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聖堂

 ベルガを出て二日目の昼過ぎ、俺たちは街道から少し外れた場所に小さな村を見つけた。


「ちょうどいいな。食料も補充したいし、今日はあそこで休むか」


「賛成」


 ティアが即答する。たぶん村ではなく食料という言葉に反応した。


「俺もいいけど……珍しい場所にある村だな」


 ガルドが遠くを眺めながら言った。


 確かに、農村にしては妙だった。周囲には畑らしい畑がほとんどない。地面には大きな石が目立ち、少し離れれば緩やかな丘が続いている。家も古いものは少なく、急いで建てたような木造の建物ばかりだった。


 そして、その中心に一つだけ明らかに雰囲気の違う建物がある。


 白い石で造られた大きな建物だった。村のどの家よりも立派で、正面には大きな扉がある。


「あれ何?」


 俺が指差すと、ガルドが止まった。


「……は?」


「あの白いやつ」


「いや、見れば分かるだろ」


「分からないから聞いてるんだけど」


 ガルドが俺の顔を見る。そのあと白い建物を見て、もう一度俺を見る。


「聖堂だよ!」


「あれが?」


「お前、聖堂知らねえの!?」


「知ってるよ。死んだら生き返るところだろ」


「それしか知らねえのかよ!」


「十分じゃない?」


「十分じゃねえよ!」


 なぜか怒られた。


「ノア、聖堂行ったことないの?」


「ない」


「一度も?」


「一度も」


 ティアまで不思議そうな顔をする。


「死んだことないの?」


「前に言ったじゃん。そもそも俺が死んだらどうなるか知らんし」


「俺だって死んだことくらいあるぞ」


 ガルドが当然のように言った。


「……何で死んだの?」


「十二のとき屋根から落ちた」


「格好悪いな」


「うるせえ!」


 三人で村へ向かいながら、俺は改めて聖堂を見る。


「で、あれって誰が作ったんだ?」


「お前、本当に何も知らねえな……」


 ガルドが呆れながら説明を始めた。


「十五年前だよ。魔王が世界を変えたとき、魔窟と一緒に世界中に現れた。それ以前にはどこにもなかったらしい」


「魔王が作ったのに、人間が使ってるの?」


「使うも何も、死んだら勝手にここに出てくるんだよ。大体十分くらいで、一番近い聖堂にな」


「へえ」


「その反応やめろ。常識だからな」


「師匠は教えてくれなかった」


「お前の師匠、何教えてたんだよ」


「戦い方とか、魔法とか、人の殺し方とか」


「教育が偏りすぎだろ」


 それは俺も少し思う。


「じゃあ、中で誰かが魔法を使って生き返らせてるわけじゃないの?」


「違う。聖堂そのものが勝手にやるらしい。仕組みは誰も分かってない」


「誰が管理してるの?」


「昔、教会で働いてた人たちだよ。聖堂が現れてから、神父とか修道女とかが管理するようになった。今はその人たちから仕事を引き継いだ奴もいる」


「魔王が作った建物を神父が管理してるのか」


「変な話だけどな。でも十五年も経てば、それが普通になる」


 そんなものか。


 村へ入ると、さっき遠くから見た違和感がさらに強くなった。


 畑がない。


 小さな菜園程度ならあるが、村全体を養えるような規模ではない。家の間隔も妙に狭く、聖堂を囲むように建物が集まっている。


 何より、活気がなかった。


 歩いている村人はいるが、俺たちを見る目には疲れが見える。


「旅の方ですか?」


 声をかけてきたのは、白髪の老人だった。


「ああ。今日泊まれるところがあればと思って」


「宿屋と呼べるほど立派なものはありませんが、旅人を泊めている家ならありますよ」


「助かります」


「ご飯ある?」


「ティア」


「大事」


 老人が小さく笑った。


「食事も用意してもらえるでしょう。ただ、大したものは出せませんが」


「食べられれば大丈夫」


 老人に案内してもらおうとした、そのときだった。


「来たぞ!」


 村の端から叫び声が上がった。


 村人たちの表情が一斉に変わる。


「聖堂へ! 子供を先に入れろ!」


 老人も俺たちのことなど忘れたように走り出した。


「何だ?」


「魔物じゃない?」


 ティアが村の外を指差した。


