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仏壇の裏

「これにて閉眼供養は終了いたします」

 北野玄信はくるりと振り返り、一同に向かって深々と頭を垂れた。一同も慶和夫妻も手を合わす。

「ありがとうございました」


 急に蝉の声が響きだした。

 雨戸も開け放たれた部屋に、そよぐ暑さの風も何故か心地よい。


 作法を知らないスケロク商事の面々の中で、伊東だけは手を合わせ深々とこうべを垂れる。

「これから片付けに入ります」

 北野はそう言いながらちらりと田井を見る。

 田井は田井で頭の瘤を撫でているだけだったが、は、っと気がついた。「お勤めご苦労様でしたぁ」

 そして立ち上がると祖父江達に言う。

「スケロク商事さん、後はお願いしますよ」

「おい、あんた何処に行くんだ」と祖父江。

「ここにいてもお邪魔でしょうから、一度帰社しますね~」

 北野は片付けながら田井をチラチラ見る。


 明らかにお布施を待っている。


 逃げ出すように玄関にいそいそと向かう田井の首筋を伊東はむんずと捕まえた。

「ちょ、ちょっと……離してくださいよっ」

 振り放そうとする田井。

 伊東は語気を強めた声で言う。

「……なんか、忘れでねぇべか? どうすっつもりだ?」

「あ、そうだった。お布施だ」

「あ、そう、もなにもねえべ」

 伊東は田井を突き放す。しきたりには厳しい伊東であった。


 田井は持参している鞄をごそごそ掻き回した。

「はい、これ……じゃなかった……エヘン……真仙寺のご住職様どうぞお納めください」

 北野は恭しく受け取るが、皆の視線が集まっており、どうにも居心地が悪い。

『堂々と渡すヤツ、あるわげねぇべ』

 益々憤慨する伊東である。

 北野はまだ何かを待つように座り続ける。

 幾ら鈍い田井でもさすがに今度は気がついた。

「あ……これ……失礼しましたご住職様、お車代です」

 そこでようやく北野の片付けがテキパキと進んだ。

「大日如来のご加護がありますよう」と言い残しにこやかに北野は車に乗り込んだ。

 見送る一同であったが、とにもかくにも儀式は滞りなく終わり、肩の荷が下りたように感じた。

「じゃ、僕、一度引き上げますね、夕方また寄りますんで」

「帰るんで?」と咎めるような的場。

「何か起きたらどうするんだ?」と祖父江。

 田井は軽く受け流した。

「祟られたら困るんで、あとはヨロシク~」

 慶和夫妻も軽く会釈すると車を発進させた。

「あの夫婦も後は知らぬ存ぜぬでがす」とため息混じりの的場。

「誰も彼も他人事でやんす」と越狩。

「どうなっても知らんぞ……しょうがねえおっぱじめるか」

 祖父江はぶ厚い作業手袋をはめる。


 かくして解体作業を始める四人だが、なにしろ巨大な上に経年変化でがっしりと組み込まれている仏壇だ。ましてや傾いている事もあり、水平に起こすことからはじめるが、全員直ぐに汗びっしょりになった――

