20、恒例の反省会 <Side 和馬>(後編)
勢いに流されて、なんだかんだと我が家に居座ってしまったジョン・ベラルディ。
それまでどこに泊まっていたのか、たった1日で彼はマジシャンとしての荷物を我が家に運び込んできた。
・・・別に割り当てたわけでもない、空いている部屋に。
すっかり自室のごとく部屋をデコレーションしたジョンの部屋を見て、俺は彼の隣の部屋とは大違いだと呆れ返った。
ジョンの隣の部屋、ロゼの部屋はまるで人が暮らしていないかのように閑散としている。
そういえば、ロゼはこのマジシャンのことは知っているのだろうか。
マジシャンとしてのジョンというよりは、怪盗カヴァリエーレのことを、だけど。
聞きそびれているけど、ジョンもノワールのことを・・・知ってはいるだろうな・・・・・・。
怪盗として暗躍するなら、知っていて当然の名前だろうし。
さて、なんだかややこしいことになったな・・・。
20、恒例の反省会;; <Side 和馬>(後編)
ジョンが押し掛けてきた夜、唯一いなかった里奈には、あとから大学で事情を話した。
里奈は、ジョンと暮らすことになった流れを聞いて、驚いたあとにこう言っていた。
「たしかに賑やかになればいいとは思ったけど、まさかここまでとは思わなかったわ」
・・・たしかに、賑やかになりすぎだな。
それでも、まだフランスから帰らないロゼと、毎日のマジックショーの公演で忙しいジョンのふたりの関係について、俺は軽くしか考えていなかった。考えていなさすぎた。
それを後悔したのは、ロゼがこの家に帰ってきて、愛良と会話しているのを聞いてからだった。
「プリンシア、メールで言ったことは気を付けてくれたかしら?」
「ロゼがくれたメール?『ピエロの格好をした騎士にたぶらかされないで』ってやつ?」
「そうよ」
「・・・・・・げ」
なんだ、それ。聞いてないぞ?!
ピエロの格好した騎士、なんてちぐはぐなもの、あの怪盗カヴァリエーレ以外いないじゃないか。
わざわざ愛良に忠告したってことは・・・ロゼと、というより、ノワールと怪盗カヴァリエーレって・・・・・・。
「・・・ちなみに、その『ピエロの格好をした騎士』となんか因縁でもあるのか、ロゼ?」
「そうね・・・。因縁は色々あるけれど、一言でまとめれば、<大嫌い>ね」
「あ、そう・・・」
・・・・・・やっぱり。
ふたりにはなにかしらの確執があるってわけだな・・・。
まずいな、今夜ジョンが帰ってきたとき・・・ロゼはどんな態度に出るだろ・・・。
俺は今夜巻き起こるであろう嵐に、思わず妙な汗をかいてしまっていた。
そして夜。
いつもの調子でジョンが陽気に帰ってきた声が聞こえてきたとき、俺はすぐさま玄関に向かった。
「お、ジュニアがお出迎えなんて珍しいね~」
「ジョン、やっぱりここを出ていってくれ」
「は?なんだよ、いきなり?」
「いいから。やっぱりだめなんだよ!!」
「意味わかんね~こと言ってるなって」
やれやれ、なんて言いながら、ジョンはずかずかと家にあがってリビングに向かっていく。
「ちょ、待てって!!あんたがここに暮らすのを嫌がる奴が帰ってきたんだよ」
「オレが嫌?それって男?女?」
「・・・女」
・・・・・・たぶん。
すると、ジョンはにっこり笑ってあっけらかんとのたまわった。
「だったら平気。女性の誤解を解くのはオレの得意分野だからな」
どんな分野だよ。
だけど俺の心の突っ込みなんか全然気にかけることもなく、どんどんリビングに向かっていくジョンに俺は慌てる。
「待てって!!相手は普通の女じゃないんだって!!」
「なに言ってるんだよ。レディを差別しちゃだめだぜ?」
「そうじゃなくて・・・」
「大丈夫だって。心配性だなぁ、ジュニアは」
けらけらと陽気に笑いながら、ジョンはリビングの扉を開けてしまった。
・・・・・・あ~あ、俺はどうなっても知らないからな・・・。
「おかえり、ジョン!!」
元気にそう言った愛良が、羨ましくすら思う。
「ジョン・・・・・・?」
ロゼがゆっくりとジョンに向き直る。な、なんか、怖いんだが・・・・・・。
ジョンは気づいているんだかどうなんだかわからないが、マジシャンとして舞台に立ったように、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、麗しきマドモアゼル。ワタシは・・・」
「ピエロ、ね」
ロゼの冷ややかな一言がジョンの挨拶を遮った。
「・・・いえ?ワタシはマジシャン。名は、ジョン・ベラルディと申しますが?」
「そうだったかしら?でも、私はあなたをピエロと呼んでいたはずよ」
「えぇと・・・ワタシはあなたにお会いしたことがありましたか・・・?」
あんなにへらへらと笑っていたジョンの笑顔が消えて、戸惑ったようにロゼに話し掛けると、今度はロゼが艶やかに彼に笑いかけて言った。
「おや・・・覚えていないのかな・・・?」
瞬間、変わる気配。
リビング一帯を闇に染めるかのような暗く冷たい気配。
そう、これは<ロゼ>の気配ではなく、闇世界の覇者<ノワール>のもの。
「・・・まさか・・・・・・コルヴォ・・・!!」
コルヴォ?
