盗賊
ベルガを発つ日の朝、ガルドは大きな鞄を背負って工房の前に立っていた。
「多くない?」
ティアが鞄を見上げる。
「鍛冶道具があるんだから仕方ないだろ」
「収納に入れようか?」
「……できるのか?」
「できるけど」
「じゃあ最初から言えよ!」
ガルドの荷物を収納し、俺たちは師匠に見送られて工房を出た。
三人でベルガの大通りを歩く。十日も滞在していたせいか、最初に来たときより街の景色にも見慣れてしまった。
「次はどこに行くんだ?」
「まだ決めてない」
「は?」
「とりあえず近くの街まで行って、そこで情報を集める」
「魔王を探す旅なのに、そんな行き当たりばったりなのか?」
「十五年も行方不明の奴だぞ。行き先が分かってたらもう見つかってる」
「それはそうだけどよ……」
「大丈夫」
ティアがガルドを見上げた。
「ノアはだいたい何も考えてない」
「大丈夫じゃねえだろ」
「失礼だな。ちょっとは考えてる」
「ちょっとなのかよ」
三人になって早々、扱いが酷い。
そんな話をしながら街の門へ向かっていると、前方から何人もの人が走ってきた。
「逃げろ! 盗賊だ!」
男の叫び声に続いて、金属同士が激しくぶつかる音が響いた。
ガルドの表情が変わる。
「……また来たのか」
「知ってるの?」
「盗賊だよ。ベルガで作られた武器を奪いに来る。前から何度も来てるんだ」
門の方を見ると、十数人の男たちが街へ入ってくるところだった。剣や斧で武装し、後ろには奪った武器を運ぶためらしい荷車まで用意されている。
「何度も来てるなら、追い払えばいいだろ」
「追い払ってるよ。殺したことだってある」
「じゃあなんで」
途中で分かった。
「そういうこと」
ガルドが苦々しそうに言う。
「殺しても生き返って、また来るんだ」
死が終わりにならない世界では、盗賊にとって襲撃の危険も大したものではない。失敗して殺されたところで、聖堂から戻ってまたやり直せる。
「面倒だな」
「他人事みたいに言うなよ」
「だって今日この街を出る予定だったし」
「ノア」
ティアが俺を見る。
「分かってるよ」
さすがにここまで見て、そのまま出ていく気にはなれない。
俺は腰の短剣を抜いた。
「ガルド、戦える?」
「一応な。鍛冶師だからって槌しか振れないと思うなよ」
「まだ見習いだろ」
「今それ言うか?」
「じゃあ三人でやってみるか」
ガルドが槌を構えた。
「仲間になった初日に盗賊退治かよ」
「退屈しなくていいだろ」
「ものは言いようだな!」
俺たちに気づいた盗賊の一人が、剣を振り上げて走ってくる。
「邪魔だ! 死にたくなきゃどけ!」
「死んでも戻ってくるだろ」
「あ?」
男は一瞬ぽかんとしてから笑った。
「違いねえ!」
振り下ろされた剣を横へかわす。その腕を掴んで引き寄せ、腹へ膝を叩き込んだ。男が前のめりになったところで手首を捻り、剣を奪って地面へ蹴り倒す。
殺す必要はない。
俺が殺せば、本当に終わる。
だから盗賊だからというだけで簡単に殺す気にはなれなかった。
「ガルド!」
「分かってる!」
別の盗賊がガルドへ斬りかかる。ガルドは剣を槌で横から弾き、そのまま柄を相手の腹へ叩き込んだ。
「ぐっ……!」
盗賊が膝をつく。
「おお」
「何だよ!」
「普通に戦えるんだな」
「だから言っただろ!」
背後からもう一人がガルドへ迫る。
「後ろ」
「早く言え!」
ガルドが振り返りざまに槌を振る。盗賊の剣とぶつかり、大きな音が響いた。
一方、ティアは戦いの中心から少し離れていた。盗賊が近づけば姿を消して距離を取り、安全な位置へ移動する。
今はそれでいい。
無理に戦わせる必要はない。
俺は次々と盗賊の武器を奪い、動けなくしていく。
何人かはベルガの住民や衛兵と戦っていた。斬られて倒れ、そのまま姿を消す盗賊もいる。
それを見ても、仲間たちはほとんど気にしていない。
「先に戻ってろ!」
「あとで合流だ!」
死んだ仲間にかける言葉とは思えない。
だが、それがこの世界では普通なのだ。
「退け!」
怒鳴り声がした。
見ると、盗賊の一人が少女を抱えていた。
十歳にもなっていないだろう。暴れる少女を片腕で抱え、もう片方の手には剣を持っている。
「頭領!」
周りの盗賊がそいつを見る。
どうやら一番偉い奴らしい。
「近づくな! こいつは連れていく!」
「離して!」
少女が必死に暴れる。
頭領は少女の髪を掴んだ。
「大人しくしろ!」
俺の横で、ガルドの表情が変わった。
「……あいつら、前にもやってる」
「何を?」
「人を連れていくんだよ。武器を奪うついでにな」
なるほど。
殺すより、よほど厄介だ。
殺されたなら聖堂で生き返れる。だが、生きたまま連れ去られれば戻ってこられない。
人混みの向こうから女性が飛び出そうとして、周囲の人間に止められた。
「返して! お願いだから、その子を返して!」
「安心しろよ!」
頭領が笑う。
「殺しゃしねえ!」
その言葉を聞いて、俺は短剣を握り直した。
「……そうか」
「あ?」
「殺さないのか」
「当たり前だろ。殺したら聖堂に逃げられちまうからな!」