 丘の向こうから数体の魔物が姿を現していた。狼に似ているが、普通の狼より一回り大きい。


 村人たちは戦おうとしなかった。


 子供の手を引き、老人を支えながら、一斉に聖堂へ向かっている。


「俺たちも行くぞ」


 ガルドが言った。


「戦わないの?」


「いいから来い」


 俺たちも村人について聖堂へ向かった。


 最後尾にいた男が転び、魔物の一体がそちらへ向かう。


「危ない!」


 俺が短剣に手をかけた。


 だが、男は立ち上がると必死に走り、聖堂の敷地へ飛び込んだ。


 魔物はすぐ後ろまで迫っていた。


 それなのに、突然止まった。


「……ん?」


 魔物は低く唸りながら聖堂を睨んでいる。


 一歩も入ってこない。


 左右へ歩き、別の場所から入ろうとする様子もない。


 やがて諦めたように距離を取った。


「なんで?」


「聖堂だからだよ」


 ガルドが答える。


「魔物は聖堂に近づかない」


「そんな決まりもあるの?」


「だからお前は聖堂について知らなすぎるんだよ!」


「なんで近づかないの?」


「知らねえよ」


「知らないのかよ」


「十五年間誰も分かってねえんだよ!」


 ガルドの声が聖堂の中に響いた。


 周囲の村人がこちらを見る。


「静かにしようか」


「誰のせいだ!」


 聖堂の中は思っていたより簡素だった。


 長椅子が並び、奥には広い空間がある。その床には、見たことのない紋様がいくつも刻まれていた。


 壁際には大量の白い服が積まれている。


「あの服は?」


「復活した奴用」


「なんで?」


「死んだときの服は戻ってこないからだよ」


「ああ、そういうことか」


「そこは知ってると思ってた」


「持ち物が残るのは知ってるよ」


「妙なところだけ知ってんな……」


 そのとき、外から悲鳴が聞こえた。


 まだ一人、逃げ遅れていたらしい。


 窓から見ると、男が魔物に押し倒されていた。


 何人かが助けに出ようとしたが、老人が止める。


「待て! 今出ればお前たちまでやられる!」


 男の叫び声が止まった。


 やがて魔物たちは村の中をうろつき始める。


「助けなくていいの?」


 ティアが聞いた。


「……もう死んだ。出ていっても仕方ない」


 老人は悔しそうに答えた。


 俺は外へ出ようとしたが、ガルドに肩を掴まれた。


「待て」


「何?」


「今は見とけ」


 何を、とは聞かなかった。


 少しすると、聖堂の奥にある紋様の一つが淡く光り始めた。


「ノア」


 ティアが俺の服を引く。


 光が徐々に強くなる。


 次の瞬間、そこに一人の男が現れた。


「……うわ」


 さっき外で殺された男だった。


 体には傷一つない。


 近くにいた神父らしい男が慣れた様子で白い服を差し出す。


「お疲れさまでした」


「いてて……死んでも痛かった記憶は残るんだよな」


 男はぼやきながら服を受け取った。


 周囲の村人も特に驚いていない。


 俺だけがじっと見ていた。


「本当に出てくるんだな」


「だから出てくるって言っただろ」


「見るの初めてだから」


 ガルドが本気で呆れていた。


 しばらくすると、魔物たちは村を荒らすだけ荒らして去っていった。


 ようやく村人たちが聖堂から出ていく。


 俺たちも外へ出ると、さっきの老人が壊された柵を見ながらため息をついた。


「いつもこうなの?」


 俺が尋ねる。


「……ええ」


「なら倒せばいいんじゃない?」


 老人は苦笑した。


「もちろん、昔はそうしていましたよ」


「昔?」


「ここは、元々村ではなかったんです」


 老人が聖堂の向こうを指差す。


 遠くに緑の多い土地が見えた。


「私たちの村は、あちらにありました。川があり、畑もよく育つ土地でした」


「じゃあ、なんでこっちに?」


「魔物です」


 老人の表情が曇る。


「十五年前から数が増えましてね。畑を荒らし、家畜を襲い、家を壊すようになった。もちろん我々も戦いました。何度も殺しましたよ」


「でも生き返った」


「ええ」


 老人は頷いた。


「殺しても、近くの魔窟からまた現れる。こちらも殺されれば聖堂で生き返ります。しかし……人間が生き返っても、壊された家は戻りません。食われた家畜も、荒らされた畑も戻らない」


