第80話『さよならは別れの言葉じゃなくて』
今度こそ、本当に終わりなのか?
錬金帝国の再襲撃に危うく全滅しかけたアーリア達は、大地と木々が腐食する嫌な匂いを否応無しに嗅がされていた。
巨大化した、星の精霊であるルリと、普通の人であるアーリア。
ルリの大人びた風貌が、淡い光りに包まれると、アーリア自身も同様に輝きだした。
その巨体を生み出す為に集められた物質が、元の場所へと戻りだしたのだ。
徐々に縮んでいくルリとアーリア。
慌ててルリの元へと駆け出したアーリアは、ルリに護られていた三人の内、グルドの佇む所へと、思いっきりジャンプした。
「グ~ル~ド~!!」
「アーリア!!」
両手を大きく広げて、アーリアへと駆け出すグルド。
見る間に小さくなる、すっぽんぽんのアーリアを、まるで互いの存在を確かめ合う様に、グルドはがっしりと受け止め、その勢いでくるくると何度も回ってみせた。
「グルド!! グルド!! グルドォ~!!」
「アーリア!! アーリア!! アーリアァ~!!」
息もぴったり。滑らかな螺旋を描く様に、アーリアのほっそりとした足が大地に降り立つと、改めて二人は互いを抱き締めあった。
生きているんだ。
二人とも生きているんだ。
((こんなに嬉しい事は無い!!))
「只今!! 只今、グルド!!」
「ああ、お帰り!! お帰りだ、アーリア!!」
互いをもみくちゃにして、果ての無い歓喜をぶつけ合う二人。
そんな二人を前に、シルフーは呆然。ロイは苦笑しつつ、顔をあさっての方へと向けた。
そしてルリは、目に大粒の涙を浮かべて、何度も何度も頷いていた。
「良かったわ~・・・本当にっ、良かった!」
小さく手を合わせてぱちぱちと、何度も何度も叩いていた。
「あのね! あのね、グルド!」
「判ってるって・・・」
「でもね! 聞いてほしいの! あたしね! ずっと、誰かに只今って言ってみたかったの!! お帰りって言って貰いたかったの!!」
「これからは俺が、何回だって言ってやる! そして、俺が只今って言ったら、お前がお帰りって言うんだ!!」
声にならない笑い。
くるくると回り続けるロンド。
二つの孤独な魂が、出会い、結ばれて、一つになろうとしている。
呆然と眺めていたシルフーだったが、傍らで小さく手を合わせて見守ってるルリの姿に、自分も手を合わせ、微笑んでみた。
「良かったネ・・・アーリア・・・」
無残に汚されてしまった荒涼たる大地に、喜びの歌が響いていた。
小さくなったルリは、髪も目の色もまるで夜の様に真っ黒だった。
アーリアの目から見ても、とても美しい神秘的な美貌の持ち主で、これならどんな男でも捕らえて閉じ込めてしまってもおかしくないと思えた。
そんなルリが、とても申し訳なさそうに俯き、落ち着きを取り戻したアーリアとグルドに、そっと頭を下げてきた。
「ちょ、ちょっとルリさん!!?」
「頭を上げてくれ!! 一体どうしちまったんだ!!?」
「ごめんなさい・・・本当に、ごめんなさい・・・」
驚くアーリアとグルドに、心底申し訳なさそうにルリは声を震わせて謝った。
「命を助けて戴いたくせに、約束も護れないなんて・・・本当にごめんなさい・・・」
「約束?」
アーリアは何の事だか思い当たらない。
だが、グルドの方は、何か思い出した様子で、不意に笑い出した。グルドが笑うと、胸の痞えが取れたみたいに、アーリアもホッとした。全然大した事じゃないんだと確信が持てた。
「ほら、言ってあげなよ・・・」
グルドの逞しい左腕に身を寄せて、アーリアはこんなつまらない事は、さっさと終わらせて、みんなで楽しく過ごそうよと、目で合図した。
「ああ、そうだな」
