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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第三部 激戦篇

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第三十二章 撤退戦

 それは、出撃から三十分後に起きた。

 合同部隊の掃討作戦。帝国からリーゼ、ヨハン、フィンの三小隊。共和国からセルゲイの小隊。計十二機が門の近傍に展開していた。

 奏太は通信室のモニタに張りついていた。隣でロッテが各部隊の通信を拾い、情報を捌いている。

「敵影、確認。通常個体十二。新種——六体」

 ロッテの声が硬い。

 新種が六体。前回より増えている。奏太の指が通信板の上で止まった。

「リーゼ中尉、前回のデータを各機に送ります。新種の行動パターン、頭に入れてください」

「了解」

 短い返答。リーゼ機が先頭で突入した。銀色の刃が通常個体を薙ぎ払う。二体、三体と崩れ落ちる。

 だが新種は動かない。

 距離を保ち、青白い複眼でじっとこちらを観察している。

「嫌な間だな」

 ヨハンの声。

「来る」

 リーゼの声が鋭かった。

 新種六体が一斉に動いた。

 前回とは違う。散開ではなく、二体ずつの三組に分かれている。一組がリーゼ機に向かい、一組がヨハン小隊を、もう一組がフィンの方へ。

「パターンが変わっている!」

 奏太が叫んだ。

 前回のデータで対策を立てた。それに対応するかのように、新種もまた戦い方を変えてきた。

「こちらの対策を——読まれている」

 適応しているのは、こちらだけではない。新種もまた、こちらの適応に適応している。

「フィン、後ろ!」

 エーリヒの声。フィン機の背後に回り込んだ新種を、エーリヒ機が割って入って防いだ。

「ありがとう、エーリヒ!」

「いいから前を見ろ!」

 だが——新種の攻勢は止まらなかった。

 二体がかりでリーゼ機を拘束しようとする。剣を見切り、退路を塞ぐ。リーゼは剣筋を変えて一体を斬り伏せたが、もう一体がその隙に脚部を狙った。

「中尉の左脚に被弾! 装甲にダメージ!」

 ロッテが報告した。

「問題ない」

 リーゼの声に揺らぎはなかった。だが数値は嘘をつかない。左脚の装甲値が削られている。

「セルゲイ大尉!」

 ロッテが周波数を切り替えた。

「こっちもやべえ! 三体に囲まれた! 装甲で耐えてるが、関節を集中的に狙ってきやがる!」

 セルゲイの声に、初めて焦りが混じった。

「二番機、左腕がやられた! 動かねえ!」

 被害が広がっている。新種の攻撃精度が、一手ごとに上がっていく。

 このまま戦い続ければ——全滅する。

「リーゼ中尉」

 奏太は声を絞り出した。

「撤退を進言します」

 沈黙が落ちた。一秒。二秒。戦場では永遠に等しい時間。

「——全部隊、撤退」

 リーゼの声が通信に響いた。殲滅の堕天使に撤退の二文字は似合わない。だが指揮官は部下を生きて帰す責任がある。

「撤退順序を指示する。セルゲイ大尉の部隊、損傷機を先行。ヨハン、フィンは側面を守りながら後退。殿は私が務める」

「中尉、脚をやられてるだろ! 殿は俺が——」

「命令だ、ヨハン」

 一言で切った。

 撤退が始まった。

 しかし新種は見逃さなかった。生き残った五体が追撃を仕掛ける。通常個体も群がってきた。

「来る! 追ってくる!」

 フィンの声。

「落ち着け。俺が右を抑える」

 エーリヒ機がフィンの右側面に展開し、追撃してくる新種を弾いた。

 リーゼ機が反転した。

 損傷した左脚を引きずりながら、殿の位置に立つ。新種二体がリーゼに殺到した。紫の瞳が敵を射抜く。