 俺は周囲を見た。


 聖堂を囲むように建てられた、小さな家々。


「それで聖堂の近くに移ったのか」


「魔物はここには近寄りませんから」


「安全ではあるんだな」


「生きているだけなら」


 老人が足元の地面を見た。


「この辺りは石が多く、水も少ない。畑には向きません。食料を買う金も年々減っています。このままでは、いずれ村そのものがなくなるでしょう」


「元の村には戻れないの?」


 ティアが聞いた。


「戻りたいですよ」


 老人はすぐに答えた。


「あそこは私たちの故郷ですから」


 遠くの土地を見つめる。


「何度か取り戻そうともしました。冒険者を雇ったこともあります。魔物を全滅させたことだってある」


「それでも駄目だった?」


「数日もすれば戻ってきました」


 ガルドが腕を組む。


「魔窟がある限り同じか」


「ええ」


 その言葉が気になった。


「魔窟って近いの?」


 老人とガルドが同時に俺を見る。


「お前、魔窟は知ってるよな?」


 ガルドが聞く。


「さすがに知ってる」


「本当か?」


「魔物が生き返る場所だろ」


「……まあいい」


 信用されていない。


「この辺りにもあるんですか?」


「あります」


 老人の表情がさらに険しくなった。


「旧村からさらに奥へ。森の中に一つ」


「中に入ったことは?」


「私はありません。ただ、昔は冒険者たちが何度か入ったそうです」


「どうだった?」


「魔物を何体殺そうが、その魔窟でまた蘇る。奥へ進むほど数も増える。わざわざ入る意味がないと、今では誰も近づきません」


 なるほど。


 普通ならそうなる。


 魔物を殺しても、魔窟で生き返る。


 だったら魔窟の中で戦うなんて、相手の復活場所で延々と戦い続けるようなものだ。


 普通なら。


「その魔窟、どこにある?」


「……ノア?」


 ガルドが嫌そうな顔をした。


 老人も怪訝そうに俺を見る。


「場所なら教えられますが……何をするつもりです?」


「旧村にいる魔物を倒しても、魔窟からまた来るんですよね」


「ええ」


「だったら、村の魔物を先に倒しても意味ないな」


 ガルドが俺の考えに気づいたらしい。


「お前、まさか……」


「魔窟に行ってみよう」


「やっぱりか!」


 ティアが俺を見る。


「魔物いっぱい?」


「たぶん」


「素材もいっぱい?」


 今度はガルドが反応した。


「……確かに」


「お前まで乗るなよ」


「いや、でも魔窟の中にいる魔物をこいつが殺したら……」


 ガルドの顔が少しずつ変わっていく。


「全部、残るのか?」


「たぶん」


「行こう」


「早いな」


「俺は鍛冶師だぞ! 十五年間誰も手に入れられなかった素材が山ほどあるかもしれねえんだぞ!」


「さっきまで止めようとしてただろ」


「事情が変わった」


 分かりやすい。


 老人は俺たちの会話についていけず、困惑している。


 当然だろう。


 俺たちが何をしようとしているのか、まだ説明するつもりはない。


「場所だけ教えてください」


「しかし、危険ですよ。魔窟に入っても何も――」


「大丈夫です」


 俺は遠くに見える森へ目を向けた。


 魔窟。


 十五年前、聖堂と同じように世界中へ現れた、魔物が蘇る場所。


 師匠から話だけは聞いていたが、中へ入ったことはない。


 そしてたぶん、俺みたいな人間が中へ入ったこともない。


「根本から何とかできるか、試してみます」


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