世知辛い
仕事を探す。
そう決めて食堂を出てから、まだ一時間も経っていなかった。
「ないな」
「ないね」
俺とティアは広場の端にあるベンチに座り、揃ってため息をついた。暗殺者として仕事を始めると言っても、町の真ん中で「誰か殺してほしい人はいませんか」と聞いて回るわけにはいかない。師匠からいくつか仕事の探し方は教わっていたが、この町には使えそうな仲介人もいなかった。
隣では、さっき新しい服に着替えたティアが自分の袖を何度も触っている。気に入ったらしい。
「ノア」
「ん?」
「お金ないの?」
「あるよ」
「仕事探してるのに?」
「今はある。そのうちなくなる」
「私の服買ったから?」
「それくらいじゃなくならないよ」
「ご飯も食べた」
「お前はちょっと食いすぎ」
ティアがむっとする。とはいえ、二人旅になった以上、今までより金が必要なのは確かだ。
「やっぱり手っ取り早く――」
仕事を見つけないとな。
そう続けようとした瞬間、町の入口の方から悲鳴が聞こえた。
「魔物だ!」
広場にいた人たちが一斉に振り向いた。
「……仕事かな」
「たぶん違う」
ティアの冷静な指摘を聞きながら立ち上がる。
町の入口から三体の魔物が走り込んできた。灰色の皮膚に長い腕、猫背の身体。ゴブリンより一回り大きい。
町の人たちが逃げ始める。
とはいえ、そこまで切羽詰まった様子ではない。
当然だ。
魔物に殺されたところで、聖堂でリスポーンする。痛いものは痛いし、持ち物をその場に残すことになるので、わざわざ殺されたい奴はいない。それでも、死が永久だった昔ほど魔物を恐れる必要はない。
「誰か衛兵呼んでこい!」
「殺されたくなかったら逃げろ!」
「だから死なねえって!」
「痛えだろ!」
妙に余裕のあるやり取りが聞こえてくる。
俺も放っておこうかと思った。
衛兵が来ればどうにかなる。
倒された魔物は魔窟でリスポーンするだけだし、町の人間も殺されたところで聖堂へ戻る。
だが、一体の魔物が逃げ遅れた女性へ向かった。
腹が大きい。
妊婦だ。
魔物は女性を殺さなかった。長い腕で抱え上げ、そのまま町の外へ走ろうとする。
「いや! 離して!」
「……誘拐か」
それなら話が違う。
死ねば逃げられるからこそ、殺さずに連れていく。
五年前と同じだ。
「ティア、ここにいろ」
「ノアは?」
「ちょっと行ってくる」
俺は走った。
妊婦を抱えた魔物がこちらを見る。残りの二体も気づき、一体が俺へ向かってきた。
腰から短剣を抜く。
その瞬間、少し考えた。
人前だ。
俺が殺した魔物はリスポーンしない。つまり死体が残る。
ここで三体とも殺せば、俺の能力を大勢に見られることになる。
「面倒だな」
最初の一体が飛びかかってきた。
短剣を逆手に持ち替え、すれ違いざまに首を切る。魔物が地面へ倒れた瞬間、俺はその身体へ手を触れた。
収納。
死体が消える。
「おお!」
周囲から声が上がった。
「リスポーンしたぞ!」
「倒した!」
よし。
誤魔化せる。
普通の魔物も死ねば姿を消す。俺が死体を収納してしまえば、周囲からは魔窟へリスポーンしたようにしか見えない。
二体目が棍棒を振り下ろす。横へかわして懐へ入り、胸に短剣を突き込む。そのまま身体を支えるふりをして触れ、収納魔法へ放り込んだ。
これも消えた。
「すごい!」
「兄ちゃん、強いぞ!」
「二体目だ!」
急に声援が飛んでくる。
悪い気はしない。
最後の一体は妊婦を抱えたまま町の入口まで来ていた。俺が追いかけると、魔物は女性を盾にするようにこちらへ向ける。
「最低だな、お前」
言葉が通じているかは分からない。
だが魔物は明らかに俺を警戒していた。
正面から行けば女性を傷つける。
どうするか考えていると、俺の服が後ろから引っ張られた。
「ノア」
「ここにいろって言っただろ」
「透明になればいい?」
振り返るとティアがいた。
「……できる?」
「触ってれば」
「じゃあ頼む」
ティアが俺の服を握った。
視界から自分の身体が消える。
俺はそのまま魔物へ近づいた。
「ノア」
「ん?」
「離れたら戻るからね」
「分かってる」
「昨日は分かってなかった」
「昨日初めて見たからな」
魔物が困惑している。突然目の前から敵が消えたのだから当然だ。
俺は十分な距離まで近づき、ティアの手を外した。
姿が戻る。
魔物が俺を見つけたときには、もう遅い。
妊婦を抱えている腕を蹴り上げた。驚いた魔物が力を緩めた瞬間、女性の身体を引き寄せる。
