死んでくれ
轟音とともに土煙が舞った。
俺は短剣を握ったまま、その中へ飛び込む。
「ガルド!」
「死んでねえ!」
声が返ってきた。
土煙の向こうからガルドが転がるように飛び出してくる。服の肩口が裂けていたが、どうやら直撃する寸前で避けたらしい。
「危っぶねえ! あと少し遅かったら潰れてたぞ!」
「よかった」
「軽いな!」
黒い甲殻の魔物がゆっくりと前脚を持ち上げる。さっきの一撃で地面には大きな亀裂が走っていた。
まともに食らえば、一発で終わる。
「ノア! どうすんだ!」
「ちょっと待って」
「待ってる間にも殺されそうなんだけど!」
ガルドが走り出す。その背後へ巨大な爪が振り下ろされ、再び地面が抉れた。
俺は魔物の動きを見る。甲殻は硬い。
首、脇、脚の付け根には隙間があるが、どれも動いている最中に狙えるほど広くない。
何より、こいつは思っていた以上に速い。
正面から倒そうとすれば、こっちが先にやられる可能性がある。
「ティア」
「何?」
「俺、消せる?」
ティアが一瞬考えてから頷く。
「触ってれば」
「どのくらい持つ?」
「二人なら、そんなに長くない」
「わかった」
俺はガルドを見る。
「ガルド」
「今度は何だ!」
「死んでくれ」
「…………は?」
「一回死んでくれ」
「聞こえてたよ!意味を聞いてんだよ!」
ガルドが魔物の突進を横へ避ける。
「俺とティアが姿を消す。お前は一人で戦って」
「その時点で嫌な予感しかしねえ!」
「こいつ、結構頭がいい。わざと攻撃を食らったら警戒するかもしれない」
「だから?」
「全力で戦って、普通に負けて」
「作戦が最悪すぎる!」
ティアが俺を見る。
「ガルド、死んでも聖堂に戻るもんね」
「お前まで納得するな!」
「でも、それなら本当に倒せるかも」
「そういう問題じゃねえ!」
文句を言いながらも、ガルドは魔物から目を離さない。
「……で?」
「最後にこいつがお前を殺そうとした瞬間を狙う」
「失敗したら?」
「ガルドが死ぬ」
「成功しても死ぬんだろ!?」
「うん」
「最悪だ!」
俺だって仲間に死んでくれなんて言いたくはない。 でも、この世界だから使える手だ。
「やる?」
「他に作戦は?」
「今のところない」
「くそっ!」
ガルドが槌を握り直した。
「俺の装備、絶対持って帰ってこいよ!」
「任せて」
やるらしい。
「ティア」
「うん」
ティアが俺の腕を掴む。自分の手が透けていく。
やがてティアの姿も見えなくなった。
「……ほんとに消えやがった」
ガルドだけが広間に残る。
魔物も一瞬動きを止めた。
さっきまでいた二人が突然消えたのだ。不思議には思っているらしい。
だが、目の前にはまだ一人いる。
「来いよ」
ガルドが槌を構えた。
「どうせ一回死ぬなら、ただじゃ死なねえぞ」
魔物が吠えた。
ガルドへ突進する。
俺とティアは壁際へ移動した。
ガルド一人で戦わせる。
角を避け、槌を振るう。 硬い甲殻に鈍い音が響く。
「くそっ!」
傷はつかない。魔物が振り返り、爪を振るう。
ガルドがしゃがんで避け、そのまま脚へ槌を叩き込む。また弾かれる。
「どんだけ硬えんだよ!」
それでもガルドは戦い続けた。
逃げ回るだけじゃない。
攻撃を避け、殴る。
また避けて、殴る。
本当に勝つつもりで戦っている。
だから魔物も疑わない。
俺たちが消えたことより、目の前で抵抗を続けるガルドへ意識を向け始めていた。
ガルドの動きが少しずつ鈍くなる。
「はぁ……はぁ……」
それでも槌を離さない。
魔物の爪がガルドの脇腹を掠めた。
「ぐっ!」
血が飛び、ガルドがよろめく。
俺は動かなかった。
ティアが俺の腕を強く握った。
まだだ。
ガルドが槌を振るう。
魔物が頭を振り、その一撃を角で受け、槌が弾かれた。
「うおっ――」
体勢が崩れる。
そこへ魔物の前脚が入った。
今度は避けられなかった。
「がっ!」
ガルドの体が地面を転がり、槌が手から離れた。
「……っ」
起き上がろうとする。
だが、立てない。
魔物がゆっくり近づいていく。
俺はまだ動かない。
「……マジで」
ガルドが血を吐きながら笑った。
「死ぬまで待つ気かよ……」
その通りだ。
魔物がガルドの前で止まった。
前脚を持ち上げる。
そして、ガルドへトドメを刺すために頭を下げた。
首が伸びて甲殻がずれた。
今だ。
俺はティアを抱えて走った。
ガルドじゃなく、魔物の首へ向かって。
透明なまま懐へ入る。
魔物は気づかない。
狙うのは、甲殻と甲殻の間。
さっきよりはっきりと見える。
俺は短剣を逆手に握った。
そして、根元まで突き刺した。
「――ッ!」
魔物の巨体が跳ねたと同時に、振り下ろされた前脚がガルドを直撃した。