 一閃。

 新種の一体が崩れた。だがもう一体がリーゼ機の右肩に爪を突き立てた。装甲が砕ける音が通信に乗った。

「中尉!」

 ロッテの声が裏返った。

「構うな。後退を続けろ」

 セルゲイの部隊が離脱を始めた。だが損傷した二番機の動きが遅い。新種の一体が追いつきかけた。

「させるかよ!」

 セルゲイ機が割って入った。重装甲機が新種の攻撃を正面から受け止める。装甲が軋む。

「行け! 二番機、先に行け!」

 その隙に——新種がヨハン小隊に集中した。

 三体がヨハン小隊を囲み込んだ。ヨハンが一体を弾く。だが残り二体が左右から挟撃する。

「ヨハン大尉、右腕の駆動系にダメージ!」

「エーリヒ、フィンを連れて下がれ! 俺は——」

 ヨハンの言葉が途切れた。新種がヨハン機の脚を掴んだ。

「大尉!」

 エーリヒ機が飛び出した。ヨハン機に取りついた新種を斬りつけ、その腕を切断した。ヨハン機が解放された。

 だがその瞬間——エーリヒ機の死角から、別の新種が突進してきた。

 青白い複眼が光った。

 エーリヒ機の胸部装甲に、巨大な爪が突き刺さった。

 轟音。

 通信が、悲鳴のような金属音で埋まった。

「エーリヒ機、大破! コア部に重大損傷!」

 ロッテの声が震えた。

「エーリヒ!」

 フィンの絶叫が通信を切り裂いた。十九歳の少年の声が、戦場のすべての音を突き抜けた。

「エーリヒ! 返事をしろ! エーリヒ!」

 通信にノイズが走る。二秒。三秒。

「——脱出する」

 エーリヒの声が聞こえた。途切れ途切れの、弱い声。

「脱出機構、作動——」

 エーリヒ機の背面から射出ポッドが撃ち出された。大破した機体を捨て、パイロットだけが放り出される。緊急脱出。最後の手段。

「射出ポッド確認! エーリヒ少尉、生存! ただしバイタルに異常あり!」

 ロッテが叫んだ。

「フィン、ポッドを回収しろ! エーリヒを拾え!」

 ヨハンの声。

「わかった——わかった!」

 フィンの声が震えている。だが機体は動いた。フィン機が射出ポッドに駆け寄り、片腕で抱え上げた。

「確保した! エーリヒ、聞こえるか! しっかりしろ!」

 応答はなかった。バイタルは生存を示しているが、意識があるかは分からない。

「全機、離脱を急げ」

 リーゼの声。

 殿を務めるリーゼ機が、追撃してくる新種の前に立ちはだかった。左脚は半壊。右肩から火花が散っている。それでも殲滅の堕天使は退かない。

 一体。斬った。もう一体が突進してくる。弾く。衝撃で損傷した左脚が膝をついた。

「——まだだ」

 立つ。退ける。また立つ。

 撤退路が確保された。

 セルゲイの部隊が先に離脱し、ヨハンとフィンが続いた。最後にリーゼ機が、ボロボロの機体を引きずりながら後退した。

 追撃は、ある地点で止まった。前回と同じ。彼らには追撃の限界を判断する知性がある。

 奏太は通信室で拳を握りしめていた。

 エーリヒ機、完全喪失。リーゼ機、大破。ヨハン機、中破。セルゲイ部隊の三機が損傷。

 敗北だ。

 この戦争で初めての、明確な敗北。


        *


 格納庫が地獄になった。

 帰還した機体が次々と搬入されてくる。装甲が抉れ、関節が歪み、駆動系から油が漏れている。

 奏太は走った。

 最初に駆け寄ったのはフィン機だった。片腕にエーリヒの射出ポッドを抱えたまま着地した機体。まずポッドの回収が先だ。

「カティア! ポッドのハッチを開ける! 手を貸してくれ!」

「はい!」

 カティアが駆け寄った。二人で射出ポッドの外部ロックを外す。奏太の火傷だらけの指がボルトを回した。硬い。衝撃で歪んでいる。

「レンチ、二十四ミリ」

「どうぞ!」

 力を込めた。ボルトが回った。ハッチが開く。

 エーリヒが中にいた。

