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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第三部 激戦篇

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第三十九章 折れない翼

 量産機が格納庫に搬入されたのは、翌朝のことだった。

 灰色の装甲。丸みを帯びた肩部。没個性な顔立ち。帝国軍制式採用のMR-14汎用騎——通称「鉄鳩」。前線の基地には常に数機のストックがある。損耗の激しい部隊には、こうして補充されるのが通例だ。

 奏太はコックピットのハッチを開け、内部を覗き込んだ。操縦系統に異常はない。魔力回路も正常。整備記録票も綺麗なものだ。製造から半年。実戦投入はゼロ。工場出荷時のまま、どこにも癖がついていない。

 新品だ。悪い機体ではない。

 だが——リーゼの機体ではない。

「タカモリ、状態はどうだ」

 背後からリーゼの声がした。振り向くと、銀灰色の髪を高く結い上げた彼女が立っていた。制服に袖を通し、ブーツを磨き、いつもの鋭い紫の瞳でこちらを見ている。昨夜、愛機の残骸に「ありがとう」と呟いた人間と同じとは思えないほど、凛としていた。

「良好です。出荷状態のまま、どこも問題ありません」

「そうか。では午後の訓練から使う」

 それだけ言って、リーゼは踵を返した。

 奏太はその背中を見送った。背筋がまっすぐに伸びている。いつも通りだ。いつも通りすぎて、逆に痛い。


        *


 午後の訓練が始まった。

 管制室のモニターに灰色の機体が映る。あの黒銀ではない。量産機の群れに紛れたら見分けがつかない灰色。

 リーゼが「鉄鳩」を飛ばした。

 奏太はデータを追った。速度、旋回率、反応速度。数字が次々と流れていく。

 遅い。

 いや、機体のスペックとしては標準的だ。汎用機としては十分な数値が出ている。問題はそこではない。リーゼの操縦に機体が追いついていない。

 リーゼの反応速度は常人の三倍と言われている。操縦桿を切った瞬間に機体が応えるのが愛機だった。だがこの「鉄鳩」は、コンマ数秒遅れてから動き出す。

 そのわずかな遅延が、リーゼの機動を殺していた。

 鋭角ターンが丸くなる。急制動からの再加速に一拍の間が空く。切り返しの瞬間に機体がもたつく。

 リーゼの飛び方を知っている者が見れば、一目でわかる。これは彼女の動きではない。

 訓練が終わり、機体が着陸した。

 コックピットから降りてきたリーゼの表情は平静そのものだった。汗一つかいていないような顔で、パイロットスーツの手袋を外す。

「悪くない機体だ」

 リーゼは言った。

 嘘だ、と奏太は思った。だが口には出さなかった。

「いくつか調整させてください。操縦系の応答を少し詰められます」

「任せる」

 短いやりとり。リーゼは他のパイロットたちとの打ち合わせに向かい、奏太は機体に取りかかった。


        *


 夜の格納庫で、奏太は「鉄鳩」のコックピットに潜り込んでいた。

 操縦系統の応答速度を調整する。魔力回路の伝達経路を最短に組み替え、不要な安全リミッターを解除していく。火傷だらけの指がコネクタを外し、配線を差し替え、パラメータを書き換えていく。

 カティアが隣で補助していた。赤毛を耳にかけ、回路図と睨めっこしながら数値を読み上げている。

「応答遅延、〇・一八秒から〇・〇九秒まで詰めました」

「まだ遅い。リーゼさんの愛機は〇・〇三秒だった」

「〇・〇三……この機体のフレームで、そこまで出せますか?」

「無理だ」

 奏太は正直に答えた。工具を置いて、コックピットの縁に額を押しつけた。

 限界だった。汎用機のフレームには汎用機なりの設計思想がある。誰でもそれなりに扱えるように、応答にわざと余裕を持たせている。それを極限まで削っても、専用機の応答には遠く及ばない。

