希望
魔窟があった場所を離れ、俺とティアは村へ向かって歩いていた。
来たときは三人だったのに、今は二人だ。
「ガルド、いるかな」
「たぶん」
「怒ってるかな」
「なんで?」
ティアが俺を見る。
「死なせたから」
「作戦だから仕方ないでしょ」
「ノアが考えた作戦だけどね」
「本人も了承したよ」
「他に作戦ないって言ったから」
「細かいこと覚えてるな」
そんな話をしながら旧村を抜ける。
さっきまでなら、いつ魔物が出てきてもおかしくない場所だった。だが今のところ一体も見ていない。
魔窟がなくなったことと関係があるのか。それとも、俺たちが周辺の魔物をかなり殺したからなのか。
まだ分からない。
ただ、魔窟が本当になくなったのなら、この村は――。
「見えた」
ティアが前を指差す。
岩だらけの土地に建つ村。その中央には、周囲の建物とは不釣り合いなほど大きな白い聖堂が見えた。
俺は少しだけ歩く速度を上げる。
「ノア、心配?」
「別に」
「ガルドが生き返ってなかったら?」
「……ちょっとだけ心配」
「やっぱり」
村へ入る。
魔物に襲われたばかりだからか、壊れた柵や家を直している村人たちの姿があった。俺たちに気づいた一人が手を止める。
「あんたたち!」
その声で、他の村人たちもこちらを見る。
「戻ってきたのか!」
「魔窟は!?」
「もう大丈夫だと思います」
「……大丈夫?」
「なくなりました」
「は?」
村人たちの動きが止まった。
「魔窟がなくなりました」
「……何を言ってるんだ?」
「俺たちもよく分かってないんですけど」
説明しようとした、そのときだった。
「ノアァァァァ!」
聞き覚えのある声が響いた。
「あ、生きてた」
聖堂の扉が勢いよく開く。
白い服を着たガルドが飛び出してきた。
よかった。
ちゃんと生き返ったらしい。
「ノア!」
「おかえり」
「おかえりじゃねえ!」
一直線に向かってくる。
「待って。まず再会を喜ぼう」
「喜べるか!」
「ちゃんと生き返れたじゃん」
「結果論だろ!」
「聖堂の仕組み的に大丈夫だと思ってたよ」
「お前、昨日まで聖堂のことほとんど知らなかっただろうが!」
痛いところを突かれた。
ガルドが俺の胸ぐらを掴む。
「死ぬってめちゃくちゃ痛えんだからな!」
「どんな感じだった?」
「感想聞くな!」
横でティアがガルドを見る。
「でもガルド、前にも死んだことあるんでしょ?」
「十二のとき屋根から落ちたのと、化け物に潰されるのを一緒にするな!」
「どっちが痛かった?」
「お前も聞くな!」
元気そうで何よりだ。
「それより装備は!?」
「持ってきたよ」
「槌は!?」
「ある」
「荷物!」
「全部ある」
ガルドの手が胸ぐらから離れた。
「……ならいい」
「俺より装備の心配してない?」
「俺は生き返っただろ! 装備は戻ってこねえんだよ!」
なるほど。
この世界では正しいのかもしれない。
「あと」
俺はガルドを見る。
「お土産もあるよ」
「土産?」
「ボス」
「……は?」
「持って帰ってきた」
ガルドの顔から怒りが消えた。
「死体?」
「うん」
「丸ごと?」
「丸ごと」
「見せろ」
「切り替え早いな」
「早く!」
さっきまで俺を殺しそうな顔をしていた男が、今度は目を輝かせている。
「ここで出したら邪魔だから後でね」
「絶対だぞ!」
「分かったって」
「角も残ってるか?」
「たぶん」
「甲殻は!?」
「全部そのまま」
「傷は?」
「首に俺が刺したところくらいじゃない?」
「最高じゃねえか……」
「死んだこと忘れてない?」
「それとこれは別だ!」
分かりやすい奴だ。
そんな俺たちのやり取りを、村人たちが呆然と見ていた。
「あの……」
さっきの村人が恐る恐る声をかけてくる。
「魔窟がなくなったというのは……」
「ああ、そうだった」
「忘れるなよ!」
ガルドに突っ込まれながら、俺は村人へ向き直る。
