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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第三部 激戦篇

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第四十章 二人の技術者

 朝の格納庫は、機械油の匂いで満ちていた。

 奏太はリーゼの代替機——十一番機の前に立ち、腕を組んでいた。昨夜からずっと、この機体を睨んでいる。睨んだところで性能が上がるわけではないが、そうせずにはいられなかった。

 物理的な調整は限界までやった。関節の応答速度、脚部の出力配分、操縦系統のレスポンス。火傷だらけの指で一つ残らず詰めた。だが、それだけでは足りない。

 リーゼの戦い方は、常識の外にある。

 単騎で前線を切り裂き、敵陣を突破し、殿を務める。瞬間加速と急制動の連続。機体フレームが悲鳴を上げるような機動を、涼しい顔でやってのける。量産機の設計思想は「平均的なパイロットが安全に扱える範囲」だ。リーゼの操縦はその範囲をとうに超えている。

 物理調整だけでは、彼女の機体にはならない。

 ポケットの六角ボルトを握りしめた。冷たい金属の角が掌に食い込む。

 やるべきことは分かっている。分かっていて、一人ではできない。

 足音が聞こえた。重く、硬い足音。大きな体躯の持ち主だけが鳴らす、床を踏みしめるような響き。

 ガルベルトだった。

 百九十センチの巨体が格納庫の入口に影を作っている。琥珀色の目が十一番機を一瞥し、それから奏太を見た。

「朝が早いな、タカモリ」

「班長。——相談があります」

 奏太は率直に言った。回りくどい言い方をしている余裕はなかった。

「リーゼさんの代替機を、できる限り彼女に合わせたいんです。物理調整は限界までやりました。でも、それだけじゃ足りない」

 ガルベルトは無言だった。琥珀色の目が奏太の顔を読んでいる。

「魔力回路の調律も合わせてやれないでしょうか。物理系と魔力系を一緒に最適化すれば、もっと上のレベルまで持っていける。俺一人じゃ魔力回路には手が出せない。けど、班長となら——」

 言い切る前に、奏太は口を閉じた。

 これは大きな頼み事だ。整備班長の手を借りるということは、他の機体の整備スケジュールに影響が出る。班長の技術と時間を一機に集中させる。その判断の重さを、奏太は理解していた。

 ガルベルトが腕を組んだ。太い腕が胸の前で交差する。十五秒ほど、何も言わなかった。琥珀色の瞳が十一番機のフレームを上から下まで舐めるように見て、それから奏太に戻った。

「やるぞ」

 一言だった。

 それだけで十分だった。

 ガルベルトが工具棚に歩み寄り、自分専用の魔力測定具を取り出した。使い込まれた革のケースから、刻印の入った金属板と水晶の計測子が現れる。帝国最高峰の整備士が二十年以上使い続けてきた道具だ。

「まず現状の魔力回路を全て洗い出す。タカモリ、お前は物理系のパラメータを全部紙に書き出せ。関節応答、出力曲線、制動特性。数字を全部並べろ」

「了解です」

 奏太は作業台に紙を広げ、昨夜の調整データを書き出し始めた。ガルベルトが十一番機のハッチを開け、魔力回路の基盤に計測子を当てる。水晶が淡い光を放ち、回路の状態を数値化していく。

 二人が動き始めると、格納庫の空気が変わった。


        *


 最初にやってきたのはカティアだった。

 赤毛を後ろに束ね、緑の目を好奇心で輝かせている。右手の魔道刻印がかすかに光っていた。

「師匠、何してるんですか——って、タカモリさんも。朝から二人で十一番機を?」

「リーゼ中尉の代替機を仕上げる」

 ガルベルトが振り返らずに答えた。

「カティア。測定機器の準備をしろ。魔力共鳴率と回路負荷の連続計測だ。数値は五秒間隔で記録」

「はい!」

 カティアの動きは速かった。棚から測定機器を引き出し、十一番機の各部にセンサーを貼り付けていく。赤毛が肩で揺れる。魔道刻印が安定した光を放ち、センサーとの接続を確認する手つきには迷いがない。

