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役割


 魔窟が消えてから三日が経った。


 村人たちは早速、元の村へ戻る準備を始めていた。もちろん十五年間放置されていた村にそのまま住めるわけではない。屋根が崩れた家もあれば、壁に穴が開いた家もある。畑は雑草に覆われ、水路も土や石で詰まっていた。それでも今暮らしている岩だらけの土地と比べれば、ここには川も畑もある。直せば暮らせるというだけで、村人たちには十分らしい。


 俺たちもすぐに出発するつもりだったが、もう少しここに残ることにした。


 理由は単純だった。


「日当出るんですよね?」


「あ、ああ。大した額は出せんが……」


「やります」


 老人が言い終わるより先に答えた。


 魔窟を消した礼として食事と宿は無料にしてもらっているが、それとこれとは別だ。旅を続けるなら金はいくらあっても困らない。ベルガで多少稼いだとはいえ、三人分の食費や宿代を考えれば減るのも早い。


「ノアってお金好きだよね」


「ティアもその金で飯食ってるんだけど」


「私も手伝う?」


「もちろん」


「じゃあ頑張る」


 そう言ったティアは、開始から一時間でいなくなった。


     


「ティア見なかった?」


「知らん」


 崩れた家の前で木材を削っていた男に聞いたが、首を横に振られた。


 俺は担いでいた丸太を地面へ置き、周囲を見る。朝までは確かにいた。村人たちと一緒に旧村へ来て、俺が倒れた柵を撤去している横で小さな石を拾っていたはずだ。


 あれを労働と呼んでいいのかは怪しいけど。


「ノア! そっち終わったらこっち手伝ってくれ!」


「はーい」


 呼ばれたので探すのをやめた。


 俺の仕事は主に力仕事だった。倒れた木を運び、崩れた家から使えそうな木材を引っ張り出し、瓦礫を撤去する。師匠との修行では人を殺す技術ばかり叩き込まれたが、体力だけならこういう仕事にも十分使える。


 午前中だけで二軒の家から瓦礫を運び出し、そのまま畑へ移動した。十五年も放置された畑には草どころか細い木まで生えている。村人たちと一緒にそれを抜き、石を拾い、水路に詰まっていた土を掻き出す。