「〇・〇六が限界です。これ以上詰めると挙動が不安定になる」

 カティアが唇を噛んだ。緑の目に悔しさが滲んでいる。

「中尉は何も言わないでしょうけど——」

「ああ。わかってる」

 わかっている。リーゼは文句を言わない。与えられた機体で最善を尽くす。それがプロの軍人だ。だが最善を尽くしたところで、機体が足を引っ張る。奏太にはそれが見える。データが嘘をつかないからだ。

「できるところまでやろう。脚部の出力配分も見直す。少しでも旋回性能を上げたい」

「はい」

 カティアが頷いて、工具箱に手を伸ばした。

 二人の夜は長かった。


        *


 三日が過ぎた。

 奏太の調整を経た「鉄鳩」で、リーゼは飛び続けていた。毎日の訓練。模擬戦。偵察飛行。一度も不満を口にしなかった。

 だが数字は残酷だった。

 訓練データを比較すると、愛機時代のリーゼと今のリーゼでは、戦闘効率が三割落ちている。三割。エースパイロットにとって致命的な数字だ。

「機体のせいにはしない」

 リーゼは朝の点呼の後、奏太にそう言った。

 紫の瞳はまっすぐだった。自分に言い聞かせるようでもあり、奏太に心配をかけまいとする配慮のようでもあった。

「腕が鈍っただけだ。慣れれば問題ない」

 嘘だ。腕は鈍っていない。慣れの問題でもない。機体が合わないのだ。靴のサイズが違うまま全力疾走しているようなものだ。走れないわけではない。だが本来の速さは出ない。

 リーゼはそれを分かったうえで、黙っている。

 エースの矜持だ。道具のせいにするのは三流のやることだと、彼女は信じている。


 昼食の時間に、ヨハンが奏太のところに来た。

 食堂の隅。周囲に人がいないことを確認してから、濃い金髪の大男は声を落とした。翡翠色の目が、珍しく陰りを帯びている。

「タカモリ。率直に聞く」

「何ですか」

「中尉の機体——あれで戦場に出して大丈夫か?」

 奏太は箸を止めた。ヨハンの目を見返す。

「正直に言えば、本来の七割の性能です」

「七割か」

 ヨハンが腕を組んだ。金の口髭の下で唇が引き結ばれている。

「エースってのはな、機体を選ぶんだよ。中尉は言わねえが、ありゃ相当我慢してる。俺にはわかる」

 奏太は黙って聞いていた。

「あの人は飛び方が特殊なんだ。体が先に動いて、機体が追いかける。普通のパイロットは機体に合わせて飛ぶが、中尉は逆だ。自分の体感で飛んで、機体にそれを要求する。だから応答が遅いと、全部ズレる」

 奏太がデータで見ていたことを、この男は戦場の肌感覚で理解していた。

「中尉は我慢してるが——あの状態で実戦になったら、庇いきれねえ場面が出てくる。殿を務めた時みたいに一人で戦場を引っ掻き回す動きは、あの機体じゃ無理だ」

「わかっています」

 奏太は箸を置いた。

「わかっていて、俺にはまだ答えが出せていない」

 ヨハンは奏太を見た。翡翠色の目に責める色はなかった。ただ事実を確認している目だ。歴戦の軍人の目。

「期待してるぜ、整備士殿」

 ヨハンは立ち上がり、食堂を出ていった。


        *


 夕方。格納庫の裏手。

 奏太が一人で工具の手入れをしていると、フィンが来た。

 白い前髪の下の青緑の目が、いつもより暗い。手にはデータ板を持っていた。

「タカモリさん」

「どうした」

「今日の模擬戦のデータ、見ました」

 フィンがデータ板を差し出した。奏太は受け取って画面を見た。リーゼの模擬戦データだ。回避パターン、攻撃タイミング、位置取り——すべてに微妙なズレがある。愛機時代のデータと重ねれば一目瞭然だった。