 次にディーターが来た。

 灰色の短髪に灰色の目。無口な副班長は状況を一目で把握したらしい。何も聞かず、工具ベルトを腰に巻き、十一番機の足元にしゃがみ込んだ。

「ディーター。関節部の部品精度を全箇所確認してくれ。量産機の公差範囲内でも、一番良い組み合わせに入れ替える」

 奏太が頼むと、ディーターは小さく頷いた。それだけ。二十年の職人に余計な説明はいらなかった。予備部品の箱を引き寄せ、ノギスを手に取り、一つずつ寸法を測り始める。百分の一ミリ単位の選別作業だ。地味で、根気のいる仕事。だがこの積み重ねが、機体の動きを変える。

 四人が十一番機を囲んでいた。

 奏太が物理系の調整パラメータを読み上げ、ガルベルトが魔力回路の特性と突き合わせる。物理系と魔力系が干渉し合う領域——それが鍵だった。

「ここだ」

 ガルベルトの太い指が、回路図の一点を示した。

「駆動系の出力ピークと魔力回路の共鳴点がずれている。量産機の標準設定では問題ないが、リーゼ中尉クラスの瞬間加速をかけると、この位相差がロスになる」

「どのくらいのロスですか」

「七パーセントから十二パーセント。一般のパイロットなら気づかない。だが——」

「リーゼさんなら気づく」

 奏太が言い切った。ガルベルトが頷いた。琥珀色の目に、わずかな笑みが浮かんだ。

「合わせるぞ。魔力回路の共鳴周波数を駆動系のピークに同期させる。タカモリ、お前は駆動系の出力カーブを調整して、ピークのタイミングを零コンマ三秒早めろ」

「了解。カティアさん、共鳴率の変化をリアルタイムで読み上げてください」

「わかりました!」

 カティアが測定機器に向かった。数字が画面を流れていく。ガルベルトが魔力回路の素子に手を当て、刻印が琥珀色に光った。魔力が回路を流れ、共鳴周波数が少しずつ変化する。

 奏太は同時に駆動系の制御ユニットを開いていた。出力カーブを書き換える。ピークのタイミングをずらし、立ち上がりの傾斜を急にする。リーゼの操縦パターンに合わせた波形だ。

「共鳴率、上昇中——八十二、八十五、八十七……」

 カティアが読み上げる。

「九十一。九十三——」

「止めろ。そこだ」

 ガルベルトの声が鋭かった。魔力回路の調律がピタリと止まる。奏太も手を止めた。駆動系のパラメータを固定する。

「共鳴率、九十三点四パーセントで安定。標準設定の一点六倍です」

 カティアの声に興奮が滲んでいた。

 だが、まだ終わりではない。

 ディーターが足元から這い出てきた。手に握っているのは、選別を終えた関節部品だ。灰色の目が奏太を見た。

「左脚の第二関節。公差上限の部品と下限の部品を入れ替えた。遊びが百分の二ミリ減る」

「ありがとうございます。組み込みます」

 百分の二ミリ。数字だけ見れば誤差の範囲だ。だがその誤差が十数箇所で積み重なれば、機体全体の挙動が変わる。ディーターはそれを知っている。だから黙々と選別を続けていたのだ。

 時間が過ぎていった。

 一つ調整するたびに測定し、数値を確認し、次の調整に進む。地道な作業の繰り返し。だが一歩ごとに、十一番機は「リーゼの代替機」ではなく「リーゼのための機体」に近づいていった。

