秘密にならない秘密
ベルガを出てしばらく歩いたところで、ガルドが口を開いた。
「そういえばさ」
「何?」
「街の奴らには口止めしたけど、逃げた盗賊にもバレたよな」
「あ」
足が止まった。
ティアも止まった。
三人で顔を見合わせる。
「……バレたな」
「お前、今気づいたのかよ!」
「いや、戦ってるときはそれどころじゃなかったし」
「街の奴らに『誰にも言わないでください』って頼んで満足してただろ!」
「確かに」
「確かにじゃねえよ!」
ガルドが頭を抱える。
逃げた盗賊たちは、頭領の死体が消えなかったところをはっきり見ている。俺が何をしたのかまでは分からなくても、少なくとも普通ではないことには気づいているはずだ。
「追いかける?」
ティアが聞いた。
「追いつけるかな」
「そういう問題じゃねえだろ。追いついてどうするんだよ」
「口止めをお願いする」
「聞くと思うか?」
「じゃあお金渡す?」
「盗賊に?」
「難しいな」
「お前、意外と馬鹿だろ」
失礼な。
俺は再び歩き出した。
「まあ、仕方ない」
「軽いな」
「逃げた奴ら全員殺して口封じするわけにもいかないだろ」
ガルドが黙った。
「……お前が言うと怖いな」
「だからやらないって言ってるだろ」
「でも噂は広がるかもしれないぞ」
「そのときはそのとき」
「何も考えてない」
ティアが言う。
「考えた結果どうしようもないんだよ」
盗賊がどこへ逃げたかも分からない。全員の顔を覚えているわけでもない。今さら追いかけて捕まえるのは現実的じゃない。
それに、仮に噂が広がったとしても、すぐに信じる奴がどれだけいるか。
「『殺した奴が生き返らない男がいる』なんて聞いて、信じるか?」
「俺なら信じないな」
「だろ?」
「私は信じる」
「ティアは見ただろ」
「何回も」
「じゃあ参考にならない」
ただ、油断はできない。
師匠にも散々言われた。俺の力を知れば、それを利用しようとする奴は必ず現れる。
人を本当に殺せる。
魔物を本当に殺せる。
その二つだけで、俺を欲しがる奴はいくらでもいるだろう。
「これからは気をつけるか」
「今まで気をつけてなかったのか?」
「気をつけてたよ。昨日までは」
「昨日までかよ」
「仲間が増えたからな」
俺がそう言うと、ガルドが少しだけ黙った。
「……俺が増えたから?」
「一人で全部隠しながら戦うより楽になっただろ」
「まあ、それは……」
「これから頼むぞ、ガルド」
「急に仲間っぽいこと言うなよ」
「嫌なの?」
ティアが聞く。
「嫌とは言ってねえ!」
分かりやすい奴だ。
そのまま街道を歩き続ける。
次の街までは二日ほど。今日は途中で野宿することになる。
しばらくして、ガルドがまた口を開いた。
「なあ、ノア」
「今度は何?」
「昨日聞きそびれたんだけどさ」
「うん」
「お前が殺した人間が生き返らないってことは分かった」
「ああ」
「魔物も同じなんだよな?」
「そうだよ」
「じゃあ、どこまでがお前が殺したことになるんだ?」
少し意外な質問だった。
「どこまでって?」
「例えば、お前が斬った奴がその場では死ななくて、あとから傷が原因で死んだら?」
「ああ」
俺は少し考える。
「戻ってこない」
「毒は?」
「俺が毒を盛って、それで死んだなら戻らない」
「罠は?」
「俺が仕掛けた罠なら同じ」
「じゃあ結構広いな」
「師匠と色々試したからな」
「……何で試したんだよ」
「魔物」
「一瞬怖かったぞ」
人間でそんな実験をしていたら、さすがに師匠を見る目が変わっていたと思う。
ガルドは顎に手を当てる。
自分でも、この力の全部を理解しているわけではない。
何をもって「俺が殺した」と判断されているのか。
なぜ俺にだけそんな力があるのか。
師匠と何度も調べたが、結局答えは出なかった。
「変な力だな」
