第84話『義理の弟分』
「うああああああああっ!!!」
「アル!?」
弾ける様に振りかざした少年の両手には、ごつごつとした石が握られていた。
ドスン。
咄嗟に避けるジミー。
投げつけられた石は、重い音を発てて草むらを転がった。
「何で避けるのさっ!?」
「いや、避けるだろ、普通!!」
身を翻し、ジミーは駆け出した。今のアルは普通じゃない。普通じゃない!
向かい風を掻き分ける様、力いっぱい大地を蹴って、とにかく走った。
街の中、悪さをして逃げる時、決まってアルがびりっけつだった。いつもひいひい最後を走ってた。とにかく走ればイイ。後の事は、後で考えれば良いんだ!
「逃げられると思った?」
不意に、思わぬ近くからアルの声が。ジミーのすぐ背後からアルの声が響いた。
「ひっ!?」
何かが風を斬って振り下ろされる気配。
びびって、力いっぱいに踏み込んだ足が、草の根にとられてずるっと滑る。
まるで、空を泳ぐ様に、踊る手足。
(避けられない!!)
ジミーの身体は、二転三転。草むらを転げて、土煙をあげた。
息が荒い。つうっと額を垂れるものの感触に、慌てて拭うと、それは汗だった。
てっきり、石で頭を殴られると思った。
いかさま、そっと振り向くと、握りこぶし大の石を持ったアルのほっそりとした身体が、じたばたともがいていた。
巨漢の男に捉えられ。
「げっ!?」
それは、あろう事か、あのグルドだった。
「おいおい。ガキの喧嘩にしちゃ、物騒だな」
「ガキの喧嘩に首つっこむなよ、おっさん!!」
激しく腕の中でもがく少年に、グルドの筋肉質な巨漢も大きく揺さ振られるが、ぱーんと激しい音を発て、金的のへの蹴りが内股にした筋肉に防がれると、アルはようやく大人しくなった。
「石で頭カチ割って喧嘩だぁ~? 俺のガキの頃みてぇなキチっぷりだな」
「放せよ・・・」
ごとり、石が地面に落ちた。降参のポーズだ。
「ふ~ん・・・」
グルドは目を細め、アルとジミーを交互に見る。
「ま、いいんだがな。別に・・・」
パッと手放すと、ストンと降り立った。
「余計な事を・・・」
「へ~、そいつは悪かったな」
捉まれた腕をもみほぐしながら、ギロッと睨むアルに、それを平然と眺めるグルド。
そんな二人に、ジミーはそっと起き上がろうとしたその時である。
「余計な事だって・・・言ってんだよ!!」
ぐるり。身をよじる様に一回転。
アルの細い身体がまるで鞭の様にしなり、真横に跳ね上げた足を一気に振り下ろした。
転がった石めがけ。
その憎しみ色の瞳は、真っ直ぐにジミーを捉え。
だが、その動きはがくりと止まる。
「ぐ・・・」
「余計な事だったかな?」
全く同時に、まるで何の気も無いかの如く、グルドが半歩踏み込んだだけで、その動きは内股を制されてバランスを崩した。
「それで・・・終わりか?」
「ぐぐぐ・・・ド畜生~・・・」
歯がみするアルは、その憎しみの目を、グルドからジミーへと向けた。
今にも飛びかかりそうな勢いだが、それは忌々しい事に、目の前の大男によって邪魔されるだろう。それが判っているから、威嚇する唸りだけを放っているのだ。
そんなアルへ、グルドは平然と言ってのけた。
「悪いが、そいつは俺の女房の弟分でな。俺にとっても義理の弟分な訳だ。義理の弟分が目の前で殺されようって時に、黙って見てる兄貴分は、そうはいねえよな?」
柔らかな動きだった。
スッと、何気なしにアルの目線まで捧げ持つ様なグルドの両手が、くるり。
ポンとアルの胸を軽く叩いた。
斜め上から。
それだけで、アルの肺から空気が全部吐き出されてしまった。
がくりとその場に崩れるアルの小さな身体。
「アル!?」
思わず駆け寄ろうとするジミーに、グルドの厳しい目線が突き刺さった。
「ジミー、おめぇ~何をした?」
それだけで、たたらを踏んでしまうジミー。
「お、俺は何も・・・」
おろおろと首を横に振るジミーに、グルドはがりがりと頭を搔いた。
「これだけ恨まれてて、何もしてねぇって訳ねぇ~だろ?」
「俺は・・・」
口ごもるジミーに、突然アルの嘲笑が叩き付けられた。
肺の空気を失ってから、ひゅうひゅうと口を開いていたアルが、倒れたままの姿勢で、まるであざ笑うかの如く、その身をよじって笑い出したのだ。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!! そいつは確かに何もしなかったっ!! そいつは確かに何もしなかったっ!! 何もしないで、勝負から逃げたんだよっ!! 俺らを置いて、街から逃げやがったんだよっ!! この卑怯者っ!! 薄汚いくず野郎っ!! 口先だけの便所虫がっ!! ぺんぺん口先だけ吼えやがってっ!! てめえは祭りの最中にドロンだぁ~っ!!? ふざけんじゃねぇぞっ!!! ぶっ殺すっぞてめぇっ!!!」
一気にそれだけののしると、肺は空気を求めてひゅうひゅうと嘶き、激しく咳き込んだ。そして、再度口を開いた時の事である。
「止めないか! アル!!」
アルを叱責する声が、その声を打ち据えた。
「止めないか・・・過ぎた事を・・・」
「おじさん・・・?」
見れば、アーリアに支えられ、よろよろと一人の大人が歩いて来る。
年の頃は、三十前後だろうか。アルと同じ髪の色、目の色をしている。栗色の髪と目だ。
「アル・・・」
「おじさん! 怪我は!?」
身をよじって起き上がろうとするアル。思わず駆け寄るジミーの手を、忌々しげに振り払った。
「くんな!! 触んな!!」
「アル・・・」
項垂れるジミー。
だが、アルは一瞥もせずに、おじさんと呼んだ男の方へと歩き出す。
「おじさん、怪我はもういいの?」
「ああ、こちらのお嬢さんが、魔法で治してくれたよ・・・」
「それは・・・ありがとうございます!」
アルはこれまでの粗暴な態度と打って変わって、アーリアへ深々と頭を下げて見せた。とても丁寧なお辞儀だ。
「ううん。いいの。それより、ジミーの事だけど・・・ごめんなさいね。私が無理に街から連れ出したの・・・でもね、ジミーも一度本当に死に掛けたのよ! 信じてあげて! 逃げなくちゃいけない、理由があったの!」
アーリアも、男に肩を貸したまま、頭だけをぺこりと下げた。
「そうなんですか、へえ~・・・」
まるで感情の無い声で、アルはじろりとジミーの顔を見た。
「友達だったんでしょう?」
「だったんです」
今は違う、と告げていた。ジミーの顔を恨めしそうに睨みながら。
読んでくださり、ありがとうございます
ジミー君、恨まれてますねぇ~。
次回もまた、この場でのお話が続きます。
それでは、宜しければまた読みに来て下さいね~♪
今日は、ありがとうございました!




