仏壇騒動
御泥木財閥 総裁の間
勝彦総裁と岡田が話し込んでいる。
「スケロク商事の返事はまだ無い?」
「……私は協力会社として振る舞わせた方が得策かと」
「でも慶和道太郎は亡くなったし、せっかく投資案件が回収出来ないんだよ」
「信用調査ではスケロク商事の売上では財閥にとっても微々たるものです」
勝彦は口を尖らせた。
「無いよりましさ。スケロク商事以外でも企業買収に応じそうな企業、探してよ。財閥は火の車なんだから」
部屋がノックされ執事が顔を出す。
「そろそろ全体会議が始まります。会議室へお越しください」
「わかった」
勝彦は立ち上がった。そして岡田に言う。
「引き続きスケロク、お願い」
岡田は豪奢な椅子に深々と座り直した。
『私の秘密を暴いたのは杉田だ』
過去に岡田の悪事を蒸し返されそうで心穏やかではない。
だが今は個人的な問題より、財閥の運営だ。
勝彦が案ずるのも無理はない。
財閥として慶和道太郎の研究に多大な開発費を援助していたが、慶和道太郎の死去により、回収できなくなったことだ。
その一方、田井のかけた電話一本で慶和道太郎のあばら家は騒然としていた。
あっという間に規制線が張られ、科捜研ヨコハマの署員や警察官がひっきりなしに出入りする。
「床が抜けるぞ、気をつけろ」と警察官の声が飛ぶ。
「遺体を運び出せ」
「シートかぶせろ」
祖父江達は事情聴取を受ける羽目になり、事件性はないと判断され程なくして規制線が解かれたが、運び込まれた異形の物体に法医学者は困惑した。
「骨格が人間と一致しない箇所がある。臓器は人間だがヒトではない……猿でもない……これはいったい?」
解剖所見を述べながら執刀する法医だった。
「ヒデエ目に遭いましたでやんす」と越狩は杉田に伝える。
「容疑者のような言い方だったな」と祖父江。
「それに――」
的場が言い出す。
「産廃業者から引き取りを断わられたんでがす」
「え? ほんとか」
身を乗り出した杉田に越狩が続ける。
「分別して貰わにゃ、ひきとれんと……なんでも横浜市の条例とかでやんす」
杉田は困った顔をした。
「東京とかよそに持ち込むか?」
珍しく普段無口の伊東が言う。
「産廃法あっべ。どごでも同じだべ。分別すっしか、方法ねぇべ」
杉田は渋い顔をする。
「また経費がかかるな……それでなくても赤字だぜ。葬儀社に追加費用の相談だ」
祖父江は言う。
「マングース葬儀社は断るのでは?」
杉田は重ねる。
「マングース葬儀社の場所は何処だ?」
事情を聞いていた天馬は言う。
「すぐ調べられますが……それでどうします?」
「葬儀社の前でゴミ袋ブチ撒く」
それを聞いた一同は驚く。
そして杉田はにやりとする。「……な~んてな」
「また、たちの悪い冗談を」と黒川。「本気ですれば、それこそスケロク商事は潰れます」
翌朝の暑い午前七時
倉庫前にはスケロク三号車から出された夥しいゴミの山が築かれ、ブルーシートを敷いて分別する作業に入った。
残暑の中、汗を流し分別に追われるスケロク商事。
透明ゴミ袋も大量に使用しなければならない。詰め替えるという方法も出来ないのである。
その中で――
大量の空の瓶や缶詰の空き缶を分別している最中に、越狩は仕分けの手を休めた。
「これなんでやんすか……」
「どれだ?」と祖父江が覗き込む。
それは人間ではない毛の束だった。
『慶和道太郎の家で見た、あの布団の中の化け物と同じ毛か……?』
祖父江の脳裏には布団をめくった時の「それ」を思い出しゾクッとした。
「脇にどけとこう」
その間、杉田は田井に連絡を入れる。
「それは契約外ですよお」
マングース葬儀社の田井は追加の支払いを突っぱねる。
「契約ではゴミ処理は御社のほうで請け負うと言ってたじゃありませんかあ?」
確かに杉田はそう言う契約を交わしたが、今となっては全くの赤字になるのは目に見えている。
「契約以上の金額、出せませんからねっ」
葬儀社としても追加料金は死活問題だ。ゴミさえなければ依頼人自ら遺品探しはできるはずだったが――
『やはり現場を見てからじゃないといけなかった……今後の課題だ』
杉田は不自由な身体を呪ったが、今更どうなることも出来ない。
昼休憩の時間になった。
車椅子の杉田はでてきて声をかける。
「ご苦労さん、順調か? もうそろそろ昼休憩になるぞ」
声をかけブルーシートを見る杉田。
『なんだあれは……』
ブルーシートの隅に毛の束を見つけた。さらにその向こう側に血のようなものがついた包帯もある。それも何十枚と重なっているのだ。
『生活ゴミだけじゃない……これだけじゃ断定できないが、道太郎は、なにか治療していたのか?』
