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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第三部 激戦篇

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第三十章 共同戦線

 輸送機が着陸したのは、切り立った山脈の麓に築かれた野戦基地だった。

 ドラッヘン山脈。帝国領東部の背骨とも呼ばれる険しい山岳地帯。岩肌を削って作られた滑走路に、輸送機の車輪が荒々しく接地した。機体が大きく揺れ、カティアが「ひゃっ」と小さく声を上げた。

 ハッチが開く。冷たい風が吹き込んだ。ヴァルハイムとは空気が違う。乾いて、薄い。標高が高いのだ。

 奏太がタラップを降りると、眼前に広がる光景に息を呑んだ。山肌に張りつくように仮設格納庫が並び、いくつもの国旗が風にはためいている。帝国の黒鷲旗だけではない。見たことのない紋章がいくつも。

「各国軍の合同前線基地か」

 ディーターが低く呟いた。灰色の目が基地全体を冷静に観察している。

「帝国軍だけでは対応できないということだ」

 リーゼが先頭で歩き始めた。銀灰色の長髪が山風に流される。紫の瞳が前方を見据えている。その後ろにヨハン、フィン。パイロットたちの足取りに迷いはない。

 奏太は整備機材のコンテナを確認しながら周囲を見回した。目に飛び込んでくるのは、各国軍の魔道兵器だ。

 帝国の機体は見慣れている。直線的なフォルムに堅牢な装甲。だが隣の格納庫に並んでいる機体は——まるで違う。曲線を多用した流麗なシルエット。関節部の構造が根本から異なる。

 奏太の心臓が跳ねた。知らない機体。知らない設計思想。知らない技術。火傷の痕だらけの手が、無意識にポケットの六角ボルトを握りしめていた。見たい。触りたい。分解して構造を理解したい。

「おお!」

 地響きのような声が飛んできた。

 振り向くと、大柄な男が両手を広げて歩いてくる。百八十後半はある巨体。赤毛の顎髭をたくわえた顔は日に焼けて赤銅色。軍服の襟元に赤い星の記章。帝国の軍人ではない。

 男はまっすぐにリーゼの前に来ると、破顔した。

「殲滅の堕天使! 本物か! 噂は聞いていたが——こりゃあ、戦神そのものだな!」

 声がでかい。格納庫に反響するほどでかい。

 リーゼが一瞬だけ目を細めた。紫の瞳が男を値踏みするように見る。

「セルゲイ・ヴォルコフ大尉。連邦共和国空戦魔導師団、第四中隊」

 男は自分の胸を拳でどんと叩いた。右耳の小さなピアスが、その振動で揺れた。

「先月からこの前線に張りつきっぱなしでな。増援が来ると聞いて——まさか帝国のエースが来るとは思わなかった」

「リーゼ・ヴァイスフェルト中尉です」

 リーゼの声は平坦だった。だが拒絶の色はない。戦場で出迎える同業者に対する、最低限の礼節。

 セルゲイが豪快に笑った。赤毛の顎髭が揺れる。

「硬いな! まあいい。一緒に戦えば仲良くなる。戦場ってのはそういうもんだ」

 ヨハンが腕を組んだ。翡翠色の目がセルゲイを観察している。

「連邦の機体は初めて見る。あの曲線フォルムは機動性重視か」

「おう、いいところに目をつけるな! ウチの機体は帝国のとは設計思想が真逆だ。装甲を厚くして火力に振ってる。正面突破が基本戦術だ」

 フィンが白い前髪の下から興味深そうにセルゲイを見上げた。青緑の目が少し輝いている。巨大で豪快な男という存在に、怯えよりも好奇心が勝ったらしい。

「あの——連邦の機体って、関節がすごく柔らかそうに見えるんですけど」

「柔らかいぞ! なんせ球体関節だからな。帝国のピン式とは全然違う。そのぶん整備が面倒くさいんだが——おい、イレーネ!」

 セルゲイが格納庫の奥に向かって叫んだ。

「帝国の連中が来たぞ! 出てこい!」

 格納庫の奥から、一人の女性が現れた。

 四十代。銀縁の眼鏡をかけ、作業着の袖をきっちり肘まで折り返している。黒髪を後ろでひとつに束ね、手には工具ではなく——記録端末を持っていた。整備士というより、研究者のような佇まいだ。

