旅の目的
森を抜けてから半日ほど歩き、俺たちは近くの町へ辿り着いた。
「着いたぞ」
「うん」
「……もうちょっと喜ばない?」
「お腹すいた」
「そっちか」
町へ入ってからというもの、ティアの視線は道沿いの屋台を行ったり来たりしていた。串焼き、焼きたてのパン、果物。特に肉を焼いている店の前を通ったときなんて、首だけが綺麗にそちらへ動いた。
「オークのところで何食ってたんだ?」
「木の実とか、魚とか」
「肉は?」
「たまに」
「何の?」
「分かんない」
「聞かなきゃよかった」
とりあえず飯にしようかと思ったが、その前にやることがある。ティアの服だ。今着ているものは汚れているだけならまだしも、ところどころ破れている。この格好のまま食堂に入れば、俺まで変な目で見られそうだ。
近くにあった服屋に入ると、店番をしていた中年の女がティアを見て、それから俺を見た。
「妹さん?」
「違います」
「娘さん?」
「十八だぞ、俺」
「あら、ごめんなさい」
謝りながら笑っている。絶対悪いと思ってない。
ティアは店内に並んだ服を珍しそうに眺めていた。俺は子供の服なんて分からないので、適当に選ばせることにする。
「好きなの選んでいいぞ」
「ほんと?」
「高すぎなければ」
さっきまでほとんど表情の変わらなかったティアの目が少しだけ輝いた。棚から服を取っては戻し、別の服を手に取る。こうしていると、森の奥でオークに飼われていた少女には見えない。
しばらくしてティアが持ってきたのは、動きやすそうなシャツと短めの上着、それに丈夫そうなズボンだった。
「それでいいの?」
「うん」
「もっとこう、女の子っぽいのとか」
「動きにくそう」
「なるほど」
俺としても旅をするならそっちの方が助かる。着替えの分も含めて何着か買い、ついでに靴も新しくした。会計を済ませると、ティアが俺の横から財布を覗き込んでくる。
「お金あるんだ」
「失礼だな」
「仕事してるの?」
「これからする」
「無職?」
「言い方」
間違ってはいない。
師匠が死んでから、まだ大した仕事はしていない。旅に出るまでに多少の金は持たせてもらったが、いつまでもそれで暮らせるわけじゃない。
店を出ると、ティアが買った服の入った袋を持ち上げた。
「これどうするの?」
「貸して」
受け取って収納魔法へ放り込むと、袋が手元から消えた。
「便利」
「だろ」
「私も入れる?」
「試してみる?」
「やだ」
「じゃあ聞くなよ」
その後、ティアが着替えてようやく食堂へ入った。
適当に空いている席へ座り、肉料理とパン、それからスープを頼む。料理が運ばれてくるなり、ティアは肉へ手を伸ばした。
「待て」
手が止まる。
「何?」
「別に毒見しろとは言わないけど、もうちょっと警戒した方がいいぞ」
「お腹すいた」
「警戒心が食欲に負けてるな」
「ノアがいるから大丈夫」
あっさり言われて、俺は言葉に詰まった。
「……昨日会ったばっかだぞ」
「助けてくれた」
「それだけで信用するな。悪い奴かもしれないだろ」
「悪い奴なら、私を助けない」
「世の中には助けてから悪いことする奴もいるんだよ」
「ノアも?」
「俺はしないけど」
「じゃあ大丈夫」
「……教育が必要だな」
ティアはもう俺の話を聞いていなかった。肉を一口食べ、目を見開く。そのまま二口、三口と止まらなくなる。
「うまい?」
「うん」
「ゆっくり食えよ」
「うん」
返事だけはいい。
俺もパンをちぎってスープにつけながら食べる。しばらくは二人とも黙っていた。ティアは相当腹が減っていたらしく、俺より先に皿を空にした。
「もう一個食べる?」
「いいの?」
「いいよ」
「食べる」
即答だった。
追加を頼んでから、俺は本題に入ることにした。
「ティア。これからどうする?」
「ノアと行く」
「それは聞いた。でも俺がどこに行くか知らないだろ」
「どこ行くの?」
「それを今から決める」
「決まってないの?」
「だからさっき言っただろ」
ティアが不安そうな顔をする。俺まで行く当てがないとは思っていなかったらしい。
「一応、目的はある」
「何?」
「人を探してる」
「誰?」
「何人かいる」
最初に浮かんだのは、父さんと母さんだった。五年前に連れ去られた村のみんなが、今どこにいるのか。生きているのか。それすら分からない。
この世界では、殺されても人は死なない。だから生きている可能性は高い。
だが、それが安心できる理由にはならない。
死ねないということは、逃げられないということでもある。
「昔、俺が住んでた村の人たちが連れていかれたんだ」
「誰に?」
「分からない。だから探してる」
「家族も?」
「ああ」
ティアは少し考えてから、また聞いた。
「見つけたらどうするの?」
「助ける」
「悪い人がいたら?」
「倒す」
「殺す?」
俺はパンを持ったままティアを見る。
「必要なら」
ティアは黙った。