 ガルベルトが魔力回路の最終調整を終えたとき、もう昼を過ぎていた。

「カティア。最終計測」

「はい」

 カティアが全センサーの値を読み取り、一覧表にまとめた。数字の羅列を、ガルベルトと奏太が同時に覗き込む。

 駆動系の応答速度。魔力回路の共鳴率。出力効率。制動性能。瞬間加速時の位相同期率。

 どの数値も、朝の時点から大幅に向上していた。量産機の標準性能を二割近く上回っている。リーゼの愛機には及ばない。だが——戦える機体にはなった。

「呼んでくるか」

 ガルベルトが言った。奏太は頷いた。


        *


 リーゼが格納庫に入ってきたのは、それから三十分後だった。

 銀灰色の長髪を背中に流し、紫の瞳で十一番機を見上げる。昨日まで不満を押し殺していた表情とは違う。何かを感じ取ったように、目を細めていた。

「乗ってみてください」

 奏太が操縦席を示した。

 リーゼが無言でコクピットに上がった。操縦桿を握り、フットペダルに足を置く。起動シークエンスが走る。魔力回路に火が入り、駆動系が低い唸りを上げた。

 十一番機が動いた。

 格納庫の中での基本動作テスト。前進、後退、旋回。腕を振り、脚を踏み出す。単純な動きだ。だが、リーゼの目が変わった。

 紫の瞳が見開かれている。

 操縦桿を握る指に力が入り、それからふっと力が抜けた。機体の反応を確かめるように、もう一度旋回する。今度は速く。鋭く。量産機とは思えないキレのある動き。

 コクピットのハッチが開いた。

 リーゼが顔を出した。

 笑っていた。

 歯を見せて、無防備に、子供のように——笑っていた。殲滅の堕天使の鉄面皮がどこかに消えて、純粋な喜びだけがそこにあった。

「これなら戦える」

 その一言が、格納庫に響いた。

 奏太はガルベルトを見た。ガルベルトが奏太を見た。

 二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。言葉はいらなかった。琥珀色の目と黒い目が交わした視線に、全てが詰まっていた。やった。俺たちの手で。

 カティアが測定機器を抱えたまま、感嘆の声を漏らした。

「師匠と鷹森さんが組むと、こうなるんですね……」

 緑の目が輝いている。師であるガルベルトの魔力調律と、異世界から来た整備士の物理調整。二つの技術が噛み合ったとき、一機の量産機がここまで変わる。その事実に、弟子として純粋に心を動かされたのだろう。

 ディーターも工具を拭きながら、珍しく口を開いた。

「悪くない仕事だったな」

 副班長にとっては最大級の賛辞だった。

 奏太はポケットの六角ボルトに触れた。冷たい金属の感触が、確信を形にしてくれる。

 今日やったことは、小さな成功体験に過ぎない。量産機を一機、調整しただけだ。新しい機体を作ったわけじゃない。設計図を引いたわけでもない。

 だが——これが証明だった。

 物理系と魔力系の融合。帝国の技術と、異世界の技術者の視点。二つが組み合わされば、既存の枠を超えられる。量産機の標準性能を二割上回る調整が可能なら、新機体の開発でも同じアプローチが使える。