頭領が笑う。
俺はガルドを見る。
「ちょっと待ってろ」
「おい、ノア」
そのまま歩き出した。
「止まれ!」
頭領が少女を抱える腕に力を込める。
「それ以上来たら――」
地面を蹴った。
「なっ――」
一気に距離を詰める。
頭領が少女を盾にしようとした。
遅い。
五年間、師匠に叩き込まれたのは、人を殺す方法だけじゃない。
相手の視線、足の向き、武器を持つ手、次にどう動くのか。
少女の肩を掴み、頭領の腕の内側へ潜り込む。そのまま少女を自分の方へ引き寄せながら、短剣を振った。
頭領の手から剣が落ちる。
「てめ――」
もう一歩。
短剣を首へ走らせた。
血が飛び、頭領の体が崩れ落ちる。
俺は少女を抱えたまま数歩離れた。
「大丈夫?」
少女は震えながら頷いた。
「お母さんのところ行ける?」
「う、うん……」
「じゃあ行って」
少女が走っていく。さっきの女性が駆け寄り、強く抱きしめた。
「頭領!」
盗賊の一人が叫ぶ。
だが、その声に焦りはない。
「何やってんだよ、頭領!」
「先に聖堂で待ってろ!」
別の盗賊が笑う。
誰も助けようとしない。
その必要がないからだ。
俺は短剣についた血を振り払った。
しばらくして、一人が気づく。
「……おい」
笑い声が止まった。
地面には、まだ頭領がいる。
「なんで消えねえ?」
誰も答えない。
「おい……もう死んでるよな?」
「ああ」
「じゃあ、なんで……」
盗賊たちの顔から、少しずつ余裕が消えていく。
俺は一歩、そいつらへ近づいた。
何人かが反射的に後ろへ下がる。
「次、誰?」
誰も答えなかった。
今まで何度殺されてもベルガへやってきた盗賊たちが、初めて自分の死を恐れている。
「……逃げろ」
一人が呟いた。
「逃げろ!」
盗賊たちは一斉に走り出した。
「頭領は!?」
「知らねえよ! 早くしろ!」
頭領を置いて、誰一人振り返ることなくベルガの外へ逃げていった。
「ノア」
ガルドの声がした。
振り返る。
ガルドは地面に残った頭領の死体を見ていた。
「お前……人間もなのか?」
「ああ」
「……先に言えよ」
「だから仲間になってから言おうと思ってた」
「仲間になった初日に重すぎるだろ!」
「早めに知れてよかっただろ」
「限度がある!」
ガルドが頭を抱えた。
俺は頭領の死体へ近づき、収納魔法でしまう。
これで証拠は消えた。
問題は――。
「……めちゃくちゃ見られてるな」
少し離れた場所で、街の人たちが俺を見ていた。
「あー……皆さん」
俺が声を上げると、何人かがびくっとした。
「そんな怖がらなくても」
「今の見たら怖がるだろ」
ガルドが小声で言う。
「一つお願いがあるんですけど」
街の人たちが黙って俺を見る。
「今見たこと、誰にも言わないでもらえます?」
「……今見たこと?」
「盗賊の頭が消えなかったことです」
さっきまで死体があった場所を指した。
「俺、あんまり有名になりたくないんで」
「もう遅いんじゃない?」
ティアが言った。
「だからこれ以上を防ぐんだよ」
少しの沈黙があった。
やがて、一人の男が口を開く。
「あいつらには何度も困らされてきた。追い払っても、しばらくすればまた来る。今日だって放っておけば大量の武器を持っていかれてた」
別の男も頷いた。
「俺は何も見てない」
「俺もだ」
「私も」
次々と声が上がる。
最後に、助けた少女を抱きしめていた母親が深く頭を下げた。
「娘を助けていただいて、本当にありがとうございました。誰にも話しません」
「ありがとうございます」
全員が約束を守ってくれる保証はない。
いつか噂が漏れる可能性だってある。
それでも今は、信じるしかないだろう。
「それと……」
俺は少し考えてから続けた。
「盗賊を追い払ったお礼とかって、出たりします?」
「ノア」
ティアが俺を見る。
「何?」
「台無し」
「旅には金が必要なんだよ」
「さっきまで格好よかったのに」
「格好よさで飯は食えない」
街の人たちから笑いが起こった。
今回はちゃんと金をもらえた。それだけではなく、旅で食べるための食料や水まで持たせてくれた。
前に募金を募ったときとは大違いだ。
「……もらえた」
受け取った金を眺める。
「よかったね」
「人助けって報われるんだな」
「その言い方やめろ」
ガルドに怒られた。
少し予定より遅くなったが、俺たちはようやくベルガの門を出た。
しばらく歩いたところで、ガルドが立ち止まる。
振り返った先にはベルガの街があった。
「どうした?」
「いや……」
ガルドは少しだけ街を眺めてから、前を向いた。
「次に帰ってくるときは、見習いじゃなくなってる」
「十日であれだけ作ったんだろ。案外すぐじゃない?」
「お前が素材を馬鹿みたいに持ってくればな」
「じゃあ任せろ」
「ほどほどにしろよ」
「いっぱい狩る?」
ティアが聞く。
「いっぱい狩ろう」
「人間はやめろよ!」
「分かってるよ」
本当に信用されているんだろうか。
まあ、これからだ。
俺とティア、それからガルド。
三人になった俺たちは、ベルガを後にした。




