↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/22

盗賊

 ベルガを発つ日の朝、ガルドは大きな鞄を背負って工房の前に立っていた。


「多くない?」


 ティアが鞄を見上げる。


「鍛冶道具があるんだから仕方ないだろ」


「収納に入れようか?」


「……できるのか?」


「できるけど」


「じゃあ最初から言えよ!」


 ガルドの荷物を収納し、俺たちは師匠に見送られて工房を出た。


 三人でベルガの大通りを歩く。十日も滞在していたせいか、最初に来たときより街の景色にも見慣れてしまった。


「次はどこに行くんだ?」


「まだ決めてない」


「は?」


「とりあえず近くの街まで行って、そこで情報を集める」


「魔王を探す旅なのに、そんな行き当たりばったりなのか?」


「十五年も行方不明の奴だぞ。行き先が分かってたらもう見つかってる」


「それはそうだけどよ……」


「大丈夫」


 ティアがガルドを見上げた。


「ノアはだいたい何も考えてない」


「大丈夫じゃねえだろ」


「失礼だな。ちょっとは考えてる」


「ちょっとなのかよ」


 三人になって早々、扱いが酷い。


 そんな話をしながら街の門へ向かっていると、前方から何人もの人が走ってきた。


「逃げろ! 盗賊だ!」


 男の叫び声に続いて、金属同士が激しくぶつかる音が響いた。


 ガルドの表情が変わる。


「……また来たのか」


「知ってるの?」


「盗賊だよ。ベルガで作られた武器を奪いに来る。前から何度も来てるんだ」


 門の方を見ると、十数人の男たちが街へ入ってくるところだった。剣や斧で武装し、後ろには奪った武器を運ぶためらしい荷車まで用意されている。


「何度も来てるなら、追い払えばいいだろ」


「追い払ってるよ。殺したことだってある」


「じゃあなんで」


 途中で分かった。


「そういうこと」


 ガルドが苦々しそうに言う。


「殺しても生き返って、また来るんだ」


 死が終わりにならない世界では、盗賊にとって襲撃の危険も大したものではない。失敗して殺されたところで、聖堂から戻ってまたやり直せる。


「面倒だな」


「他人事みたいに言うなよ」


「だって今日この街を出る予定だったし」


「ノア」


 ティアが俺を見る。


「分かってるよ」


 さすがにここまで見て、そのまま出ていく気にはなれない。


 俺は腰の短剣を抜いた。


「ガルド、戦える?」


「一応な。鍛冶師だからって槌しか振れないと思うなよ」


「まだ見習いだろ」


「今それ言うか?」


「じゃあ三人でやってみるか」


 ガルドが槌を構えた。


「仲間になった初日に盗賊退治かよ」


「退屈しなくていいだろ」


「ものは言いようだな!」


 俺たちに気づいた盗賊の一人が、剣を振り上げて走ってくる。


「邪魔だ! 死にたくなきゃどけ!」


「死んでも戻ってくるだろ」


「あ?」


 男は一瞬ぽかんとしてから笑った。


「違いねえ!」


 振り下ろされた剣を横へかわす。その腕を掴んで引き寄せ、腹へ膝を叩き込んだ。男が前のめりになったところで手首を捻り、剣を奪って地面へ蹴り倒す。


 殺す必要はない。


 俺が殺せば、本当に終わる。


 だから盗賊だからというだけで簡単に殺す気にはなれなかった。


「ガルド!」


「分かってる!」


 別の盗賊がガルドへ斬りかかる。ガルドは剣を槌で横から弾き、そのまま柄を相手の腹へ叩き込んだ。


「ぐっ……!」


 盗賊が膝をつく。


「おお」


「何だよ!」


「普通に戦えるんだな」


「だから言っただろ!」


 背後からもう一人がガルドへ迫る。


「後ろ」


「早く言え!」


 ガルドが振り返りざまに槌を振る。盗賊の剣とぶつかり、大きな音が響いた。


 一方、ティアは戦いの中心から少し離れていた。盗賊が近づけば姿を消して距離を取り、安全な位置へ移動する。


 今はそれでいい。


 無理に戦わせる必要はない。


 俺は次々と盗賊の武器を奪い、動けなくしていく。


 何人かはベルガの住民や衛兵と戦っていた。斬られて倒れ、そのまま姿を消す盗賊もいる。


 それを見ても、仲間たちはほとんど気にしていない。


「先に戻ってろ!」


「あとで合流だ!」


 死んだ仲間にかける言葉とは思えない。


 だが、それがこの世界では普通なのだ。


「退け!」


 怒鳴り声がした。


 見ると、盗賊の一人が少女を抱えていた。


 十歳にもなっていないだろう。暴れる少女を片腕で抱え、もう片方の手には剣を持っている。


「頭領!」


 周りの盗賊がそいつを見る。


 どうやら一番偉い奴らしい。


「近づくな! こいつは連れていく!」


「離して!」


 少女が必死に暴れる。


 頭領は少女の髪を掴んだ。


「大人しくしろ!」


 俺の横で、ガルドの表情が変わった。


「……あいつら、前にもやってる」


「何を?」


「人を連れていくんだよ。武器を奪うついでにな」


 なるほど。


 殺すより、よほど厄介だ。


 殺されたなら聖堂で生き返れる。だが、生きたまま連れ去られれば戻ってこられない。


 人混みの向こうから女性が飛び出そうとして、周囲の人間に止められた。


「返して! お願いだから、その子を返して!」


「安心しろよ!」


 頭領が笑う。


「殺しゃしねえ!」


 その言葉を聞いて、俺は短剣を握り直した。


「……そうか」


「あ?」


「殺さないのか」


「当たり前だろ。殺したら聖堂に逃げられちまうからな!」


 頭領が笑う。


 俺はガルドを見る。


