第96話『会いたい気持ち』
数話ぶりのアーリア達です^^
アーリア達がその村を出る頃には、お天道様が随分高くなっていた。
村の長老達に急ぐ旅だと相談したところ、村の英雄だと強く引き留められたものの、丁度近くの人里まで運びたい物があるとの事で、2頭だての荷馬車を手配してくれたのだ。
荷台には屋根よりも高くこんもりと麦わらが積まれ、ロープでぐるりと押さえ付けられている。御者台のロイ以外は、その上に寝そべっていた。
ふわふわの上に手足を思いっきり伸ばすと、ほんわか温まった麦わらは得も言われぬ心地良さ。がらがらと古い轍を食む馬車の揺れが、それを倍増させるのだ。
「う~ん・・・お日様の匂い!」
「アーリアは、焚き火臭いネ」
「あははは~!」
ころころと転がるシルフーが、くんかくんかとアーリアの髪に鼻を突っ込み、それがどうにもこそばゆい。
「おいおいあんまりはしゃぐと落ちるぞ・・・って、シルフーなら飛べるか」
真ん中を占拠するアーリア達に苦笑いするグルドは、その足元で後ろを眺めながらも、アーリアの足がちょいちょい背中に悪戯するのを任せていた。ちょっと前の自分なら、考えられない光景だと、それもまた苦笑いの原因の一つでもある。
遠くにたなびく狼煙で、もう大分離れているのが判る。そして、今の所、オーク鬼や他のモンスター達の姿も見えないでいた。
「おい・・・おい・・・ジミー・・・」
小声でアルが背中合わせのジミーを揺するが、船を漕ぎ出したジミーは余りの暖かさに半分夢見心地。
「ふにゃふにゃふにゃ・・・」
「あ~あ・・・」
駄目だこりゃと諦めるアル。何しろ、朝方からはしゃぎっぱなしだったのだ。全く疲れを感じないアルと違い、人間の子供は動き回るとパタッと寝入る。
「ふ・・・仕方ないね・・・」
ジミーがだらしなく寄りかかってくるのに任せ、馬車の左側担当のアルは、ぱちりと左目を瞑った。そして、頭の後ろにぽつんと眼球を一つ、出現させてみた。
髪の間にあって、他の人からは見えないだろう。これなら、ジミーが担当する右側の見張りも出来るってものさ。くらくら揺れる、ジミーの後頭部がちょっと邪魔だけど。
(まったくやれやれだ。返して貰う借りが、また一つ増えたじゃないか・・・ふふふ・・・どんな悲鳴を聞かせて貰おうかな・・・いや、嗚咽かな?)
暫くそんな事をしていると、前を見張ってる御者台のロイが、ぎろり見上げてきた。
「おい、ジミー・・・」
殺気混じりのロイの声に、ほんわかな夢が砕け散り、ビクッと跳ね起きるジミー。
「お前、まさか居眠りなんかして無いだろうな? この俺様が、しっかり前を見張っているにも関わらず。まさかな・・・」
「はにゃ! へ!?」
「おい!!」
「す、すいませんっロイの兄貴っ!!」
思わず直立不動で跳ね上がるジミーは、ぐらり世界が大きく回転した。
「おっと」
「は~い、ジミーちゃん。危ないヨ~」
不自然な角度でジミーの足を持つアルと、シルフーの何本もある食腕がしゅるしゅるっと伸びてはその身体を捕まえた。
「わわわっ!? 落ちる!! 落ちたら痛いっ!!」
「そのまま落ちてろ、ば~か!」
半身、宙に飛び出す形で二人に支えられたジミーは、手足をばたつかせて悲鳴を上げるのだが、その有り様にロイは眉間に深い皺を刻んだ。
「誰か落ちましたか?」
「いや、すいません。ガキがはしゃいじまって」
「ひっ!?」
実際に御者をしている村人に、極々穏やかに謝るのだが、殺し屋としてロイの身に染み付いてしまっている凄みが、ただ善良なだけの農民の心を凍てつかせていく。
(ひ・・・引き受けるんじゃなかった・・・)
なんかガクブルである。
ただでさえオーク鬼の襲来があって警戒を深めている最中なのだ。普通だったら、村から出る事は考えられない。だがしかし、急ぎ済ませておきたい用事と、アーリアという一人でオーク鬼の群を蹴散らして見せた村の英雄の存在とが、今回の無理な出立を成立させているのだ。
「本当に、ジミーったらまだまだ子供なんだから。ねー!」
「あ、姐さん!?」
が~ん。このピンチに、嬉々としてグルドに寄り添うアーリアの姿に、ちょっぴりハートがブロークン。
「ほ~ら、ジミーちゃん。高イたか~イ」
「あ、危ないですよ」
そんな泣きそうな気分のジミーを、慰めてやろうというのかなんやかや言いながらアクロバットな姿勢を堪能させるシルフーとアルの二人は、どうにもジミーにくびったけという感じだ。
「お前ら、いい加減にしろっ!!」
「ひっ!?」
「あ、どうもすいません。まだまだガキなもんで・・・」
(ひいいい~・・・帰りたい~!!)
