19、留守中の出来事 <Side 和馬>(前編)
<失われた誕生石>のひとつだった、<レイニー・ブルー>。
それは闇の者に盗まれ、闇市にかけられてひたすら裏の世界を巡り続けた宝石。
ある美術館の館長がそれを手に入れ、怪盗夜叉の情報網に引っ掛かり、奪われることになった。そして、<失われた誕生石>としての暗号が<解読>され、その意味が為さなくなったとき、それはただのサファイアとなった。
だから、俺たちはそのサファイアを本来の持ち主に返しに行ったんだ。
半年前に京都、嵐山に。
<レイニー・ブルー>の本来の持ち主である、貴婦人の元へ。
そして、その宝石と怪盗夜叉の縁は切れたはずだった。
しかし、気まぐれにノワールが提供してきた情報は、その<レイニー・ブルー>の持ち主の家を示す、地図だったのだ。
19、留守中の出来事Ж <Side 和馬>(前編)
ノワールが提供してきたその情報の真偽に戸惑った俺と宗次は、すぐさま実と里奈を呼んで作戦会議となった。
それを知った実は深刻な顔で黙り込み、里奈は不安そうに宗次を見上げた。
「どうして・・・・・・ノワールはあのおばあさんの家を知っているのかしら」
「情報収集力をってことなら、あいつはプロ中のプロだからってことになるけど?」
「私が訊いてるのはそういうことじゃないわよ」
「・・・あのばーさんが、まだ何かを握ってるかってことだろ?・・・・・・俺もわからないんだよな~。確かにあのときは、あのばーさんが<レイニー・ブルー>の持ち主だってことしか調べなかったけど・・・・・・」
<レイニー・ブルー>の持ち主である老婦人と面識のある宗次と里奈が、そんな会話をしている。
「・・・・・・行くしか、ないだろうな」
ぽつりと俺が呟くと、実がゆっくりと振り返った。
「・・・・・・じゃぁ、僕もついていくよ」
「実?!でも、大学の方はいいのか?!」
「大丈夫、何とでもなるよ」
気のない投げ槍な実の態度に、俺と宗次で顔を見合わせる。
「実・・・・・・?おまえ、最近変だぞ?」
「変?宗次ほど変じゃないと思うけど?」
「そうじゃなくて!!」
くすり、と宗次に言い返す実に、俺はつい強い口調で割り込んでしまう。
「実、おまえちゃんと大学に行ってるのか?夏が過ぎた辺りから、おまえ変だぞ?あんなに忙しそうだったのに、最近は遠出の<仕事>にすら参加してくるじゃないか?」
この前の伊勢での<仕事>もそうだ。
ほぼ一日がかりの<仕事>を実はあっさりと受け入れて動いてくれた。しかし、これは今までの彼ではあり得ない。
医学部に通う実は、ゴールデンウィークに京都に行けないくらいに、勉強や研究、実習に忙しかった。
怪盗夜叉を始めた頃から、実は大学の都合で参戦できないことはよくあったし、遠出の<仕事>は彼だけ通信機での連絡になることも常だった。
それで俺はいいと思っていた。
怪盗夜叉は、俺の我が儘で始めたことだ。実たちの日常を必要以上に奪いたくなどなかった。
それなのに、夏を過ぎた辺りから、実はかつてないほど積極的に夜叉の<仕事>に参加するようになってきた。まるで、何もかもを捨て去ったかのように。
「僕だって怪盗夜叉の一員だよ?何かおかしなことでも?」
「そうじゃなくて・・・・・・っ!!」
「とにかく、確かに和馬の言う通り、これは実際に行ってみるしかない。宗次と里奈は、変装していたとはいえ、その老婦人に会っているからね。僕と和馬で行くのがいいだろう。・・・・・・異論は?」
・・・・・・ある。ものすごく。
異論も疑問もいくらでもあった。
あった・・・・・・んだけど、実の凍てつくような氷の微笑みに、俺も、宗次たちも、首を横に振った。
「問題は、愛良ちゃんのことだけど」
サクサクと話を進めていく実に、もはや誰も文句は言わない。実もそれを承知しているのか、こちらの反応を窺うことなく決定事項を口にした。
「愛良ちゃんとロゼをふたりだけ残すわけにはいかない。その老婦人にすぐ会って帰ってこれる保証もないわけだし・・・・・・。だから、宗次と里奈でこの家に残ってほしいんだ」
「へ?俺たちがここに?」
「ロゼの見張りと・・・愛良ちゃんの安全の確保ね」