ガルドの体が動かなくなる。
「ガルド!」
ティアの声が聞こえた。
俺は短剣を抜かない。
さらに体重をかけ、刃を奥へ押し込む。
魔物が暴れて、俺の体が振り回される。
「ぐっ……!」
それでも離さない。
ここで仕留める。
刃を捻ると魔物の動きが止まった。
巨体が傾く。
俺は短剣から手を離し、飛び退いた。
地響きとともに、魔物が倒れる。
「……」
動かない。
消えない。
勝った。
ティアが透明化を解くと同時に俺の姿も戻った。
「ガルド!」
ティアが駆け寄る。
俺もガルドの隣にしゃがんだ。
見るまでもない。
「死んでる」
「……本当に死んじゃった」
「そのための作戦だからね」
「生き返るよね?」
「……たぶん」
ティアが俺を見る。
「たぶん?」
「聖堂で生き返るはず」
「ノア、聖堂のこと全然知らなかった」
「急に不安にさせるのやめて」
ガルドの死体を見る。
前に見た男は、死んでから十分ほどで聖堂に現れた。
ならガルドも同じはずだ。
「まあ、待てば分かる」
俺は立ち上がった。
そのときだった。
ゴゴゴゴゴ――。
「……何?」
低い音が響いた。
ティアが周囲を見回す。
「ノア」
「うん」
地面が微かに揺れている。
最初は小さかった。
だが、徐々に大きくなっていく。
天井から小石が落ちてきた。
「まずいな」
「何が?」
「分からない」
「分からないの?」
「初めて来たからね!」
ゴゴゴゴゴゴゴ――!
地鳴りが一気に大きくなる。
壁に亀裂が走った。
「逃げよう!」
「うん!」
俺はガルドの槌と荷物を拾った。
そのままボスの死体を見る。
「……これも」
「持ってくの!?」
「ガルドに怒られる!」
せっかく死んでまで倒したんだ。
置いていったら何を言われるか分からない。
巨大なボスの死体に触れる。
収納魔法を使うと、黒い巨体が一瞬で消えた。
「よし!」
「早く!」
俺たちは走った。
来た道を戻る。
魔窟全体が揺れている。
壁が崩れ、天井から岩が落ちてくる。
「右!」
ティアの声に反応して横へ跳ぶ。
直後、巨大な岩が落ちた。
「危なっ!」
「走って!」
「走ってる!」
途中に魔物はいなかった。
後ろで何かが崩れる音がしたが振り返らない。
ひたすら入口を目指す。
やがて、前方に光が見えた。
「あそこ!」
出口へ飛び出した。
そのまま二人で地面を転がる。
「っ……!」
すぐに起き上がり、魔窟を見ると入口が大きく揺れていた。
「離れよう!」
二人でさらに距離を取った次の瞬間。
轟音とともに魔窟の入口が崩れた。
黒い石が次々と落ちていく。
「……崩れた」
「いや」
それだけじゃない。
岩山に走った亀裂が広がっていく。
魔窟を形作っていた黒い石そのものが、砂のように崩れ始めていた。
入口が消える。
地面まで崩れていく。
しばらくすると、そこに魔窟があったとは思えないほど、何もなくなった。
俺とティアは黙ってそれを見ていた。
「……なくなったね」
「なくなったな」
「魔窟って、なくなるの?」
「俺に聞かないで」
「ガルドなら知ってる?」
「たぶん知らないんじゃない?」
十五年間、魔物が何度でも蘇ってきた場所。
村人たちが旧村を取り戻せなかった原因。
それが、目の前から消えた。
「ボス倒したから?」
ティアが聞く。
「分からない」
あの魔物が特別だったのか。
俺が殺したからなのか。
それとも、魔窟の魔物を大量に殺したことが原因なのか。
今の俺たちには何も分からない。
「とりあえず村に戻ろう」
「ガルドもいる?」
「生き返ってれば」
「生き返ってなかったら?」
「……考えたくないな」
俺たちは魔窟があった場所をあとにした。
収納の中には大量の魔物の死体。
そして、最後に倒した巨大な魔物も入っている。
ガルドが見たら喜ぶだろう。
死んだことへの文句の方が先かもしれないけど。
その頃。
遥か遠く離れた、とある城下町。
城へ続く大通りには多くの人が行き交い、道の両側には店が並んでいた。
商人の声、馬車の音、走り回る子供たち。
その人混みの中を、一人の人物が歩いていた。
深くフードを被り、顔は見えない。
誰もその人物を気に留めない。
大勢の人間とすれ違いながら、城へ向かって歩いていく。
その足が、不意に止まった。
「……」
後ろを歩いていた男がぶつかりそうになり、舌打ちしながら横を通り過ぎる。
それでも動かない。
フードの人物は、ゆっくりと顔を上げた。
何かを確かめるように、遠くを見つめる。
「魔窟が……」
雑踏の中、その声を気に留める者はいなかった。
しばらく立ち尽くしたあと、再び歩き出す。
その先には、大きな城がそびえていた。