ロゼのやつ、違う名前を名乗ったのか。ま、本名を名乗るわけもないしな。
それにしても、コルヴォとは、またずいぶんお似合いな名前なもんだ。
「なっ・・・聞いてないぞ、ジュニア!!」
すぐさま抗議してきたジョンに、俺は肩を竦めてみせた。
「・・・だから、言おうとしたじゃないか・・・」
どんな過去がふたりの間にあるのか知らないが、なにやら複雑な表情を浮かべるジョンと、今にもジョンを八つ裂きにしそうな殺気を笑顔で隠しているロゼ。
やがて、ジョンは日本語ではなくイタリア語で話し始めた。
「“・・・あんたが女なんて聞いてないぞ、コルヴォ”」
「“言った覚えがないもの。それに、私を男だと勝手に勘違いしたのはあなたでしょう、ピエロ。相変わらずそそっかしいのね”」
「“オレは、あのときあんたがオレにしたことをまだ許していないんだからな!!”」
「“あら、私も何度も<仕事>を邪魔されて、何度あなたを始末しようと思ったか知れないわ”」
「“<仕事>?殺し屋のか?はは、そういえばあんたは、任務遂行率100%の殺し屋だっけ?残念だったな、オレはピンピンしてるぜ?”」
「“・・・・・・今この場で、血祭りにしてもいいのよ?”」
「“・・・望むところだ”」
なんだか段々物騒な会話になってきているが、あえて俺は何も言わない。ここで口を出したところで、闇世界を俺よりもずっと長く知るふたりに敵うはずもない。
それに、<ノワール>がああ言ったところで、今この場で戦闘が起きることはないと確信していた。
なぜなら・・・・・・。
「“・・・今はやめておいてあげるわ。大切なプリンシアの前で、汚らわしい血を見せるのは忍びないから”」
「“プリンシア?アイラのことか?”」
「“気安く彼女の名を口にしないでくれるかしら?”」
「“こんの・・・・・・”」
きっと愛良至上主義の<ロゼ>ならこの場で戦闘を起こさない。
そう確信していたから、俺はふたりのやりとりを黙って見守っていた。
やがて、この不毛な会話に嫌気がさしたか、ジョンがリビングを出てしまう。
・・・そして、ここからが俺の恐怖の始まりだった。
「ナイト、あとできちんと説明してちょうだいね」
にっこりと笑いかけてくるロゼ。
怒ってるなら表情に出してくれればいいのに、あの笑顔が怖い・・・・・・。
「・・・ハイ」
なんとか、俺は短く返事をした。
夕食後、ロゼに呼ばれた俺は、ジョンの隣の部屋に向かった。
・・・なんていうか、このふたつの部屋だけ、異次元だよな・・・・・・。
「入って、ナイト」
気配で察したのだろう、ノックする前にそう声をかけられた。きっと、ジョンも俺がここにいることはわかっているんだろうな。
入れと言われながらも、できれば扉が開かなくなればいいのに、とかこの場で姿を消すことができればいいのに、とか現実逃避のような儚い思いが過ってしまう。
だが、避けて通れるわけもないから、俺は意を決して、鉄の扉のごとく俺にとっては重い扉を開いた。
簡素な部屋。
そこにある唯一の椅子に座って、彼女は悠然と微笑んだ。
「さぁ、ナイト、私が留守の間になにがあったのか、話してもらいましょうか」
普通の男ならよだれを垂らしそうな、白くすらりとした美脚を組んで、ロゼは俺にそう言う。
・・・・・・これはもしかして、俺は今から尋問でもさせられるのだろうか。
俺は無表情のまま、口を開いた。
「なにって・・・・・・さっきロゼが見た通りだ。マジシャン、ジョン・ベラルディと暮らすことになったんだよ。あっちが勝手に押し掛けてきて」
「ピエロがただのマジシャンではないことは知っているの?」