 リーゼのために作ると誓った機体。あの夜、格納庫で交わした約束。その実現が、今日一歩だけ近づいた。

 リーゼが十一番機から降りてきた。奏太の前で足を止め、紫の瞳がまっすぐに見つめる。

「礼を言う」

「いえ。班長とカティアさんとディーターさんのおかげです」

「全員に言っている。——だが、お前が動かなければ始まらなかった」

 それだけ言って、リーゼは踵を返した。銀灰色の髪が揺れる。格納庫の出口に向かう足取りは軽い。


        *


 片付けに入った格納庫は、穏やかな空気に包まれていた。

 カティアがセンサーを回収し、ディーターが工具を元の位置に戻す。ガルベルトは魔力測定具を革ケースにしまいながら、小さく息を吐いた。

「タカモリ」

「はい」

「今日の作業、記録を残しておけ。物理系と魔力系の同期調整の手順と数値。次に使う」

「次——ですか」

「次がある。お前ならわかるだろう」

 ガルベルトの琥珀色の目が、静かに光った。新機体。その言葉は口にしなかった。だが二人の間では、既に共通の認識になっていた。

 奏太は深く頷いた。

「記録します」

 カティアが嬉しそうに笑い、ディーターが黙って頷く。整備班が一つのチームとして動いた日。その手応えが、全員の中に残っていた。

 格納庫の入口で、音がした。

 硬い音ではない。不規則な、ぎこちないリズム。コツ、コツ、カツ。松葉杖が床を叩く音だ。

 全員が振り返った。

 格納庫の入口に、一人の青年が立っていた。

 黒い髪。痩せた体。右脚にギプスの名残が見える。軍服は少し大きくなっていた。後方で過ごした月日の分だけ、体が細くなったのだろう。松葉杖を両脇に挟み、背筋だけはまっすぐに伸ばしている。

 ルーカスだった。

 青年は格納庫の中を見回した。機体の列。工具の並んだ棚。油と金属の匂い。ここを最後に見たのは、担架の上からだった。右脚の骨が折れ、意識が朦朧とする中で見上げた天井の蛍光灯。あの日から何週間が過ぎたのか。

 ルーカスの視線がフィンを捉えた。

 白い前髪。青緑の目。親しい先輩の顔。

 ルーカスは松葉杖を握り直し、姿勢を正した。片脚で踏ん張り、右手を額に上げる。

「——戻ってきました」

 敬礼は完璧だった。震えもない。ただ声が、ほんの少しだけ掠れていた。

 フィンが動いた。

 駆け寄った。二歩、三歩。大股で距離を詰め、ルーカスの前で立ち止まる。青緑の目が大きく見開かれ、それから——ぐしゃりと歪んだ。

「おかえり」

 たった四文字。だがフィンの声には、何週間分もの心配と安堵が詰まっていた。

 ヨハンが整備用の椅子に座ったまま、濃い金髪を掻いた。翡翠色の目が細くなる。

「遅い帰還だな、坊主」

 笑っていた。普段の皮肉とは違う、柔らかい笑い方だった。

 ルーカスが敬礼を解いた。唇を引き結び、何か言おうとして、言葉が出なかった。目元が赤い。泣きそうな顔を必死に抑えている。新人パイロットの矜持が、かろうじて涙を堰き止めていた。

「あの——」

 ルーカスの視線が格納庫の奥に動いた。機体の列を見ている。自分が最後に乗った機体はもうない。大破して廃棄処分になったはずだ。だが格納庫には新しい機体が並んでいる。戦いは続いている。自分がいない間も、皆は戦い続けていた。

 ルーカスは松葉杖で一歩、また一歩と格納庫の中に進んだ。奏太の前で足を止めた。

 黒い目と黒い目が合った。

 ルーカスが頭を下げた。深く。松葉杖が少し揺れた。

「鷹森さん。——自分の機体も、整備してもらえますか」

 その声には決意があった。まだ松葉杖を手放せない体で、それでも戦場に戻ると決めた青年の覚悟が。

 奏太は六角ボルトをポケットの中で握った。

「もちろんだ。——おかえり、ルーカス」

 ルーカスが顔を上げた。目が赤いまま、それでも笑った。不器用な、だがまっすぐな笑顔だった。

 格納庫に夕陽が差し込んでいた。

 朝から始まった長い一日が終わろうとしている。十一番機の調整という小さな成功。そしてルーカスの帰還。二つの出来事が、格納庫の空気を温めていた。

 フィンがルーカスの隣に立ち、肩を貸そうとしている。ルーカスが「大丈夫です」と首を振る。ヨハンが「無理するなよ」と声をかける。カティアが「お茶淹れますね」と走っていく。ディーターが黙って椅子を引いてくる。ガルベルトが腕を組んで、その光景を見守っている。

 奏太は作業台に手をついて、その光景を眺めた。

 戻ってくる場所がある。待っている人がいる。迎える仲間がいる。

 それを守るために、自分は機体を作る。

 ポケットの六角ボルトが、夕陽を受けてかすかに温かかった。


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