「兄ちゃん、若いだけあって働くなあ」


「日当分は働きますよ」


「魔窟まで消してくれたんだ。別に働かなくても金くらい――」


「それはそれ、これはこれです」


 老人から魔窟を消した礼金を出すと言われたが、それは断った。村を捨てなければならないほど困っていた人たちから大金を取っても仕方がない。


 でも労働の対価なら遠慮なくもらう。


「変なところで真面目だな」


「よく言われます」


「褒めてないぞ」


 昼になり、村人たちが休憩を始めた。俺も水を飲みながら木陰を探していると、ようやくティアを見つけた。


 木の下で寝ていた。


「……」


 しかも隣には空になった皿が置いてある。


「ティア」


「ん……」


「起きて」


 肩を揺すると、ティアが薄く目を開けた。


「お昼?」


「もう食べてるじゃん」


「もらった」


「仕事は?」


「したよ」


「何した?」


「石拾った」


「何個?」


 ティアが少し考える。


「いっぱい」


「具体的には?」


「……七個くらい」


「一時間で?」


「大きいのもあった」


「見せて」


「もうどこに置いたか分からない」


 完全にサボっている。


「ティアの日当なしね」


「なんで?」


「働いてないから」


「じゃあ午後は頑張る」


「本当に?」


「うん」


 そう言ってティアは目を閉じた。


「今から寝るな」


「午後まで休憩」


 起こすのも面倒になったので放っておく。


「そういえばガルドは?」


「知らない」


「朝から見てないんだけど」


「ガルドもサボり?」


「だったらあいつの日当もなしだな」


 ティアと別れ、ガルドを探しに行く。


 村には鍛冶場だった建物も残っていた。もちろん十五年間使われていないのでかなり傷んでいるが、炉そのものは使えるらしい。昨日から村の男たちが簡単に修理していた。


 そこから金属を叩く音が聞こえてきた。


「いた」


 中を覗く。


 ガルドが一人で槌を振っていた。


 上着を脱ぎ、汗だくになりながら作業台へ向かっている。その周囲には、俺が魔窟で倒した魔物の素材が並んでいた。


 狼型の牙や骨、トカゲ型の皮。そして一番奥には、あの巨大なボスから剥がした黒い甲殻が置かれている。


「何してんの?」


「見りゃ分かるだろ」


「サボり?」


「お前と一緒にすんな!」


「俺は働いてるよ」


「じゃあなんでここにいる!」


「休憩」


「俺は朝から休憩してねえよ!」


 それは知らない。


 作業台を見ると、黒い甲殻の一部が切り出されていた。


「それ、あいつの?」


「ああ」


 ガルドが槌を置く。


「とんでもねえ素材だぞ、これ」


「硬かったもんね」


「硬いなんてもんじゃねえ。ベルガで触った素材とも全然違う。普通に加工しようとしても刃が通らねえから、熱を入れながら少しずつ形を変えてる」


 ガルドはそう言って、作業台に置かれた黒い板を持ち上げた。元々の甲殻より薄く削られているが、それでもかなり頑丈そうだ。


「何作ってるの?」


「防具」


「誰の?」


「俺たちのに決まってるだろ」


「三人分?」


「最初はお前のだ」


「俺?」


 てっきり自分用だと思っていた。


「一番前で戦うのはお前だろ。それに昨日の戦い見てて思ったけど、お前は防御捨てすぎだ」


「避ければいいし」


「昨日吹っ飛ばされてただろうが」


「避けられなかったからね」


「だから防具がいるって言ってんだよ!」


 ガルドは呆れた顔で俺を見る。


「お前の戦い方なら重い鎧は邪魔になる。だから急所だけ守る軽いやつにする。こいつの甲殻なら薄くしても普通の鉄よりよっぽど硬いはずだ」


「へえ」


「胸と腹、それから肩。腕も少し欲しいな。動きを邪魔しない範囲で――」


 ガルドが何かを考えながら俺の体を見る。


「脱げ」


「嫌だよ」


「寸法測るんだよ!」


「そういうことなら先に言って」


「他に何があるんだよ!」


 上着を脱ぐと、ガルドが紐を使って肩幅や胸回りを測り始めた。


「ティアのも作る?」


「考えてる。でもあいつはさらに軽くしねえと駄目だな。姿消して偵察するなら音が鳴る防具も邪魔だ」


「ガルドのは?」


「最後」


「自分の先に作ればいいのに」


「俺は後ろで戦えばいい。お前はどうせ言っても前に出るだろ」


「よく分かってるね」


 寸法を測り終えると、ガルドはまた作業台へ戻った。


「それに、まだ試作品だ。失敗するかもしれねえ」


「俺で試すの?」


「嫌ならティアで試す」


「俺でお願いします」


「即答かよ」


 ティアには悪い。


 ガルドが再び槌を振り始める。俺には何をしているのかほとんど分からないが、本人は楽しそうだった。


 ベルガにいた頃より、ずっと。


 今まで触りたくても触れなかった素材が、ここには大量にある。しかも魔窟で倒した魔物だけでも何種類もいた。


「ガルド」


「なんだ?」


「楽しい?」


 槌を振り下ろす手が止まった。


「……まあな」


「よかったね」


「誰のせいで一回死んだと思ってんだ」


「素材いっぱい手に入ったでしょ」


「死んだ報酬みたいに言うな!」


 元気そうなので問題ない。


 俺は上着を着直し、鍛冶場を出た。


「どこ行くんだ?」


「午後の仕事」


「真面目だな」


「金欲しいから」


「ティアは?」


「寝てる」


「働かせろよ!」


「起こすの面倒」


「お前ら本当にあいつに甘いよな!」


 鍛冶場を出ると、ちょうど休憩を終えた村人たちが作業へ戻り始めていた。俺も合流し、午後は壊れた水路の修理を手伝うことになった。


 夕方になる頃には腕も腰も重くなっていたが、その分だけ旧村は朝とは少し違って見えた。道を塞いでいた瓦礫が減り、一軒の家には新しい屋根がつき、詰まっていた水路には再び水が流れ始めている。


 十五年放置された村が、少しずつ生き返ろうとしていた。


「兄ちゃん、今日の分だ」


 作業を終えると、村の男から小さな袋を渡された。中を確認すると、ちゃんと硬貨が入っている。


「ありがとうございます」


「こっちが礼を言う方だ。明日も頼めるか?」


「もちろん」


 いい仕事を見つけた。


「ノアー」


 声がして振り返ると、ティアが歩いてきた。


「終わった?」


「終わったよ」


「ご飯?」


「その前に聞くけど、午後は何してた?」


「応援してた」


「誰を?」


「みんな」


「どこで?」


「木の下から」


「寝てたよね?」


「目を閉じて応援してた」


 すごい言い訳だ。


 ティアが俺の手にある袋を見る。


「それ何?」


「今日のバイト代」


「私のは?」


「ないよ」


「なんで?」


「なんであると思ったの?」


 ティアが不満そうな顔をする。


「でもご飯は?」


「それはある」


「よかった」


 それだけ確認すると機嫌が直った。


 やっぱりこいつに金は必要ないのかもしれない。


 その日の夜も、村の外れにある古い鍛冶場からは遅くまで槌の音が響いていた。ガルドは夕食だけ食べるとすぐに戻り、また一人で黒い甲殻と格闘している。


 俺は今日稼いだ硬貨を数えながら、その音を聞いていた。


 俺は金を稼ぐ。


 ガルドは装備を作る。


 ティアは寝る。


 三人になってから、それぞれの役割が少しずつ決まってきた気がした。


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