「イレーネ・ペトロヴァ。連邦共和国軍、整備士長です」

 声は落ち着いている。銀縁の眼鏡の奥の深い黒い目が、帝国の一行を順番に見ていく。そしてその視線が——奏太の手元で止まった。

 正確には、奏太の指だ。火傷だらけの、無数の傷跡が刻まれた整備士の手。

「あなたが整備を?」

「はい。タカモリ・ソウタです」

 イレーネの黒い目が鋭くなった。知的な光。品定めではない。純粋な興味だ。

「帝国の機体には魔力供給型の自己診断機構が組み込まれていると聞いています。魔力を持たない整備士が、それをどう扱っているのか——話を聞かせてもらえないか」

 単刀直入だった。回りくどい社交辞令は一切ない。技術者同士の会話。奏太は一瞬で好感を持った。

「喜んで。逆にこちらも聞きたいことが山ほどあります。連邦の球体関節の整備プロトコルとか——」

「ああ、それなら整備データがある。後で見せよう」

 イレーネが即答した。惜しみない。国家機密に近い整備データを、初対面の他国の整備士に見せると言い切った。だがイレーネの表情に政治的な計算はない。あるのは技術者としての合理性だ。データを共有すれば整備効率が上がる。稼働率が上がれば、生存率が上がる。戦場では、それが全てだ。

 ガルベルトが奏太の横に立った。琥珀色の目がイレーネを見ている。

「連邦の整備データか。面白い」

 短い言葉だったが、否定はなかった。三十年のベテランもまた、異国の技術に確かな熱を向けていた。

 カティアが奏太の袖を引いた。赤毛の下の緑の目が輝いている。

「タカモリさん、あっちの格納庫、見ましたか。青い塗装の機体——あれ、翼の付け根の構造が全然違います」

「ああ、見た。あれはたぶん可変翼だ。飛行中に翼の角度を変えられる。帝国にはない技術だ」

「すごい……」

 カティアの声に、純粋な感嘆が滲んでいた。技術は国境を越える。異国の機体を見て興奮しているのは、奏太だけではなかった。

 だが——感動に浸っている余裕はなかった。

 合同指揮所で行われた作戦会議に、奏太は整備班の代表として同席した。リーゼとヨハンの後ろに控え、各国の指揮官たちのやり取りを聞く。

 会議室は長テーブルを囲む形で設営されていた。各国の軍服が並ぶ。帝国、連邦共和国、そしてさらに二つの国——王国軍と同盟諸国軍の代表。四カ国の軍が、一つのテーブルについている。

 だが、空気は重かった。

「我が王国軍は北側の防衛線を担当する。南側は連邦が受け持つべきだ」

「南側は地形的に不利だ。王国が南を取るのが合理的だろう」

「合理的? 我々に不利な配置を押しつけておいて合理的とは——」

 奏太は唇を噛んだ。

 各国の指揮官たちは、自軍の損失を最小限にすることばかり考えている。指揮官として当然だ。だが結果として全体の効率が落ちている。危険な区域を他国に押しつけ合う。面子と利害が絡み合い、合理的な作戦配置から遠ざかっていく。

 セルゲイが椅子に深く腰掛けていた。豪快な顔に苛立ちの色がある。小声でリーゼに言った。

「毎回これだ。門が開いてもう一ヶ月——まともな共同作戦が一度も組めていない」

 リーゼの紫の瞳がわずかに動いた。各国の指揮官を一人ずつ見る。その表情からは何も読み取れない。だが奏太にはわかった。リーゼは冷徹に計算している。

 会議は結論が出ないまま休会になった。

 奏太は仮設格納庫に戻り、すぐに作業を始めた。帝国の三機を降ろし、高地の環境に合わせたセッティングの見直し。低気圧と低温は魔力回路の出力に影響する。

 整備作業と並行して、別のことも進めた。

 作業台に記録端末を開き、データの比較分析を始めた。帝国の機体データと、イレーネから提供された連邦の整備データ。二つを並べると、技術思想の違いが鮮明に浮かび上がる。

 帝国は機動性と操作性。連邦は装甲と火力。王国軍の機体は遠目にしか見ていないが、魔力効率に特化しているように見えた。それぞれの国が、それぞれの戦い方に最適化した機体を作っている。