「中尉の飛び方に合った機体があれば——」

 フィンの声が詰まった。白い前髪を握りしめるように掻き上げる。悔しそうだった。

「あの人は俺たちを庇って愛機を失った。俺たちを逃がすために殿を務めて。それなのに——代わりの機体がこれじゃ、あんまりだ」

「フィン」

「わかってます。贅沢を言える状況じゃない。量産機が配備されるだけでもありがたい。でも——」

 フィンは言葉を切った。データ板を胸に抱えるようにして、唇を噛んだ。

「中尉は笑ってました。今日の訓練の後。後輩たちに『機体が変わっただけで慌てるな、体に叩き込んだものは消えない』って。笑って言ってたんです。でも——あの笑顔の裏で、どれだけ」

 フィンの声が震えた。

 奏太はデータ板をフィンに返した。

「ありがとう、フィン。データ、助かった」

「俺にできることがあれば、何でも言ってください」

 フィンは敬礼して去っていった。

 奏太は一人になった。


        *


 日が暮れた格納庫に、灰色の「鉄鳩」が佇んでいる。

 奏太はその前に立っていた。

 ポケットの中の六角ボルトを、指で転がす。火傷の跡が刻まれた指先に、冷たい金属の角が食い込む。

 データは全部頭に入っている。リーゼの操縦特性。反応速度。機動パターン。入力から動作への変換曲線。愛機との相性パラメータ。そして今の「鉄鳩」との乖離値。

 足りないものが分かっている。

 応答速度。出力重量比。装甲と機動の両立。フレーム剛性。魔力伝達効率。全部だ。全部が足りない。

 汎用機をいくら弄っても、リーゼの飛び方には応えられない。調整の限界はとっくに見えている。〇・〇六秒の応答遅延。リーゼが求める〇・〇三秒には永遠に届かない。既存の機体では——無理だ。

 なら、答えは一つしかない。

 奏太は作業台に向かった。白紙の設計用紙を広げる。鉛筆を握った。火傷の跡がある人差し指と親指で、硬い芯先を紙に当てた。

 リーゼの飛び方を思い出す。

 あの鋭角ターン。重力を無視したような急制動。切り込む瞬間の加速。部下を庇うときの、自分の体を盾にする覇気に満ちた割り込み。

 全部を受け止める機体が要る。

 部下を庇っても壊れない装甲。どんな無茶な機動にも追従する応答速度。リーゼの反応速度と一体になる操縦系統。彼女だけのための、彼女だけの機体。

 鉛筆が動き始めた。最初はおぼろげな輪郭だった。翼の形。胸部装甲の厚み。脚部フレームの構造。カティアに教わった魔力回路の理論。ガルベルトに叩き込まれた設計原則。ディーターから盗んだ加工の勘所。全部を注ぎ込む。

 まだ粗い。穴だらけだ。実現するには技術も資材も時間も足りない。

 だが——輪郭は見えた。

 リーゼの背中を思い出した。まっすぐ伸びた背筋。合わない機体で黙って飛び続ける横顔。

 ヨハンの言葉が蘇る。「中尉は我慢してるが、俺にはわかる」

 フィンの声が重なる。「あの笑顔の裏で、どれだけ」

 六角ボルトを握りしめた。

「いつか——あなたのためだけの機体を作る」

 誰もいない格納庫に、その言葉が小さく響いた。

 誓いだった。

 町工場の整備士が、異世界のエースパイロットのために機体を設計する。途方もない話だ。技術も知識も資材も足りない。何年かかるか分からない。

 だが奏太の手には鉛筆があった。設計用紙があった。そして何より——守りたい人の飛び方が、頭の中に刻まれていた。

 火傷だらけの指が、再び紙の上を走り始めた。格納庫の白い灯りの下で、一本の線が一つの約束になっていく。

 奏太は描き続けた。夜が更けても、手は止まらなかった。


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