 眼鏡が割れていた。左腕が不自然な角度に曲がっている。額から血が流れている。だが——息をしている。

「衛生班! 担架を!」

 奏太が叫んだ。

 衛生兵が駆けつけ、エーリヒを担架に乗せた。意識はない。左腕の骨折と、肋骨の損傷。重傷だが、命に別状はない——衛生兵がそう告げた。

 フィンがコクピットから飛び降りてきた。担架に駆け寄る。青緑の目が涙で滲んでいた。

「エーリヒ——」

 声が掠れていた。戦場で叫びすぎたのだろう。

「後方に搬送する。命は助かる」

 衛生兵がそう言った。フィンの膝から力が抜けた。その場にしゃがみ込む。ヨハンが来て、フィンの肩を掴んだ。何も言わない。ただ、肩を掴んでいた。

 担架が格納庫から運び出されていく。エーリヒの姿が遠ざかる。

 奏太はそれを見届ける暇がなかった。

 次の機体。

 リーゼ機が格納庫に引きずり込まれた。左脚は半壊。右肩の装甲は砕け、内部フレームが露出。全身に無数の爪痕。殿の代償だった。

「ディーター、リーゼ機の応急処理を頼む。左脚の駆動系を優先で」

「了解」

 ディーターが無言で取りかかった。余計な言葉は一切なし。手だけが動く。

 奏太はヨハン機に移った。右腕の駆動系がやられている。関節部のギアが三枚欠けていた。分解にかかる。

 手が止まらない。止まれない。

 カティアが格納庫の反対側で、セルゲイ部隊の損傷機に取りついていた。共和国の機体は規格が違う。だがガルベルトに叩き込まれた基礎がある。緑の目が的確に修復箇所を特定していく。

「クソッ」

 声が聞こえた。

 振り向くと、セルゲイが格納庫の壁を殴っていた。大きな拳。広い肩が荒い呼吸で上下していた。

「クソッ、こんな撤退は初めてだ」

 吐き捨てるように言った。歴戦の豪傑が初めて見せる、剥き出しの感情。

 誰も言葉をかけなかった。

 セルゲイは深く息を吐き、何も言わずに自分の機体に向かった。パイロット自ら修理を手伝うつもりだ。

 時間が過ぎていく。

 格納庫に響くのは工具の音だけだった。誰も口を開かない。ただ手を動かし続ける。

 奏太はボルトを回し、ケーブルを繋ぎ、駆動系を組み直した。一機終わればすぐ次。手が油で真っ黒になった。火傷の跡が痛む。構わない。

 カティアが工具を取りに来た時、一瞬だけ目が合った。疲労の色が見えたが、手は止まっていなかった。

「あと何機ですか」

「セルゲイ大尉の二番機と三番機。それが終われば——」

「終わりませんよね」

 カティアの声は静かだった。

「ええ。終わらない」

 応急修理が終わっても、本格的な修復が待っている。次の戦闘までに何機を戦闘可能な状態に戻せるか。時間との戦いだ。

 ディーターがリーゼ機の左脚を仮組みし終えた。灰色の目で奏太を見る。

「歩行は可能にした。だが全力稼働は無理だ」

「充分です。次はヨハン機の右腕を手伝ってください」

「了解」

 淡々と。粛々と。手を動かし続ける。

 夜が更けた。

 ガルベルトが予備部品の手配を進めている。琥珀色の目が整備班全体を見渡していた。

 奏太はヨハン機の関節部に新しいギアを組み込みながら、ふと手を止めた。

 この手で直せるものには限りがある。

 新種は進化し続けている。修理して、補強して、戦術を変えても——敵はそれに適応する。今のままでは、被害が増える一方。

 エーリヒの割れた眼鏡が脳裏に浮かんだ。フィンの絶叫。

 次は——誰だ。

 奏太は歯を食いしばった。

 答えはまだない。だが考えることをやめるわけにはいかない。

 火傷だらけの指がボルトを回す。壊れたものを直す。直して、また送り出す。

 それが今の自分にできる、全てだった。


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