整理
魔物騒ぎがあった日の夕方、俺とティアは町の宿にいた。部屋にはベッドが二つと、小さな丸テーブルが一つ。俺は椅子に座り、向かいのベッドで買ったばかりの服を眺めているティアに声をかけた。
「ティア。一回、整理するぞ」
「何を?」
「これからのこと。昨日会ったばかりなのに、もう一緒に旅することになってるだろ。今のままだと行き当たりばったりすぎる」
「ノアが一緒に来ていいって言った」
「別に後悔してるとは言ってない。これからどこへ行って、何をするのか決めようって話だ」
ティアは服を畳むと、ベッドから降りて俺の向かいに座った。
「まず俺の目的からだな。一つ目。五年前に俺の村から連れていかれた人たちを探す。両親もその中にいる」
「どこに連れていかれたの?」
「分からない。連れていった奴らが何者だったのかも、今のところ分かってない」
「手がかりは?」
「ほとんどない」
「大変そう」
「他人事だな」
「私の村じゃないし」
「正論だけど、もうちょっと気を遣ってくれてもいいんだぞ」
ティアは首を傾げた。どうやら本当に分かっていないらしい。
「それから二つ目。魔王を探す」
「魔王って、十五年前にいなくなった魔王?」
「他にいたら困る」
「なんで探すの?」
「師匠との約束だからだ」
俺は少しだけ考えてから続けた。
「十五年前、師匠たちは魔王を追い詰めた。でも殺す直前に世界を変えられた。人間は寿命以外では死ななくなって、魔物も魔窟から何度でも戻ってくるようになった。それから魔王は姿を消した」
「ノアなら殺せる?」
「分からない。試したことないからな」
「魔王を?」
「そう何度も試せる相手じゃないだろ」
ティアが小さく笑った。
「ただ、可能性はある。俺が殺した人間も魔物も戻ってこない。だったら魔王も同じかもしれない」
「見つけたら殺すの?」
「それもまだ決めてない」
「殺すために探すんじゃないの?」
「師匠から言われたのは、探せってところまでだ。見つけたあとどうするかは、自分で決めろってさ」
「変なの」
「俺もそう思う。最後くらい全部教えてくれれば楽だったんだけどな」
師匠は昔からそういう人だった。答えを知っていても簡単には教えない。最後の最後までそれは変わらなかった。
「とにかく、村のみんなと魔王。この二つを探す。ただ、どっちも手がかりがない。だから一つの場所に留まってても仕方ない。各地を回って情報を集める」
「ずっと旅するの?」
「しばらくはな。嫌なら――」
「行く」
「まだ最後まで言ってない」
「行く」
「分かったよ」
どうやらここについては話し合う必要がないらしい。
「それで三つ目。仲間を集める」
「仲間?」
「ああ。俺一人じゃできることに限界がある。魔王を見つけたところで、俺より遥かに強かったら近づくことすらできない。俺の力は殺した相手が生き返らないってだけで、俺自身が特別強くなるわけじゃないからな」
「ノア、強かったよ」
「そこそこはな。でも師匠より強い奴なんていくらでもいたらしい。その師匠たちが大勢で戦って、やっと追い詰めたのが魔王だ」
十五年前に何人が魔王討伐に参加したのか、俺は正確な人数を知らない。師匠も詳しいことはあまり話したがらなかった。ただ、一人でどうにかできる相手ではない。それだけは何度も聞かされた。
「だから信用できる仲間が欲しい。ただし、誰でもいいわけじゃない」
「強い人?」
「それも大事だけど、一番は俺の秘密を話せるかどうかだな」
俺が殺したものは生き返らない。その事実が広まれば、何が起きるか分からない。
人を永久に殺せる力が欲しい奴もいるだろう。逆に俺を危険視して、殺そうとする奴もいるかもしれない。殺されたところで俺は聖堂から戻ってくるはずだが、捕まって一生どこかに閉じ込められる可能性だってある。
それに魔物の死体を残せることまで知られれば、さらに面倒なことになる。
「つまり、俺が人間も本当に殺せることを知って、それでも他の奴に喋らない奴。そういう相手じゃないと仲間にはできない」
「私は知ってる」
「ああ」
「じゃあ仲間?」
「まあ、そうなるな」
「一人目?」
「そうだな。一人目」
ティアが少し嬉しそうに笑った。
「二人目は?」
「これから探すんだよ」
「何人集めるの?」
「そこまで決めてない」
「男? 女?」
「どっちでもいい」
「強い?」
「できれば」
「透明になれる?」
「お前と能力被るだろ」
「じゃあいらない」
「採用担当みたいになってるぞ」
ティアは楽しそうだった。仲間という言葉が気に入ったらしい。
「で、ここまでが目的。問題はどうやって全部やるかだ」
「旅する」
「旅するには?」
「歩く」
「そういう話じゃない。金がいる」
「募金する?」
「その話はもう忘れろ」
「誰もくれなかった」
「忘れろって」
今日のことを思い出すだけで悲しくなる。魔物を三体も倒した英雄に銅貨一枚くらい渡してくれてもよかっただろう。
