19、留守中の出来事 <Side 和馬>(中編)
「ようこそいらっしゃいましたね」
案内された部屋まで足を運べば、机と簡単な装飾品しかないシンプルな和室に彼女がいた。
柔らかく微笑み、俺と実を迎え入れてくれる。
「薫ちゃん、ありがとうね」
「ううん、じゃぁ、私はもう帰るね」
「気をつけてお帰り」
「うん、じゃぁね、おばあちゃん!!」
俺と実をここまで案内してくれた薫という名の少女が元気よく手を振って部屋を出ていく。
にこにこと笑いながら手を振ってそれに答えていた老婦人は、ゆったりとした口調で微笑んだ。
「あの子は孫たちの中でもお転婆な子なのだけれど、素直でいい子なのよ」
「・・・・・・ええ、わかります」
実が慎重にそれに同意する。そしてふと、彼女は俺と実を交互に見てから、口を開いた。
「さぁ、お話をしましょうか、失われた運命の輪を手繰る方々」
老婦人のその言葉に、実がぴくり、と反応を返す。俺はポーカーフェイスを貫いたまま、余所行きの笑みすら浮かべて頷いた。
「ぜひ、お話を聞かせてください」
目の前に座る老婦人が、目を細めて笑う。
木下 小枝。
彼女がなにをどこまで知り、関わっているのか、俺たちは身構えながら彼女の前に腰を下ろした。
19、留守中の出来事Ж <Side 和馬>(中編)
なぜか、俺たちは今、丁重に用意してもらった客間にいたりする。
木下 小枝婦人の占いの館兼自宅の客間だ。
「・・・・・・なんか・・・なにがなんだかって感じなんだけど・・・・・・?」
思わず、用意してもらった布団にあぐらをかきながら呟けば、実も呆然とした様子で小さく頷いて返してくる。
俺と実は、ノワールが提示してきた情報である、木下 小枝婦人の家を訪れた。そして、そこで俺たちは様々な話をした。まるで俺たちが予想もしていなかった話まで。
「スケールが、でかかったのかそうじゃないのか、わっかんねーなぁ・・・・・・」
ぽすっと軽い音をたてて、横たわる俺の体を布団が受け止める。
初日であっさりと目的を果たせた俺たちだったが、木下 小枝婦人から聞いた話に呆然としてしまい、見かねた彼女が一晩泊めてくれると提案してくれたのだ。
静かな部屋にこうして実とふたりきりになって、改めて先ほどの会話を反芻してしまう。
「・・・・・・手掛かりに・・・なるかな・・・・・・」
「なるよ。宗次なら手掛かりにしてくれる」
天井を見上げながら呟く俺に、実が小さな声で同意する。
「・・・そうだな。手掛かりになるか、じゃなくて、しなくちゃいけないよな」
弱気は禁物。これは、壮大な探し物なのだから。
そして、俺たちは様々な思いを巡らせながら眠りについた。
次の日、木下 小枝婦人宅を発とうとした俺たちに、彼女がくすくす笑いながら尋ねてきた。
「そういえば、金髪のかわいらしい外国の方とは会えたかしら?」
・・・ん?
金髪の外人って・・・・・・かわいらしいかはともかく、まぁ、あいつは黙っていれば美人だし・・・もしかしてもしかしなくとも、ロゼのこと・・・・・・?
「えと・・・はい、たぶん、会えたかと」
「あらあら、ではやっぱり素直な方だったのね。愛らしいお姫様にも巡り会えたのかしら」
素直?!ロゼが?!
あの女にいっちばん似合わない単語じゃないか?!
「・・・・・・やっぱり人違いかもデス・・・」
金髪の外人なんて世の中いくらでもいるし。きっと、その中に素直な方もたくさんいるに違いない。
少なくとも、俺が知っている金髪の外人は、<素直>ではない・・・・・・。
実も横で顔をひきつらせながら首をかしげてる。
そんな俺たちの反応に、木下婦人は残念そうに笑った。
「違う方なの?おかしいわねぇ、もう会っていると思ったのに」
「・・・・・・これ以上、外人と関わるのはもう懲り懲りなのですが・・・・・・」
「あら、それはだめよ。あなたたちはまだまだ、たくさんの出会いを迎えるんですからね」
ぽん、と俺の肩を叩きながら、木下婦人は穏和な笑顔を俺に向けてくれる。
「若いのだから、たくさんの人と出会って、たくさんの経験を積みなさい。ただし、深入りしすぎないようにね」
まるで俺たちが<何>をしているかを知っているかのような忠告。不思議だけど、この老婦人なら、俺たちが怪盗夜叉をやっていることを見透かすこともできるような気がした。
俺と実は、玄関先まで見送ってくれた彼女にぺこりと頭を下げた。
「お世話になりました」
「気をつけてお帰りなさい。きっとまた、騒がしくなるからね」
にっこりとちょっと嫌な予感がするような予言つきで、木下婦人は俺たちを送り出してくれた。
・・・・・・騒がしくなるって・・・なにがどうなるんだ?!