怖がらせたかと思ったが、そうではないらしい。むしろ何かを考えている。
「ノアが殺したら、生き返らないんだよね」
「そうだよ」
「人間も?」
「ああ」
ティアの手が止まった。
「……怖くないの?」
「何が?」
「殺すの」
少し考えた。
「怖いよ」
ティアが意外そうに俺を見る。
「怖くなさそう」
「どういう意味だよ」
「オーク殺したとき、普通だった」
「あれはお前を殺そうとしてただろ。それに魔物だ」
「人だったら?」
今度はすぐに答えられなかった。
師匠には殺し方を教わった。人間を相手にする訓練も散々やった。
だが、実際に俺が人を殺したのは、五年前のあの男だけだ。
これから暗殺者として仕事をするなら、いずれ殺すことになる。
普通の人間なら、殺しても聖堂で目を覚ます。
俺の場合は違う。
「だから簡単には殺さない」
「ふーん」
「なんだよ」
「もっと怖い人だと思ってた」
「昨日助けてもらった相手に言うことじゃないぞ」
ちょうど追加の料理が運ばれてきた。ティアは話を中断し、また食べ始める。
しばらくして俺は尋ねた。
「今度はこっちの番。お前はどうする?」
「ノアと行く」
「それ以外」
「ない」
「何かしたいこととか、行きたい場所とか」
「ない」
即答だった。
「家族のことは?」
ティアの動きが止まった。
「いない」
「亡くなった?」
「分かんない」
俺はそれ以上聞かなかった。
ティアにも、話したくないことくらいあるだろう。
代わりに別のことを聞く。
「透明になるやつ。どこまでできる?」
「どこまで?」
「自分だけじゃなくて、オークも消してただろ」
「触ってれば消せる」
「俺も?」
「たぶん」
「ちょっとやってみて」
「ここで?」
ティアが周囲を見る。昼時の食堂にはかなり人がいる。
「やめとくか」
「うん」
「どのくらい続けられる?」
「私だけなら結構。誰かと一緒だと疲れる」
「大きいものは?」
「もっと疲れる」
「なるほど」
使い方次第ではかなり便利だ。
潜入、偵察、逃走、暗殺。
考えれば考えるほど、俺との相性がいい。
「何?」
ティアが警戒した目でこちらを見る。
「いや。お前、結構すごいかもしれないなと思って」
「知ってる」
「そこは謙遜しろよ」
ティアは残っていた肉を口へ運んだ。
俺は椅子の背にもたれる。
村のみんなを探す。
十五年前に消えた魔王も探す。
それが今の俺の目的だ。
だが、どちらも手掛かりがない。
師匠は「旅してりゃ何か見つかる」と言っていた。
ずいぶん適当な遺言だと思う。
「じゃあ、まず金を稼ぐか」
「どうやって?」
「仕事する」
「何の?」
「暗殺」
ティアが肉を食べる手を止めた。
「……ノア、暗殺者なの?」
「一応」
「人を殺すの?」
「そういう仕事だからな」
「でも、さっき簡単には殺さないって言った」
「だから仕事は選ぶ」
「依頼されたら殺すんじゃないの?」
「誰でも殺してたら、ただの人殺しだろ」
「暗殺者も人殺しじゃないの?」
「……鋭いな、お前」
師匠ならこういうとき、どう答えただろう。
たぶん笑って誤魔化す。
俺もそうすることにした。
「まあ、その辺はこれから考える」
「決めてないこと多いね」
「旅に出たばっかだからな」
「大丈夫?」
「昨日までオークに飼われてた奴に心配されたくない」
「もう飼われてない」
「誰のおかげだ」
「ノア」
「分かってるじゃん」
ティアは少し笑った。
悪くない。
一人で旅をするつもりだった。
師匠が死んでから、一人でやっていくつもりだった。
それが旅を始めて早々、妙な少女を拾った。
「よし、決めた」
「何?」
「しばらく一緒に旅するか」
ティアが俺を見る。
「町までじゃなかったの?」
「気が変わった」
「いいの?」
「その代わり、自分の飯代くらいはそのうち稼いでもらう」
「十一歳だよ」
「都合のいいときだけ子供になるな」
「何すればいい?」
俺は少し考えてから答えた。
「とりあえず、その透明になる魔法の使い方を練習しよう。俺と一緒に使えるようになれば、色々できる」
「暗殺?」
「それ以外にもあるだろ」
「例えば?」
「……偵察とか」
「他は?」
「潜入」
「他は?」
「逃げる」
「暗殺は?」
「なんでそんなにやりたがるんだよ」
ティアが笑う。
どうやら少しずつ緊張が解けてきたらしい。
俺は残っていたスープを飲み干し、立ち上がった。
「まずは仕事探しだな」
「暗殺の?」
「できれば人を殺さないやつ」
「暗殺者なのに?」
「うるさい」
会計を済ませ、俺たちは食堂を出た。
目的地はまだない。
村のみんながどこにいるのかも、魔王がどこに消えたのかも分からない。
分からないことだらけだ。
それでも、昨日までとは一つだけ違う。
俺の隣には、ティアがいる。
「ノア」
「ん?」
「またお腹すいた」
「早くない?」
……一人旅より、金はかかりそうだった。