「大丈夫?」
「は、はい!」
「ティア!」
「うん!」
ティアが女性の手を引いて離れる。
魔物が俺へ飛びかかってきた。
「はい、お疲れ」
首へ短剣を突き刺す。
倒れる前に触れ、そのまま収納した。
魔物の姿が消える。
広場が一瞬静かになり、次の瞬間、大きな歓声が上がった。
「やった!」
「三体全部倒したぞ!」
「すげえな兄ちゃん!」
「助かった!」
俺は短剣をしまった。
思っていたより気分がいい。
町の人たちが集まってくる。妊婦も無事らしく、ティアに支えられながらこちらへ戻ってきた。
「ありがとうございました。本当に……」
「気にしないでください」
俺は爽やかに答えた。
そして周囲を見渡す。
かなりの人数がいる。
俺は考えた。
仕事がない。
金は必要。
今、俺は町を救った。
つまり。
「皆さん!」
少し大きな声を出すと、注目が集まった。
「今回、幸いにも怪我人を出すことなく魔物を退治することができました」
何人かが頷く。
俺は続けた。
「しかし、こうした活動を続けていくためには、残念ながらお金が必要です」
空気が変わった。
ティアが俺を見る。
「ノア?」
俺は両手を広げた。
「ということで、助かったなと思った方! お気持ち程度で構いません! 今後の活動のため、ぜひご支援を!」
静かになった。
さっきまで俺を褒めていたおじさんと目が合う。
逸らされた。
「あれ?」
一人、また一人と町の人が離れていく。
「いやいや、待って。さっき『すげえな兄ちゃん』って言ってた人いたよね?」
返事はない。
「三体だよ? 三体倒したんだけど?」
誰も財布を出さない。
「一体につき銅貨一枚でもいいんですよ?」
人が減っていく。
「安くない?」
「ノア」
「何?」
「かっこ悪い」
「生きていくには金が必要なんだよ」
「さっきまでかっこよかったのに」
「過去形にするな」
ついには、ほとんどの人がいなくなった。
世知辛い。
「助けたのになあ……」
「自分からお金ちょうだいって言ったからじゃない?」
「命を救った対価としては妥当だと思うけど」
「みんな死なないよ」
「あ」
そうだった。
この世界では、命を救ったという言葉に昔ほどの価値はない。
「でもあの人は連れていかれそうだっただろ」
妊婦を見る。
すると彼女がこちらへ歩いてきた。
「あの……」
「はい」
「私は、本当に助かりました」
「ですよね?」
「ノア、嬉しそう」
うるさい。
女性は小さな財布を取り出した。
「少ないですけど、これを」
「ありがとうございます!」
反射的に手を出した。
その手が途中で止まる。
女性の大きなお腹が目に入った。
俺は財布と腹を交互に見る。
「……いつ生まれるんですか?」
「もうすぐです。あと一月くらいだと」
「そうですか」
差し出していた手を引っ込めた。
「じゃあ、いらないです」
「え?」
「その金は、生まれてくる子供に使ってやってください」
女性が驚いた顔をする。
「でも……」
「服とか、食べ物とか、色々いるでしょ。俺たちはまあ、なんとかしますから」
横を見る。
「な?」
「私に聞くの?」
「なんとかするよな?」
「ノアが」
「そういうことです」
女性はしばらく俺を見ていたが、やがて財布を胸元へ戻した。
「本当に、ありがとうございました」
「元気な子が生まれるといいですね」
「はい」
女性は深く頭を下げ、去っていった。
俺はその背中を見送る。
「……さて」
ティアを見る。
「はい」
ティアが手を出した。
「何?」
「ご飯」
「さっき食っただろ」
「お腹すいた」
「俺、今収入ゼロなんだけど」
「お金あるんでしょ?」
「あるけどさ」
歩き出したティアを追いかける。
結局、魔物を三体倒して得た金はゼロだった。
もっとも、収納の中には三体分の魔物の死体がある。
売ればそれなりの金になるはずだ。
売れれば、の話だが。
「なあティア」
「何?」
「やっぱ一人くらい募金してくれてもよかったと思わない?」
「思わない」
「冷たいな」
「ノア、途中から怪しかった」
「町を救った英雄だぞ」
「募金を要求する英雄」
「言い方が悪い」
ティアが笑った。
俺も少し笑いながら、その隣を歩く。
仕事は見つからなかった。金も稼げなかった。
代わりに魔物の死体が三つ増えた。
旅を始めてまだ間もないが、どうやら俺の人生は、師匠が言っていたほど格好いいものにはならなそうだった。