「うん、そうしてくれるとありがたい」
きょとんとする宗次とは対照的に、里奈がてきぱきと実に確認をとる。
たしかに、愛良をひとり残していくよりふたりがこの家にいてくれたほうがいい。
それにしても、まるで最初から俺と実で行動することを決めていたかのように、実は迷うことなく指示を出してくる。だから、俺はふてくされたように彼に問いかけた。
「・・・で?実はいつの出発がいいんだ?俺はいつでもいいけど?」
「僕もいつでも構わないけど・・・・・・、でも、もう少し情報がほしい。宗次、<レイニー・ブルー>が奪われてからの裏のルートの経緯、それから木下婦人について、もっと詳しく調べられるか?」
木下婦人というのは、<レイニー・ブルー>の本来の持ち主だった老婦人、木下 小枝のことだ。
確かに、もう少し詳しい情報はほしい。
ノワールが持っているものほどではなくても、もっと詳しい確かなものが。
「・・・わかった、やってみる。期限は?」
「一週間はどう?あまり根詰められても困るし」
「一週間なんて余裕だぜ~」
「和馬は?それでいい?」
本当は明日にでも京都に行って、この地図の真意を確かめたいけど・・・・・・やっぱり情報は大事だ。俺自身も調べた方がいい。
「わかった、それでいい」
・・・・・・あとは、無断外泊にならないように、直前に愛良に言うだけだな。事前に言ったら言ったで、一緒に行きたいだのなんだのうるさいに決まってるし。
宗次にさらなる情報収集を頼んでいる傍らで、俺もノワールに教えられたように情報の収集を自分なりにしてみた。
まずは、木下 小枝について。
これはすぐに新たな情報を得ることができた。
何でも、嵐山で占いの館をやっているらしい。それが当たるのかどうかはともかく、その占いの館にでも足を運べば、彼女に会うことはできそうだ。
そして、<レイニー・ブルー>について。
これは、以前宗次が集めてきた情報以上に俺は集めることはできなかった。
<A・K>が関わっているらしいということ。
ヨーロッパから何らかの理由で日本に、木下 小枝の家に代々受け継がれてきたこと。
そして、3年ほど前にそれが盗まれ、闇市を巡るうちに、怪盗夜叉の手に渡ったこと。
それ以上の情報は、俺の力では得ることができなかった。
京都へ出立する当日の朝。
俺は家を出る直前に愛良にまくしたてるようにして家を空けることを宣言して出て行った。
・・・これが無断外泊でもしたら・・・・・・愛良至上主義のロゼが、黙っていないに違いないから・・・・・・。
玄関先で、突然の展開に戸惑った様子の愛良が何やらわめいていたが、俺も時間がない。
適当に聞き流して、俺は家を出た。
どこに行く、とはついてこられたら困るから言わずに。
いつまで、とは納得できる情報が得られるまでは帰ってくるつもりはないから言えずに。
ロゼとふたりで残すのには不安もあったが、宗次と里奈も来るから、俺は愛良を置いて、京都に向かった。
「これが宗次がくれた情報だよ」
新幹線の中で、弁当を広げながら実が俺に紙の束を渡してくる。どうやら昨日の夜に宗次から実へ受け渡しがあったらしい。もごもごと口を動かしながら、俺はぺらぺらと紙をめくり読む。
「・・・あ、占いの館のことは俺も調べがついたぜ?」
「前回は返却が目的だけだったから、木下 小枝さんが何をしている人かまでは調べなかったからね」
苦笑しながら実はそう言って、何枚か先のページをめくって指をさした。
「ここを読んでみて。興味深いよ」
言われた箇所を読んでみて、俺は眉を寄せた。
木下 小枝の祖母が、かつてヨーロッパで暮らしていた時期があるという。
そして、日本に帰国したときに、ヨーロッパで手に入れたという宝石や美術品を持ちかえってきたというのだ。
その後、お見合いで結婚し家庭を築き、そうして子孫である小枝たちがいるのであるが・・・・・・。
「・・・なんで、宗次はこんな情報を手に入れられるんだ?」
どうやら、その小枝の祖母、木下 サナ江が持ち帰った宝石の中に、<レイニー・ブルー>以外の<失われた誕生石>シリーズがある可能性があるというのだ。
・・・なんでこんな内密で特上な情報を手に入れられたんだ?!
