暗雲
九月下旬のスケロク倉庫 午後三時
山城五郎右衛門の約束通り、新品のエアコンが四台取り換えられ、それなりに快適空間になったが、それでも巨大な倉庫を冷やすには十分ではない。日中の残暑は未だに続いているのだ。
「暑いなあ……」
ぼやきながらも火照った身体の管弦は帳簿に記帳している。
黒川は汗を拭きながら、依頼の電話を受けている。
包帯に巻かれ腫れた顔で自室テントで休んでいる御手洗は、百地から預かったカツラを無くしてしまい、どう言い訳しようかと悩んでいる。
車椅子に移乗している杉田は、会社の行く末を案じるように腕を組んで考え込んでいる。
それ以外は全員、現場だ。
「社長、マングース葬儀社から遺品整理の相談です。ほとんどが使い物ならない品々で、処理に困っており、トラックを手配出来ないかとの相談です」
顔を上げる杉田。
「分かった、出るよ」
杉田は葬儀社からの依頼を聞きながら、別のことを考えていた。
「……以上なんですが引き受けてもらえませんか。弊社での取引先では全て断られていまして、困っているんです。御社に断られたらどうにもなりません」
杉田は言う。
「弊社は事前にお見積もりを立て、御納得頂いた上で、伺うシステムでございます」
しかしマングース葬儀社も必死だ。
「時間的に余裕がなく口頭で結構です。お見積もり頂けませんか」
「口頭で、ですか」
「口頭でも契約は契約です。それに御社は『何でも請け負う』と伺っております」
『そうきたか……その言葉に何度騙されたことか……だが会社はじり貧だ。もっと売上が無いと破産も……だがそれは避けねば……』
帝国日々新聞社からの謝礼は従業員の給料や仕入れの支払いなどに当てられ、あっという間に消えて無くなっていた。
――背に腹は代えられない。
杉田はメモを取りながら質問を繰り返し、やや高めに見積を口にしたが――
「それで結構です。明日午前九時に。場所は……」
電話が終わるとすぐにインターホンが鳴る。
管弦が出ると、そこには岡田の姿があった。この倉庫を無償で提供している御泥木財閥の岡田だ。
「おや、これは岡田さん、こちらへ」
車椅子を操る杉田はエアコンがバッチリ効く、いわば特等席に案内した。
腰掛け、管弦が差し出す麦茶を啜る岡田――全く無言だ。
『何しに?』
管弦はいぶかしる。
なにも切り出さない岡田にしびれを切らし、対面している杉田が促すように言う。
「ご用の向きは?」
コップを置いた岡田。一呼吸あって口を開いた。
「景気はどうだ?」
真意を測りかねる杉田は曖昧に答える。
「まあ、良くもなく悪くも無く……」
「それは恙ないと言うことだな」
そして岡田はひとつ咳払いをした。
「――社長、我が御泥木財閥の軍門に降らないかね」
やや間が空き杉田は答えた。
「どういう意味だ?」
岡田の目つきが変わる。
「御泥木財閥の一部門『なんでも課』として財閥の下に。今は独立起業のスケロク商事だが、近い将来――」
「待った」
杉田は岡田の言葉を遮る。
「企業買収ってことか?」
「そうだ……」
杉田は言う。
「吹けば飛ぶような会社だぞ。財閥には何の値打ちもないと思うがね」
岡田はふんぞり返った。
「この倉庫を無償で貸し出している意味、分からんか?」
杉田も負けずに言い返した。
「意味? あんたも出世したな。財閥に組み込まれたように見せかけ、復讐をはたしたんだよな?」
ギラついた岡田の欲望と杉田の矜持が真っ正面から渡り合う。
「そうだ。過去にお世話になったからこそ、申している。――直ぐ返事をくれ、とは言わん。だがこの話を断れば、どうなるか分かるだろう?」
「あんたの総裁はなんと言ってるんだ?」
「私に任せると」
「それは脅しか?」
「脅しではない。何なら看板はそのままでもいい」
杉田は断言する。
「看板はそのままでも売上は巻き上げられるんだろ?」
岡田は口ひげを震わす。
「巻き上げるなんてそんな下品な言い方はしたくない……が、それは核心を突いている」
眉をひそめる杉田。
「あんたの規模からすれば、我が社の利益は微々たるものだ。儲けが出る話ではないだろう?」
「それはそれだ」と岡田は言う。
「弊社の命運がかかってくる。俺の一存では決められない」
見つめる岡田だが、それは勝ち誇るような笑いに見えた。
「社長の決断ひとつでどうにでもなるだろう?」
強がりにも聞こえる杉田は声を出す。
「スケロク商事の方向性を示すのは俺だが、ワンマン社長では無い。全員の意見を訊いて決断する。民意があるのが弊社だよ。全員で話し合わなければならない」
「フン、そうか。――では失礼する」と岡田は立ち上がり、倉庫前に待機していた豪華な社用車に乗り込んでいくと私設のボディガードが乗った黒い大型ワゴン車も続いた。
電話がピタリと止み、エアコンの冷房だけが響く中、倉庫事務所内は無言になった。
「……どうすんのさ社長」
管弦の声に杉田は答える。
「どうするか……断ればこの倉庫、追い出される。受け入れれば我が社の明日はない」
「どっちにしろツブされる構図は、山城組とカツラバ一家の関係に似た話ですね」と黒川。
「厄介な話になったな……」
「どうしますか、社長」
「全員に話を聞かねばならんなあ……」
「コップ片付けるよ」