とりあえず、ノワールが示してくれた情報の地図には、たしかに<俺が求めているもの>の断片があった。悔しいけど、きっとあいつに教えられなかったら知ることができなかったと思う。
一応、感謝の意を込めて京都の甘味菓子をお土産に、俺たちは東京に帰った。
「へ?ロゼがいない?」
俺の家で愛良とロゼと共に留守番をしてくれていた宗次と里奈に、俺は開口一番にロゼがいないことを告げられた。
「お~。なんか、2週間くらいいなくなるってさ。あ、八ツ橋。食っていい?」
「そりゃいいけど・・・・・・てか、宗次、なんでロゼがいなくなったのか知らないのか?<仕事>か?」
「<仕事>みたいなことは言ってたな。けど、その間日本での<仕事>とかどうすんのか聞いたけど、牽制されたぜ?」
「・・・ふ~ん・・・」
がさがさと八ツ橋の包みを開きながらの宗次の報告に、俺はあいまいに返事を返す。
「そんで?そっちはどうだったんだ?」
尋ね返してきた宗次に、どう答えようか考えていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ただいま~」
「ほらほらかずくん、<恋人>のお帰りだよ」
ニヤニヤと笑いながらからかってくる宗次を睨み付けながら、俺は立ち上がる。
「京都での話はあとでする」
それだけ言い残して、俺は玄関にいる愛良を迎えに行った。
正直、いきなり家を空けて留守番させたのは悪かったかな~とは思っているからだけど。
そうしたら、何やら見知らぬ外人にマジックショーのチケットを愛良がもらっていて、日曜にみんなで行くことになった。
・・・外人、というキーワードに、ふと別れ際の木下婦人の言葉が過ったが、あえてそれは考えないことにした。
そして、マジックショーを見に行く日曜日。
ちなみに、京都でのことはあのあとすぐに宗次と里奈にも話した。ふたりとも始めこそ意外な話に呆然としていたが、宗次はすぐに立ち直った。
「・・・よし!!だったら、今回の話をヒントに、さらに<失われた誕生石>について調べてみる!!」
「・・・でも、いいのかしら?その話を信じるなら、私たちが<失われた誕生石>を集めても・・・・・・」
「いや、それとはまた話が別らしい。宝石たちがちゃんと持ち主に戻るだけでいいと、彼女も言っていたから」
不安そうに言い募った里奈に実がそう返せば、彼女はほっとしたような表情を浮かべた。
「むしろ、なおさら<組織>の連中には<失われた誕生石>シリーズを奪われるわけにはいかないと思ったよ」
俺が改めて決意を宣言すれば、3人とも同時に力強く頷き返してくれた。
そんな話し合いがあったあとのマジックショーの観覧。
俺たちは何事もなかったかのようにいつも通りに騒ぎながら、マジックショーを堪能した。
それにしても、こんなに大人気のショーのチケット、本当に俺たちがもらってしまってよかったのだろうか・・・・・・?!