「俺もそう思う」
「生まれつきなのか?」
「それも分からない」
五年前、初めて人を殺すまで知る方法がなかった。
もしかしたら生まれたときから持っていたのかもしれないし、あの日何かが起きたのかもしれない。
「魔王と関係あると思う?」
ティアが聞いた。
「どうだろうな」
十五年前に魔王が世界を変えた。
そして俺は、この世界の決まりから外れている。
無関係とは言い切れない。
「だから魔王を探す理由がまた一つ増える」
「自分の力の正体か」
「ああ」
ガルドが納得したように頷いた。
そのとき、ティアが突然立ち止まった。
「ノア」
「どうした?」
「お腹空いた」
「……今その話する?」
「大事」
「まだ昼過ぎだぞ」
「歩いたから」
「朝もいっぱい食べてただろ」
「歩いたから」
二回言われた。
「野宿用の食料なんだから食べすぎるなよ」
「ベルガでもらった」
「だからって無限じゃない」
俺が収納からパンを一つ取り出すと、ティアが受け取る。
ガルドがそれを見ていた。
「なあ」
「お前も食べる?」
「いや、そうじゃなくて」
ガルドが俺の収納を指差す。
「それ、どれくらい入るんだ?」
「さあ」
「さあ?」
「限界まで入れたことない」
ガルドの目が少し輝いた。
「鍛冶道具全部入るよな?」
「入るけど」
「素材も?」
「入る」
「炉は?」
「持っていかないぞ」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「顔に書いてあった」
「持ち運べる工房作れるんじゃないかと思っただけだ!」
「やっぱり持っていく気じゃねえか」
仲間が増えた。
その実感が、ようやく少し湧いてきた。
ティアと二人の旅も悪くなかったが、三人になればできることも増える。
騒がしさも増えたけど。
「今日はこの辺で野宿するか」
日が傾き始めた頃、街道から少し離れた場所を指した。
「まだ歩けるぞ?」
「暗くなってから場所探す方が面倒だろ」
「それもそうか」
「ご飯?」
「まず野営の準備」
「ご飯」
「準備してから」
俺とガルドで薪を集め、ティアには周囲を見てもらうことにした。
しばらくして火を起こし、ベルガでもらった食料を並べる。
「旅って毎日こんな感じなのか?」
ガルドがパンをかじりながら聞いた。
「大体」
「もっとこう……魔王を探してるんだから、毎日命懸けなのかと思ってた」
「そんな毎日命懸けだったら魔王に会う前に疲れるだろ」
「お前は死んでも生き返るけどな」
「そういう問題じゃない」
ティアが肉を食べながらこちらを見る。
「ノアが死んだらどうなるの?」
ガルドの動きが止まった。
俺も止まった。
「……さあ」
「知らないのか?」
「ああ」
俺が死んだら、他の人間と同じように聖堂で生き返るのか。
「まだ死んだことないからな」
「ノア、死なないでね」
「努力します」
「軽いな!」
火の向こうでガルドが呆れる。
その夜は、三人で交代しながら見張りをすることにした。
最初は俺。
ティアとガルドが眠ったあと、一人で焚き火を眺める。
ベルガでのことを思い返した。
逃げた盗賊。
俺の力を見た連中。
噂が広がるかもしれない。
でも、今さらどうすることもできない。
「殺した奴だけ、生き返らない……か」
小さく呟く。
自分では五年前から知っている。
師匠も知っていた。
ティアが知り、ガルドも知った。
そして今日、盗賊たちも知った。
秘密というものは、知る人間が増えるほど秘密ではなくなっていく。
俺は火に薪を一本放り込んだ。
いつか、この力を隠して旅をすること自体ができなくなる日が来るのかもしれない。
そのとき何が起きるのかは、まだ分からない。
ただ一つ分かるのは、
「面倒なことになりそうだな」
火の粉が、暗い夜空へ昇っていった。