 逆に言えば——それぞれに弱点がある。帝国の機体は装甲が薄い。連邦の機体は重い。王国の機体は近接戦に弱い。

「各国の長所を組み合わせれば——」

 奏太は呟いた。指が記録端末の上を走る。データを並べ替え、比較し、組み合わせの可能性を探る。

 イレーネが格納庫に来た。銀縁の眼鏡を押し上げ、奏太の端末を覗き込む。

「各国の機体データを比較しているのか」

「はい。整備プロトコルだけじゃなくて、運用データも含めて。もし各国の機体が連携できれば——帝国機が前衛で敵を受け止め、連邦機が側面から一撃離脱、その間に王国機が後方から魔力支援。それぞれの長所を活かした陣形が組めるはずです」

 イレーネの黒い目が光った。

「面白い。だが指揮系統が統一されていない現状では、そうした連携は難しい」

「わかってます。でも——データだけは揃えておきたい。いつか使える時が来るかもしれない」

 イレーネが薄く笑った。学者肌の整備士長が見せた、初めての笑みだった。

「あなたは面白い整備士だ、タカモリ。連邦にはいないタイプだ」

「どういうタイプですか」

「壁の向こうを見ようとするタイプだ」

 イレーネは自分の記録端末を取り出した。

「追加のデータを送ろう。連邦機の過去二年分の戦闘ログだ。敵の攻撃パターンの分析に使える」

「二年分——いいんですか」

「私はここで負けるつもりはない。勝つために必要なら、データは出す。国の面子でデータを隠して全滅するほど愚かではないつもりだ」

 奏太はイレーネの目を見た。銀縁の眼鏡の奥の黒い瞳に、揺るぎない知性がある。この人は信用できる。

「ありがとうございます。必ず活かします」

 イレーネが頷いた。国境を越えた信頼が、静かに生まれつつあった。

 夜になった。

 山脈の上に、異様な光が見えた。

 東の空、稜線の向こう側——異次元の門が放つ、不気味な紫色の光。ヴァルハイムで見た門と同じ色。だが距離が近い。ここからでも肉眼で見えるほど近い。

 奏太は格納庫の外に立ち、その光を見つめた。冷たい山の風が頬を叩く。

 世界が広がっている、と思った。

 ヴァルハイムにいた頃は、戦争は防衛線の向こう側の出来事だった。だが今、ここに立つと見える。戦争は帝国だけのものではない。複数の国が、それぞれの限界を抱えながら戦っている。面子も利害も疲弊もある。それでも門の前に立たなければならない。

 ポケットの六角ボルトを握った。冷え切った金属が、指の体温でゆっくりと温まる。

 内ポケットのスケッチにも触れた。新型機体の設計図。帝国の技術だけで描いたあの図面は——もう古い。連邦の球体関節、曲線フォルムの空力特性。帝国にはなかった発想が、頭の中で既存の設計と混ざり始めている。描き直さなければ。もっと広い視野で。

「何を考えている」

 ガルベルトの声がした。

 振り向くと、大柄な整備班長が格納庫の壁に背を預けて立っていた。

「新しい機体のことです」

「そうか」

 ガルベルトは多くを問わなかった。琥珀色の目に、紫の光が映り込んでいる。

「各国の技術は面白い」

 三十年の経験を持つ整備士が「面白い」と評した。それは最高の賛辞だ。

「面白いが——統合は難しい。指揮官連中を見たろう。技術以前の問題だ」

「はい。でも——」

「でも、やるんだろう」

 ガルベルトの琥珀色の目が、奏太に向いた。問いかけではなかった。確認だった。

「やります」

 奏太は答えた。迷いなく。

 ガルベルトが鼻を鳴らした。否定ではない。不器用な、認めるという合図だ。

 東の空に、紫の光が揺れている。

 異次元の門は近い。敵は近い。だが今、この野戦基地には四カ国の軍がいる。バラバラで、噛み合わなくて——それでもここに集まった。

 奏太は記録端末を開いた。データの分析を続ける。全ての機体の長所と短所を洗い出し、最適な連携の形を探る。今すぐには使えないかもしれない。だがデータは嘘をつかない。積み上げた分析は、いつか必ず武器になる。

 一国では抗えない脅威に、世界が立ち向かおうとしている。不格好でも、不完全でも——共同戦線は、ここから始まる。


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