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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第87話『二つの心』

 暗い淵に、ガラガラと転げ落ちるジミーの小さな身体は、まるでゴムまりの様に弾み、漆黒の中空に投げ出された。


 細い手足は、己の意思を失い、バラバラに踊る。


 見開いた目には、星と、月と、闇が、めまぐるしく交錯し、閉じる事を忘れさせ、正に死の瞬間までも焼き付けるかの様であった。


「うわあああああああああ・・・」


 肺の空気は、瞬く間に押し出され、発した声も遙か彼方に吹き飛んでゆく。


 その彼方から、一瞬にして飛来し、ぐるり一転して大きく膨らむと、ジミーのそれと同期する半透明の白い身体が。

 巨大なイカを模した様な、シルフーの異様に白い身体があった。


「ね~、ね~、ジミーちゃん。何して遊んデるの? 面白イ? 面白イ?」


 楽しげに発せられる声は、ジミーの悲鳴と同様に、発した端から遙か後方へと吹き飛んでいく。


「ね~、ね~、ジミーちゃん。おめめとおくちとおはなからお水出てるヨ?」


 きょとんと、円らな瞳でジミーの面白い顔を注視するシルフー。こんな風になるのかと、改めて感心し、他のみんなもこうなるのかな?と、むくむくと好奇心がわいて来る。


「で~・・・これから、どうすルの?」


 シルフーは、体表に備わった感覚器から、この地溝全体の様子を、敏感に、立体的に感知していた。あと、どれくらいで地面に激突するのか、どの位置から逆噴射すれば、回避出来るのか、感覚的に捉えていた。


 にゅるり。


 シルフーの触腕のみならず、全ての脚がジミーの身体を絡めとり、引き寄せ、その吸盤で固定した。


「ん~~~~ジミーちゃん、ちゅっちゅ♪」

「あうあうあ~~~~・・・」


 意味不明の返答。

 きゃっきゃと笑いながら、シルフーは何かを言おうとしてるジミーをしっかりと抱き締め、一気に空気袋を膨らませ、そして吐き出した。膨らませ吐き出す。それを連続動作で小刻みに縮動させ、ジェットの様に大地に向けて吐き出した。

 見る間に迫る地面に、底まで到達する月の光りを浴び、一面に白く花開く群生を見つけた。

 それは遠目に、白く輝き、揺れ動き、とても美しく見えた。魔性の美しさだ。死の甘美な美しさだ。


「わ~・・・ジミーちゃん、綺麗だヨ~・・・」


 不思議な事に、風の妖精であるシルフーには、この地溝より立ち昇る花の香りからの影響を受けていない様子。

 一面、白い食獣植物の花弁がゆらゆらとそよぐ様を眺めつつ、余裕の飛翔で進み行く。アーリアに比べたら、全然軽いもの。それでも、ちゃんとした返事が帰って来ないので、シルフーは少し困ってしまった。


「ね~、ね~、ジミーちゃん。君はドコに降りたイ?」


 ちゃんと聞こえる様にと、耳元で訊ねるシルフー。返事が無い・・・まるで・・・


 すると、大輪の白い花の下にある、おびただしい量の、動物の骨に気付く。

 白いお花畑かと思ったら、全然違っていた。


「い~・・・!?」


 骨、骨、骨・・・


 白い花の下に、更に白い骨の山が。


 超絶低空飛行で行く地溝の旅は、白い花と白い骨の山巡りツアー。


 ぞわぞわっと全身が総毛立つシルフーは、慌てて着地を取りやめて、一気に上空へと飛びあがった。

 嫌な空気がねとねとまとわりつく感覚。

 だが、風の妖精であるシルフーの体表には、薄っすらとした膜がある様に、それらを薄皮一枚で遮断している。


「嫌、嫌、嫌~ん! ジミーちゃん趣味わる~っ!!」


 ぽ~んと、空に飛びぬけると、まるでぺっぺと唾を吐く様に、全身にまとわりつく死臭を吹き払う。死の気配を振り払う。


 とても不機嫌になったシルフーは、とても趣味の悪いジミーをどうしようかと迷ったが、落ちちゃうと死んじゃうので、眉間に皺をよせ、口をむすっととんがらせながらも、ぶちぶち悪態を浴びせながら元来た大体の方角へと飛翔する事にした。