「ちょっと待ってろ」


「おい、ノア」


 そのまま歩き出した。


「止まれ!」


 頭領が少女を抱える腕に力を込める。


「それ以上来たら――」


 地面を蹴った。


「なっ――」


 一気に距離を詰める。


 頭領が少女を盾にしようとした。


 遅い。


 五年間、師匠に叩き込まれたのは、人を殺す方法だけじゃない。


 相手の視線、足の向き、武器を持つ手、次にどう動くのか。


 少女の肩を掴み、頭領の腕の内側へ潜り込む。そのまま少女を自分の方へ引き寄せながら、短剣を振った。


 頭領の手から剣が落ちる。


「てめ――」


 もう一歩。


 短剣を首へ走らせた。


 血が飛び、頭領の体が崩れ落ちる。


 俺は少女を抱えたまま数歩離れた。


「大丈夫?」


 少女は震えながら頷いた。


「お母さんのところ行ける?」


「う、うん……」


「じゃあ行って」


 少女が走っていく。さっきの女性が駆け寄り、強く抱きしめた。


「頭領!」


 盗賊の一人が叫ぶ。


 だが、その声に焦りはない。


「何やってんだよ、頭領!」


「先に聖堂で待ってろ!」


 別の盗賊が笑う。


 誰も助けようとしない。


 その必要がないからだ。


 俺は短剣についた血を振り払った。


 しばらくして、一人が気づく。


「……おい」


 笑い声が止まった。


 地面には、まだ頭領がいる。


「なんで消えねえ?」


 誰も答えない。


「おい……もう死んでるよな?」


「ああ」


「じゃあ、なんで……」


 盗賊たちの顔から、少しずつ余裕が消えていく。


 俺は一歩、そいつらへ近づいた。


 何人かが反射的に後ろへ下がる。


「次、誰?」


 誰も答えなかった。


 今まで何度殺されてもベルガへやってきた盗賊たちが、初めて自分の死を恐れている。


「……逃げろ」


 一人が呟いた。


「逃げろ!」


 盗賊たちは一斉に走り出した。


「頭領は!?」


「知らねえよ! 早くしろ!」


 頭領を置いて、誰一人振り返ることなくベルガの外へ逃げていった。


「ノア」


 ガルドの声がした。


 振り返る。


 ガルドは地面に残った頭領の死体を見ていた。


「お前……人間もなのか?」


「ああ」


「……先に言えよ」


「だから仲間になってから言おうと思ってた」


「仲間になった初日に重すぎるだろ!」


「早めに知れてよかっただろ」


「限度がある!」


 ガルドが頭を抱えた。


 俺は頭領の死体へ近づき、収納魔法でしまう。


 これで証拠は消えた。


 問題は――。


「……めちゃくちゃ見られてるな」


 少し離れた場所で、街の人たちが俺を見ていた。


「あー……皆さん」


 俺が声を上げると、何人かがびくっとした。


「そんな怖がらなくても」


「今の見たら怖がるだろ」


 ガルドが小声で言う。


「一つお願いがあるんですけど」


 街の人たちが黙って俺を見る。


「今見たこと、誰にも言わないでもらえます?」


「……今見たこと?」


「盗賊の頭が消えなかったことです」


 さっきまで死体があった場所を指した。


「俺、あんまり有名になりたくないんで」


「もう遅いんじゃない?」


 ティアが言った。


「だからこれ以上を防ぐんだよ」


 少しの沈黙があった。


 やがて、一人の男が口を開く。


「あいつらには何度も困らされてきた。追い払っても、しばらくすればまた来る。今日だって放っておけば大量の武器を持っていかれてた」


 別の男も頷いた。


「俺は何も見てない」


「俺もだ」


「私も」


 次々と声が上がる。


 最後に、助けた少女を抱きしめていた母親が深く頭を下げた。


「娘を助けていただいて、本当にありがとうございました。誰にも話しません」


「ありがとうございます」


 全員が約束を守ってくれる保証はない。


 いつか噂が漏れる可能性だってある。


 それでも今は、信じるしかないだろう。


「それと……」


 俺は少し考えてから続けた。


「盗賊を追い払ったお礼とかって、出たりします?」


「ノア」


 ティアが俺を見る。


「何?」


「台無し」


「旅には金が必要なんだよ」


「さっきまで格好よかったのに」


「格好よさで飯は食えない」


 街の人たちから笑いが起こった。


 今回はちゃんと金をもらえた。それだけではなく、旅で食べるための食料や水まで持たせてくれた。


 前に募金を募ったときとは大違いだ。


「……もらえた」


 受け取った金を眺める。


「よかったね」


「人助けって報われるんだな」


「その言い方やめろ」


 ガルドに怒られた。


 少し予定より遅くなったが、俺たちはようやくベルガの門を出た。


 しばらく歩いたところで、ガルドが立ち止まる。


 振り返った先にはベルガの街があった。


「どうした?」


「いや……」


 ガルドは少しだけ街を眺めてから、前を向いた。


「次に帰ってくるときは、見習いじゃなくなってる」


「十日であれだけ作ったんだろ。案外すぐじゃない?」


「お前が素材を馬鹿みたいに持ってくればな」


「じゃあ任せろ」


「ほどほどにしろよ」


「いっぱい狩る?」


 ティアが聞く。


「いっぱい狩ろう」


「人間はやめろよ!」


「分かってるよ」


 本当に信用されているんだろうか。


 まあ、これからだ。


 俺とティア、それからガルド。


 三人になった俺たちは、ベルガを後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。