あばら家
午前九時
「皆様おはようございます。マングース葬儀社の営業課、田井でございます」
陽気に現れた若者が、汗を拭きながらあばら家の前に立った。
「ここは人類物理学者、慶和道太郎先生のお宅でございます。この様に荒れてはおりますが世界でも有名な先生のご生家でございます。いやあしかし暑いですねえ……」
『能書きは良いからさっさとおっぱじめようぜ』と祖父江は心の中で叫んだ。
「今回遺品探しでございますが、大量のゴミ袋が邪魔をして中に入れない状態でございます」
『ゴミ出しだべ』と伊東も心の中で叫ぶ。
「玄関正面の奥に……」と言いかけた田井だが祖父江達の心の叫びが聞こえたか「まずゴミ出しからお願いします」
九月下旬とは言え、祖父江達の神経をさかなでるように蝉の声がうるさい。
祖父江は道具箱から防塵マスクとゴーグル、作業用ゴム手袋を取り出し、的場達に渡す。
「用意がいいでやんす」
「以前にもこんな事があって酷い目に遭ったからな」
越狩の声に祖父江は返事をした。
「さてはじめるか。はじめに俺がゴミ袋引っ張り出すからトラックに放り込め」
「おう」
次々と放り出す祖父江。
「なんでこんなにゴミがあるんでがす?」
田井が答える。
「慶和道太郎先生は実験に没頭するあまり、何でもゴミ袋に突っ込んでいたクセがあったようですよ」
半透明のゴミ袋の中は弁当の空とかペットボトル、缶詰などがごちゃ混ぜで分別もしていない。そして何故か欠けたフラスコや試験管も見える。
呆れる越狩。
「生活ゴミだけじゃなく、実験器具も? こりゃあ後で分別しないといけないでやんす」
「分別は後だ、まず通り道を作る」と祖父江。
伊東は黙々とゴミ袋をトラックに放り込む。肉体労働で全員汗が噴き出す。
「酒瓶がいっぱいあるでがす」
日本酒に目の無い伊東が呟く。
『大地の栄冠、随喜の誉れ……こい高げ酒ばっかだど』
慶和道太郎の破天荒な性格が見て取れる。
玄関先のゴミ袋と大量の酒瓶が片付けられ通れるようになったが、その先には大量の論文の束と分厚い本が道を塞いでいる。その先には巨大な仏壇も見える。
田井は言う。
「学術的には非常に価値があると思いますが、処分方向で」
「いいのか?」と祖父江。
「やっちゃってください。相続人様からのご依頼でもありますんで」
簡単に言う田井。
遺品はその先にあるようだ。しかし厚みのある専門書だけにやたら重い。
「人類の夜明け? デルタゾーンの秘密? 一体何でやんすか」
「確認していたらキリがない」と祖父江。
その中には『Gドロイド獣人開発計画書』と書かれた文献があったが、祖父江たちは意に介すこともなくトラックに放り込む。
その他台所や風呂場も足の踏み場もないほど放置されたゴミにあふれかえり、悪臭を放っている。
「息が詰まりそうでやんす」と渋い顔をする越狩。
ライトバンから竹箒、ちり取り等持ち出す的場。
「研究に没頭するあまり生活には頓着しなかったようですね。う……臭」
一目見た田井は退散する。
「やるっきゃねえな」と祖父江。
分別どころではない。伊東はせっせとかき集め、祖父江がゴミ袋に押し込む。
「ちょっと休憩しましょう。そこのコンビニでお茶でも買ってきますよ」と田井が言い、つかの間の休憩ができた。
「田井さん、これどうする?」
ごくごくとお茶を流し込みながら、祖父江は居間の巨大な仏壇を指した。
身の丈以上もある仏壇だ。重量感も半端ない。そのままでは産廃業者も嫌がるだろう。
「これは聞いてなかったですねえ……」と田井も困り顔だ。
「どうやって入れたんでやんすか」と不思議そうな顔をする越狩。「玄関からじゃあ入らない大きさでやんす」
「閉眼供養すっだべ……菩提寺どごだべ」
伊東はつぶやく。
しかし幾ら巨大な仏壇とは言え、ただ単に「大きい」だけでは無い。
経年変化で所々金箔が剥がれ落ち、手を加えた後はないが、黒漆には精巧な蒔絵が施され、欄間には龍や鳳凰が細密に彫り込まれている。
さらに線香のいぶされた後の黒い煤や古い香木の匂いが仏壇の奥から微かに臭ってくる。
一目で高価と分かる代物だった。
ただ奇妙なのは、位牌が見あたない。
なにかが置いてあった痕跡は残っているが、誰を祭り上げていたのか……