御者台は御者台で、かなり困った事になっていた。
「ふ・・・」
「うふふ・・・」
グルドの右腕に寄りそう様に首を預けるアーリアは、いつもの様に、不思議な気分の共有を楽しんでいた。
一度死に、グルドの気で蘇ったアーリアは、不思議とグルドと気が合うのだ。お互いに、何を考えているのか、何を感じているのか、妙なシンクロを体験しているのだが、それが実に心地良く感じられる。
今はとても穏やかな気分だ。
「本当におかしなものだな」
「本当におかしなものよね」
相槌を打つ口調も、どこか似てくる。
アーリアは吟遊詩人としての修行を受けていたので、男女の心の機微は一通り感覚的に捉えていたつもりだった。が、このグルドをまるで自分の一部の様に感じる感覚は、師匠の教えには無いものだった。男女のものとも、肉親の情とも、また違う、深い繋がり。
「初めて会った時なんて、最悪だったのにね」
「ああ。あれは最悪だったな。シルフーが暴れて」
「グルドが私を、麻袋に放り込んで」
「しめたと思ったんだがなあ~」
くっくっくと笑い合う二人。
「射掛けられた矢を、私で受けたでしょ?」
「ああ。それしか無かった」
「仕方ない人」
「そしてとんだ落し物をした」
「あれは何だったの?」
「割符さ。予め向こうに渡しておいた物と、合わせるとぴったり一つになる」
パンと掌を合わせ、軽くウインク。
お返しに耳を少し齧った。
そして離れ際に囁く。
「私を売ろうとした・・・」
「祭りには人攫いが付き物さ。現に、顔見知りの奴隷商人が来ていたからな。売れば小遣いになる」
「それで酒と女を買って遊ぶんでしょ? 酷い人よね」
「ああ、最低の酷い奴さ」
その最低の唇を、軽く口付けで塞いだ。
ほうと甘いため息。
そんなアーリアの首筋を弄りながら、グルドもアーリアも、互いに言いたい事があるのだと、ふと思い至った。
「シルフーを『蛇』に診せたら、その後はどうする?」
お互いに、大事な話だった。一緒に居るのが当たり前だと感じていたが、その先の事は深く考えていなかったのだ。否、本当は真面目に考え無い様にしていた。
アーリアは、少し遠い目をした。そして、意を決して胸の奥にあるものを伝えた。
それは幻かもしれない。だが、あの水底に引きずり込まれる時に、確かにあのイメージは自分の中にあったのだ。優しく抱きかかえられ、愛され、祝福されたあのイメージ・・・
「私・・・親に会ってみたい・・・」
「どこに居るんだ? 挨拶しなきゃ」
至極当然の事をと、グルドは囁いたが、どこにいるかも判らないのだと感じていた。
アーリアも、寂しく首を左右に振る。
「知らない。物心付いた時には、奴隷だったから」
「顔は? 判らないのか?」
「だって・・・」
「そうか・・・なら名前で探そう。アーリアって子の事を知りませんか?って」
「名前も・・・無かったの・・・これは先生が付けてくれた名前・・・」
そっと頭を引き寄せ、微かに震えるアーリアの額にキスをする。
その震えが収まるまで、胸に抱え込んだ。こうすると落ち着く感じたしたからだ。
そして、グルドは思案した。
「という事は、お前は攫われて売られたんだろうな。親が手放したなら、名前を伝えてる筈だ。名前が無いって事は、俺がお前にしたみたいに、どこからか・・・」
ハッと息を呑むアーリア。
「お前・・・親に捨てられた事が怖いんだろ? 愛されて無かったらって・・・」
グルドの心音を聞きながら、小さく頷く。
あれは自分の願望が見せた幻なのかも知れないと・・・
でも、こうしていると不安が少し和らぐのが判る。
「その辺は安心しろ! お前みたいなべっぴんさんを、誰が手放すもんか! 大体、親が手放すなんてのは、不細工か、かたわか、自分で育てる気にもならねえって奴だけさ! 薄情な親だって、少し育てて高く売れる様にしてから売り飛ばすってもんさ! スラムで悪逆の限りを尽くして育った、この俺様が言うんだ! 間違い無い!」
「なにそれ!?」
そう言うと、二人で思いっきり笑った。
ひとしきり笑い飛ばすと、グルドは穏やかな笑みでアーリアを真っ直ぐに見つめた。
「な、何よ?」
ちょっとどぎまぎしてしまう。
「ほら・・・」
そう言って、グルドはアーリアの倍は太そうな指で、涙の後を拭いながら囁いた。
「この目、瞳の色、形、それだけでどこの一族かって特徴になる。顎や耳の形、指の長さやら何やら、お前の身体自体が、大切な手がかりなんだ。きっと見つかる。何しろ、この俺様には、人攫いや奴隷商人、ろくでなしのとんちき共の知り合いが五万と居るんだからな!」
「酷い知り合いばっかり!!」
「だろ!!?」
もう笑うしか無い。大笑いに笑って、笑い疲れると見張りもそっちのけで思い切り寝転がった。
「はあはあ・・・」
「あ、後でお前の体中のほくろ、調べないとな」
「え~・・・仕方ないなあ~・・・」
「嫌か?」
「嫌とは言ってな~い!」
パッと脱ぎにかかるアーリアの手を、グルドがぐっと押さえ込む。
「まだ明る過ぎる。ガキが真似するぞ」
「そっか! あははは~!」
と、言って、ふと思い出して振り返ると・・・
「私達もジミーちゃんノほくろ調べなイト!」
「仕方ないなあ~・・・」
「や~め! やめろ~~~!!」
くんずほぐれつ、何やら格闘戦が繰り広げられていた。
「あ・・・」
「まあ、仕方ないからやらせとけ・・・」
幸い、まだモンスターや山賊などと遭遇はしていない。
ところが、御者台に我慢に我慢を重ねて大人しく座っていた、殺し屋のロイがぶち切れた。
「お前ら、いい加減にしろっ!! ぶっ殺すぞっ!!!」
「っ!!?」
さっと立ち上がって、襲い掛からんばかりの時、御者が口から泡を吹き、がっくりと崩折れた。