「だから仕事をする。町を回りながら金を稼いで、そのついでに情報を集める。村のみんなを連れていった奴らの情報、魔王の情報、魔窟についての情報。何がどこで繋がるか分からないからな」
「暗殺するの?」
「必要なら」
「人を?」
「それも必要ならな。ただ、誰でも金をもらえば殺すってのはなしだ。俺が殺したら、本当に終わる」
師匠に殺し方を教わったからといって、頼まれた相手を片っ端から殺すつもりはない。普通の暗殺者が殺すのと、俺が殺すのとでは意味が違う。
「依頼を受けても、相手がどんな奴かは自分で確かめる。殺す必要がないなら殺さない。それ以外の仕事もやる。護衛でも魔物退治でも、金になるならな」
「今日の魔物退治、お金にならなかった」
「……次から先に値段交渉しよう」
「魔物が待ってくれる?」
「難しいな」
早くも問題が発生した。
「それと、最初の目的地を決めた」
俺は荷物から地図を取り出し、テーブルの上に広げた。この町から北へ指を滑らせ、一つの街を指す。
「ベルガ。ここに行く」
「どんなところ?」
「鍛冶の街だ。正確には、昔は鍛冶の街だった、かな」
「今は違うの?」
「ああ。十五年前まではかなり栄えてたらしい。周辺で獲れる魔物の牙や骨、甲殻なんかを使って武器を作ってた。ベルガで作られた武器は、遠くの国でも売られてたって師匠から聞いたことがある」
だが、それも十五年前までの話だ。
「魔物がリスポーンするようになって全部変わった。殺した魔物は死体ごと消える。切り取った素材も残らない。つまり、鍛冶師が使ってた魔物素材が手に入らなくなった」
「だから鍛冶屋がいなくなった?」
「そういうこと。昔の素材も十五年もあればほとんどなくなる。今じゃ工房もかなり減って、街自体が衰退してるらしい」
ティアが地図のベルガを見つめたあと、俺を見る。
「なんでそこに行くの?」
「忘れたのか?」
「何を?」
「俺の収納の中身」
ティアは少し考えた。
「オーク」
「それだけじゃない。今日の三体も入ってる」
「あ」
「今の俺は、魔物の死体を四体持ち歩いてるわけだ」
ベルガの鍛冶師からすれば、喉から手が出るほど欲しいものだろう。十五年間、新しいものが手に入らなかった素材が、そのままの状態で四体分ある。
「売ればお金持ち?」
「たぶんな」
「じゃあ売ろう」
「それができないから困ってるんだよ」
「なんで?」
「考えてみろ。十五年間誰にも手に入れられなかったものを、突然俺が持っていったらどうなる?」
「喜ぶ」
「その次」
「お金くれる」
「その次」
「また持ってきてって言われる」
「その辺で面倒になるな」
入手方法を聞かれるのは間違いない。嘘をついて一度だけ売ることはできるかもしれないが、これから先も魔物を殺すたびに素材は増えていく。毎回違う場所で売るにしても限界がある。
「だからベルガに行く。素材を売るためじゃなくて、まず信用できる鍛冶師を探す」
「仲間?」
「そこまでいけば最高だけどな。いきなり俺の秘密を全部話す気はない。どんな奴がいるのか見てからだ」
「いい人がいたら?」
「少しずつ信用できるか確かめる。もし本当に信用できる鍛冶師が見つかったら、俺が素材を渡して、そいつに加工してもらえる」
「売らないの?」
「武器にしてもらえばいいだろ」
師匠から受け継いだ短剣は気に入っているが、これから何と戦うことになるか分からない。魔物の素材を使って装備を作れるなら、それに越したことはない。
それに、もし素材を扱える職人が仲間になれば、今後手に入る魔物の死体も無駄にならない。
「ベルガで鍛冶師を探す。ついでに仕事と情報も探す。それが最初の目標だ」
「分かった」
「本当に分かった?」
「ベルガに行って、鍛冶屋を仲間にする」
「ちょっと違う。信用できそうなら、だ」
「それで村のみんなと魔王も探す」
「そう」
「お金も稼ぐ」
「重要だな」
「ご飯食べる」
「それは目的じゃない」
「大事」
「まあ、大事だけど」
ティアは地図を覗き込みながら、ベルガまでの道を指でなぞった。
「遠い?」
「歩いて数日ってところかな」
「ご飯いっぱい必要だね」
「お前、旅の話すると全部飯に行き着くな」
「お腹すくから」
「さっき食べただろ」
「もう夜だよ」
窓を見ると、確かに外は暗くなっていた。話しているうちに思ったより時間が経っていたらしい。
「……食いに行くか」
「うん!」
今日一番元気な返事だった。
地図を畳みながら、頭の中でもう一度整理する。村のみんなを探す。魔王を探す。そのために各地を旅して、金と情報を集める。そして俺の秘密を打ち明けられるくらい信用できる仲間を増やしていく。
最初の目的地は、かつて鍛冶で栄えた街ベルガ。
「ノア、早く」
「分かったって」
扉の前で待っているティアを追いかける。
旅に出たときは、目的地すら決めていなかった。それに比べれば、少しは前に進んだ気がする。
まずはベルガへ行こう。
そこで何が待っているかなんて、今はまだ分からない。




