表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リキッドスピーカー 〜乗っ取られた俺の末路〜  作者: 芝川 千曲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/3

第3話 水の奥から

「嘘だろ……?」


 猫が姿を消した辺りを見つめたまま、俺は呆然と呟いた。

 俺の体内からは、なおも延々と怪談が再生され続けている。

 今語られているのは、藩主に飼い主を殺された猫が化け猫になって、夜な夜な人を襲って怨念を晴らすとかなんとか、そんな内容だ。勘弁してほしい。

 俺はとぼとぼとマンションの3階まで戻り、ダイキ宅の玄関を開けた。


「ただいま……」

「おかえりー。見つかったか?」

「野良猫に持ってかれた……」

「はぁ? マジで? あーあ、あれ、そこそこいい値段したのに」


 ダイキは俺のことより、カプセルが失われたことを残念がっている。


「知るか。それより、どうすんだよ、これ」


 再生を止める手段を失い、怪談を流し続ける自らの腹を、俺は指差した。


「腹の中のレモンサワーから流れてるんだろ? そのうち、小便になって出てくるだろ」

「他人事だと思って……」


 俺はため息をつくと、スマートフォンで、『水分 排出 時間』と検索してみた。体内の水分が尿となって排出されるまでに、3~6時間かかるらしい。


「なあ、ダイキ。今日はお前んちに泊まるぞ」

「え、なんで?」

「このまま帰れるわけないだろ。全部出しきるまでは、お前んちにいるからな」

「えー。延々と怪談を聞かされるのかよ」

「お前が言うな。こっちのセリフだ!」


 俺は思わず突っかかったが、ダイキはヘラヘラと笑っているだけだった。


「……本当に全部出ていくのかな……」


 思わず不安が漏れた。

 しかも音は腹だけでなく、全身に広がっている気がする。気持ちがざわついて、たまらず俺は、体中をさすった。


「夕飯、何食う? 宅配にするしかないよな?」


 俺の様子などお構いなしで、ダイキはフードデリバリーのアプリをいじっていた。

 それどころじゃないと思いかけたが、こんな状況でも腹は減るのだ。結局、いちばん店が近くて、いちばん早く届くであろう、カレーを注文することにした。


 このカレーが問題だった。

 中辛にしたはずなのだが、とにかく辛い。他の店なら辛口か大辛ぐらいの辛さだ。思わず水をがぶ飲みした。

 ふと気がつくと、ダイキが身をよじって笑っていた。俺が辛さで悶絶しながらも、相変わらず怪談を流し続けている様子がおかしいらしい。

 もはや抗議する気力もなかった。ただダイキを睨みつけて、俺はグビグビと水を飲み続けた。


「ちょっと、トイレ」

 

 不意に尿意を催し、ダイキの家のトイレを借りた。用を足すと、音の出どころが便器の奥と俺の体の二か所に分かれた。

 体外に少し出たおかげか、体から聞こえる怪談の音は、心持ち小さくなった気がする。


(……水だ。水を飲みまくるしかない)

 

 そう思った俺は、可能な限り水を飲み続けた。そして、少しでも尿意を感じればトイレに行く。それを繰り返した。

 俺はせめてもの腹いせにと、トイレに行くとき以外はダイキにつきまとい、これでもかと彼に怪談を聞かせ続けた。

 シャワー中に浴室の外から怪談が聞こえた時は、さすがのダイキも気味が悪かったらしい。しかし、浴室のドアに張り付いていた俺も、違う意味で気味が悪かった。

 そんなこんなで怪談は徐々に音量を下げながら、夜通し俺の体から流れ続けた。



 そして、夜が明けた。

 俺は朝一番にトイレへ行き、用を足した。便器の中からは相変わらず怪談が聞こえてくる。しかしその音は、だいぶ小さく、不明瞭になっていた。

 今度は背中を丸めて、自分の腹の音を聞いてみた。掌を耳に当ててみたりもした。

 ……何も聞こえない。どうやら、ついに全て排出しきったようだ。


「……やった……!」


 俺は歓喜した。

 あのいまいましい怪談は、完全に俺の中から消え去ったのだ。これで家に帰れる。

 すぐに身支度を整えて、ダイキに声をかけ、彼の家を後にした。寝起きのダイキは半分寝ぼけたまま、「またな」と手を振っていた。



 

 次の日、大学で会ったダイキは、げっそりとやつれた顔をしていた。


「どうしたんだよ、その顔」


 彼はほとほと参ったという様子で答えた。


「家中の排水口やトイレから、怪談がボソボソと聞こえてくるんだよ。それもエンドレスで。もう、気が狂いそう」


 俺がトイレに流したあとも、スピーカー化された水分は、まだその機能を失っていなかったらしい。

 排水管にわずかだけ残り、ボソボソとしか聞こえなくなったからこそ、かえって不気味さを増しているのだという。

 あのときはあんなにノリノリで、怖がる俺を面白がっていたダイキだったが、今じゃすっかりしおれきっている。


 うなだれる彼の肩に、俺はそっと手を置いた。


「ドンマイ!」


 満面の笑みで言い残し、俺は講義室に向かった。後ろでダイキが何か叫んでいたが、もう知ったことか。


 のちに聞いた話だと、その後ダイキのマンションは、排水管から幽霊の声がする心霊スポットとして、一部マニアの間でちょっとした話題になったらしい。

 しかし、そんな噂も、水の流れとともにいつしか消えていったようだ。


(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