「中に大きな魔物がいたんです。それを倒したら、急に魔窟全体が揺れ始めて」
「倒した?」
「はい。そのあと逃げたんですけど、外に出たら魔窟が崩れて、全部なくなりました」
「そんな……」
村人たちが顔を見合わせる。
「魔窟が……なくなる?」
「俺たちも初めて見ました」
「場所を見せてもらえるか?」
声の方を見ると、村の老人が歩いてきていた。
「もちろん」
「今から行けるか?」
「俺たちは大丈夫です」
俺はガルドを見る。
「ガルドは?」
「なんで俺を見る」
「さっき死んだし」
「生き返ったら怪我も治ってるよ!」
「じゃあ行けるね」
「……お前、もうちょっと俺を労われよ」
「お疲れ様」
「軽い!」
俺たちは老人と何人かの村人を連れ、再び旧村へ向かった。
ガルドには道中で何が起きたのかを説明した。
「魔窟が崩れた?」
「うん」
「全部?」
「跡形もなく」
「……そんな話、聞いたことねえぞ」
「やっぱり?」
「ああ。魔窟は十五年前からずっとある。魔物を何百回、何千回倒したってなくならなかったはずだ」
ガルドが顎に手を当てる。
「やっぱり、あのデカい奴を倒したからか?」
「ティアも同じこと言ってた」
「でも、普通に倒しただけなら復活するよね」
ティアの言葉にガルドが黙った。
少しして、俺を見る。
「……お前が殺したから?」
「可能性はある」
俺たちが今まで倒した魔物と、あのボスとの違い。
考えられるものは多くない。
ただ、それだけで決めつけるにはまだ早い。
「もしそうなら」
ガルドが続ける。
「お前、魔窟そのものを消せるってことになるぞ」
「そうなるね」
「分かってんのか? それがどれだけ――」
「着いてから考えよう」
「お前なあ……」
しばらく歩き、旧村を抜ける。
老人たちは何度も周囲を警戒していた。ここまで来るだけでも、今までは魔物に襲われる危険があったのだろう。
森に入り、魔窟があった場所へ辿り着いた。
「……ここです」
老人が足を止める。
何もない。
俺とティアが見たときと同じだった。
黒い石の入口も、奥へ続いていた洞窟もない。
ただ崩れた岩と土があるだけだ。
「そんな……」
一人の村人が呟く。
老人は何も言わず、ゆっくりと前へ進んだ。
地面へしゃがみ、土に触れる。
「本当に……ない」
その声が震えていた。
他の村人たちも近づいていく。
「魔物は?」
「出てこないのか?」
「もう戻ってこないのか?」
「それはまだ分かりません」
俺は答えた。
「魔窟がなくなったのは確かです。でも、周りに残ってる魔物がいるかもしれない」
期待させすぎるのはよくない。
魔窟が消えたからといって、すべて解決したと決まったわけじゃない。
老人はしばらく何もない場所を見つめていた。
そして振り返る。
「それでも」
その視線が、森の向こうにある旧村へ向いた。
「戻れるかもしれん」
誰も答えなかった。
「すぐには無理だ。家も畑も直さなければならん。周囲に魔物が残っていないかも確かめなければならん」
老人の顔に、初めて笑みが浮かんだ。
「だが、十五年ぶりに……戻れるかもしれん」
村人たちの表情が変わる。
さっきまで信じられないものを見るようだった顔に、少しずつ喜びが広がっていった。
俺はその様子を眺める。
魔窟を消すつもりなんてなかった。
ただ、村を襲う魔物をどうにかできないかと思って入っただけだ。
でも、もし本当に俺がボスを殺したことが原因なら。
この力でできることは、人を殺すことだけじゃないのかもしれない。
「ノア」
ガルドが隣に立った。
「何?」
「ちょっとはいいことした顔しろよ」
「してるよ」
「全然してねえ」
「じゃあ笑えばいい?」
「気持ち悪いからやめろ」
「どうしろっていうんだよ」
ティアが小さく笑った。
俺たちの前では、村人たちが十五年ぶりに故郷へ戻る話を始めていた。