「いやーどうにもこうにもでやんす」

「応援を呼ぶか」

 祖父江の声に的場は言う。

「天馬の姉御さんなら何とかなるかもでがすが、運転出来ないでしょう?」

 祖父江は悩んだが仕方ない。

「銀次さん社用携帯貸してくれ」

 伊東から社内用携帯を受け取り連絡した。

「サヤカと楓が来る。その間出来ることをしないと――的場さんバールだ、それと長脚立。まず頭が取れるかどうかだ」

「アタマ? 宮殿くうでんだべ」

 やたら詳しい伊東である。

「金具で固定されてるな。プラスドライバー」

 渡された電動ドライバーで覗き込み確認ながら四隅のビスを外す祖父江だが――宮殿は頑として動かない。

「ええい」

 強引に祖父江は揺するが微動だにしない。

 越狩は方々覗きこんだ。

「はめ込まれてるようでやんす」

 祖父江はタオルでゴシゴシと汗を拭く。

「ケンジさん、解体するよりぶっ壊すでやんす」

「その前に昼でがす」と的場。

 時計を見ると午後一時を回っている。


 近くの町中華で昼食後、あばら家に戻ると願成寺と天馬が佇んでいた。

「男子四人がかりでも壊せんの?」

 願成寺が言うので祖父江は仏壇を見せた。

「うわ、でけ~」とその巨大さに願成寺は目を丸くする。

「だろ? それに床がヤワでな、下手に動かすと床が抜ける」

「これをどうするんですか?」

 天馬の声に祖父江が答える。

「起こして水平にしたい。起こして横にずらし身体が後ろに入るようにすれば、背面からも壊せる」

「壊すの? 乱暴ねえ。――じゃあ起こすわ」

 天馬は仏壇を眺め、左手をかける場所を決めた。

「あたまのビスは取ってある。力のかけ具合によっちゃあ、外れるぞ。床も抜けないように注意してくれ」

「わかったわ」

 天馬は作業用手袋をはめ、庇の部分に左手をあてがう。左脚を踏ん張る。


 ギギギ……


 軋む音共に、床に食い込んで傾いでいる仏壇が、ゆっくりと水平になってゆく。

 男衆は唖然と様子を見守る。

「やっぱ、すげ~」

 願成寺が驚嘆する。

 巨大仏壇が水平になった。

「そのまま手前にずらせるか?」

 祖父江の声に天馬が言う。

「左に寄せるの手伝って。右側バイオじゃないから力ないの」

 右のヘリに祖父江と越狩が食らいつく。

「床……気をつけろ」

 押す祖父江と越狩。徐々に左回りに仏壇が回転する。

 隙間が空いた。

「よしッ」

 的場と伊東が加勢する。


 ガサガサ……メリメリ……


 畳が削れるが、お構いなしだ。

 願成寺も加勢するとかなり背面に空間が空いた。

 床もなんとか耐えている。

「よし次は逆だ……前に出すぞっ」

「あたしやるよ、どいて」

 天馬の左の指が仏壇背面に入ると、天馬一人で手前に引っ張った。

 さらに畳と床が悲鳴を上げる。


 ザリザリ……


天馬のバイオアームで重量物の仏壇がかなり手前に引き出された。

「外せるものは外そう」

 そう言いながら祖父江は仏壇の引き出しを次々と引き抜いていく。

 しかし引き出しそのものにも重さがある。


 中には複数の古びた線香の束。

 もう片方の引き出しには表紙が茶色く変色した経典と大小の蝋燭、マッチ箱。

 三段目は仏壇清掃用具、煤で汚れた木札。

 四段目にはかなり古びた数珠、錫杖、密教法具、木箱。


 かなりの年月が経っているが使った形跡が無い。

 どれもこれも取り出せばそれなりに軽くなるが、埃と煤に塗れ触りたくない代物ばかりだ。


 引き出しを渡された伊東はトラックの荷台に運び込むが、四段目を積み上げた時、伊東の目に煤けた木箱が飛び込んだ。

 伊東はその木箱だけそっと開ける。


 中には――得体の知れない獣の毛の束……しかも丁寧に縛られている……


 見てはいけないものを見た……と、伊東はぞくりとした。


 祖父江と願成寺は掛け合う。

「黒檀の扉か? 扉も二重になってるな。これも結構な重さがあるぞ」

「この中にご本尊?」

「まあ……なんか、あんだろうよ」

「観音様なら貰っちゃおうかなあ」

「何言ってんだサヤカ……開けるぞ」

「え、開けんの? 変なのでたらヤバイじゃん」


 出てきたのは煤に塗れ薄黒い木彫りの結跏趺坐の大日如来だった。

 無造作に手に取り「これも結構重いぞ」と祖父江は弄ぶ。

「ケンジ、罰当たるべさ」

 振り向くと青ざめた伊東がいる。

「ちょっといいべか?」

「どうした?」

 伊東は袋の中身を話した。

「毛、だと?」

「ゴミ袋からでた毛と同じだべ」


 祖父江は改めて大仏壇を見る。

「なにを祀ってんだ……?」

 

 バールを手にした的場が扉の端を抉るが、びくともしない。

「扉、外せねえでがす」

「どれ」と越狩も手にするが「頑丈でやんす」

「じゃあ……」

 天馬が外側の扉を強引に毟り取ると、バキッと言う音共に取れた。

 さらに内扉も強引に引き剥がす。

 振動で仏壇が揺れ、宮殿くうでんがゆっくりと手前にせり出した。同時に建物全体が震えだした――

「危ねえっ」

 祖父江が叫ぶ。仏壇正面にいた天馬はさっと身を翻す。


 ダダーン……!


