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解剖


 トラックが行き交いそのたびに微振動するスケロク倉庫事務所


 長机の上に体長一メートル二十センチ程度のミイラが仰向けに寝かされている。

「ヤダ」

 シーツにくるまれた異形に管弦は直ぐに目を背けたが、杉田はじっくりと見つめる。

「首から下は人間だが、頭はなんだろう? いずれにしろヒトではないような感じだが」

「ボス、それに日誌みたいな束を見つけたんだ。それとコイツの額にこれが貼っつけてあったんだ」

 祖父江は古びた文面を見せた。


迦楼羅かるら第一号は二十日もしないうちに死んだ。哀れなり――慶和道太郎』


「何だあ、迦楼羅一号って? だが慶和道太郎は迦楼羅一号を祀ってたのか。哀れなり、と言う文字からすると……生み出してそれで終わりの、狂気の科学者とともにヒトとしての業を感じるぜ……」

 感じ入る杉田の声に越狩は言う。

「日誌みたいな束、見ればなにかわかるんじゃないでやんすか」

 越狩の問いかけに杉田は綴じ紐で括られた分厚い束を手に取った。

「武春、読んでみるか?」

 即座に越狩は拒否した。

「見たくないでやんす」

「的場はどうだ?」

「いやあ勘弁してほしいでがす」


 誰も見てみたいと手を上げるものはいない。


「しかたねえ。俺が読むか……そう言えばケンジ、最初に怪物を見たんだよな?」

「はい」

「何か違い、あるかい?」

 祖父江は思い出すが――「あまりのおぞましさで、最初のは足しか見てないんだボス……」

「足か」

「獣のような毛で……」

 自信なさげな祖父江だったが、あることを思いだした

「ボス、大きさだ。布団にくるまれていたのはかなりでかかった気がする」

 祖父江の言葉に杉田は反応した。

「ふむ、そうなると……警察とこれと、少なくとも怪物は二体はいるんじゃないか? そうなれば他にもいたかもしれないぞ」


 天馬は突然言う。

「もしかしてこのミイラ、最初に生み出されたのでは? 記念すべき第一号だから祀ったと……」

 管弦は対立する。

「よくそんなこと想像するな」

 天馬は思わず口にする。

「仏壇の裏に隠されていたのよ」

「じゃなんで仏壇の裏にあったんかさっ。堂々と飾りゃいい」

「そんなの分かるはずないでしょうっ」


 ことごとく反目する管弦と天馬だ。


「二人とも止せ」

 杉田はにらみ合う二人を止めた。

「天馬が思うとおりじゃないかなあ。だから道太郎はここに供養したのかもな」

 杉田の推測に願成寺は言う。

「でも仏壇の裏じゃん」

 杉田は考えながら言う。

「異形の怪物をそのまま祀るわけにはいかないぜ。仏壇の前にあったら誰でも驚くだろ?」

「位牌がないのもその理由でやんすか?」

「恐らくな」

 伊東が考え込むように腕を組むと、しみじみと喋った。


「慶和道太郎はよ……ほんとは人間として祀ってやりだがったんだべなぁ」


 杉田も思った。

「異形の怪物を人間としてか……銀次の言い方は分かるが、亡くなっているので真実は分からないね」

「どうします、ボス」

「さて……どうするかなあ……」


 杉田は顔をしかめた。

 背中の火傷はほぼ治りかけているが、時折、痛みが走るのだった。


