第二十七章 調和型
奏太はフィンの操縦データに没頭していた。
整備棟の作業台に広げた紙の山。直近五回の戦闘における全機体のデータを比較分析している。リーゼ機の圧倒的な殲滅力。ヨハン機の堅実な防御と援護。ルーカス機の——負傷前の——直線的な突撃型。そしてフィンの機体。
フィンのデータには、他のどのパイロットにも見られないパターンがあった。
操縦の入力タイミング。通常、パイロットは敵を視認してから操縦桿を動かす。知覚→判断→操作。このサイクルが全てのパイロットに共通する。リーゼはこのサイクルが異常に速い。天才の反射速度だ。ヨハンは経験で先読みすることでサイクルを短縮している。
だがフィンは——違う。
フィンの操縦入力は、敵の動きと「同時」に発生している。予測でも反射でもない。まるで敵の動きと自分の操縦が同期しているかのようなタイミング。
「これは……同調か」
奏太は呟いた。ペンが止まる。
魔力適性にはいくつかの型がある。攻撃特化型は魔力を破壊的なエネルギーに変換する効率が高い。リーゼがこれだ。防御特化型は魔力障壁の生成に優れる。感知型は広範囲の索敵に長ける。そして——調和型。機体との同調率に優れ、機体そのものを自分の延長のように扱えるタイプ。
フィンの魔力適性は「調和型」だ。
奏太は確信を深めた。フィンのデータを重ね合わせると明瞭に浮かび上がる。フィンの強みは殲滅力ではない。機体との一体感から生まれる精密な機動戦だ。敵の攻撃パターンを読み切り、最小限の動きで回避し、的確な位置取りから一撃を入れる。リーゼのような力押しとは対極の、繊細で知的な戦い方。
問題は、フィン自身がそれに気づいていないことだった。
フィンはリーゼを手本にしている。殲滅の堕天使の背中を追い、あの圧倒的な戦闘スタイルを真似しようとしている。だがそれは、フィンの適性に合っていない。調和型のパイロットが攻撃特化型の戦い方を模倣するのは、水中の魚が空を飛ぼうとするようなものだ。
翌日、格納庫でフィンを呼び止めた。
「フィン、ちょっと時間いいか」
「あ、タカモリさん。はい、何ですか」
フィンが振り返った。白い前髪が揺れた。最近は首のペンダントを握る頻度が減った。少しずつ自信がついてきている——だが、その自信の方向性が問題だ。
作業台にデータを広げた。フィンの操縦データと、リーゼのデータの比較表。
「お前の操縦データ、面白いことがわかったんだ」
「面白いこと?」
「お前の魔力適性は『調和型』だ。攻撃特化型じゃない」
フィンの青緑の目が大きくなった。首のペンダントに無意識に手が伸びる。
「調和型って……それは、弱いってことですか」
「違う。全く違う。強さの形が違うだけだ」
奏太はデータを指差しながら説明した。フィンの反応速度。敵の動きとの同期率。機体との一体感を示す操縦入力の滑らかさ。グラフに描き出された数値を一つずつ示していく。
「ここを見ろ。お前の機体同調率は九十四パーセント。リーゼ中尉は八十七パーセントだ。操縦入力の滑らかさも、回避時の無駄な動作の少なさも、全部お前の方が上だ」
「え……リーゼ中尉より上なんですか」
「この項目に関しては、な。逆に火力投射効率や瞬間最大出力はリーゼ中尉が圧倒的だ。つまり、得意な土俵が違う」
「でも俺は——リーゼ中尉みたいに強くなりたいんです」
フィンの声に必死さがあった。唇を噛んでいる。あの人のように強ければ、仲間を守れる。エーリヒが負傷したとき、自分に力があれば防げたかもしれない——その後悔が、フィンをリーゼの模倣に駆り立てている。
格納庫の入口から、足音が聞こえた。重い足音。だがガルベルトのものではない。もっと軽快だ。
ヨハンだった。
腕を組んで壁に背をもたれかけている。いつからいたのか。濃い金髪の下の翡翠色の目が、フィンを真っ直ぐに見ていた。
「おい坊主」
「よ、ヨハンさん」
「リーゼみたいに飛べる奴は、俺の十五年で見たことがない。あれは天才だ。天才の飛び方を真似しても意味がない」
ヨハンの声は率直だった。飾らない。誤魔化さない。戦場で十五年生き延びた男の言葉には、甘さがない。その代わり、嘘もない。
「でも——」
「自分だけの飛び方を見つけた奴が本物だ」
ヨハンはそれだけ言って、壁から背を離した。フィンの肩をぽんと叩いて、去っていく。
フィンは立ち尽くしていた。叩かれた肩を手で押さえたまま、ヨハンの背中を見つめている。青緑の目が揺れている。
「タカモリさん」
「ん」
「調和型って……具体的に、どう戦えばいいんですか」
奏太はデータをめくった。
「精密機動戦だ。お前は敵の動きと同調できる。つまり、敵が次にどう動くか、体が勝手に読む。その読みを活かして、最小限の動きで回避し、最適なタイミングで攻撃する。派手さはないが——確実で、効率的で、味方の攻撃を最大限に引き出せる。つまり味方を守れる戦い方だ」
「味方を……守れる」
フィンの目が変わった。何かに火がついたような光が、青緑の瞳の奥に灯る。
「リーゼ中尉は敵を殲滅する。お前は味方を守る。どっちが上とか下とかじゃない。どっちも必要なんだ」
フィンは首のペンダントを握った。いつもの不安からではない。決意を固めるように、強く。
「やってみたいです。自分のやり方で——自分だけの飛び方を、見つけたいです」
「じゃあ、お前の機体をお前の戦い方に合わせよう。調和型に最適化した調整を施す。関節の応答速度を上げて、機動性を重視したセッティングにする」
フィンの顔が明るくなった。白い前髪の下で、十九歳の少年の目が希望で輝いている。
「お願いします、タカモリさん!」
元気のいい声が格納庫に響いた。振り返ると、リーゼが格納庫の奥からこちらを見ていた。腕を組み、壁にもたれかかっている。紫の瞳に微かな笑みが浮かんでいた。フィンが自分の模倣をやめようとしていること——それを、リーゼは歓迎しているように見えた。
強さの形は一つじゃない。
殲滅する強さがある。守る強さがある。支える強さがある。そして——自分の形を見つける強さがある。フィンは今、その入口に立った。
奏太はフィンの機体の前に立った。量産機。リーゼ機と同型だが、フィンの戦い方に最適化されてはいない。攻撃型のセッティングが残っている。それを変える。
関節の応答速度を上げる。腕部の出力よりも脚部の機動性を優先する。センサー系の感度を上げて、パイロットの同調感覚をより反映しやすくする。やることは山ほどある。
作業台に向かい、調整計画を書き始めた。六角ボルトが指先で回る。くるくる。くるくる。新しい仕事の始まりを告げるリズムだ。
格納庫を出るとき、ディーターとすれ違った。灰色の目が奏太を見て、微かに頷いた。何も言わない。だがその頷きは「聞いていた」と語っていた。ディーターは全部聞いている。全部見ている。そして必要なときだけ、必要な一言を言う。二十年間、ガルベルトの隣でそうしてきた男だ。
空を見上げた。薄い雲の向こうに、二つの月がぼんやりと光っている。フィンが自分の翼を見つけようとしている。その手伝いができる。技術者として、これ以上やりがいのある仕事はない。