「・・・怪盗カヴァリエーレのことか?」
「会ったのかしら?」
「・・・・・・ああ」
ピエロの顔をした燕尾服の怪盗。
黒スーツに黒マント、顔半分の白マスクを被る怪盗夜叉だって十分おかしいことはわかっているが、怪盗カヴァリエーレの格好は規格外だ。
「ピエロとはヨーロッパで何度か出くわしたことがあるわ。おとなしくヨーロッパにいればいいのに、どうして今さら日本にストーカーに来たのかしら」
「怪盗月読に会いに来た・・・・・・みたいだったけど?」
本当は、瀬戸 瑠菜、俺の母親に会いに来たみたいだったけど。
「怪盗月読・・・<月の女神>ね」
「そ。<お月さま>」
怪盗月読はその名にちなんで、月に絡む呼び名が飛び交っている。だから、怪盗夜叉もまた、前任の怪盗を<お月さま>と呼んでいる。
そして、あの<組織>もまた。
「それにしても、あの怪盗さんが亡くなってからずいぶんと経っていると思うけど?」
「・・・それは知らない。ジョンは何も言わなかったから」
「それで?マジシャンであり、先輩の怪盗だから、一緒に暮らすことにしたのかしら?」
「ちが・・・・・・っ。そうじゃ、ないけど・・・」
「勢いに圧されて?まさか。断ることもできたでしょう?」
「そりゃ・・・まぁ・・・・・・」
「それでも受け入れてしまったのは、あなたの弱さじゃないかしら、ナイト?」
「弱さ・・・だと?」
思いもしなかったことを口にされて、俺は鸚鵡返しする。ロゼはただ射抜くようにまっすぐに俺を見て言った。
「断ることもできずにただ勢いに流されて、ピエロを中に入れてしまった。それは他人を拒絶することができない、孤独を受け入れられない弱さよ」
息が詰まる。
かっと一瞬で頭に血が上って、怒りのような感情がぐるぐると自分の中で渦巻いていく。
震える声で、俺はロゼを睨み付ける。
「なにも・・・知らないくせに・・・・・・!!」
「あら、図星で怒っているの?せっかく上達してきたポーカーフェイスも形無しね」
くすくすと笑っていたかと思ったら、次の瞬間、<ロゼ>が<ノワール>に化けた。
「何も知らない?笑わせるな。何も知らないのは君の方だよ。孤独を甘受できず、こちらの世界に来ようとしているなんて、馬鹿馬鹿しい。覚悟以前の問題だ。みんなで仲良しこよしとやっていたいのだったら、さっさとここから抜け出すんだな」
あまりにも的を射ている。
俺は沸き上がった怒りがすべて、ノワールの冷涼な気配で冷却されていくのを感じた。
・・・・・・わかっている。
孤独が嫌で夜を駆けた。孤独が憎くて、<組織>に復讐しようとした。
愛良たちをこの家に受け入れたのも、同じような感情からだってことは、どこかでわかっていた。
ただ、認めたくなかったから、押し掛けられたのを理由にしていた。
・・・・・・それが甘いと、覚悟が足りないと指摘されるのはもっともだ。
怪盗夜叉としての<仕事>もまた、宗次たちに甘えながら続けている。自立したいと言いながら、彼らがサポートしてくれていることにほっとしている。
何もかもが甘いのだと言われれば、その通りだと思ってしまう。
認めざるを得ない。
闇世界を知り尽くした目の前の人物がそう言うのなら、なおのこと。
「それはオレも同感。ジュニアはこっちの世界に来るには優しすぎるな」
いつの間にそこにいたのか、振り向けば、ロゼの部屋の扉を開けて、そこにジョンが立っていた。
「・・・私はあなたの入室を許可した覚えはないけど?」
「どうせオレのことについて話してたんだろ?だったらいいじゃないか」