ニヤリ。暖かな笑みで返すグルドに、アーリアは心底安堵した。
「いいか。俺はあんたに命を一つ貰った」
そう言って、グルドはアーリアの身体をぐいっと抱き寄せた。
「そして、こいつはあんたから命を一つ貰った」
こいつと言われた時に、グルドの顎がこつんとアーリアの頭の上に載る。そんなグルドを、目をまんまるにしてアーリアは見上げ、心底嬉しくて頷いた。
「俺とこいつは、一つずつ命を貰った算段だ。あ~れ? 1足す1は幾つだったっけ?」
「2かな? でも、その内、3にも4にも増えちゃうかも」
こつんと下からグルドの顎を軽く突き、アーリアは己を抱き寄せたグルドの腕にその手を置いた。
「二人とも・・・そうですね。ではそういう事にして戴きましょう」
人差し指で涙をすくい、少し俯いていた顔を上げた時、ルリは極上の笑みを浮かべてみせた。
その笑みは、皆で護った笑顔。
皆の笑顔は、皆で護った笑み。
「それに、あ~んな大変な事、俺はこいつだけでもうこりごりだ。一生に一回だな! 一生に一度っきりだ!」
「え~? 二度目は無いの?」
「その時は、別の手を考えるさ」
少し口元をむくれて見せるアーリアへウィンク。グルドは、そう言って自分の頭をこつんと叩いた。
「さっすがグルド。悪い人・・・」
「おうさ! 俺は天下の大悪党になるのさ!! 泣く子も黙る、街道一の大親分様だ!!」
「え~、それは聞いてないよ~!」
グルドが本気なのは判った。本気なら全力で応援しなくちゃ。その気持ちも、グルドには良く判っていた。
二人でえへへへと笑い合う。
そんな二人を眺め、こくりと頷いたルリは一歩後ろへ下がった。
「では、皆様。名残り惜しい事ですが、私は星の世界へと戻らねばなりません。ロイさん・・・」
それまで、アーリア達に背を向けていたロイが、その言葉に振り向いた。
いつもの冷徹な目が、ルリを真っ直ぐに見据えた。
「ああ、あんたも達者でな・・・」
「はい。ロイさんにも、助けて戴いて、本当にありがとうございました・・・」
深々とお辞儀をするルリに、ロイは目を瞑り、首を左右に振った。
「別に・・・俺は、この馬鹿に付き合っただけの事だ。気にしなくて良い・・・」
「とんでもない。このご恩は一生消えるものではありません。その内、ご挨拶に伺います」
「よしてくれ。俺はしがない闇の住人さ。風に流され、どこで死んでもおかしくない人間のくずさ。そんな恩義は忘れてくれ・・・」
「おいおい! この馬鹿に付き合ったって言うんなら、最後まで付き合えよ。なぁ~」
余りの言い様に、顔を強張らせたグルドがロイに掴みかかろうとするのを、アーリアがまあまあと止めに入る。
すると、当のルリは、にこやかに頷いた。
「そうですね。では忘れていたら、忘れたと言う事で。覚えていたら、覚えてろ~って感じで恩返しの押し売りに参りますから、星の夜にはお気を付け下さいね。いつも曇りや雨とは限りませんからね」
(あ・・・なんか、怒らせたみたい・・・)
(こいつぁ~意地になって、かちこみかけるパターンだな・・・)
目で会話する二人。
何やらややこしい事になりそうな予感が・・・
そして、ルリはシルフーに深々と頭を下げた。
「え? シルフーにモ?」
きょとんとするシルフーに、ルリは本当に申し訳なさそうに謝った。
「シルフーさん。私を捉える為に、とんでも無い目に合わされてしまったみたいで、本当に申し訳なく思っています。どうか、元の身体に戻れます様、星の空から見守っていますね。その日まで、お体を大事にして下さいね・・・」
「うん! 平気だヨ! アーリアと一緒だから!」
ぴょんと飛び跳ね、アーリアの胸元へ張り付いたシルフーは、丸い瞳もにこやかに微笑みかけた。