「そな趣味あたなんて知らなかたヨ!! 変態ネ!! ジミーちゃん、変態ネ!!」


 必死に否定しようとするジミーだが、舌の根がもつれてまともな声にならない。

 徐々に感覚が戻って来ていた。

 どこからが本当で、どこまでが本当なのか、まるで幻想の海を泳いでいたかの気分に、酷い吐き気を覚えたが、その暗い淵の記憶にキラリと輝く様に、白く白く印象に残るアルの背中が思い出された。


「ア・・・アルは・・・? アルはどこ?」

「知らないヨ!! ジミーちゃん、悪い子ネ!! 悪い遊び覚えて、不良なったヨ!!」

 元々、少年ギャングのボスだったジミーだ。そのつっこみには苦笑するしかない。

 周囲の状況を目にしようと、ぐにゃぐにゃに絡みついたシルフーの腕の中、もぞもぞと動いてみた。これがシルフーにはくすぐったかった。


「きゃっ!? や・・・ジミーちゃん、どこ触ってんの~!?」

「ち、違う! シルフー姐さん、降ろして! とにかく、どこかに降ろして!」


 たちまち、ふらふらと妙な軌道を描くシルフーの飛翔は、あの気味の悪い地溝からずっと離れた、例の集落よりの木々の中へと。


 目いっぱい、空気を吐き出しながら、ゆっくりと着地する二人。


 むすっと機嫌の悪いシルフーは、ぷいっとそっぽを向く。そしてすたすた歩き出す。

「も~帰るヨ! アーリア、心配してる!」

「でも、アルが・・・」

「・・・あれぇ~?」

 シルフーには、二人が遊びを始めたとしか記憶になかった。ジミーが空を飛ぼうとしたので、一緒に飛ぼうと思った。きっと楽しいと思ったけれど、びっくりさせてやろうと別方向から接近したら、ジミーは全然飛べて無かったので、死んじゃいそうだったからシルフーが一緒に飛んであげたのだ。アルは・・・

「あれぇ~?」

 もう一度、頭をひねるシルフー。


 アルはジミーに続かなかった事は確かだ。

 きっとあの気味の悪い淵に立っているに違いない。

 そうか・・・ジミーを不良にしたのは、アルだったんだ!!


「知らないヨ!!」

 急に倍々に不機嫌となったシルフーは、ぶす~っと深い息を吐いた。

 しょぼんとするジミーに、胸がちくりと痛んだが、ジミーが悪いもん! アルも悪いもん! し~らないっ!

 そう思って、一歩足を動かしたその時、二人は藪をごそごそ鳴らしながら近付く気配に気付いた。


 びっくりしたシルフーは、その場で音のする暗がりをじぃ~っと見つめたが、ジミーはそっと短剣を引き抜いて身構えた。ちらり、シルフーの様子を横目に、じりじりとすり足でシルフーを庇おうとにじり寄った。


 すると、不意に聞きなれた声が投げかけられてきた。


「ジミー? そこにいるのはジミーかい?」


 それはアルの声。

 穏やかで、エルアラの街では聞き慣れたアルの声だった。

 再会してからの、棘のあるキリキリとした声では無かった。

 そして、ジミーは混迷する記憶の中に焼きついた、異形と化したアルの顔をフラッシュバックで思い出す。あれが本当の事だったのか、幻覚なのか、ジミーには自信が無い。


 ごくりと唾をのみ、渇きを覚えた口の中から、そっと尋ねる様に、その名を口にしてみた。


「アル・・・アルなのか?」


「ジミー! 良かった! 無事だったんだね!?」


 がさごそと藪を掻き分けて近付く影。それは、月明かりに照らされて、ようやくアルのものであると確信出来た。

 そして、アルは立ち止まると、はらはらと涙をこぼして見せた。

「ごめん、ジミー・・・ごめんよ~・・・」

「な、何だよ、アル・・・随分、お前らしくなったじゃないか? さっきまでのアレは何だよ・・・?」

 薄く笑いを浮かべ、豹変した態度のアルに困惑するジミーだった。あの時、一瞬だけ垣間見た、フクロウの様な顔を、忘れる事が出来ないでいた。

「僕・・・僕・・・騙されてたんだ・・・操られてたんだ・・・あのギルって奴は叔父さんなんかじゃない・・・フクロウの悪魔だったんだ・・・」

「で・・・で・・・その悪魔はどうした? お前と一緒じゃないのかよ!?」

 見る間に号泣するアル。

「泣いてたって、判んないじゃんかっ!!」

 その声に、びくっと身を縮めるのは、昔っからのアルの仕草。それを見ただけで、ジミーは目頭が熱くなるのを覚えた。


「僕・・・僕・・・ジミーの事、恨んでた・・・酷い裏切りだって・・・そしたら、あの悪魔がやってきて囁いたんだ・・・力を貸してやろう・・・復讐をさせてやろうって・・・うっうっうっ・・・」