それらを見た杉田はぞくりとした。
『うっかりしてた、感染症とか伝染病の可能性を考えてなかった――』
突如杉田は四人に言い出す。
「午後からの作業は中止だ。昼飯後、君たち四人は本間医院に向かってくれ」
「何故ですか? ボス」
「状況からすると道太郎はなにか動物の飼育とか研究をしてたんじゃないか? しかし研究内容が分からない以上、念のために感染症などチェックしてくれ。本間医院には連絡を入れとく」
スケロク倉庫事務所の電話が鳴る。
「はい、スケロク商事でございます」
天馬の声が終わらないうちに少々緊迫した声が届いた。
「マングース葬儀社の田井です、社長にお願いがありまして」
少々お待ちください……と天馬は保留ボタンをしながら杉田を呼びに倉庫入り口まで駆け寄った。
「仏壇?」
「はい、依頼人からの電話で、解体業者が仏壇があるので家の解体が出来ない、と言うのですよ」
「はあはあ」
「更地にして売るつもりが頓挫する、とかで」
「はあはあ」
「弊社に泣きつかれ困ってるんです」
「はあはあ……それで?」
「仏壇を壊して欲しいんですよ」
平然とのたまう田井である。
とんでもない田井に杉田は面食らった。
「いきなり壊してバチが当たったらどうしますか」
田井はあまり苦にしていないような言い方だ。
「バチは御社のほうでお任せします」
田井は相当焦っているようで支離滅裂だったが、杉田にとっては千載一遇のチャンス、と捉えた。
『赤字の補填はここだ……』
頭が回った杉田は言う。
「本契約はゴミ処理までですから、仏壇処理は別契約になります」
田井は一瞬沈黙すると、いきなり保留音が流れ出した。
おそらく上司と相談しているんだろう、と杉田は思い気長に待った。
しばらくして田井が言う。
「お見積もりお願いします」
「分かりました、実際現地作業員から聞き取り、後で連絡します」
「なるはやで。あ……お安く」
「仏壇ば壊す? あり得ねぇべ」
タオルで汗をゴシゴシと拭きながら、伊東は憤慨した。
「壊すと言うより解体だよ」
「閉眼供養、どさす? たたられっど」
「あまり気乗りしないな、ボス」
「かなり大型でやんす。解体と言っても相当苦労するんでやんすよ」
「うんとふっかけて断るでがす」
四人の意見を聞いた杉田は再度田井に連絡する。
「閉眼供養と解体搬出、特別危険作業費……勘案致しますとお見積もりは百万になります」
電話口で「ひえぇ……」と田井の声が響いた。
「閉眼供養のお寺さんはこちらで用意しますよ、ですけど……特別危険作業費ってなんなんすか?」
杉田は、ここぞとばかり、しっかりと攻める。
「重量物なので床が抜ける危険性があります。養生費です」
「少々お待ちを……」
ぼそっと伊東が呟く。「そだ、百万でも安いべ」
長い保留音が続いた後、依頼者と相談の上、返事をすると言うことになった。
「断られたらどうします?」
天馬の声に杉田は答えた。
「その時はその時だ」
あっけらかんと答えた杉田だが赤字の補填がなくなる、という経営者の悩みもまた脳裏をよぎる……
「それよりも君たち、本間医院へ。安心しろ。ドクター寺家もそこにいる」
昼休憩が終わりに差し掛かるころ、電話がなった。
保留釦を押した黒川が杉田に言う。
「社長、再度田井さんから電話です」
「お、返事が来たか……さて、吉と出るか凶と出るか」
杉田は電話を取ると田井がいきなり話しだした。
「相場というのがあるんですよっ」
その言葉に杉田は確信する――
「分かりました、今回はご縁がなかったですね、ではこれで」
いきなり切ろうとした杉田に田井は慌てる。
「待ってくださいっ、相場からすると金額はかなり乖離しますが――それで――それでお願いしますっ」
田井は相場を元に方々に問いかけたが、何処にも引き受けがなかったのであった。
その夜
「少なくとも感染症のリスクはないよ」
寺家の電話に杉田はホッとした表情を浮かべた。
「でも慎重にしないとリスクは消えないわよ」
「わかった――でも優子ぉ」
「なに?」
「何時こっちに帰る?」
杉田の問いかけに電話口の寺家は笑った。
「本間医院、当分忙しいから秋口かしらね」
「淋しいよ、優子だけが頼りだよ」
寺家はぴしゃりと言う。
「まるで駄々っ子ね。しっかり稼いでスケロクの売上に貢献するから。こうちゃんも頑張ってよ」
寺家はスケロクの売上に少しでも貢献しようとしている。それは常務としてのプライドでもあるのだ。
そして明くる朝
田井から電話が来た。
「菩提寺は山梨の光仙寺ですが、同じ宗派で真仙寺が港南区にありますんでそこで頼めそうです。依頼人は早めの希望しておりますが、御社の方はいかがで?」