一度、アイツをとっちめてでもやり方教わりたいもんだな・・・・・・。
「ノワール直伝の情報収集でもここまではいかなかった?」
意地悪く笑う実を俺はじろっと睨みつける。
「ノワールは、詳しいやり方までは教えてこなかった。ただ、闇雲にやるよりは適切な手段を示してくれただけだ」
でも、それでも道は前よりずっと開いてる。
宗次に追い付けなくても、今までのように頼りきりにはならない。
「でも、情報収集は<ビール>の仕事だよ。深い入りしすぎちゃだめだ。僕らは4人で成り立っているんだから、ちゃんと信用してほしいな」
俺の心中を読んだかのようなタイミングで、実が不安そうにこちらを見てくる。そんな心配性の幼馴染に、俺は苦笑を返した。
「わかってるよ。頼り過ぎなくらいに頼りにしてるし、誰よりも信用してる」
だけど、危険に巻き込みたくはない。
そういう思いもまた、あるのだけれど。
京都駅に着き、嵐山に向かう頃には、そろそろ陽も落ちるような時間が近づいてきていた。
せめて場所は把握したいと、地図を握り締めてうろうろしていると、そんないかにも迷子のような俺たちに声をかけてくれた少女がいた。
「どこのお店を探しているんですか?」
中学生くらいの人懐こい笑顔を浮かべた少女が、地図を握り締めて辺りを見渡す俺たちににっこりと笑いかけてくる。
「ここら辺は店じまいも早いから、そろそろあちこちのお店が閉まってきますよ?お店がわかれば、案内しますけど?」
「あ・・・・・・それはありがたい。えっと、この占いの館に行きたいんだけど・・・・・・」
「え、占いの館?!」
実が地図片手に少女に場所を尋ねれば、少女は驚いたようにぱっと顔を上げる。
・・・男二人で占いの館って・・・・・・よく考えれば・・・・・・・・・。
「あ、いや、やっぱりいいや・・・・・・」
慌てて立ち去ろうとした俺と実だったが、今度は少女が俺たちの服を掴んで離さなかった。
「待って!!お兄さんたちが探している占いの館って、私のおばあちゃんのやっているお店です!!」
「えぇ?!」
あまりの偶然に、俺と実の動きも止まる。
「お兄さんたちが探してる木下 小枝の占いの館って、私のおばあちゃんです。私、木下 薫っていいます。時間的にそろそろ店じまいをしちゃう時間だけど・・・・・・お兄さんたち、なにか訳があっておばあちゃんに会いたいんでしょう?一緒に行きましょ?」
にっこり笑って先を歩き始めた薫と名乗った少女の言葉に、俺と実は驚きのあまりに何も反応が返せない。
いったい、どんな偶然なんだ?こんなに人がいる中で、俺たちに話しかけてきた少女が、探していた木下 小枝の孫?!