「薬塗りましょうか?」

 杉田の顔を見て天馬が言う。

「いやぁ、もういいよ……それより、足が萎えちゃってなあ、歩行訓練しないと」

「そんなら地家先生にリハビリの先生紹介して貰うかさ」と管弦。

「……今度はリハビリか」


 管弦の言葉にはっとした顔の杉田。


「サヤカと楓、君たちはあれを触ったろ? 本間医院へ行って感染症とか調べて貰え」

「ええ~これから~?」

「今からでは閉院時間を過ぎますよ」

 願成寺と天馬は杉田の提言に驚く。

「本間医院には連絡を入れる。それとあれを地家先生に見てもらおう」


 杉田の指さす方向――それはミイラだ。


「あれも一緒? 見て貰えってさあ、ドクターだってビックリじゃん」

 杉田の言葉に天馬は言う。

「……時間外では寺家先生だって困るでしょう?」

 願成寺に杉田はウィンクする。

「診察ついでにあれがなんなのか? 医学的見地から意見を聞きたいと思ってね」

 願成寺は呆れた顔をする。

「診察ついで? あたしらついでなの?」

「いやもちろん、君たちの身体も心配だよ」

「心配そうにきこえないわ」と天馬。



 本間医院に到着したのは午後七時を過ぎていたが、看板灯と入り口には二人を招くかのように光っていた。

「どっちが持ってく?」

 願成寺がスケロク二号車の荷台を振り返る。

 そこには真新しいシーツに包まれたミイラが横たわっている。

 二人は無言で顔を見合わせる。どちらにしても気持ちのよいものではない。

「ジャンケンしよっか?」

 気味悪そうな顔をする願成寺を見て天馬は決断した。

「あたしが運ぶよ」

 荷台からシーツに包まれた異形ミイラを、天馬は顔を見ないようにそっと抱え上げる。

 思っていたより軽い。

 夜とは言え生暖かい風が吹き、風でシーツがめくれる。

 めくれるとミイラの顔が一瞬……顔を背けるとバランスを崩し、落としそうになる天馬。


『引き受けなきゃよかった……』

 慌てて被せる天馬だった。


 入り口ドアは施錠されていない。

「こんばんは」

 恐る恐る待合室に行くと「待ってたわ」と寺家の声が響いた。

「急患が来たから入り口閉めるわね」

 そう言いながら寺家は門灯と看板灯を消し、入り口に鍵をかけた。

「さて、そこの診察台においてください」

 寺家は天馬のシーツを見つめる。

「ドクター……気絶しないように」と願成寺が言う。

「大丈夫よ」


 寺家がゆっくりとシーツをめくる――


「これは……」

 異様な姿に、一瞬、寺家の眉がつり上がる。

「様々な患者さんを見てるけど――これは特別ね。アタマと身体は完全に繋がっていて合成ではないわ」


 干からびていて革のように硬化している。触れただけで欠けてしまいそうだ。


 寺家はミイラに対し手を合わせる。

「ミイラ、拝むの?」と願成寺。

「何であれ、亡くなっていることに変わりはないからね……さて」

 寺家は用意してあった青いサージカルマスクと同色の滅菌手袋を両手にはめる。

 

指の動きと目つきはすっかり外科医だ。


「解剖学も学んだけど、ミイラ状態は初めてよ……まず外観所見。身長一メートル二十三センチ。ただしミイラ状なので現状の測定のみ。ミイラ化で数センチ縮んでいる可能性がある。生前は130から135cmかな」