「ご住職のご都合次第で動きますよ。分かりましたら連絡下さい」
「了解で~す」
昨日と違いやたら陽気な田井である。仏壇の解体さえ終われば、後は野となれ山となれ、と言う心境が垣間見えた。
『調子のいいやつだ。さて……』
杉田は倉庫前の作業場所に様子を見に行った。
今日は本や文献がどっさりと積まれている。四人は汗びっしょりで分別している。
「熱中症になるなよ、休み休み作業してくれ。水とか飲んでるか」
伊東の傍らには一升瓶がおいてあり、一瞬ぎょっとした。
「酒でねぇ……昼は気ぃ散るべ、水だべな」
そういいながら伊東は一升瓶をあおった。
「まあそうだよな」
そういいつつ文献の山に目をやる。
「どうしました、ボス」と祖父江。
「いや、類人猿の夜明け、とか、人工生体の所作、とか、慶和道太郎は何を研究してたんだろうとおもってな」
「変なタイトルばっかでやんす」と越狩は口を出す。
たちくらみしそうな暑さの中、杉田は文献や分厚い専門書を手にする。
『やはり何かある……』
明後日の午前十時
慶和道太郎のあばら家の前でスケロクの四人と田井、それに依頼人を名乗る男女一組総勢七人がたむろしていた。
蝉の声が響く。
それを助長するように熱風が舞う。
「はじめまして。甥の慶和忠夫と妻の智美です」
「甥御さん?」と祖父江。
「道太郎は伯父です。独身で身寄りがないので、私たちが面倒を見てたんです」
「何かの研究をされてたんでやんすね?」と越狩。
「はあ、でも何をしていたのかさっぱり――」
「研究費とかは?」と祖父江。
「それもさっぱり。有力なパトロンがいたとかですが――」
これらはすべて、聞いてこい、という杉田の差し金だった。
立ち話をしている最中に白い乗用車がやってくると、中から袈裟を着た年配の僧侶が出てきた。
「真仙寺の北野玄信です」
挨拶もそこそこに北野は香炉や台座を重々しく玄関先に並べる。
「皆様、土足で……」と田井はいいかけ慶和夫妻を見やる。
それで結構、というような仕草をしたのを見て田井は中に案内する。
「こちらでございます」
「あら、結構ゴミ屋敷だったのに?」と智美は他人事のようによそよそしく言った。
『アンタら、他人任せか』と祖父江は毒づく。
巨大な仏壇に北野はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに平常心となり黙々と支度にかかった。
「押し入れにあった座布団がなくなっている……」
押し入れを開けた忠夫に田井は言う。「あー処分しました」
ろうそくに火が灯り準備が整うと、厳粛な雰囲気が漂い始めた。
北野だけは寺から持参した座布団に腰を下ろした。
「これより閉眼供養を執り行います。よろしいですかな」
やっちゃってください――軽い感じで田井は言う。
『今の若造は何も知らんべな』と伊東も舌打ちをする。
「ではこれより閉眼供養、魂抜きを行う」
北野は厳粛に言う。
騒々しかった蝉の声も一瞬静まる。
数珠を持った僧侶は静かゆっくりと三度仏壇に礼をし、線香を一本、静かに立てる。
白い煙が巨大仏壇の黒漆に、吸い込まれるように揺れる。
低く唸るような北野の声。
その声は、言葉というより「響き」だ。
空気が張り詰めた。
「お〜~ん~~ばざ〜~らだ~~と〜~~ぉ~~」
ミシ……
僧侶の読経が低くうねる。
「ま〜か〜はんにゃ〜~~はらみ〜~~た〜〜ぁ~~~ぁ」
ミシ……
『なんか音がしたぞ……』
田井は辺りをキョロキョロと見回す。
僧侶の読経が一瞬途切れ、僧侶が顔を上げ仏壇を見やる。
その瞬間――
ダーーーン!!!!
突然、巨大な仏壇がかしいだ。
「わ~~!」
田井は飛び上がり腰を抜かす。
「たたりじゃ~~っ!」
田井は叫ぶと、部屋の隅まで転がり、思いっきり頭を柱に打ち付けた。
「ひえぇ~」
田井が一人騒ぎ立てると夫妻は驚き、浮き足立つように腰を上げた。
「落ち着けっ」
祖父江は一喝する。
「床が抜けただけだっ」
実は田井やスケロクの人間の重みで床が耐えられなかったため、抜けたのであった――
以下13話 ep4に続く
※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。今回の山形弁は、Gemini、真言宗の描写はCopilotを使用しましたが、物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。
いや~怖かったですね~(作者が騒いでどうするんだ)。
ep4では仏壇解体中に発見される新たな謎をお送りします。