「・・・・・・なら、話は早い。<仕事>のことについて、ちゃんと話をつけておこうじゃないか?」
途端、再び気配はノワールに。この家にいる間はノワールの気配を出すことを禁じたのは俺なのに、俺はそのとき、そんなことはすっかり忘れて場の雰囲気に呑まれていた。
「<仕事>?ジュニアとならともかく、あんたと被ることなんかないと思うけど?」
「<失われた誕生石>については、わたしも集めていることなのだよ、ピエロ」
「・・・へぇ?あんたがそれを集めてどうしたいわけ?まさか、<アレ>を利用するつもり?」
「それを君に教える筋合いはないね。とりあえず、日本にもあの<シリーズ>を集める<組織>がある以上、まずはあの<組織>の壊滅を目論んでいるんだ。だからこそ、ナイトと協定を結んでいるんだよ」
「ジュニアと協定?あんたが?!どんな風の吹きまわしだか」
「なんとでも。とにかく、収集の邪魔をしないでもらおうか」
「あいにくと、<失われた誕生石>シリーズはオレだって集めてる。それには承諾できないな。だけど、ひとつだけ一致してるものもある」
「なんだ?」
「その<組織>ってやつ。ジュニアと一緒に壊滅させるために協定したってことは、ジュニアもその<組織>がぶっ潰されるのを望んでるってことだろ?そして、それを望む理由はひとつだけだ。そうだろ?」
最後の確認は俺に。
ジョンのその問いかけに、俺は頷くだけで答えた。それで充分だ。
「・・・なら、オレもその協定には参加させてもらおう。ルナを殺したそいつらを、根こそぎぶっ潰してやる」
「・・・・・・ふぅん。私怨、ね」
「なにか文句でもあるのか」
「いいえ、私も私怨で<仕事>をしている身ですもの」
にっこりと<ロゼ>の笑顔でジョンに笑い返す。それを受けたジョンは、一瞬その変貌に戸惑いつつも、すぐに態勢を整えた。
「ま、そんなわけだから、<シリーズ>は争奪戦。<組織>については合意の協定だな」
「そうね、そんなところね」
「・・・・・・なんだ、それ」
小さな俺のツッコミなんか、どうせふたりは聞き入れてなんかくれない。それどころか、二人揃って、再び俺に説教を始めた。
「とにかくナイトはその甘えをなんとかしないといけないわね」
「まったくだな。優しけりゃいいってもんじゃないぜ?いつかそれが付け入られることだってあるんだからな?」
もう、本当に今更だけど。
このふたりにそう言ったって仕方ないから言わないけど。
強引に押し掛けてきて俺の家に転がり込んできたふたりが言うセリフじゃないよな、ほんとは・・・・・・。
「それから、プリンシアには近づかないで頂戴ね、ピエロ」
「はぁ?!なんでだよ」
「あなたのバカがプリンシアにうつったらどうするの?!」
真剣に心配そうな顔を浮かべるロゼ。
・・・まったく、このふたりの間に昔、いったいなにがあったんだか・・・・・・。
ぎゃぁぎゃぁと言い合いを始めたふたりを眺めながら、俺はその渦中に間違いなくいることを自覚しつつ、明日からの賑やかな毎日を想像してため息をつくのだった。
和馬、いじめられる。
今回の「反省」は和馬の場合、後編が主だったので、ここで反省会でしたね。
いやぁ、ロゼとジョンの険悪ぶりは、始めてみると結構なかなかですね(笑)このふたりはイロイロイロイロあったんですよ~。それで、ジョンはロゼを「コルヴォ」を呼ぶんですけど・・・・・・・・・、これは本編で明かせるかな?
できれば、ジョンの視点で書きたいな、という想いもありますが。
今後の話の展開によりますが、近いうちに明かされるのは間違いないです(笑)