「これはこのままにして次に移りましょうか」と田井。
先に進もうとした矢先、メリッ……と音がして祖父江がよろめいた。
「床が抜けたぞ、気をつけろ」
「その先の襖を開けて頂くと、慶和道太郎の居室兼仕事部屋です」
祖父江は意を決するように、襖に手をかける。
「開けるぞ」
どんな悲惨な部屋だろう……一同はその部屋を想像し無言になった。
ガラリ……
今までの成り行きと違い、畳敷きの八畳間はすっきりと片付いている。
座椅子に机、正面には本棚、その横には勲章が飾られ、賞状とガラスケースに入ったブロンズ像、さらにぶ厚い手書きの書面が静かに佇んでいた……
一同は拍子抜けだ。
「ここだけはまともでやんす……」
越狩の声に田井もホッとしたように反応した。
「依頼者からは遺品の品と家の状態しか聞かされておりませんでしたので」
元泥棒の的場はブロンズ像には目もくれず、勲章を見て目を輝かせた。
「凄いでがす」
元スリの元締めの伊東も無言で勲章に見入っていた。
よこしまな目で見つめる二人の思いは同じだ。
売ったら幾らになるんだ……
書面を見る越狩。
「こっちの書面はなんでやんすか」
田井は受け答えをする。
「何やら凄い論文と言うんですが、書きかけらしいですね。依頼人は然るべき学者に見て貰うそうですよ」
「遺品はこれだけか?」
「ですです」と祖父江の問いかけに田井は言う。
「これで作業終了でやんすね。やれやれ、でやんす……」と越狩。
「ありがとうございました」
頭を下げる田井。
「いずれこの家は解体され、更地になる予定です」
「なんだって」と祖父江。
「ぶっ壊すんならゴミためのままでよかっただろう」
田井は慌てて言い訳がましく付け足した。
「遺品を回収するだけの話なんですが、弊社の業者に見させたらゴミの量に圧倒され、どこも引き受けてくれませんでしたんで困ってたんですよお」
祖父江は言う。
「そうかよ。後はこの膨大なゴミを産廃業者に持って行くだけだが……」
「そうでがすなあ。でもある程度分別しないと横浜市はうるさいでがす」
「一端、倉庫事務所に持ち込んである程度分別しないとな」と祖父江。
「じゃあ引き上げ準備でやんすね」
「ん? 向こうにも部屋があるのか」
執務室の右横に閉められた襖を見る祖父江。
「六畳間の寝室と伺っておりますけど」
「行きがけの駄賃だ。見てみるか」
「えええ~? まだやるんでやんすか。ここまで来たら解体でやんしょう?」
「仏壇の閉眼供養、やらねばなんねな……」とあくまでも伊東はこだわる。
あっさりという田井。
「解体は当社の担当外ですんで後は知りませんよ」
「兎に角見るか」と祖父江は、がらり、と襖を開けた。
雨戸が閉まり中は薄暗いが、手前には布団が敷かれその奥にはたんすが見える。
しかし――
掛け布団が異常に丸い。
おおよそ人間が寝ているとは思えない。
「なんでやんしょ……あれ……」
越狩は唾を飲み込む。
「ひぇぇ……ま……まさか死体……?」と田井は震えあがった。
「そだ訳、あるわげねぇべよ」
伊東も怖じ気づくが強く言う。
しかし異様な光景には誰も近づかない。
祖父江が意を決したように、にじり寄った。
「や、やめましょうよ……」
怖がる田井を他所に祖父江は布団の端を握り、恐る恐るめくる――が、直ぐさま閉じた。
薄暗い中祖父江が見たもの……
獣毛に覆われたように見える太い足。しかし人間のそれではない……
豪胆な祖父江でさえ、理解不能な場面に沈黙した――
妙に生々しい蝉の鳴き声が遠くで響く……それ以外、誰の声も……ない。
その静寂を祖父江が破る。
「……田井さん、警察に電話だ……」
以下、ep3に続く
※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。山形弁はCopilotの助けを借りましたが、物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。
遺品整理からの、ごみだしからの、巨大な仏壇からの異形の足までの、ギャグ&シリアス展開。小さな出来事から予期しない大きな出来事に発展するスケロク商事。次章ではその謎をぽつりぽつりと語っていきます。こうご期待。なんちて




