていた石から元の身体へと無事に戻したことで、シャルマントは賢者様の言葉が大丈夫だと確信でき、今は自信満々な態度で言えたのです。
シャルマントは握っていた水筒を放し、どこかから拾ってきた小枝をあたかも魔法の杖のように懐から抜き出して今だ動かないカエルに向けました。そして、その杖をまるで指揮者がゆっくりとタクトを振るうように、そう、例えるのならマーラーが書き下ろした「アダージェット」か、はたまたバッハの「G線上のアリア」を奏でるように、優雅に、そして流れるようにしなやかに手首を揺らせ、宙に何かを描いているかのように見せていました。周りで見守っている王子さまやその付き人たちはシャルマントが何やら呪いを解くのに難しい魔法を放つのだと思い、固唾をのんでじっと見守っています。
やがてシャルマントは振るっていた杖を止め、動かないカエルにその先を向けて言いました。
「はい、ドロン。」
カエルは動きません。
シャルマントは失敗したのかと少しづつ不安を高めていた時です。しばらくしてカエルの可愛くも大きな口がゆっくりと開き始めました。それから曲がって伏せていた腕が伸び出し、折りたたんでいた長い脚も伸び、縮こまって固まった筋肉を伸ばすように伸びをしてから、再びあのカエルの鎮座した態勢へと戻ると、その目からドバドバと大粒の涙が溢れ出てきたではありませんか。
そして、次の瞬間。
「シャルマント殿っ!」
と元に戻ったカエルが叫びながら、石柱の、その上部のシャルマントの顔に近い所から喜びを爆発させ、抱き着こうと向かって飛び跳ねて来ました。
シャルマントも満面の笑顔を向け、持っていた枝を投げ飛ばし、自分へと向かって跳ねて来るカエルを受け止めるかのように一歩進みます。しかし、シャルマントは違いました。カエルの喜びを受け止めるのではなく、石柱の上部から飛び跳ねて伸びきった筋肉質でもっちりとした腿をガシッと掴むと猛ダッシュで宮殿へと走っていきます。
宮殿の壁に近づくと握っているカエルをその壁に向かって大きく振りかぶました。
カエルの王子さまは恐怖のあまり絶叫にも似た声で叫びます。
「ちょ、ちょっと待ってください~~~~~っ!」