「・・・・・・あ、もしかして、疑ってます?」
その場に立ちつくしたままの俺と実に、少女は苦笑をもらす。そして、イタズラがばれた子供のように笑って、小さく舌を出してから白状した。
「じつは、私、おばあちゃんにお兄さんたちを迎えに行くようにおつかいを頼まれたんです。大学生くらいの男性ふたりがこの辺りをうろうろしているはずだから、おばあちゃんに用があるようだったら連れてきてって」
「え・・・・・・?でも、俺たちは小枝さんとはなにもアポは・・・・・・」
「おばあちゃんは、そういう人なんです。なんでも、先のことがわかるんですよ」
得意げに笑う少女が、誇らしげに祖母の自慢をする。実と顔を見合わせた俺は、もうすでに心は決めていた。
「・・・・・・じゃぁ、案内してくれるかい?小枝さんのところへ・・・・・・」
少女について歩く道すがら、彼女は不思議な話を俺たちにしてくれた。
「そういえば、夏前にもこうしておばあちゃんのおつかいで、お客さんをお迎えに行ったことがあるんですよ」
「へぇ?こういうことはよくあるの?」
「う~ん、そんなにしょっちゅうでもないけど・・・・・・。おばあちゃんが言うには、本当におばあちゃんを必要としてくれている人には、こちらから道を示してあげないとってことみたいです」
「その人も、小枝さんに何か助言を求めて?」
「おばあちゃんにどんな用事があったのかは、私にはわからないんですけど・・・・・・。でも、すごくかっこいい外人さんだったんです」
外人、という言葉に、ぴくりと反応する俺と実。・・・・・・まさか・・・・・・。
「それって、金髪で蒼い目をした外人?」
「いいえ?」
「じゃぁ、黒髪長髪の男、とか?」
「違いますよ~。綺麗なプラチナブロンドの髪をした男の人でしたよ!!背が高くてかっこよかったんです!!」
まるでアイドルに出会ったかのように喜ぶ少女を見ながら、俺たちは肩をすくめる。
ノワールはいくらでも簡単な変装をする。
その外人がノワールであった可能性はゼロではないが・・・・・・別人ということもないわけじゃない。
・・・だが、木下 小枝の家を俺たちに示している時点で、あいつが彼女と面識があるように思えるのは、俺の気のせいじゃないだろう。
「外人といえば、私、小さい頃にベネチアでも外人さんと不思議な出会いがあったんですよ」
「ベネチアで?」
「そうなんです、ちょうどカーニバルの時期で」
ウキウキと話し続ける少女の話は、なかなか興味深い。・・・・・・色々な意味で。
「でも私、ゴンドラに乗りたくてそればっかり見てたら迷子になっちゃって。お母さんたちも見当たらないし、でもゴンドラにも乗りたいしって途方に暮れてたときに、カーニバルでマジックをしていた外人さんたちが助けてくれたんです」
少女のハイテンションな思い出話は続く。俺たちはそれに簡単な相槌をうつだけだが、興味を惹かれる話の展開に気にはなっていた。
「その外人さんと出会うことも、おばあちゃんはあのとき、ちゃんとベネチアに向かう前に私に教えておいてくれていたんです」
「え、そんなことまで?!」
「う~ん、正確にはその外人さんに会うってことじゃなかったんですけど・・・・・・。おばあちゃんの届け物を渡す人を教えておいてくれた、というか・・・・・・」
「届け物?」
「そうなんです。結構大きめなイエロー・ダイヤモンドのペンダントだったんです。でも、小さな子供に預けたくらいだから、もしかしたらニセモノかもしれないですけど」
くすっと笑ってから、少女は少し寂しそうに言い加える。
「・・・でも、彼はそれを本当に心の底から求めていたみたいだったんです。あのペンダントが欲しいって言ったときの、彼の必死な顔が、幼い私の心の中にずっと焼き付いているんです」
「・・・・・・その、ペンダントは、その彼に・・・・・・?」
「えぇ。なんか、特別な名前のあったペンダントだったんですけど・・・・・・え~っと、名前は忘れちゃったんですけど」
えへへ、と笑う少女とは対照的に、俺は表情が引き攣って行くのがわかった。
薫という少女に預けたというイエロー・ダイヤモンドのペンダント。
それを必死に求めたという外人の男。
そして、それを渡すように託した、木下 小枝。
もし・・・・・・もしも、そのイエロー・ダイヤモンドのペンダントもまた、<レイニー・ブルー>同様に、<失われた誕生石>のひとつであったならば・・・・・・?
ならば、その外人の男は、何者だ・・・・・・?
「お兄さんたち?どうしたんですか、そんな難しい顔をして?」
「い、いや、なんでも・・・・・・」
「ほら、あそこですよ、おばあちゃんの家。ちょっと待っててくださいね、おばあちゃんに話してきますから」
そう言って、薫という少女は家の中に消えてしまう。
その場に残された俺と実は、予想もしなかった急展開と、思いもしなかった情報に、戸惑いと混乱を隠せずにいた。
わ~、進んでないっっっ!!!
おかしいな、前編で、すでに京都編は終わるはずが・・・・・・(汗)(汗)
またひとつ、今回で番外編のひとつをここに暴露することができて満足です♪ゴンドラに乗りたいとあんなに大騒ぎしていた子が、大きくなって・・・(涙)
次回、やっと噂の木下 小枝さんのご登場です(笑)