そう言いながら立ち上がった管弦は『あれ?』と声を出した。
足元がふらつく。
目が回る。
脂汗が滲む。
気持ちが悪くなり今にも吐き出しそうになった管弦――
『なんだか……』
管弦は机に片手を添え身体を支えようとしたが、崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだ。
『瑠那ッ』
杉田の声が遠くに聞こえた。
黒川が慌てて倒れた音で管弦の居場所を確定し、見えているように仰向けになって倒れている管弦の額に手を当てた。
「体が異様に熱い……熱中症かも知れません。社長急いで冷まさないと……」
「わかった」
車椅子の杉田は冷蔵庫に走り、保冷剤を取りだした。
「瑠那、死んじゃいやよぉ~」と異変に気がつき、テントから飛び出した御手洗が言う。
保冷剤を管弦の頭に当てると管弦は譫言を口走った。
「パトラッシュ……」
タダでさえ人数が少ないスケロク商事だ。管弦が倒れただけでも一大事だ。ましてや経理も任せている。
「うう……」
管弦が唸りながら目を覚ました。ぼわっとした中に白い天井が目に入った。倉庫の高天井ではない。
「よかった」
奥のキッチンから天馬の声が響いた。
「……ここ……どこ?」
連れてきた願成寺が言う。
「楓のマンションだよ」
「え」
管弦が慌てるように起きたが、ズキン……と頭が痛んだ。
「無理しないの」と天馬。
そこが毛嫌いする天馬のマンションと分かると、また頭痛がする。
杉田の計らいで天馬のマンションに管弦を連れて行くように願成寺に頼んだのであった。
「じゃ、これで倉庫事務所にもどるよ」と願成寺。
「いてくれないかしら?」とキッチンから顔を出す天馬。
「社長に連絡しとくから、今日泊まってって」
天馬と管弦の仲の悪さは承知している願成寺だ。
二人だけにしたらなにかとんでもないことが起きる?
変なことを想像する願成寺だった。
『社用車、有料駐車場に突っ込んでるし、楓が連絡するって言うから、いっか』
「分かったよ、天ちゃん。厄介になるよ――調理手伝おうか?」
「大丈夫」
願成寺の申し出に、以前硬いポテトサラダを食べさせられたことを思い出し、天馬は断った。
「冷蔵庫に冷えたビールあるからそれを飲んでて」
冷蔵庫を開ける願成寺に冷えたビール『昇天』を見つけた。十本以上入っているのを見た願成寺は意地悪そうに横目で天馬を見た。
「何だ呑めないんじゃないの?」
それは重伝の置き土産だ。天馬の心がちょっと疼いた。
「同居人が残していったの。あたし飲めないし、どうぞ召し上がれ」
天馬の声がけに管弦は言う。
「あたしも呑みた~い」
「何いってんのさ、瑠那はこれ」
そういいながら天馬は意地悪く氷水に塩をドバドバ入れた。「塩分取らなきゃね」
管弦は思わず舌を出した。
「からい~~~」
翌朝の午前六時 スケロク事務所
「おはようございます」
願成寺は天馬と管弦を連れ、天馬のマンションから事務所へ戻ってきた。
願成寺が事務所に乗り込むとエプロンを掛けた黒川が出迎えた。
「朝食はチャーハンです」
「ウマいでやんす」と越狩が絶賛する。
「御手洗さんが手伝ってくれました」
でへへ……とにが笑いの包帯御手洗だ。
「サヤカとは大違いだ。目が見えないのに凄いもんだぜ」と祖父江。
「ふーん、だ。どうせアタシの作るのは出来そこないだよ」と憤慨する願成寺。
「でも固いポテトサラダも粋ってもんでがす」と的場。
「瑠那、どうだ、調子は」
杉田は労るように管弦に尋ねた。
「うん、意地悪されたけど充分寝られたヨ」
管弦は天馬をちろりと見ながら返事をした。
それに引き換え天馬はと伊東と同じように黙々と食べている。
「では喰いながら今日の打ち合わせだ」
杉田は次々指示を出した。
「瑠那と雄馬は有給を与える。しっかり養生するんだぞ。願成寺は公休日、瑠那に替わって天馬は事務処理。その他は九時に南区井土ヶ谷の遺品整理と作業終了後、緑区の産廃業者に廃棄。十トントラックとスケロク三号車を使え」
杉田の指示通り九時前に現場に到着した。
昭和の中程に建てられた平屋の一軒屋だ。
玄関前はほどよく清掃され雨戸もぴっちりと閉じているが、建屋の外観自体は屋根瓦が一部落ち、あばらや然としている。
「施錠もされていないようで、これなら泥棒に荒らされても文句は言えないでがす」
元泥棒の的場は一見して判断した。
「さすが先輩、分かるんでやんすか」と越狩は感心した。
無言で伊東は眺めるが、閉じられた玄関窓からは中が見えないようにビニール袋がうず固く積まれている。どう見ても部屋は異様な光景だ。
伊東は呟いた。
『遺品整理でねえべさ……タダの片付けだべ……』
第13話ep1 完 次章へ続く
※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。山形弁はCopilotにお願いしましたが物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。
第12話を引き摺っておりますが、本編は独立したストーリーと読まれても楽しめるように目指しました。さらに付け加えますと、いつものように遺品の依頼が実はとんでもないストーリーになります。




