第95話『アーリアは何処へ?』
父親とは創造主の事だろうか?
目の前で、いきなりハインツの頬を叩いた『父親』とやらの剣幕に、Cは度肝を抜かれてしまった。
それは、この人間の集団に合流してからすぐの出来事。
人間達はひとしきり何かを揉め、結果としてハインツは剣を取り上げられ、連れて来た老婆の、つまりは私の世話を命じられている。
俯き、私の横で膝を抱えて座っているハインツの左頬は、赤く変色し、形も少しおかしくなっていた。あの時『父親』に殴られたからだろうか?
Cはそっと手を、手に見せかけた触手を伸ばしてみた。
「痛っ!?」
「・・・痛いのかえ?」
「見れば判るでしょ!?」
ハインツは顔をしかめ、すっと身を引き、少し離れて座り直した。
(・・・どうやら内部の組織が傷付いてしまった様ね・・・)
僅かな触感の違いを鑑み、痛んだ部分が修復の真っ最中なのだろうと納得した。が、もう一度、触って確認したいものだと、じっとハインツの頬を眺めた。
きっと、もう触らせてはくれないだろう。
でも、触ってみたい。
さて、どうしよう・・・
そんな思案にくれていると、陽気な足取りで口笛吹き吹きフースが戻って来た。
「いやあ~、大丈夫ですかい、お坊ちゃん?」
「大丈夫、じゃない・・・」
不機嫌そうにそっぽを向くハインツだが、そんな事はお構いなしのフースはその目の前にしゃがむと、いきなりその頬に、びちゃりと濡れた布を押し当てた。
「ひゃっ!?」
「ほらほら、どうです? 村の井戸をお借りして冷たい水で塗らして参りましたよ」
「や~め~て! 触るなよ、まだ痛いんだから!」
「まあまあ、こういう時は最初、少し冷やしておいた方がいいんですぜ。さあさあ・・・」
カラカラと笑いながら、フースは傷をぽんぽんと軽く叩く様に押さえてみせ、次には本人に持たせて押さえさせた。
(成る程・・・人間はこういう時、冷やすものなのか・・・今度機会があれば試してみましょう・・・)
このやり取りを眺めながら、人間の仕草をじっと考察するCは、そろそろ状況を知りたいとフースに声をかけてみた。
「ところでフース様、村が助かっていて良かったですねえ」
「よせやい。様なんてつけられたらこそばゆいぜ」
そう言って立ち上がると、フースは周囲の様子を見渡した。
そこは村の外壁の外。
辺境騎士の一行は、無事に到着していたのだ。徒歩で走って来た農民兵達はその場でへたり込み、騎士たちは集まって何事かを話し合っている様子。
「信じられるかい? 何でもアーリアって女が、巨人に化けてオーク鬼の一団を追い払ったってぇ~言うんだから驚きだぜ」
「本当!? あたた~・・・」
思いっきり顔を上げたハインツは、思わず顔をしかめて俯いた。
だが、Cは静かにその名前を聞いていた。全身があわ立つ様で、ぶるっと震え。
「それはまた凄いお話ですねぇ~・・・そのアーリアさんとやらは、村においでで?」
もし、近くに居るのなら・・・
途端に全身が冷たくなるのを感じた。
「いんや。昼前に村を出ちまったらしい。何でも旅を急いでるんだとか。丁度、隣村へ急ぎで向かう馬車に乗ってったてな話だから、どうするのかねぇ? もしかしたら、話を聞きに誰か人をやるのか、それとも・・・」
そこまで言って、フースはふと何かを思い出した様子で。
「そういや、婆さんはブラウボウの街へ行くんだったよな?」
「は? あ・・・ああ、そうでしたそうでした・・・」
そういえば、そういう設定にしたのだと、少し焦った。
「そのアーリアの一行も、ブラウボウへ向かうらしいな。もしかしたら、あんた、向こうで会うかもな?」
「はあ・・・縁があればですねぇ・・・」
Cはすうっと目を細め、心の中で縁があれば、ですねぇ~と改めて想った。
そこでフースはポンと手を叩き、ハインツを元気にしてやろうと、陽気に振舞った。
「そうだお坊ちゃん! あっちにその女の足跡があるんですぜ! とってもと~ってもでっかい足跡でね!」
「行こう行こう! ね、お婆さん!」
パッと立ち上がったハインツは、傍らに座っていたCを誘おうとするのだが、いつの間にかその姿は消えていた。
「あれ!? お婆さんがいないよ!?」
「んんっ!? 今、確かここに居た筈・・・」
肌寒い風がひょうと吹き抜けていく。
すると、それに乗って号令が響いた。
ざわざわと農民兵達が気だるそうに立ち上がり、騎士たちが慌しく駆け抜けていく。
どうやら、隊を二つに分けて、近辺を捜査する様子。
だが、ハインツは戦列に加わる事を禁じられ、後ろで老婆の面倒を見ていろと厳しい命を受けているのだ。
「大変だ! どうしよう!?」
「ん~・・・お坊ちゃま! 取り合えず、近くを探してみましょう!」
「うん!」
雑然と人々が動き出した最中、ハインツとフースはその流れに加わる事も無く、名も知らぬ老婆の姿を求めて、しばしさ迷うのだった。