「ああ、そうだ! 俺はお前らを見捨ててエルアラを出ちまった! 恨まれても仕方ない奴だ! 恨まれて当然なんだ!!」


「うううっ!! ジミーが崖から落ちた時に、あの悪魔が出ていったんだ・・・僕の事をあざ笑いながら出ていったんだ・・・僕は最低のゴミだって! どぶ板にも劣るくず野郎だって! 僕はなんて事をっ!! ごめん!! ごめんよ、ジミー!! 赦してなんて、言えないよね・・・」


「そんな事無い!! そんな事無いよ、アル!! 俺だって・・・俺だって・・・」


 ジミーは地下牢に現れた悪魔の事を思い出していた。自分の魂を絶望の淵に追いやり、破滅させようと嘲笑したあの悪魔の事を。

 気が付くと、ジミーもアルも、涙と鼻水と涎で、ぐちょぐちょに顔を歪めていた。

 あまりの酷さに、夢に見そうなくらいに。


「赦して・・・赦してくれるのかい?」


「ああ! 赦すさ!! 誰がなんて言おうと、俺が赦すさ!! 俺達、ずっと小さなガキの頃からのダチじゃないかっ!!?」


「ごめん! ごめんよ、ジミー!!」


 感極まって、弾ける様に走り出した二人は、がっしり抱き合おうとした瞬間である。


「ちょっと待ったぁ~っ!!」


 割り込む様に、飛び込んだシルフーは、十本の手を大きく広げてアルを突き放す。


「何すんだよ、姐さんっ!!?」

「ジミーが赦しても、私が赦さナ~イ!!」

 何が何だか判らないシルフーは、とにかくアルを赦さない事にした。

 しりもちをつくアルに、仁王立ちのシルフー。

「止めてくれよ、姐さんっ!!」

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 ぶしゅ~っと空気袋から大気を吐き出し、身体を数倍に膨らませるシルフーは、何となく怒っていた。ジミーをこんなにも泣かしたアルに怒りを感じていた。感情の赴くままに、その衝動をぶつけていた。


 十本の手が、びびびとアルの顔をはたく。

 それだけで草むらを転がるアルの身体。

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめ・・・ううっ!?」

 逃げる様に転がるアルが、唐突に胸を押さえて苦しみ出した。

 見る間に、顔色が青くなり、脂汗をだらだらと垂らす。

 その様に、びっくりしたシルフーは、呆然としてしまう。そしてジミーは、そんあアルの傍らに駆け寄り、助け起こそうとひざまづく。

「大丈夫か!? 酷い! 酷いよ、姐さん!! アルは謝ってるじゃないか!!」

「う~・・・だって、だって・・・」

 見る間に大粒の涙を浮かべるシルフーは、ただおろおろとするばかり。


(ど、どういう事ですか!?)

 アルの思念に応え、イチの思念が痛みに悶えるアルへと届く。それは、嘲笑を含む響きだった。

(騙したのか!?)

(い~や・・・それは、お前の心だ・・・人でありながら悪魔の如き憎悪をたぎらせたお前が、悪魔でありながら、人の心を宿している・・・憎悪とは愛情の裏返し・・・お前の中にある憎悪は、そいつへの想いの強さでもある・・・人の心でもある・・・我々の強さは精神の強さ・・・心の強さ・・・故に、お前の心は二心に別れ、反発し、悶え苦しみ、痛むのだ・・・)

(どういう事だよっ!!?)

(言っただろう? お前は、そいつの事が憎くて憎くて大好きで大好きで仕方ないのだよ・・・その心が、お前の身を二つに裂こうと鬩ぎ合っている・・・これは仕方の無い事だ・・・悪魔の心・・・人の心・・・二つの心を同時に持つ、アル・・・お前ならではの宿命であり、能力でもあり、強さでもあり、弱さでもある・・・鍛えるのだ・・・己の心を鍛えるのだ・・・ふふふ・・・はははははははは!!)


 高らかなイチの嘲笑の中、アルは意識を失ってしまった・・・

読んでくださり、ありがとうございます


アル君の話を書いていて、やっぱりデビルマンって凄いよな~と思いました

二つのこころ

敵であり味方であるアル

べ、別にあるある書きたかったからじゃ、ないんですからね!


宜しかったら、また読みに来て下さいね♪


今日は、ありがとうございました(^^)/~

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