 巨大な宮殿は畳を突き破り、耐えきれない畳床がバキバキッと跳ね上がった。

 さらに床下の板を砕きながら落下し、土間コンに激突、黒漆の表面が大きく欠けた。

 大量の粉塵が煙のように巻き上がり、全員がゴホゴホとむせ返った。


「なんてこった……楓、大丈夫か?」

 祖父江の心配に咳き込みながら天馬は返事をした。

「なんとか」

「壊す手間が省けたでやんす」

「……どうやって引き上げるんでがす?」

 祖父江は状況を確認した。

「これでは天馬の左腕だけじゃ引き上げるのも大変だ。と言ってもそのままじゃ解体屋も嫌がるな」

 天馬が言う。

「こうなったらこのままで壊しましょう」

「そうだよー解体されるんだから、床はこのままにしてバラそうよ」と願成寺。

 全員、大量の粉塵で顔は歌舞伎役者がドーランを塗ったように真っ白だ。

「顔、洗うか……だが水道は止められてるし」

「車にウェットシートがあるよ」

 願成寺が車から取ってくると、引っ張り出し皆に手渡した。

「ありがたいでやんす」

 ゴシゴシと顔を拭くスケロク一派。

「時間がないから」と天馬。「やっちゃいましょう」

「そうだな……早いとこバラして、あばら家からおさらばだ」

「そうすべ」

「じゃあやるぞっ」

「おう」


 バールを手にした的場が仏壇の背面に回り壊す準備にかかったが、見ると背面の板が割れている。

 中は何やら腐ったような異様な臭いが鼻を刺激する。

 意に介さず、的場はバールでこじ開ける。


 中は空洞のように見えた。


 しかし――


「姉御……なんかあるでがす」

 呼ばれた天馬が怪力で不用意に板を剥がすと――「えっ! なにこれっ?」

 天馬は驚いたように叫ぶ。

「祖父江さんっ、なんか変なものがっ」

 宮殿を解体していた祖父江が天馬の指さす方向を見た。

「わ」

 祖父江も驚く。なんだなんだ、とばかり全員が「それ」を見つめ、腰を抜かした。


 そこには、くの字に折り曲げられた干からびたミイラ状の異形の怪物――

 人間の体躯でありながら、項垂れた首から上は狼を思わす獣の頭部――

 破れた包帯の隙間から覗く骨と、白骨化した剥き出しの肋骨――

 それらは全て、長きにわたる異様な歳月を物語っていた。


 全員が息を呑み固まる。


「……なんでこんなもん……あのんさ?」

 異形の怪物体に怯える願成寺。

「何かの間違いよ……獣の死骸? まさか本物?」

 天馬も声を震わす。

「人ではねえべ……」と伊東。

「でもなんでこんな所に……隠されていたんでやんすか……?」

 恐る恐る触ろうとする越狩に祖父江は怒鳴る。

「触るなっ」


 何も知らない田井が陽気に戻ってきた。

「皆様お疲れ様でーす」

 玄関から土足でずかずかと入り込む田井。

「あれ~皆さん、手を休めちゃってまあ。まだ終わってないですよ」

 祖父江が無言で手招きし、天馬が仏壇裏を指をさす。

「え? ええ~~~~!」

 目を見開き、叫び声を上げた田井はもんどり打った。手をついた途端、バキッと言う音共に畳が凹み、田井はさらに転がった。

「なっ……なんなんすかぁ~!?」

「分かれば苦労しねえぜ」

 低く呻く祖父江。

田井は異様な光景に言葉が出ない。

「け……警察に? ぼっ、ぼく……かっ……かっ……帰ります」

 田井は立ち上がろうとするが、腰が抜けて立てない。

「馬鹿言ってんじゃねえっ」

「そうさ、どうすんのよこれっ」

 祖父江と願成寺に田井は叫ぶ。


「もっ……持って帰ってください~~~」


「なに言うんでがす」

 呆れる的場。

「み……見ないですぅ……見なかったですぅ……」

 的場に対しても田井は支離滅裂だ。

「おめえんとこが持って帰れよっ」

 田井は涙声になった。「いやです~~っ」

 徐々に冷静になった伊東が祖父江に言う。

「社長に連絡さすべ」

 さらに田井に顔を向ける。「あんだも会社に」



「ボス、変なもん、見つかりましたっ」

 杉田は祖父江に報告を入れる。

「怪物? そこは慶和の所有物だ。慶和氏に引き取ってもらえ」

 涙声の田井。

「ぶっ部長、たっけて~」

 部長が言う。

「落ち着け、田井俊平。慶和夫妻に連絡だ」


 田井が慶和忠夫に連絡いれる。

「得体の知れないもの? 解体に支障が出ますんで、そちらさんで適当に処分してください」

 電話口忠夫は現物を確認することなく、完全に他人任せだ。

 

 祖父江と田井の言い合いが始まる。

「畜生、慶和夫妻の玄関先に置いてやる、場所何処だ?」

「やっやめて~」

「じゃあどうすんだ」

「以前にも位牌や骨壺仕方なく引き取ったことありますが、怪物は、ありませんよ~」

「今回初だな、前例を作れよ」

ですぅ~」


 結局、興味を抱いた杉田が引き取りを承諾したのだった。



 ドタバタの中、異界の怪物だけは、微動だにしない――



 以下ep5に続く









※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。仏壇の構造はChatGPT、Copilotを参考にしましたが、異形の怪物や物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。


 エピソード4は仏壇をめぐるシリアス&ギャグで展開しました。

 次回はこの怪物をどう処理するか、どんな謎が隠されいるか等怒濤の最終回です。

 ……ッてまだ続くかも。


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