第2話 恐怖のサウンド
「お、おい! なんでこれなんだよ! これはやばいだろ!」
俺は震え上がった。しかし、ダイキはガン無視である。むしろ面白がって、音量をさらに上げた。
「音量アップ。怨霊だけに」
真顔で言いやがる。
「やかましい。てか止めろって。怖いから」
「なんだよ、マジでビビってんの? 怖くないだろ、こんなの。作り話なんだから」
酔っ払ってハイになっているダイキは、大声で笑い飛ばすばかり。
このナレーターの語る怪談が無駄に上手く、演出は臨場感に満ちている。正体不明の存在がヒタ……ヒタ……と歩く擬音。呪われた登場人物の悲鳴。怨霊のセリフ。
「ちょっと、やばいってば。本気で怖すぎるって……」
身の毛もよだつ物語はさらに進み、まさに最高潮。怨霊が語り部に迫りくる。俺は息を呑んだ。
「ギャーッ!」
突然、ダイキが絶叫した。
「うわあああっ!!」
彼の声に心底驚いて、俺は思わず飛び退いた。
腰を抜かし、フローリングの床にへたり込む俺を見て、ダイキは腹を抱えてヒーヒー言いながら笑っている。
「お前、ビビり過ぎだよ!」
「おま……ふざっけんなよ、まじで!」
流石の俺も、堪忍袋の緒が切れた。
「いいかげんにしろ!」
ダイキに掴みかかり、カプセルを奪い取った。
「ちょっ、何すんだ。返せ」
「うるせえ、こんなもの!」
俺はカプセルの小さなタッチパネルを操作して、再生を止めようとした。しかし、ダイキに妨害されてうまくいかない。
「返せって!」
ダイキは強引にカプセルを奪い返そうとする。俺も意地になって抵抗した。
「離せよ!触んな!」
カプセルの取り合いになった俺たちの取っ組み合いは、次第にヒートアップしていった。
「いいから離せ!」
「いやだ!」
俺たちは激しく揉み合った。ダイキがカプセルを奪い取る。
「よこせよ!」
「取れるもんなら、取ってみろ!」
そう言ってダイキは大きく振りかぶると、力任せにカプセルをデタラメな方向へ放り投げた。
「あっ!」
運悪く開いていた窓の方へ、カプセルは放物線を描いて飛んでいき、そして外へ落ちていってしまった。
「ちょっ、何やってんだよ! どこに落ちた?」
俺は慌てて窓に駆け寄り、身を乗り出した。
ダイキの部屋は、マンションの3階にある。地面に落ちたカプセルくらい、どうにか見つかりそうな高さだ。
しかし、外は夕闇が迫っていて、すでに暗くなり始めていた。その上、建物との間に50センチほどの隙間を開けて、生け垣が植えられている。カプセルは、生け垣の向こうに落ちたか、それとも中か、とにかく上からではよく見えなかった。
「ああ、もう。探しに行かなきゃ」
ため息が出る。
「体から怪談流しながら?」
「言ってる場合じゃ、ないんだよ」
俺は玄関に向かった。
「行ってらー。頼んだぞ。ちゃんと回収してこいよ」
ダイキはニヤニヤしながら手を振る。
「お前……あとで覚えとけよ」
もはや殺意すら覚えつつ、俺は捨て台詞を吐いて玄関を出た。マンションの外に出ると、すでに周囲は薄暗くなっていた。腹の中から聞こえてくる怪談は、夕闇と相まって、不気味さを増していた。
「ああ、もう。最悪だ……」
愚痴りながらも生け垣の隙間を覗き込み、カプセルを探す。姿勢を低くし、生け垣の根元辺りに落ちていないか、念入りに探した。
「くそ、どこに落ちたんだ……?」
その時、突然、生け垣の向こう側から、ガサガサ! と物音がした。
「うわっ! 何だ!?」
ギラリ、と光る2つの眼が、生け垣の隙間から俺を覗いている。
「ニャーオ」
猫の鳴き声だった。
「なんだ、猫か……びっくりさせるなよ」
しかしよく見ると、その猫の足元には、あのカプセルが転がっているではないか。
猫は前足でちょん、ちょん、とカプセルをつついて転がしては、じゃれついて遊んでいる。
「あ、それ! お前が見つけてくれたのか?」
声をかけてみたが、猫はこちらをチラッと見ただけで、またカプセルで遊び始めた。相当気に入ったようで、夢中で遊んでいる。
「なあ、それ、返してくれないか?」
俺は猫に手を伸ばした。
「シャーッ!」
猫は毛を逆立てて、威嚇してきた。
「ああ、脅かしてごめんな? 遊んでるところ悪いけど、それ、大事なものなんだ。返してくれるかな?」
できるだけ優しい声色で、猫にお願いする俺。
『……さもなくば、お前を八つ裂きにしてくれるわ……!』
間髪入れずに俺の体内から、狂気をはらんだ声で怪談のセリフを叫ぶナレーター。台無しである。
「シャーッ! フーッ!」
猫は毛を逆立てながら、さらに威嚇してくる。そうしながらも四肢でカプセルを庇い、決して手放そうとしない。
「なあ、頼むよ。それ、返して?」
俺は必死に頼み込んだ。そんな俺の苦労を嘲笑うように、体内ではナレーターが臨場感たっぷりの悲鳴をあげる。
『ぐわあああっ!』
驚いた猫は、素早くカプセルをくわえて走り去った。
「えっ? ちょっと!?」
追いかける間もなく、猫は生け垣の隙間にするりと滑り込んだかと思うと、あっという間に姿を消してしまった。




