鍛冶師見習いガルド
それから十日後。
「……増えたな」
久しぶりに工房を訪れた俺は、壁際に並んだ武器を見て呟いた。
剣、短剣、籠手、小さな盾。どれにも魔物の牙や骨、甲殻が使われている。俺が練習用に置いていった素材の大半が、何かしらの形になっていた。
「これ、全部あの人が作ったの?」
ティアが剣を覗き込む。
「みたいだな」
もちろん全部成功したわけではないらしい。工房の隅には割れた牙や歪んだ刃、途中で加工を諦めたらしい甲殻が山になっている。
「勝手に触るなよ」
奥から見習いが出てきた。
十日前より煤で汚れている。目の下にはうっすら隈までできていた。
「寝てる?」
「第一声がそれかよ」
「顔ひどいぞ」
「誰のせいだと思ってる」
「俺?」
「毎日、今まで触ったこともない素材が目の前にあるんだぞ。寝てられるか」
「寝ろよ」
「お前が持ってきたんだろ!」
俺は近くにあった短剣を手に取った。刃の一部に白い牙が使われている。師匠に作ってもらった俺の短剣と比べれば粗さはあるが、ちゃんと武器にはなっていた。
「これも?」
「ああ」
「十日前より上手くなった?」
「なってなかったら十日間何してたんだよ」
「寝てなかった」
「そこじゃねえ」
ティアが隣に置かれていた小さな盾を持ち上げた。
「これ軽い」
「それは甲殻を使ったやつだ。金属だけで作るより軽くできる。ただ、まだ接合が甘いから強い衝撃は――」
そこまで言ったところで、見習いが少し嬉しそうにしていることに気づいた。
十日前とは随分違う。
魔物素材について話し始めると止まらないらしい。
「楽しそうだな」
「……悪いかよ」
「別に」
俺は短剣を戻した。
「いいんじゃない?」
「何が?」
「鍛冶師っぽくなってきた」
「まだ見習いだ」
そこは譲らないらしい。
「ノア」
奥から低い声がした。
見習いの師匠が出てくる。
「こいつから話は聞いた」
「何の?」
「お前の誘いの話だよ」
「ああ」
そういえば十日前、一緒に来ないかと誘ったまま返事を聞いていなかった。
見習いを見る。
「それで?」
「……行きたい」
少し間はあったが、返事ははっきりしていた。
「お前たちと一緒に行かせてくれ」
「俺は最初からそのつもりだけど」
「だそうだ」
師匠が腕を組む。
「連れていけ」
「いいんですか?」
「ああ。ここに置いておくより、お前についていかせた方がいい」
師匠は壁際に並んだ武器を見る。
「たった十日で随分失敗した」
「それは言うなよ」
「事実だろうが。どれだけ素材を駄目にしたと思ってる」
「……数えてない」
「俺は数えてるぞ」
見習いが目を逸らした。
「だが、それだけ失敗した分、十日前よりはマシになった」
「師匠……」
「勘違いするな。まだ見習いだ」
「分かってるよ」
「ならいい」
師匠は俺を見る。
「こいつには経験が足りん。特に魔物素材はな。だが、お前といれば嫌でも触ることになるだろう」
「それは保証します」
「保証するところなのか?」
「魔物を見つけたら狩ればいいだけですから」
「お前にとってはそうなんだろうな……」
師匠は呆れたように息を吐いた。
「世界中の魔物を見てこい」
今度は見習いに向かって言った。
「牙も骨も皮も甲殻も、魔物が違えば性質も違う。ここにいたって学べることには限界がある」
「ああ」
「俺が教えられることだけ覚えても、俺と同じものしか作れん。自分の目で見て、自分の手で触ってこい」
見習いは黙って師匠を見ていた。
「帰ってくる頃には、見習いを卒業してこい」
「……分かった」
今度の返事には、いつもの軽さがなかった。
ティアが俺の服を引っ張る。
「ノア」
「何?」
「これで三人?」
「そうなるな」
俺とティア、それから鍛冶師見習い。
戦えるかどうかすら知らないが、旅をしながら鍛冶をしてくれる奴がいるのは助かる。少なくとも収納の中で魔物の死体を腐らせ続けることはなくなりそうだ。
「本当に魔王を探すんだよな?」
見習いが聞いてきた。
「ああ」
「見つけたら、世界を元に戻せると思うか?」
「分からない」
「そこは言い切らないんだな」
「できるか分からないことを、できるとは言えないだろ」
「まあ、そうだけど」
「でも、魔王が世界を変えたなら、何か知ってるのは間違いない」
見習いはしばらく黙っていた。
それから工房を見回す。
炉の火、使い込まれた槌、壁に残された古い設計図。そして、この十日で作った武器。
「もし、昔みたいに魔物素材が手に入るようになったら……」
「ベルガも変わるだろうな」
「ああ」
見習いが頷く。
「また鍛冶師が必要になる」
「この街を、もう一度鍛冶の街にできるかもしれない」
「それ、ずっと考えてた」
「じゃあ確かめに行こう」
見習いが俺を見る。
「魔王を見つけて?」
「そういうこと」
「簡単に言うなあ」
見習いは呆れたように笑った。
「分かったよ。行く」
「決まりだな」
これでベルガに留まる理由もなくなった。
俺は師匠に作ってもらった短剣を腰に差し直す。
「じゃあ、準備できたら出発しよう」
「ああ。荷物まとめてくる」
「私はご飯」
「出発前に食べるか」
「いっぱい」
「ほどほどにしろ」
「いっぱい」
「なんで二回言った?」
見習いが笑いながら自分の道具をまとめ始める。
俺も手伝おうとして、ふと止まった。
そういえば。
「なあ」
「何だ?」
「お前、名前なんていうの?」
見習いの手が止まった。
「……今さら?」
「聞いてなかったよな?」
「十日もあっただろ!」
「俺はノア」
「知ってる!」
「私はティア」
「それも知ってる!」
見習いはしばらく俺たちを見たあと、呆れたように頭を掻いた。
「ガルドだよ!」
「ガルドか。よろしく」
「十日前に聞けよ!」
後ろで師匠が大声で笑っていた。