でもま、愛良が手渡されたものだし、あまり深く考えない方がいいかな。
そして、自分でも意外なくらい予想以上に夢中になった、マジックショーの終盤、このショーの主役、マジシャン・ベラルディは言った。
「それでは、最後にとっておきのマジック、消失マジックをお見せいたしましょう」
マジシャンの言葉に歓声と拍手。彼は壇上で誰かを探すかのようにキョロキョロし出した。
「このマジックにはどなたかにお手伝いをしていただきましょう」
そして彼が指名したのは、なんと愛良。せっかくの貴重な体験だし、俺たちはウキウキしながら愛良を壇上に送り出した。
壇上に上がった愛良は、少し緊張した面持ちでマジシャンと話してから、なにやら大きな箱を調べ始めた。おそらく、あれを使って<消失>マジックをするのだろう。
やがて、その箱の中に愛良が入ってしまうと、マジシャンはその扉をしっかりと閉めて、観客席に言った。
「それでは、彼女をこの箱の中から消してしまいます。みなさま、瞬きせずに、しっかりとご覧ください。ワン・ツー・スリー!!」
マジシャンの掛け声と共に、箱の扉が開かれる。すると、そこに愛良の姿がなかった。
おぉ、と会場内がどよめくが、壇上のマジシャンはくすくす笑っている。
「これはただのフェイク。じつはこのような仕掛けで彼女は消えたのです」
マジシャンは箱を完全に開いて、その仕掛けを俺たちに見せる。
なんてことはない、ただ舞台の床が抜けていただけなのだ。おそらく、愛良はその穴に落ちただけ。
「それでは、わたしのマジックのフェイクのために<消失>させられてしまった哀れな乙女をお迎えにいきましょう」
マジシャンというよりはまるで道化のようにおどけながらお辞儀をした彼の周りから、もくもくと煙幕が現れてくる。やがて煙幕が彼を包んでしまうと、こちらからは壇上の彼が見えなくなった。
「な~んだよ、煙幕を使っての消失なら、俺たちだってやってるんじゃん。なぁ?」
周りの客には聞こえないような小さな声で、宗次がいたずらっぽく笑いながら同意を求めてくる。
「確かに。今まであんなにすごいマジックばっかり見せてくれたのに、消失マジックはこんなもんなのか?」
俺もちょっとがっかりしながら宗次の言葉に頷く。
煙幕を使って姿を消すのは、一番めくらましにちょうどいいのだ。
張った煙幕は効果が消えるまで時間がかかる。だから、その間に姿を消すことができる。
怪盗夜叉として、俺たちは何度もその<消失>手段を利用していたりする。
だから、これを<消失マジック>とか言われると・・・・・・がっかりだなぁ・・・。
「・・・いや、煙幕がもうひこうとしてる。早いよ」
実が即座に舞台に目をやって俺たちに告げる。
たしかに、さっき煙幕で見えなくなった舞台が、すでに煙幕が消えようとしている。
俺たちが使う煙幕の持続時間とは比べ物にならなくらいに短い。
つまり、上下左右に何の仕掛けもない舞台の上から、姿を消すのは困難なほど。
壇上に煙幕が立ち上っても、舞台袖までそれは広がっていないから、たとえば煙幕の向こうで舞台袖に消えようとすれば姿が見えてしまう。
それなのに、煙幕が完全に晴れたときには、舞台の上には誰もいなかった。
あの、マジシャン・ベラルディが。
湧き上がる拍手、そして動揺の声。
いったいふたりはどこへ消えたのか、どうやって消えたのか。
観客がどよめくなか、ひとりの日本人が舞台の上にあがって言った。
「ミスター・ベラルディは、只今<消失>マジックのフェイクにかかってしまった哀れな乙女を迎えに姿を消してしまいました。これからしばらくは、我々のマジックをお楽しみください」
日本でのミスター・ベラルディのサポート・チームなのか、何人かの日本人マジシャンが舞台に現れて、マジックを披露し始めた。
もちろん、彼らもプロだから、やはりすごい。仕掛けはまったくわからないまま、次々とマジックが繰り広げられていくが・・・・・・。
「やっぱり、ミスター・ベラルディのマジックの方がすごいわね」
「だな。こっちも悪くないけど、あのマジシャンは格別だな」
里奈と宗次がそう評価しているのを聞いていると、実が心配そうな声で俺に話しかけてきた。
「愛良ちゃん、大丈夫かな?」
「大丈夫だろ?マジックショーの演出でいなくなっただけだし。そのうち帰ってくるだろ」
「まぁ、そうだろうけど・・・・・・」
そんな会話をしている間に、いつのまにか再び壇上に、そのマジシャン・ベラルディが再登場していた。そして・・・・・・。
「和馬お兄ちゃん、だたいま~」
「お、愛良。戻ったか」
なんだか複雑な表情を浮かべながら、愛良が戻ってきた。
そのとき、俺は薄々気付いていた。愛良の様子がいつもと違うことに。
だが、そのときは<消失>マジックに参加して気持ちが興奮しているせいなのではないか、と思ってあえて深く聞くようなことはしなかったのだ。
もっと愛良の様子がおかしいことを本人に問い詰めればよかっただろうか。
そうすれば、何かが変わっていただろうか。
決定的な変化は、その3日後、水曜に起きた。
なんというか、すべてがヴェールに包まれた感じの中編(笑)
ノワールの留守中にやることいっぱいです(笑)
愛良サイドですでにご存じのマジックショーの和馬サイドもほんの少し。
・・・なんか、中編はただの中継ぎですね(え)
佳境は後編にある・・・・・ハズ。
とりあえず、次回は怪盗夜叉が登場します~ってことだけは言えます~(笑)