「ね! アーリア!」
「うん! そうだよ! シルフーはきっと元の姿に戻れる! 私もそう信じているよ!」
「「ね~!」」
そんな二人に、満面の笑み。ルリは静かに頷いた。
「では、そろそろ戻ると致します。アーリアさん、グルドさん、式を挙げる時は呼んで下さいね。明けの空が白む頃に、どこかに青く輝る星が見えるかも知れません。それを私だと思って祈って下さい。星に願いをかけて下さい。きっと、私に届きますから・・・」
それから、ルリはそっと白い内掛けを脱ぎ、すっぽんぽんのアーリアの肩にかけた。少し恥ずかしそうに、前を隠し。
「ルリさん・・・」
「約一年間・・・約一年間封じられていたから・・・時を留められていた様なものですから、臭くない筈です・・・」
思わず息を呑むアーリアに、少し言い訳がましく言ってしまう恥ずかしいルリ。だが、それは恥ずかしさの余りに目が曇っていた事を、アーリアは即座に証明してみせた。
「ルリさん・・・やっぱり大きい・・・」
「アーリアさん! どこ見てたんですか!?」
ほとほと感心して息を呑むアーリアに、顔を真っ赤にして後ずさるルリ。
「ね~ね~、ルリさん? その~、胸を大きくする魔法とか、薬とか、食べ物とか~、心当たりは無いかしら?」
「え? でも重くて、肩が凝って、良い事なんて一つもありませんよ」
「それは持てる者の常套句~!」
「いや、でも俺はこの位が丁度良いぞ。ああ、アーリアは俺にとって最高だ!」
そう言って、後ろからすっぽり両の掌に収めて見せるグルドは、真剣な表情で何度もうんうんと頷いた。
「やだ・・・グルドったら~・・・」
「じゃ、そういう事で・・・」
虚を突かれ、甘ったるい声で反応するアーリアに、ルリはあざとくその身を翻した。
「あ、待って!」
スッと空高く昇って行くルリの白い姿。にこやかに手を振っている。
「待って~、ルリさ~ん!!」
「また会いましょ~う・・・さよなら~・・・」
それは次第に青く輝く光の玉となり、遙か彼方へと飛び去って行く。
「ル~リ~さぁ~ん!!」
「ル~リ~さぁ~ん!! さよ~なら~!! ル~リ~さぁ~ん!!」
ひとしきり手を振ったアーリアは、ぽつりとこぼした。
「いっちゃった・・・ルリさん・・・」
「仕方ないよ。故郷に帰って行ったんだ。また、式を挙げる時には会えるじゃないか? 会いに来るって言ってただろう?」
そう言って肩にルリの白い内掛けをかける、グローブみたいに大きなグルドの手に、アーリアはそっと手を重ねて頷いた。
「うん・・・そうだね・・・」
「そうともさ・・・」
それから四人は、少しの間、無言で星空を見上げていた。
少し離れた所で、星空を眺めている少年が一人居た。
ジミーである。
途方にくれた表情で、ジミーは遠い空を見上げていた。
さっきから、何やらあっちの方で激しいドンパチが鳴り響いていたのだが、今や静かだった。
「姐さ~ん・・・早く、帰って来てくれよ~・・・」
焚き火の火種を守りつつ、おっかなびっくり周囲の暗がりを見渡す。
やおら、誓いのナイフを取り出して、その刀身を眺めた。
「うん・・・俺は大丈夫・・・俺は大丈夫・・・」
ごくりと喉を鳴らす。
いつ、暗がりから、ゴブリンや狼や、あの殺し屋達が飛び出して来ても良い様に、おっかなびっくり身構えるジミーだった。
読んでくださり、ありがとうございます
ルリさんは星の世界へ帰っていきました
そして、アーリアの一行はグルドと合流して五人に・・・
はて?
次なる冒険はどうなる事やら・・・
宜しかったら、また読みに来て下さいね~♪
今日は、ありがとうございました