 さらに寺家は続ける。

「全体的に獣毛の存在あり。経年変化により触ると剥落。上肢の比率が人間より長い。下肢は逆に短い……筋肉が異常に発達していたんじゃないかしら……」

 医学所見を述べる寺家に願成寺と天馬は息を潜める。

 寺家は続ける。

「体格は小学生並だが、骨格は成人男性に近い。しかし頭部はヒトとは明らかに違う」

 とんがった鼻先と唇は犬のような形状だ。黒褐色の唇をピンセットで摘み形状を確認しようとすると――


 ピシッ……


 割れる音ともに犬歯が露出した。


「人の歯ではない――」

 体重計に載せる寺家。

「既知のミイラと比較すると異様に軽い」

『そういえば……』

 抱え上げた時大きさの割には軽かった……天馬は思った。


 寺家はミイラを再度診察ベッドに乗せる。

 寺家はメスを取り上げ、無邪気に言う。

「ミイラの解剖は初めてよ」

 しかし乾燥しているのでメスは通らない。

「やっぱりメスじゃ歯が立たないか……骨鋸こつきょ用意しよう」

 平然という寺家に願成寺はびっくりだ。

「なにそれ?」

 寺家はマスク越しに笑った。

「のこぎりのこと。そのほかに解剖用ハサミや金槌、ノミがいるな」

「それじゃ先生、大工じゃん」

「そう、力仕事でもあるわね。――楓さんそこのデジカメで撮ってください」

「はい、分かりました」

「それとお二人にもマスクして」

「え? なんで?」

「砕いたときに粉塵が舞うことがあるから、予防的に、ね」

 そして寺家はバンダナ型サージカルキャップを頭に被り、後ろで頭に縛り付けた。


頭上の無影灯むえいとうが点灯し、強烈な光が診察台のミイラを射抜く。影を許さないその光の下で、異形の乾燥した皮膚と歪な骨格が鮮明に浮かび上がった――


「良し、準備完了……胸骨外す」

 剥き出しの肋骨にノミを当て、金槌でコンコンと叩く。骨片が舞い、強烈なライトの元ではホコリのようだ。

「胸腔内部臓器無し……ね」


 胸腔を覗き込んでも、あるべき場所に臓器はなく、黒く乾いた膜のようなもの――血管も神経も全部干からびて背骨側に張り付いているだけだった


 だが寺家の目には、骨格の結合部分は明らかに普通の人間や獣のそれとは違うと判断した。

『だからといってこれでは医学的にヒト以外とは断定できないわ……』



 かくしてミイラの解剖は終わった。

「社長には報告書と写真添付してメール入れるわ」

 神妙な顔つきで天馬は頭を下げた。

「ドクターお疲れ様でした」

 逆に願成寺は、経験したことのない事柄に興奮している。

「じゃ先生、これで帰るね。いや~なんかすごいものを見たねえ」

「まだ当分本間医院にいるけど、手が空いたら事務所に戻るから、社長によろしくね」

 寺家の微笑みに天馬は言う。

「ドクターも忙しいですね。本間医院の手伝いとスケロク商事の経営と、それに……」

「それに?」

「わたしたちのバイオボーグのメンテと……」


 願成寺にはそれ以降の二人の話はちんぷんかんぷんだ。


「和田総括部長から仰せつかっているメンテナンスは楓さんだけよ。免疫抑制剤、足りてる?」

「定期的に飲んでます」

「そう……一生のみ続けないといけないからね」

「分かってます。でもドクター、B計画これからも続けるのでしょう?」

「と思うけど、依頼があるかどうか……」

「続いてないのですか?」

 願成寺が言う。

「難しい話は二人でしてよ。あたしじゃわからないから、楓、帰ろうよ」

 願成寺の不満げな声に寺家は現実に戻った。

「じゃここでサヨナラね」


 時刻は深夜。

 願成寺は事務所に向けて車を走らす。

「遅くなったじゃん。社長にどう言い訳する?」

 天馬は自分の携帯を取り出し杉田に事の経緯を話した。

「事務所に帰らなくてもいいって。事務所はエアコンガンガン回しても蒸し風呂状態だって」

「じゃ、どうすんの?」

 天馬はニッコリとする。

「またうちで泊まって。まだ昇天ビール残ってるから」

 願成寺は陽気にヒューッと口笛を吹いた。

「アレ美味いよね~呑めない楓、可哀想。腹減ったしコンビニでつまみと弁当と……」

 天馬は同調した。

「そうよね、何も食べてないし、これから食事の用意も面倒だし」


 願成寺の脳内にはそれだけが回っているが……肝心の感染症の診察は二人とも受けていないことに気がついていなかった――


 以下ep6に続く









※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。解剖の部分はGeminiに問い合わせましたが、物語の核となるプロットや描写は作者自身の手によるものです。


 解剖所見はすっかりGeminiに頼ってしましました。なにせ素人だけにどうしろうと?

 ……それはさておき、次章はさらに謎の解明に進みます。


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